ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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394 目指せ浮遊島

 

 

 町に戻っていく馬車を手を振って見送り、さてとと荷物が詰め込まれた重いリュックを背負う。

 

 見上げるのはレチスコ山脈。一番高い場所では3000メートル以上にも及ぶという山々であり、此度は見事に浮遊島を引っ掛けた高山だった。

 

 肝心の浮遊島の高度は約1000メートル。そこから分厚い地層があるので、上陸をするには、なんだかんだで2000メートル近くは登らないといけないか。

 

 澄んだ空にノコギリの刃の如くギザギザを描く山の輪郭。山頂を白く染める雪化粧。谷間をヒュウと音立て駆け抜ける風は、コートの上からでも体の熱を奪っていく。壮大な景色は眺めているだけで、これからの過酷な未来を想像させた。

 

 浮遊島の玄関と呼ぶには、あまりに高く険しい道筋に、歩みだす前から気後れしてしまいそうだ。

 

「どうせなら空馬車に乗りたかったなぁ」

 

「今更文句を言ってもしょうがないだろ。国の調査隊以外はみんな同じ条件さ」

 

 出遅れたのだし行くよと、イグニスはずんずん進んでいく。俺はその背中をへいと生返事をして追いかけた。

 

 他の組は懇親会の翌日には旅立ったらしい。早くに動いていただけあり準備万端だったのだろう。俺たちはラシアスの町に着いてからドタバタだったので、懇親会の後に冬服などの買い出しに日を使ってしまったのだ。

 

 ちなみにボコは今回お休みである。貴重品などと一緒に伯爵の屋敷で預かって貰っている。大森林から酷使してきたので、たまにはゆっくりと羽を伸ばして欲しい。

 

「おーい、ツカサー。早く行こうぜー!」

 

「もうあんな所まで。相変わらず元気だなぁ」

 

(だって犬じゃもの)

 

 自然に解き放たれた狼少女は、水を得た魚というか、野を駆ける犬の様にはしゃいでいる。日頃の労働のストレスを発散するかのように、寒さにも負けずガンガン進んで行き。周りとあまりにペースが合わないので、距離が開いては早く早くと急かして来た。

 

 先は長い。今から飛ばすと疲れるぞと思うのだが。ことリュカに関しては無用の心配か。

 実のところ持久力だけならば俺よりあるというか。一緒に朝練をしていると付き合うのが大変だったりする。

 

 なので心配をするならば、やはりこちらかなと最後尾をもそりもそりと付いてくる女性を見た。

 

「フェミナさん、歩くペースが速かったら言ってくださいね」

 

「あら優しいのね。せっかくなら背負ってくれるとお姉さん嬉しいわ~」

 

 ウフンとリュックの肩紐で強調された胸を見せつけてきた。幸い余裕はまだありそうだ。軽口を叩きイグニスにキッと睨まれたもので、慌てて口笛を吹きごまかしている。

 

 荷物を軽くしているとはいえ、彼女は身体強化が使えないようなのだ。負担は大きいと思ったのだけど、基礎体力くらいはあるらしい。一応は冒険者といったところか。

 

「まぁいつまで続くかなってとこだけどね」

 

(カカカ。それな)

 

 2000メートル。直線ならば、ほんの散歩程度の距離。だが、それが高度となれば一気に極悪さが増す。

 

 高層ビル程度の高さでさえ、階段で上り下りすると考えれば気が滅入るだろう。なのに登山道も無い本当の自然の中を、自分の足で切り拓く必要があるのだ。過酷な環境をそれなりに経験してきた俺ではあるが。大変なのはいつだって変わらない。

 

 リュカのように思うままに進みたい気持ちもあったが、まだ入り口。努めてペースを一定にし、イグニス達を見守る様に隣を歩いた。

 

 

「もういやー! お家帰りたーい!」

 

「ああ、やっぱりね」

 

 4時間ほど経ったか。最初は余裕を持ち合わせていたフェミナさんだけど、体力の消耗と共に、ガリガリと気力も削れていく。徐々に休憩の頻度が高まり、5度目の休憩でいよいよ限界と悲鳴を上げた。

 

 内心またかと考えながら、仕方ないと思い思いに手頃な岩へと腰を下ろす。かく言う俺も、ふうと溜息を吐きながらコートのボタンを緩める。

 

 最初こそ防寒を固めて挑んだが、歩く内にすっかり体が火照っていた。今では冷えた空気が心地良いくらいだ。

 

「んだよ、根性無ねえな」

 

 まだまだ余力のあるリュカは、ペースが遅れる原因である女性に強く当たる。本人も浮遊島への冒険はあまり乗り気では無かったはずだが、行動に移った事で忘れたのだろう。簡単な頭だ。

 

「まぁそうなるよな。傷薬と包帯だ。使えよ」 

 

