ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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396 謎の足跡

 

 

 深夜のお楽しみタイムは結局全員に知れ渡る事になってしまった。ベーコンやチーズと匂いの強い物を焼いたのが敗因だろう。

 

 俺とジグだけの秘密になる予定だったのに、みんなが食べたいと言ってきて。夜食のはずの天空パンはちょっと早めの朝食という形に収まった。後から作ったやつは卵抜きだけどね。

 

 そして食べ終わる頃には空が明らみ始めてしまう。

 こうなると今更寝るのも勿体無い。もう少し待って、日の出と共に探索に行くことへ。

 

 浮遊島の上は標高が高いせいか町よりもいくぶん冷えた。4人で震えながら火を囲み、温かいスープを飲んで、早く日よ昇れと時を待つ。全員で東の空を眺めるのは、まるで初日の出を拝みに来た気分だった。

 

「ああ、やっと明るくなったね。日中はもう少し暖かくなるといいんだけど」

 

「動いてりゃ温まるさ。早く行こうぜ」

 

 赤髪赤眼の見るからに火属性の少女は、それでも寒いのが苦手らしい。黒い外套の上から首元にマフラーを巻いて身を縮めていた。

 

 対して元気一杯の狼少女。自然の中は得意フィールドなのもあり、散歩を強請る犬のように俺のコートを引っ張って来る。片付けがまだだからステイ。

 

 毛布などの大きな物はとっくに仕舞ったとはいえ、カップや火の始末をしなければ。

 ちなみに火元は新調したばかりの魔道具のコンロだよ。料理は当然のこと、焚火サイズにまで火力が上がる優れものなのだ。

 

 勇者一行が使っているので、ずっと欲しいとは思っていたのだけど、少し大きくて値段も高い。購入を迷っていたが、浮遊島には薪になる植物があるか分からないという事で買うことに。なお請求書はイグニスがスポンサーに叩きつけた。

 

「さて、出られるけれど。やっぱり向かうなら西かな?」

 

 さっと水洗いしたカップをキュッキュと拭きながら言う。

 西は神殿などが残る、いわば浮遊島の大本命だ。懇親会は下見に行った時に得た情報を共有する場でもあったのである。

 

「うーん。それなんだけどね、昨日の砂漠を見てから判断したいな」

 

「すぐ近くだし全然構わないよ」

 

 むしろ視線を奥に向ければもう砂漠なのだった。境界は非常に曖昧で、今居る足場は多少雑草も生えている程度の干からびた大地だ。こう言うと浪漫が無いが、浮遊島とはつまり手入れを忘れられたプランターに近いのだろう。

 

「あっ! あいつら人の事を散々子供だって馬鹿にしたくせに」

 

(なんだ、気付いとらんかったか) 

 

 リュカとイグニスが早速砂漠に向かい歩き出す。さて俺もと後に続こうとした時、残されたソレに気が付いた。

 

 俺が火番の時に暇を持て余して作った、小さな雪ダルマ。明日にも消える、ささやかな上陸記念なのだが。その隣にはいつの間にか3体並んでいたのであった。

 

(いっそ岩にでも俺参上と刻んでは?)

 

「イグニスに怒られそうだからパス」

 

 

 そして入口に戻って来た俺たち。昨日は雪合戦で時間を潰したが、明るい時間に見ると結構な面積で砂丘が続いているのが分かった。

 

 けれど気温が冷たいせいか、どうにも砂漠に居るという実感は薄い。こう、とても大きな砂場に迷い込んだ程度の感覚だ。

 

 さて、そんな場所で何をするのかなと思えば、イグニスは俺たちに足跡を探せと言ってきたのだった。

 

「なるほど。他の冒険家達も入口は一緒だもんね」

 

 頷けば、そういうことさと相槌が。

 空馬車を使った国の調査団はともかく、冒険家はみな山から上陸している。ならば山と浮遊島が接触しているこの地点が、共通のスタートポイントと言っても過言では無いだろう。

 

「幸い足場は砂や雪で判断が楽だ。行動の参考にしようと思ってね」

 

 納得である。手分けをして探してみれば、別に隠す気も無いようで足跡は普通に見つかった。どうやら二人組は東に向かい、三人組は北に向かったようだ。情報を得た魔女はピンと指を立てて言う。

 

「よし、南に向かう」

 

「へぇその心は?」

 

「東に向かったのは、熟練の冒険家達。おそらく調査団が西に居るから、あえて真逆に向かっているな。北に向かった方はそうだね、遠い所から潰すなら、一周して地図でも作る気なんだろう。これも堅実な成果の作り方だ」

 

 だからこそ、誰も向かっていない南に行く。他の組の行動を見透かすようなイグニスに、フェミナさんは怖いわ~と呟いていた。そういえばこの盗人も彼女に嵌められた一人か。南無南無。

