ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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407 調査隊との合流

 

 

「おっ」

 

 積もる雪を踏みしめれば、靴底から伝わる地面の硬さ。もしやと思い、つま先で雪を除ければ、それは見えてくる。石畳だ。

 

 かつてはここを馬車でも通ったのだろうか。人工的に整備され、舗装された路面が埋まっていた。いつの間にか目的の町跡にまで辿り着いていたようで。俺は視線を上げ、雪で覆われた荒野を眺める。

 

「この付近はすっかり原型が残っていないみたいだね」

 

 モアイ草原からは町らしきものが確認出来た。だからてっきり綺麗な街並みが残っているのだと思い進んでいた。

 

 だが、どうだろう。目の前に広がるのは建物というより、もはや瓦礫の山で。人の痕跡を見ても営みを想像することは難しい。

 

「なにも無いなら、もう帰りましょうよ~」

 

「まだ入り口だろう。あまり泣き言ばかりこぼすなら尻を蹴飛ばすぞ」

 

 魔女はそう言い、手袋をした手で雪の山をそっと撫でる。表面の雪が落ちた下には煉瓦が積み重なっていた。赤い瞳はなにを察するか、ふぅんと細められる。

 

「やはり、行く価値があるのなら神殿かな」

 

「……なんで、そう思うのよ?」

 

 元々目指していた場所だから俺たちは口を挟まなかった。けれど金髪ドリルさんは、イグニスの思考全てが気になるとばかり、結論を出した理由を問う。

 

「少しは自分で考えろ。誰だって分かる簡単なことだ」

 

 素っ気ない態度に、むぅと唇を尖らせるお嬢様。俺はさっさと進むイグニスの背を追いながら、確かにと意見に同意する。

 

(地震か)

 

「だろうね」

 

 道中にも感じた大きな揺れ。浮遊島が風に流されて、山にぶつかった衝撃だ。つまり、過去にはこの島に何度も大規模な振動が訪れたことだろう。

 

 地震を想定していない建物はまず耐えられない。まして古い町だ。それこそ煉瓦を積んだだけのような家ならば、ご覧の有様というわけである。

 

 ならば、その中で崩れずに残る建物はなにか。様々な条件はあるのだろうが、とりわけ頑丈に作られた重要施設という可能性が高いのではないか。

 

「なるほどなぁ。じゃあそこにアイリスって奴が居たのかな」

 

「それは流石に無いだろ」

 

 リュカは転ぶから止めろと注意しても、瓦礫の上を飛び跳ねて進んでいた。

 イメージするのはきっとベルモアの地獄なのだろう。神殿には神が居るという安易な発想をしているようだ。

 

「……あれ、でもどうなんだ?」

 

 だが、よく考えればこの世界。実際に神様は居る。信仰により加護をもたらす三柱を始め、四大精霊を含めた神が存在するのだった。水の神ウィンデーネと対面している俺は狼少女の意見を否定しきれずに首を捻る。

 

(魔族は神を崇めない。人間がそこを神殿だと思ったのであれば、祀られていたのは別の何かじゃろうな)

 

「へぇ」

 

 魔王の助言を聞いていると、目の前でリュカがすっ転ぶ。それ見た事か。

 この町は浮遊島の西北に位置する。丁度レチスコ山脈の奥に食い込んでいるので、雪が直に降り注ぐのだ。

 

「痛てて。失敗した」

 

「もう、気をつけなきゃ駄目よ。リュカちゃん」

 

 雪でテンション上げるなんて子供だな。しょうがないので後で一緒にカマクラを作ってやろう。フェミナさんに起こされるリュカを見てそう思うのだが、同時にはてと疑問が過った。

 

 人気も無く、周囲は見渡す限りの新雪だった。まだ町の入り口とはいえ、調査隊が来ていて足跡一つ残らない事があるのだろうか。

 

 まさか全滅。俺が不気味さに眉をひそめていると、イグニスは帽子に積もった雪を払い落としながら違うと否定して来る。

 

「彼らは空馬車を使っているんだ。だから遺跡に直に降りている。この辺りに足跡が無いのは、捜索の範囲を絞っているからだろう」

 

 つまり神殿の調査で手一杯なのではと。先ほどの呟きには、そういう意味も込められていたのだ。

 

 

 雪積もる遺跡を歩いていると、ほどなくして、狼少女がスンスンと鼻を鳴らす。

 リュカの嗅覚は、これまでも大活躍してきた重要なセンサー。ビビりな盗人は、魔獣じゃないわよねと俺の肩を揺らした。知らんがな。

 

