ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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405 起動戦士

 

 

 浮遊島が地震のようにグラグラと揺れた。

 寝る際に地面に寝そべれば、稀にゆっくりと揺れるような動きは感じていたけれど。だが、ここまでハッキリと異常が表に出れば、取り残される訳にはいかぬと気持ちを焦らせる。

 

「恐らく、風で押されて山に衝突したんだ。下からも見えた光景だろう?」

 

 イグニスの推察になるほどと頷く。浮遊島は大質量だ。緩やかな速度での、僅かな接触でも接点に加わる負荷は大きい。実際に砕けた破片が空に旅立つのを、俺たちは何度も目撃していた。

 

 ならばいずれ、山か島が保たなくなる。とりわけ浮遊島は重量が軽い程に高度を上げるのだ。こうして砕け、上に上にと逃げる事で、この島は世界を巡って来たのだろう。

 

「覚悟を決めろ、ヴィス・ヴィザロスカ。残された時間で何をするかは、お前次第だ」

 

「そ、そんな事。言われなくても分かってますわ!」

 

 フンと顔を背ける金髪ドリルさん。意識していたライバルに発破を掛けられたのは効いたようで、悔しさに顔を歪ませて。

 

「メイル、不要な物は置いていくわ。本当に必要な物だけを纏めて頂戴!」

 

「はい、お嬢様!」

 

 命令を受けてメイドちゃんが急いで整理を始めた。いったいバッグにどれだけ無駄を詰め込んでいたのやら。ポイポイと不要物を捨てていけば、3分の1くらいにまで荷物は減ってしまう。

 

 投棄される物を見て俺は思う。ドレスに、ティーセットに、化粧台に。金髪ドリルさんが今捨てたものは、実は貴族令嬢という肩書だったのではないかと。

 

「イグニス、案外厄介なライバルを生んだんじゃないの?」

 

「いやいや。こんな事、家を出る前に済ませておけというんだ」

 

 急ぐよと、黒い外套を翻す魔女。しかし土壇場で甘えを捨てたドリルさんを見て、僅かに微笑んでいたのを俺は見逃さなかった。貴族令嬢というのは、みんな素直じゃないようだ。

 

 

 こうして進むペースが劇的に上がり、俺たちはいよいよ森を抜けた。

 まだ目的地の神殿には到着しないようだが、その光景は着々と文明に近づいている事を予感させる。

 

 草原に、沢山の岩が転がっていたのだ。

 一目で分かる人工物だった。なにせ、その岩にはモアイの様に顔が彫りこまれているのだから。

 

(浮遊島はイースター島だった!?)

 

「なわけあるか!」

 

 本物のモアイとは顔つきが全然違う。とはいえ、異様な景色であるのは確かで、俺はほえ~とバカ面を晒し見入った。

 

 草のそよぐ、なだらかな丘に、数えるのも面倒なくらい無造作に石像が埋まっている。この辺りはレチスコ山脈からの雪が届くのか、ぽつらぽつらと雪化粧をした顔岩もあるようだ。

 

 イグニスほど歴史に興味の無い俺でも、ここで何があったのかと考えるくらいには不思議な光景だった。倒れる岩が微妙に人型のせいか、戦場跡や墓石を連想してしまい。草原を駆ける冷たい風が心までも寒くする気がした。

 

「イグニス、何か分かった?」

 

「……いや。けどなんだろう、この違和感は」

 

 あれだけ急ぐと口にしていた魔女は、もはや足を止めて石像を凝視している。ちなみにリュカは面白がって岩によじ登り、フェミナさんは不気味がって俺に張り付いていた。謎に直面すると性格の違いがよく現れるものだ。

 

 イグニスはモアイの精巧さが気になるようだった。この雑な造りで精巧かと首を捻るのだが、見てごらんと肩口を示される。他の石像は肩などないが、これは運よく破損を免れたらしい。

 

 なるほど。体の一部分。もっと言えば、関節だけが、妙に作りこまれていた。

 これは確かに石像としてはおかしい。だって、まるで動く事が前提のような話ではないか。

 

「なんか、妖精の木人形を思い出すね」

 

「あれは人型をしていたけれど、実際は多様な木がそれっぽく動いていただけだよ」

 

 言って魔女は口元に手を当てた。その表情は、何か不都合な真実を見つけてしまったように険しく。

 

「ギャーですわー!?」

 

 思考を中断させるように金髪ドリルさんの悲鳴が響いた。今度は何をしたのやらと思えば、ズゴゴと音を立ててモアイが立ち上がっているではないか。まさかの光景に俺たちは開いた口が塞がらなかった。

 

「オイ、何をしたんだ!」

 

