ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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406 影から支える者

 

 

 毛布を肩から掛けて震えながら、ふと頭上を見上げた。そこには見果たす限りの満天の星空が広がっていた。

 

 吐息も白ずむ極寒の空気は透き通り、一層に星々の輝きを鮮明にしていて。月なみだが、黒の天幕に宝石がばら撒かれたかのような美しさである。

 

 思わず見惚れしまった。今、なぜ夜が訪れるのかと問われれば、俺はきっと星を綺麗に飾るためと答えるだろう。

 

(ええい、ロマンチックに現実逃避をするな!)

 

「だめか~」

 

 そんな綺麗な星空の下で、俺は激しく痛む股間をもみもみと揉みほぐしていた。少しばかり汚い絵面だったから心洗われる映像をお送りしたかったのだ。

 

 事の発端は、ほんの10分くらい前のこと。火番に向けて仮眠の最中、隣で「うにぁあ~!?」と狼少女の悲鳴が上がったのである。

 

 夜行性の魔獣は多い。襲撃かと慌てて飛び起きれば、唐突に股間へと強い痛みが訪れて。俺は訳も分からぬままに蹲ることに。

 

 「一体なにごとだい?」ただならぬ気配を察したか、火番をしていたイグニスが駆け付ける。すると髪を逆立て警戒態勢を取るリュカは言った。「お尻ほじり虫が出た」と。その言葉には全員が身体を凍らせ戦慄した。

 

 だが惨状を目の当たりにした魔女は、事情を詳しく聞きこむ。そうして見えてくる一つの答え。どうにもリュカは、寒くて俺の毛布に忍び込んだらしいのだ。まったく気付かなかった。

 

 証言者Rは「オレの尻に何か硬いのが当たって、ビクンビクン動いてやがった!」そう言い、全力でぶっ叩いたけど仕留めたかなと寝床をひっくり返す勢いで死体を探す。

 

 全てを察したイグニスとフェミナさん。「無事に退治出来たようだぞ」「お尻をほじられなくて良かったわね~」と夜風に負けぬ冷たい視線を送って来た。

 

 悪いのは俺じゃないと思うのだけど、そこは女性の多い集団だ。居た堪れず、まだ交代の時間には早かったが火番を引き受けた次第である。

 

「ところでコレ、なに茶だろう?」

 

(昼に採ったウーチンとやらを使っていたぞ)

 

「げぇ、あの玉金か……」

 

 イグニスは次の火番のために飲み物を用意してくれていた。俺の好みを把握している彼女は珈琲を淹れてくれる事が多いけれど、稀にこうして変なお茶も出てくることがある。

 

 飲めるのかなと黄金色の液体を鍋からカップに注ぐ。漂う湯気の匂いは中々に香ばしく、生姜に似た爽やかさがあった。

 

(どんなじゃ?)

 

「うーん、土っぽい」

 

 覚悟を決めて口に運べば、咥内に広がる圧倒的な土臭さ。そして僅かに辛みや苦みのような味もする。せっかく用意してくれたので文句は言わないが、あまり美味しいものでは無かった。

 

「まぁイグニスらしいか」

 

 俺は温かいお茶を飲みながら、ぼんやりと昼間の出来事を思い出す。ウーチン。モアイ草原でイグニスが見つけて大はしゃぎしていた植物だ。

 

 根の断面が色鮮やかな黄金色で、香辛料や染料としても使われるものらしい。丸い根が特徴で、故に玉金とも呼ばれるのだとか。

 

 正直、玉金を連呼する魔女は面白かった。だが無自覚だったようで、フェミナさんが金玉に似ていると突っ込むと、真っ赤な顔を帽子で隠していたな。

 

 本来はもっと西の方の植物だそうだが、流石は浮遊島。世界を彷徨うだけあり分布が狂っているようだ。

 

「けど、なんか妙に懐かしい雰囲気もあるんだよね」

 

(色的には、なんかカレーっぽいの)

 

「それだ!」

 

 妙な既視感に首を捻っているとジグが言った。色もそうだが、イグニスが香辛料で味を調えているので、薄っすらとカレーの雰囲気があるのだった。

 

 もしやウーチンとはターメリックなのだろうか。異世界語で好き勝手に呼称されると、原形が判りづらくて仕方がない。だとすればカレー作りに必須なアイテムの一つで。まさに金にも値するという奴だ。

 

 気づいてしまった俺は深夜に人知れず、ひゃっほーいと叫んだ。当然うるさいとクレームが入った。

 

 

 少しして、俺はランタンを片手にいそいそと焚火の元を離れる。

 火番の最中だと少し罪悪感があるのだが、寒いとどうもトイレが近くなっていけない。

 

「こんばんわ」

 

「えっ、あっ……こ、こんばんわ」

 

 明かりを地面に置いて、いざと手頃な木にロックオンした時。背後から思わぬ人物に声を掛かられる。金髪ドリルさんのメイドちゃんだ。

 

 俺はキャッと内股になり隠すのだけど、少し隣ではメイドちゃんが気にした様子もなくスカートを捲くし上げる。なんだトイレか。何気なく視線を木に戻し、固まる。

 

 ………………は?

 一瞬女の子も立ってするんだと頭を過ったがそんな訳が無い。俺は震える声を振り絞り言った。

 

「ジ、ジグ。頼む。俺には確認をする勇気が無い」

 

(任せい!)