「なにかあった?」

 

「飯の匂いがする」

 

(あーあれか)

 

 匂いが風に乗ってきたようで、方角を見極めたリュカはアッチと指で示す。

 言われて注視をすれば、遠くの瓦礫の影からは調査隊の無事を証明するように、白い煙が薄っすらと立ち昇っていた。

 

 曇り空で日の位置が確認し辛いが、そろそろ昼か。ご飯と聞くと、思い出したように腹がグーと鳴り催促をしてく来る。

 

「「腹減ったー」」

 

 誰かと声が被った。リュカかなと思い、声の方向に振り返れば、そこでは金髪ドリルさんがしまったとばかりに口元を抑えていた。

 

「オホン。お腹が空きましたわ~」

 

(いや、手遅れじゃろ)

 

 そのキャラ、作ってたんだ……。俺はなにか、とても見てはいけないものを見た気持ちになり、落ち込んだ。お願いだから俺の中のお嬢様像を返して欲しい。

 

「女なんてそんなもんさ。阿保みたいな髪型で気付きなさい」

 

「喧嘩ですわね。買いましたわよ?」

 

 そういえばこの魔女も社交界では笑顔を振りまいているのだったか。恐ろしや恐ろしや。恒例行事のようにいがみ合いを始めたので、俺たちは先に行くことにした。

 

「こんにちはー!」

 

「おおっ、ツカサ様。ご無事で何よりです!」

 

 警戒をさせないように、遠目から手を振って集団に近づく。真っ先に存在に気付き、迎い入れてくれるのは、青たんの騎士ことセリュー君だった。流石にもう傷は癒えているみたいだけどね。

 

 先に到着していただけあり、国の調査隊は開けた空間を陣取っていた。

 騎士団3名、魔導士団3名、学者2名。計8名の大所帯だけに、天幕や寝床を広げたスペースはまさに拠点といった趣きだ。

 

 リュカが感じたように、ちょうど昼飯時らしい。真ん中では煮えた大鍋が、グツグツと湯気を立てていた。

 

「悪天候の中、よくおいで下さいました。粗末な料理ですが、身体を温めるくらいは出来るでしょう」

 

 紺髪の騎士は仏頂面ながら、柔らかい声が好意を伝えてくる。手渡される豆のスープは優しく塩味が効いていて、冷えた身体にはとてもありがたい。リュカやフェミナさんも、口をつけてはホッと溜息を溢している。

 

 見れば調査隊の方々は随分と疲弊しているようだ。特に学者や魔導士団の人は、目に見えるほどに消耗をしていた。

 

「もしかして、調査は行き詰っているんですか?」

 

「ええ、実は少し。なので冒険家の合流を心待ちにしていたのですよ」

 

 聞けば、神殿には地下があり、かなり広いそうだ。それだけならばいざ知らず、要所要所で魔法による施錠がされてしまっているらしい。俺は草原に倒れるモアイ達を思い出す。この町は魔法が発展していたのだろうか。

 

「学者と共に魔導士団も解読に手を貸しているのですが、やはり専門外だと時間が掛かりましてね」

 

 仕込まれているのは、いわば魔法陣のパズル。正しい順に魔力を流さないと攻撃魔法が発動するのだとか。悪辣な罠にうわぁと頬が引き攣る。

 

 かといって場所は遺跡だ。迂闊に物理で突破しようとすれば、崩落する可能性もあった。だから素直にチマチマと進んでいるのが現状らしい。

 

 魔法学に明るい者が居ればと溜息を吐く若い騎士を見て、それなら力に成れるかもと言う。なにせこちらには、由緒正しき魔法使いがいるのだから。

 

 そう思ったところで真打ち登場らしい。やっと喧嘩が終わったのか、話は聞かせて貰ったとばかりに躍り出る影が一つ。

 

「オホホホ。私、登場ですわ!」

 

「ヴィス嬢、何故ここに!?」

 

 違う、お前じゃない。けれども一応彼女も学術派。望まれた人材ではあるのだろうか。

 金髪ドリルさんとメイドちゃんは、老騎士に捕まり、思い切り説教をされていた。どうやら彼女たちの身柄は引き取ってくれるそうだ。

 

 おじいちゃんはご迷惑をお掛けしましたと何度もペコペコと頭を下げてきて。いいよと片手で制す黒衣の魔女。魔法の話は聞いていたようで、ニチャリと邪悪な笑みを浮かべた赤髪の少女は言う。

 

「面白くなってきたじゃないかよ、おい」

 

 

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