ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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393 エンジョイ勢

 

 

 赤いドレスを着るイグニスは目立っていた。まして服の色に負けぬ本人の鮮烈な美貌、今を時めく勇者一行とくれば、入場だけで視線を攫う華がある。

 

 しかし同じ女としては気に食わぬ者も居るようで。牽制でもするように一人の貴族令嬢が立ちはだかった。

 

 こちらもまたド派手。金髪の長い髪をフワリと縦に巻いた、金持ちお嬢様という概念を形にしたような姿だった。俺は敬意を込めて、この謎の令嬢を金髪ドリルさんと呼ぼうと思う。

 

「ちょっと、勇者一行だかなんだか知らないけどねぇ。他所の国の人間があまり出しゃばるんじゃ無いわよ!」

 

 金髪ドリルさんは目に見える喧嘩腰だ。「オウオウ、やんのかワレェ」と聞こえて来そうな態度で、己がテリトリーに踏み入る異分子に牙を剥いている。

 

 止めに入った方がいいのかなと絡まれている魔女を見ると、赤い瞳は慣れたものさ、とでも言いたげに余裕の色を映していた。はて貴族令嬢とは、そんな頻繁に喧嘩を売られるものなのだろうか。

 

 だが不安をよそに、一歩ぐいと踏み込んだ魔女は、睨みを睨みで返して言葉という名の拳を振るう。

 

「そう寂しい事を言わないで欲しいね。せっかくの懇親会なんだ、浮遊島でも仲良くやろうじゃないか」

 

「おまっ……!!」

 

 イグニスはニチャリと笑顔を見せながら手を差し出した。けれど金髪ドリルさんは手を握る事無く、グッと歯噛みをして背を向ける。まさかの一発KOだ。

 

(それで終わりか。根性見せろ金髪ドリル!)

 

「お前どっちの味方だよ」

 

 あっという間に初戦を制したらしいのだが、俺では行間にどんな意味が込められていたのか分からずに首を捻る。

 

「イグニス嬢は綺麗な顔をして恐ろしく性格が悪いな」

 

「はい。一瞬でヴィス嬢の事情を察したのでしょうね……」

 

 ロノさんとセリューくんが呆れ顔をしているので、知り合いなのかと聞いてみた。金髪ドリルさんの名前はヴィス・ヴィザロスカ。なんと町長の娘さんのようだ。挨拶をしに行ったあの館に居たのかと考えるも、肝はそこでは無いらしく。

 

「あの娘もまた冒険家に名乗りを上げたのだが、まぁ許されるはずも無くなぁ」

 

「そういう感じでしたか……」

 

 嫉妬。同じ年頃なのに飛び入りで冒険が許されたこと。あるいは既に勇者一行の名誉を持つこと。金髪ドリルさんにはイグニスの存在があまりに眩しかったのだ。

 

 だから精一杯の嫌味を伝えるのだが。生憎今日のイグニスはご機嫌である。文句があるなら空で聞くと、最上級の皮肉をお返しされたらしい。

 

 またしても悪役令嬢として格の違いを見せつけた魔女は、ドヤ顔を浮かべながら堂々とパーティーの輪に加わり、すぐさま人垣に囲まれていった。

 

「なぁ、オレも飯取って来ていいか?」

 

「もう始まってるみたいだし、いいんじゃないかな」

 

 顔合わせに徴兵されたリュカは、交流よりも食事に興味が向くようだ。匂いに導かれてフラリフラリとバイキングに引き寄せられて行く。

 

 だがアイツはアイツで顔が良い。料理を品定めする真剣な眼差しに、何人かの令嬢がほうと唸る。食われずに帰ってくるんだぞ。

 

「ふぅむ。入口で話し込むのもなにか。我らもそろそろ移動するとしよう」

 

「ええ~。壁ちゃんは俺の大親友なんですけど」

 

「フハハ。それは我とて同じだろう、コダルよ」

 

 おっとその名は反則だぜズタさん。次々とパーティーに加わって行く背を見て、俺たちも行くぞと誘われる。

 

 しかし彼の傍を離れるなんてとんでもない。貴族の行事に参加しながらも生き永らえてきたのは、壁際でそっと息を潜めていたからなのだった。

 

「黒の旅鳥の詩は、今や騎士の憧れ。どうか貴方の口から武勇を語って貰いたいものです」

 

 嫌よ嫌よとごねれば、ロノさんの脇に控えていた真面目騎士までもが逃げ道を断ちに来た。相変わらずの仏頂面ながら、やや熱の籠った視線が胸元に向けられる。

 