 俺でもこうなる事は予見出来た。それが分からぬイグニスではなく、ポイと靴擦れの手当てが出来る道具を投げる。受け取った薄緑の髪のお姉さんは喋る元気も無いようで、唇を尖せながら足に軟膏を擦り込む。

 

「絶対おかしいわよ。貴方達、こんな事をして何が楽しいっていうの……」

 

 ほぼ常に坂道。けして足場が良いとも言えず、大小の石の上を飛び歩き、時に壁をよじ登ってでもひたすらに浮遊島を目指し。この辺りになると魔獣も普通に生息するようで、久しぶりに獣に襲われたりもした。

 

 控えめに言って苦行なのだが、それは登山家に向かい、なぜ山に登るのかと問うようなものだろう。魔女はククと喉を鳴らして答えを返す。

 

「冒険が私達を呼んでいるのさ」

 

「一緒にするんじゃねーよ。ばーか」

 

「なんだとう!?」

 

 リュカに微塵も理解出来ないと言われて二人は揉める。君は味方だよなとばかりに赤い目を向けられたので、俺は曖昧に微笑んでおいた。巻き込むな。

 

 しかしその熱量。それが魔女に有り盗人に無いものだろう。

 イグニスとてけして体力の多いほうではないが、浮遊島に行くという確固たる決意が重くなった足を前に進ませている。嫌嫌に付いてくるフェミナさんでは立ち止まりたくもなるはずだ。

 

「うーん。本当に俺が背負った方が早いかも」

 

「こらこら、甘やかすんじゃないよ。付いて来れなければ置いていくだけだ」

 

 イグニスがそもそも罰なのだからと肩を竦めて見せればフェミナさんは絶句した。

 冗談よねと撤回を求めるのだが、リュカまでもが名案だと乗っかり。顔色を青くして慌てて靴を履いている。

 

 なるほど。魔女らしい尻の叩き方だ。浮遊島へのモチベーションが無いのならば、進む理由を作ればいい。これから彼女は置いて行かれたくない一心で足を動かすことだろう。

 

「あ、貴方はそんな事しないわよね!?」

 

「……まぁ頑張ってください」

 

 ここで甘やかして良いことは無い。日暮れまで後少し。気合を入れて行こう。そんな気持ちを込めて、俺は冷たく切り捨てた。

 

(いやいや十分甘いわ)

 

「ええ、そうかなぁ?」

 

 軽く休憩をした後、山登りを再開する俺たち。

 とはいえ結構登ったのも事実であり。ふと下を見れば、すでに町は小さく、浮遊島の底にも大分近づいていた。

 

 イグニスはさながら雲のように上空に停滞する大陸を見上げニンマリと笑い。今日の目標はあそこまでだなと浮遊島の麓を今日のゴールを定める。もう300~400メートルくらいか。確かにこのくらいならば日暮れ前には着けるだろう。

 

「よっしゃー。じゃあオレが一番乗りだぜー!」

 

 本当に体力が余っているようで、目標を聞いた狼少女は岩肌をピョンピョンと飛び跳ねて行く。小さくなっていく背中を見ながら、やれやれ子供だなと俺は呆れた。

 

「ツカサも行っていいよ。君も体力余っているんだろう?」

 

「……まぁ」

 

 正直な話をすると、大森林や花園密林という罠の宝庫に比べれば、今回は全然余裕だ。

 男手という事で一番重い荷物を背負ってはいるが、大活性を使っているので体力も問題無かった。

 

 本当に良いの?と懐疑の目を向けると、イグニスは良いよと優しい声色で告げるもので。俺はイグニスの背負う荷物を奪って闘気を纏う。

 

「おら、待てリュカー。一番は俺だー!」

 

(カカカ!)

 

 はい。勝ちました。負け犬はズルだと騒ぐけれど、しょせん負け犬の遠吠えよ。

 ゴール地点には、山に見事にめり込む浮遊島がある。やはり結構な地層の厚さであり、これは明日も大変だなと思いながらイグニス達の到着を待った。

 

 ここで寝泊まりするのだから、ただ待つのも時間の無駄だろうと考えて。リュカを使いテキパキと野営の準備を整て。

 

「何してるんだ。片付けなさい」

 

「ええ!?」

 

 合流した直後にダメ出しを食らった。目的地と言ったじゃないかと抗議をすると、魔女は目的地ではあると肯定しつつ、チッチと指を振る。ウザかった。

 

「君だってこの前見たはずだ。この島は浮遊しているんだよ」

 

(あ~なるほどな)

 

 その言葉で蘇る記憶。確かに馬車から見た時、山に当たり削れた島は、破片が風船の様に飛び上がっていったのだ。

 

 つまる所。こうするんだと、火炎槍で浮遊島の底を打つイグニス。崩れた5メートル程度の岩石は、しかし地上に落下することなく浮遊する。

 

「ははは。すげえや。飛び乗れ!」

 

「うおっ本当に落ちねえな」

 

「もういやなの~!!」

 

 天空への直通エレベーターが開通した。

 

 

 

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