ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
自分の知らない植物だから魔大陸という未知の領域から来た。魔女の語る理屈を聞いて、レルトンさんは口をへの字に曲げる。
「分布も分からずに、植物の自生地を断定するだって? そんな馬鹿な」
まぁそうなるだろう。俺が聞いてもわりと暴論と呼べるものだ。だが冒険家は真意を汲み取るべく、ふむと真面目な顔をして顎髭を擦った。
「イグニスくん。君が無知な子供であるならば、ハハハと笑い、聞き流したよ」
けれども違うと、その手にある名前も知らない果実を弄ぶ。レルトンさんをして詳細不明の植物が彼女の知識を証明するのだ。
だから沈黙し、長考する。一見賢そうに振る舞うこの少女は、何故とてつもなく阿保な事を言い出したのだろうと。
(実際に阿保なんじゃ。絶対半分は気分で動いとるぞコイツ)
「あのねジグ。それを言っちゃあお終いよ」
俺にも魔女の考えていることなんてさっぱり分からない。いや、普段は分かりやすい表情や言動をしているからこそ、隠されると読み切れない時がある。
回答やいかにと不敵な笑みを浮かべる赤髪の少女を見て、冒険家はクツクツと喉を鳴らし。
「先ほども言ったが、植物は専攻ではないのでね。だから私なりの見解を話させて貰うよ。この島は魔大陸の一部だったと見て間違いない」
そう言って欲しかったのだろうと探した答えを告げた。
とても満足のいくものだったようで、イグニスは口元に描く不気味な三日月を更に深めてみせる。
しかし端で聞いている分には意味が不明だ。俺とフェミナさんの頭上には?が飛び交うし、リュカなんてもう飽きている。
だから俺は話を進めるべくネタバラシを求めた。すると、魔女は悪びれもせずに適当を言ってみたと舌を見せる。殴ってやりたかったが、テヘペロが可愛いのでまぁ許そう。
「少しからかってみたんだ。ちなみにコレはカフワ。生だと食べれないから、あまり実のままだと流通しないんだよね」
「ええっ、それカフワなの!?」
高級コーヒーの元らしかった。かくいう俺も好物で、深いコクとフルティーな香りがたまらないのである。まさか未知の実さえも嘘っパチという事実にはレルトンさんもハハハと大笑いだ
イグニスは実を口に運び、酸っぱいやら苦いやら微妙な表情をする。美味しいから食べてご覧よと勧めてくるのだが、信じる者は誰も居ない。自分で食べれないって言ったしね。
「違和感は、そう。君は最初から私のことを教授と呼んでいた。ならば専攻も知っていたのだろう」
「そりゃ知ってますよ。私は貴方の自伝も読んでいますし」
「ほう。そりゃますます憎たらしいね!」
それがヒント。要するにイグニスは、最初から歴史学的な見解を求めていたのだ。植物うんぬんは、たまたまカフワを持ち合わせたから口実にしただけらしい。
「なんでそんな回りくどい事を……」
「正直な所、動植物で浮遊島の来歴を特定するのはほぼ不可能なんだよ」
生態を調査をして分かるのは現在の環境だけ。だって、文字通りに環境が変わっているから。その言葉を聞いてハッとする。
浮遊島が元は何処にあったのか知らないが、北に南に、風に吹かれて移動するこの地で、どれだけの動植物が生存出来るのだろう。
日本でさえ沖縄と北海道では大きな差がある。ならば浮遊島に残るのは、恐らくは環境負荷に強い、世界中で繁殖出来るものに淘汰されると思う。元の生態なんて残っているはずが無いのだ。
「だから自然を見ただけでは、いまいち確信が持てなかったんだ」
「なるほど。そこで私に答えを求めたわけだな。普通に聞いてくれればいいのに、なんて捻くれ者だい」