 

「じゃあこっちはどうすんだ」

 

「んー。どうしよっか」

 

 方針が決まるのは良いが問題が一つ浮上していた。リュカが謎の足跡を発見してしまったのである。冒険家は俺たちを含めて3組だ。つまりイレギュラーな人物が紛れ込んでいるという事だった。

 

 山から移れるので来るのは不可能では無い。とは言え、正規の手続きをしていないのも確実。正体不明の存在に、警戒度は自然と跳ね上がる。

 

「追ってもいいんだけど、相手の目的も見えないからね。とりあえず放置するしかないだろう」

 

「まぁ俺たちに入るなって言う権利も無いしね」

 

 そういう事で向かうのは南だ。浮遊島の形は三角形。大雑把に言えば、日本列島の様な形をしている。その例で言うならば、現在地は新潟県付近だろうか。なので南下して神奈川県に向かう。もっとも尺度が全然違うので、距離は比較出来ないが。

 

「ねぇお嬢ちゃん……」

 

「なんだよ」

 

 歩き出すと珍しくフェミナさんからイグニスへ会話を持ち掛けていた。普段は冷たくあしらわれているので、嫌っている素振りすらあるのだが。

 

「此処が私達の故郷っていう可能性はあるのかしら」

 

 荒廃し、砂の積もる大地を見つめて流浪の民は言う。理想郷などを夢見ていたわけではあるまいが、渋々ながら旅に同行したのは微かな期待もあったのだろうか。

 

「さてな。正直可能性は低いよ。ソラニイノレ。その一文だけではね」

 

 そもそもに古代文字も時代と場所で様々な種類がある。仮にこの島に古代文明が残っていようと、一致する確率は低いだろうと。

 

「やっぱり、そうよね~」

 

 イグニスに説かれ、僅かに声のトーンを下げるフェミナさん。また無言になり、トボトボと俺の後ろに付いてくる。

 

 砂漠を超えると意外にも緑のある丘陵が続いていた。この辺りは雪が流れて来ないのか、春を先取りしたような爽やかな景色だ。

 

「なんか不思議な感覚だわ。景色がドンドン変わっていくわねー」

 

「そうねですね。葉の色を見るに、前は暖かい場所に停留していたんですかね」

 

 島が移動するから季節感が無い。それは砂漠と雪の組み合わせで理解出来たのだけど、むしろ不思議なのは草原がある事だ。花さえ咲く豊かな自然は、雪以上に乾いた大地と似合わないのであった。

 

 そんな疑問に答えてくれるのは、やっぱりイグニスちゃん。砂漠は植物が無いからこそ乾いてしまったのだそうだ。

 

 大地に根を張る植物は、土地に水分を保湿する役割も持つ。雨や朝露などの貴重な水を植物が蓄えてくれたらしい。

 

「この高さなら下層雲の中に入るから、木や草もなんとか育つんだろうね」

 

「えっ雲ってあの空にあるやつか!?」

 

(カカカ。他になにがあるんじゃ)

 

 雲に届くと聞いて、リュカが驚きの声を上げていた。こんなに広い足場があると中々実感しづらいが、俺たちは今そんな高さに居るのである。

 

「けれども。ここもちゃんと、自然が巡回しているようだよ」

 

 魔女は草原に生えていた赤い木の実を、そっと愛でて言っていた。

 

 

 かれこれ数時間は歩いたか。日の出と共の早い出発にもかかわらず、もうすぐ太陽は真上に来そうだ。

 

 次は一体どんな景色が見れるのだろう。そんな期待を胸に進んでいたのだが、どうして代わり映えの無い風景が続いた。

 

「最初だけだったね」

 

(しょせんはただの島じゃからの)

 

 何もなくても楽しそうなイグニスと違い、俺のテンションは少し下がった。どこにいった大冒険。リュカならば、この気持ちに同意してくれるだろうかと、先行する灰褐色の髪の少女を目で追う。

 

「すげえ……」

 

 狼少女は小高い丘に登り、何かを眺めていた。来いよと手招きするもので、みんなで少女の元へ駆け付ける。

 

「おっ、間に合ったようだね」

 

「イグニスは知ってたの?」

 

「風が無いから、運が良ければ程度だけど」

 

 南に向かったのは対岸が一番近いという理由もあったらしい。

 

 そこに広がるのは、息を飲む様な光景だった。

 何処までも続くと思われた陸地は、まるで世界から切り離されたかのように、突如として終わりを迎えて。

 

 断崖の先に広がるのは白い海。雲海だ。さながら本物の波ように揺蕩う靄の、なんて美しきこと。

 

 冬山の霧立込める様を天空から眺めるその絶景に、しばし言葉を忘れて魅入ってしまった。これを拝めただけで、頑張って山を登った分はお釣りが返ってきた気分だ。

 

 

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