「何って、欠けた魔法陣があったから修復して魔力を流してみたら……」

 

「どう考えてもそのせいじゃないのよ~」

 

 魔法の知識が無いフェミナさんでも分かる簡単な答えだった。そう、例えば配線の切れた時限爆弾が捨てられていたとして。お嬢様は、何も考えずに配線を修理し電気を流したのだ。結果爆発するのは当然だろう。

 

「にしても、その手際。お前さては学術派か」

 

 魔女は納得するように呟く。学術派。魔法は学問であり技術だ。だから学問を究めようとする勢力も当然あるという。しかし理論や理屈が先行するため、どうしても現場で活躍する魔導士と比べれば評価が悪いらしい。

 

「そうよ! ヴィザロスカ家は由緒正しき、学術派の魔法使い。魔法を進めているのはいつの世も我々なのですわ!」

 

「否定しないがね。魔法陣に魔力を流すなら、まず解読をしろアホ!」

 

「おーでっかいな」

 

 顔の大きさで予想はついたが、モアイ像の全身は大きかった。全長は8メートルにも及ぶだろうか。戦闘用なのか動きに敵意が見えるが、スムーズにガシャガシャと動く姿に、俺はやや興奮を隠せない。

 

 モアイの姿だからこそガッカリ感があるが、これは立派な自立人形。姿がもしガン●ムだったらと思うと浪漫の塊だ。

 

 イグニスもさぞ喜んでいるのだろうと表情を盗みみれば、その顔は嫌悪に塗れていた。

 

「なるほど。この土地が滅んだ理由が分かった。禁忌に手を出してしまったのだな」

 

(そのようだのう。お前さん、あんなのぶっ壊せ)

 

 ジグルベインは言った。精霊や妖精のように、魔力は意思や命を宿すと。だから魂を基準で考えれば、人間さえも肉で出来たゴーレムと言えて。ならばあのモアイと人間との違いは、岩で出来ているか肉で出来ているかの違いだけだと。

 

 魔王らしい酷い言い分だが、伝わるものもある。

 人工の命。この場に朽ち果てた全ての残骸が、過去に人間の欲望のためだけに造られたのだとしたら。

 

「浪漫もへったくれも無いね」

 

 ならばこれから行うのは殺人か。失望にガリガリと頭を掻いた。だが他ならぬジグルベインの頼みだ。俺はフェミナさんに離れていてと告げて、虚無より黒剣をゾルゾルと引き抜く。

 

「ツカサ、加勢は?」

 

「いらない」

 

 石像の上でお座りするリュカの下を通り過ぎる。モアイは剣を構える俺を敵と認識したようで、拳を思いきり振り上げて迎撃態勢をとった。だが緩慢。迫りくる拳を、逆に足場にして顔面まで跳躍する。

 

「勝手に起こしておいてごめんよ」

 

 そして縦一閃。魔力を纏った斬撃は2メートルほどある顔面を叩き斬り。なお衰えぬ衝撃が体までも貫き両断し。地面に深々と線を引く。

 

 元の性能は分からないが、流した魔力が動力ならば、案外ギリギリ動いていただけなのではないか。気分的にはつまらぬ物を斬ってしまったという感じだ。

 

「ほへー岩の戦士を一撃なんて、やっぱり勇者一行って強いのね~」

 

 フェミナさんは、目に狂いは無かったと、俺の背を安全圏と再確認したらしい。心なしかドリ子さんまでもが近寄って来ている。これがモテ期ならば嬉しいのだけど、求められているのは盾性能だと思うと悲しくなるね。

 

「これ他のも動く可能性あるのかな?」

 

「いや、まずないだろう。年代を考えれば、動けるだけ破損が少ないのは奇跡だよ」

 

 確かにと、俺は金髪ドリルさんの豪運に肩を竦める。彼女はトラブルを運んでいるのだが、同時に情報ももたらす。壁画にしてもそうだけど、俺たちだけでは変な石像で通り過ぎていた可能性もあったのだ。

 

 斬ったモアイには目もくれずに再び歩き出すイグニス。金髪ドリルさんは、やや後ろ髪を引かれるのか。名残惜しそうに視線は後ろを向いて、それでも立ち止まることなく付いて来る。

 

「古代魔法。文明があったならばもしやと思ったけれど、やったわ!」

 

「やりましたねお嬢様!」

 

 その姿を見て、なるほどねと頷いた。

 立場の復権。理由までは分からないが、金髪ドリルさんの目的はそれなのだ。

 

 何かしらの発見があればいいねと思いつつ、早くも覗く浮遊島の闇に、この先なにが出てくるやらと、俺は目を細めた。

 

 

 

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