 

 魔王は既に俺から離れられる限界まで伸びて覗き込もうとしていた。それでも足りないので、もちっと寄れと指示があり、2歩ばかりカニ歩きする。

 

(ふっ、赤子の頃のお前さんを思い出すのう)

 

「男……だとっ……」

 

 リュカはまだ中性的な容姿なので悩む余地があった。けれども今回は完全なる不意打ちだ。脳みそが理解を拒む。あんな可愛い子に生えているはずがないと。

 

「どどどど……どうしてスカートを?」

 

「ああ、この女中服はお嬢様の趣味なんですよ」

 

(カカカのカー!)

 

 金髪ドリルさんよう、良いご趣味じゃないの。俺は無念のあまり膝から崩れ落ちたい気分になった。

 

 

 まぁせっかく出会ったのだし、暖かいお茶でもどうだいと拠点に誘う。

 ちなみドリルさんは謎の反抗心から拠点を分けている。彼女の中ではあくまで目的地が一緒というだけらしい。その割に寝床は10メートルも離れてないけどね。

 

 ありがとうございますと、眩い笑みで返事をするメイドちゃんを見て俺は思った。どうにかしてリュカと性別を入れ替えることは出来ないだろうか、と。

 

「メイルさんも大変ですね。お嬢様に振り回されてばかりで」

 

「えへへ。確かに今回は大変でした。町の移動程度は慣れているのですが、恥ずかしながら冒険は初めてでして」

 

(知ってた)

 

 メイドちゃんは火に当たりながら、お茶を口にして。なんだろうこれはと眉をしかめた。

 とはいえ、お嬢様にガッツがあると言うのなら、それを支える従者のガッツも物凄い。なにせ、あの歩くトラブルのような金髪ドリルさんを無事に浮遊島まで連れてきたのだから。

 

 お疲れさまと声を掛けると、よほどに過酷な道中だったのか、思い出してウルウルと瞳を濡らしている。大変だったんだね。

 

「あそこで皆さんに会えて居なかったらと思うと、本当に恐ろしいですぅ」

 

 その場合お尻ほじり虫を含めた森の魔獣と、モアイ戦士に追われるメイドちゃんだった。

 再びありがとうと頭を下げられて、いいよと返す。これも何か縁、というよりはお嬢様の運だろうか。

 

「でも、そんな無茶な行動なら止められなかったんですか?」

 

「もちろん忠告はさせて頂きました。けれども、きっと一人でも行ってしまうので、ならば影ながらお支えしようと思いまして」

 

(見える見える)

 

 困った人ですよねと、苦笑うメイドちゃんからはドリ子さんへの深い愛情を感じる。暴走するお嬢様に付き合う気持ちは良く理解が出来たので、そうだねと、しみじみ頷いて。

 

「まぁ、暴走のきっかけはイグニス様が煽られたからなのですが」

 

「うぐっ」

 

 心が痛んだ。なんか、ごめんね。

 てっきり責められるのかと思いきや、ここだけの話なんですけどと、焚火越しに顔を寄せて来た。俺もつられ、僅かに耳を傾ける。

 

「ヴィスお嬢様は、イグニス様の熱狂者なのでございます」

 

 賢者の末裔という血統。勇者一行という立場。魔獣暴走での活躍。

 金髪ドリルさんの無茶には、同じ年ごろの魔法使いであるイグニスへの憧れと嫉妬が入り混じっているのだと。

 

 あの無駄に前向きな自信と思考は、イグニスに出来るのだからという厄介なファン精神のようだ。

 

「だからこそ、少しの間ですが同行させて頂きありがとうございました。この経験は、きっとお嬢様の成長に繋がると思うのです」

 

 三度、ペコリと頭を下げるメイドちゃん。目的地に着いたら別行動の予定なので、俺たちの別れは近い。

 

 なにせ丘の下にはもう町が見えているのだ。今日は暗くなったから移動を止めたけど、順調に行けば明日の昼まで掛からずに辿り着けるだろう。

 

 見ていて愉快なお嬢様だけに、寂しくなる気持ちもあった。だがそれ以上に思うのは、また何か余計な事をしないかという胸騒ぎ。

 

「近くに居たら当然助けるけど。町には騎士団も居るはずだから、なにかあったら、ちゃんと頼って下さいね」

 

「……はい」

 

 俺の真っすぐな視線から、メイドちゃんはフイと顔を背ける。なにも無ければいいな。けど、やりそうだな。そんな、諦めにも似た悲しげな表情だった。

 

「あの、少しですが、話せて良かったです」

 

「こちらこそ」

 

 あまり目を離せないからと、メイドちゃんは大事なお嬢様の元に戻っていく。

 俺はその背を眺めながら、あの可愛い顔で本当に付いているのかなと訝しんだ。違う違う。

 

「人の心配ばかりしていないで、自分たちの心配もしないとね」

 

(で、あるな)

 

 俺も大事な仲間を守らなければいけない。真面目に火番をやろうと周囲を見れば、月明かりが草原に散らばる岩戦士の残骸を照らしていた。

 

 もはや物言わぬ戦士を見て思う。ねぇ、ここで何があったんだい。

 未だ謎だらけの土地ではあるが、本丸はすぐそこだ。イグニス含め、集う冒険家達が彼らの滅びた理由を詳らかにするのだろう。

 

 

 

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