苦笑いを浮かべる男性は、しかしイグニスを気に入ったようで。この浮遊島を魔大陸の一部と確信する理由を問われれば、上機嫌に言った。
「よろしい。ならば特別に歴史の授業を行おうじゃないか」
「私は興味無いから向こうに居るわね~」
「そんな! じゃあ止めます!」
どっちなんだよ。歴史の授業が始まりそうなので、難しい話は嫌とそそくさ撤退するフェミナさん。薄緑髪の女性の背中を見ながら、俺も逃げるかとそ~っと魔女から距離を離し。立ち止まった。
「あれ、結局イグニスはなんであんな事を言い出したんだ?」
イグニスが得たものは浮遊島が魔大陸だったという答えだけ。その情報で何がしたかったのかと、しばし考え込む。魔大陸、魔族、フェミナさん。そんな連想が頭を過った時、ピンと一本の糸に繋がった。気がした。
「此処が私達の故郷っていう可能性はあるのかしら」道中にふと淫魔の末裔が漏らした質問。これはその答えなのではないか。魔大陸だったのならば、魔族が居てもおかしくないぞと。
「あれ、けどな」
それはそれで疑問が残る。だってイグニスには判断材料が無かったという事だから。
隣ではレルトン教授が歴史の話に花を咲かし、赤髪の生徒が熱心に聞いている。俺はさながら、授業参観をする親のように、その姿を眺めて。
疑問が氷解する。
そうだ。冒険家が歴史的知見で答えを見いだせるのならば、イグニスにだって想定くらいは出来るはず。なにせランデレシアにも記録はあると酒場で語っていたし。
つまりなんだ。あの魔女は最初からこの浮遊島を魔大陸だと考えていた。だからこそ、手記など当てにならないと言いつつ、淫魔の末裔である彼女をこの冒険に巻き込んだのではないか。
全ては俺の想像なのだけど。授業の邪魔をするのも悪いので、答え合わせはしなかった。もし正解なのだとすれば、絶対にフェミナさんには伝わっていないとだけ言っておこう。周りくどすぎる。
「浮遊島は特異点。つまり魔王の能力で浮いているわけだ。ならばその魔王の出自と活動範囲が分かれば、自然に浮遊島がどの地域の物かは判明する」
「なるほど、歴史家らしい視点ですね。どの魔王かは考えたのですが、お恥ずかしながら思い至らず」
「では浮遊島を作れそうな魔王を知っているだろうか」
「まず思いつくのは、有名な【
俺も歴史の授業を聞く気は無かった。なので端で待機していようと思った最中に、思わぬ単語を聞く。混沌。そういえばジグルベインの能力を知らない。魔王ならば世界を塗り替える法則を彼女も持っているのだろう。
「ねぇ、ジグの能力ってなんなの?」
(言って無かったか。これは披露する楽しみが増えたのう。カカカのカ)
どうやら本人は謎を引っ張るようだ。無駄なエンターテイナー気質に呆れながら、仕方ないと物好き共の会話に聞き耳を立てて。
「いや、素晴らしい。混沌以外は実際に浮遊島を作っている魔王だね。特に風覇など古いのによく勉強をしているよ」
「けれど外れなのでしょう?」
「そうだね。能力的には浮雲に似ているが、この浮遊島はその誰でも無いものだろう」
【
「確かに彼の記録は少ないか。ちょうどクリアム公国の一部には残っているのだよ。珍妙な事に、どうやら魔大陸から逃げて来たという伝承がある」
新たな知見を得て、ほほうと目を輝かせるイグニス。その箱舟の能力は、まさに浮遊であり、こうして島をも空に飛ばしてみせたという。
「ねぇ、まだ終わらないのかしら~?」
「おいツカサ。このままじゃ日が暮れちまうぞ!」
「う、うん……」
なお、語りたい教授に聞きたい生徒。この組み合わせは最悪であり、狩りに出ていたレルトンさんの相棒が帰ってくるまで延々と続いた。