 そこに輝くのはシュバールで授かった勲章、国防天鬼賞。三大天【赤鬼】のキトと戦い国防に一役買ったと示すものだ。

 

「きっと真実を知れば、憧れなんて吹き飛びますよ」

 

 やや自嘲気味に笑う。この国の人間には赤鬼との一騎打ちが大層ウケたようで、いつの間にやら黒の旅鳥なんて二つ名まで付けられていた。俺としてはあの戦いを英雄譚と広められるのは悪夢でしかないのだけどな。

 

(有名税じゃ。諦めい)

 

「勇者一行として活動するなら仕方ないか」

 

 名前の恩恵を受ける以上は果たす義務もあるのだろう。普段はイグニスに任せきりなので、挨拶くらいはしとこうと、泣く泣く壁を離れる決意をする。

 

「あ、フェミナさんは自由にしていていいですよ」

 

「お願い一人にしないで!」

 

「ええぇ……」

 

 この盗人は貴族と接触しようとしていたはずなのだが本番になりビビったらしい。

 ああ、そうか。金髪ドリルさんを見たからだ。会場で下手に男を誘ったら、今度は自分が槍玉に挙げられると思ったのだろう。

 

 上目遣いで見つめられるとムラムラ。いやドキドキしてきたので、静かに頷き、一緒にロノさんの後を追う。

 

 

 まずはと挨拶に連れて来られたのは青たんの騎士ことセリューくんと同じ、国の調査隊の皆さんのところだった。

 

 ある意味は本命とも言える部隊なのだろう。学者のおじいちゃんと助手を騎士団や魔導士団の選抜が護衛するようだ。合計で8名になる一番の大所帯らしい。

 

 歓迎されているのはひしひしと伝わってくるのだけど、無駄に英雄と持ち上げれれるのは、やりづらくてしょうがない。握手を求められてはハハハと乾いた笑みを返すしか出来なかった。

 

「若いのがすまないね。君の活躍は、本当にノーキン騎士の心に響いた」

 

「とんでもない。自分は成すべきことを成しただけです」

 

 盛り上がる騎士たちを他所に、穏やかな老騎士が居た。どうにもとっくに引退したらしいのだが、推薦されて出張ってきたのだとか。実力と人格を兼ね備えた優秀な人なのであろう。

 

 落着き具合が話しやすいので、俺はついでに他の冒険家の事をおじいちゃんに聞いてみる事にした。

 

「確か領主が雇った人達なんですねよ」

 

「そうだよ。一組は公都でもそれなりに名の知れた冒険家達だ」

 

 アレがそう、と指で示されたのは、黄土の髪をした壮年の男性だった。顎髭を生やしたダンディーな人は武勇伝でも語っているのか、周囲の人の楽し気な笑い声が聞こえる。

 

 コンビで活動していて、相方はシェパードのようなキリリとした顔の獣人なのだが。そちらは何故かリュカの隣で一緒に肉を齧っていた。俺は見なかった事にした。

 

「後はこの領の若手と聞いているが。私も彼らの事はあまり詳しく知らなんだ」

 

「いえ、ありがとうございました」

 

 まぁ皆が仲良しならば懇親会など開くまい。人相だけを聞いて、空に挑むライバルの顔を拝む。体格の良いお姉ちゃんをリーダーに、チビとノッポの二人が手下か。そんな凸凹3人組だ。

 

 慣れない挨拶回りをして、一応全員の冒険家と顔を合わせた。少し話をして分かったのは、目指す場所が違っても目的が違う事。義務であり、名誉であり、金であり。各々が違う信念を胸に浮遊島に挑むのである。

 

「そういえば、イグニスは何を求めて空に行くの?」

 

「ふふふ。そんなの決まっているだろう」

 

 ――浪漫さ。

 合流した相方に訪ねてみれば、なんとも簡潔な答えが返って来た。それでいて、実に納得の行く馬鹿げた意見。

 

 ラウトゥーラの森もヘグル山も大森林の踏破さえ、好奇心で挑んだ女だけに説得力がある。そう。勇者一行なんて偉そうな肩書を名乗る俺たちは、エンジョイ勢なのであった。

 

「ちょっ。浪漫って嘘でしょ。そんなことの為に私を道連れにしたの!?」

 

(カカカ。イグニスならそんなもんよな)

 

 冒険の目的を聞いて今日何度目かの絶望の顔をするフェミナさん。だが俺は素直で大変よろしいと強く頷いた。じゃあ、行こうか。浮遊島。

 

 

 

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