ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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408 神殿内部

 

 

 そこは苔むす石に囲まれた、いかにも古そうな空間で。暗さと冷たさが無性に孤独を掻き立てる場所だった。

 

 ランタンを手に限界まで腕を伸ばすのだが、闇は深く、足元を照らすのが精々だ。果ての知れぬ奥行きと、高い天井は、さながら宇宙にでも迷い込んだ気分にさせる。

 

 思わず自分すら見失いそうな濃い黒の世界。だが果てはある。それはカツンカツンと壁に反響する足音が示していて。だから俺はこう叫んだ。

 

「やっほーーう!!」

 

 返ってくるやまびこに耳を澄ませていると、うるさいと頭を叩かれた。嗅覚だけでなく、聴覚や視覚まで優れている狼少女はグルルと牙を見せて威嚇してくる。ごめん。

 

「ツカサ、灯りはリュカに渡して、君は光球を使いなさい」

 

「はぁい」

 

 せっかくの遺跡なので探検家ごっこをしていると、魔女が後ろから光の魔道具で照らす。

 ランタンとは比べ物にならぬ照度は一気に闇を払い、地下空間の姿を一部露わにした。

 

 やはり広さはかなりのものだ。立ち並ぶ太い石柱が、この施設の重要さと頑丈さを訴えてくるのだけど、意外や壁や床に装飾は少ない無機質な場所だった。

 

「ほう。なんと明るい魔道具だ。それが噂の魔石を使ったものですな」

 

「フフフ、いいでしょう」

 

 学者のお爺ちゃんはイグニスの持つ最新魔道具に興味深々なご様子。強い明かりを覗き込み、目を眩ませながら観察をしていた。

 

 調査隊と昼ご飯を共にした俺たちは、まだ日も高いからと早速に神殿を案内をして貰うことになったのだ。

 

 このチームの要であるお爺ちゃん学者は、ちゃんとマッピングもしているようで。ついて来なさいと、お手製の地図を片手にガイドのように説明しながら先行してくれる。

 

「うぅ~。どうでもいいけど、ここ冷えるわね~」

 

「まぁ石に囲まれた場所ですしね」

 

 最初は風が無いだけ地上よりマシかとも思ったのだけど、日の当たらぬ地下の空気は冷えに冷え、さながら冷凍庫の中にでも居るようだと思わせる。

 

 そんな広い通路を調査隊と共に進んだ。迷わぬ足取りに導かれ、何度か道を曲がると、急に日が差し込む場所が現れて。

 

 なるほど、外に繋がっているのか。そう思った俺は、駆けて先を確かめようとした。

 だがセリュー君に肩を捕まれ、危ないですよと注意をされる。言葉の意味は、すぐに分かることになった。

 

「落ちるとこだった……」

 

(あらまぁ良い景色)

 

 ここが浮遊島だと思い出させるような、2000メートル上空からの風景が見える。

 奥深い山々が作る激しい起伏。大自然の立体的なパノラマを俯瞰するのは神の視点でも得た気分だ。

 

「御覧の通り、道はここで終わりです。恐らくは町の中央にも伸びていたのでしょうね、はい」

 

「へぇ。つまり町の下に通路を張り巡らせていたと」

 

「他にも何か所か途切れた道を発見しました。まず間違いないでしょう」

 

 学者はその事実から、ここが地下シェルターのような役割を持っていたのではないかと推察するようだ。

 

「年代を考えると、ドラゴン対策と思われますね。実際にこのような地下建設は、ドワーフを始め、過去に行われていた記録があります」

 

 フフンと得意げに語るのは学者の助手くんだった。チラチラと泳ぐ視線から、恐らくイグニスに良い所を見せたいのではないか。外見だけは美少女だからね。

 

「まぁ何かと戦っていたのは間違いないか……」

 

 魔女は案内のお礼として、こちらの情報も渡す。

 多くの岩戦士が朽ちるモアイ草原、そして隠れるように森の中にあった住居の件だ。

 

 話を振り返りながら、俺はふと思う。もしやあの集落に居たのは、この都市で始まった戦いから逃げ延びた人達だったのではと。

 

「ふぅむ。実に興味深い。すると肝心なのは……」

 

「ええ、戦った理由の方ですね」

 

「理由のほうなの~?」

 

 その末裔と思われる淫魔は、魔女達の着眼点を不思議がった。フェミナさんは大きな胸をたゆんと揺らし、助手くんに何故と聞く。だが顔を真っ赤にした青年は返事どころでは無い。ムッツリめ。

 

「何故もなにも、ここは特異点となっているんだ。つまり最終的には、魔王が参戦するほどの原因があったと見るべきなんだよ」

 

「いかにも。この魔王の爪痕は、偶然出来たものではないと考えるべきでしょうな」

 

(理屈ばかりで考えるのもどうかと思うがのう) 

 

 戦いに理由は要らない派の魔王は、必死に過去を探る人間を冷ややかな目で見ていた。

 まぁジグルベインの生涯は学者泣かせだろうな、とは思う。ドラゴンを滅ぼした理由が黒剣を研ぐためだけだったなんて、一体誰が納得をするだろう。

 

「でもさ、これ肝心の部分が無いってことだよな?」

 

「リュカはたまに鋭いね」

 

 地理を考えると、そういう事になるのだ。なにせ俺たちはもう島の端っこに居る。その先に都市の中心部は無い。

 

 浮遊島に残された遺跡が、巨大な都市の片隅にしか過ぎないのであれば、どう考えても重要なのは失われた土地のほうだった。

 

 まだ調べる価値はあるのかと狼少女が呟くと、学者のお爺さんは「甘い!」と声を荒げ、リュカは居眠りが見つかった生徒のようにピンと背筋を伸ばす。

 

「この通路の入り口が神殿にあったことから、重要施設を繋いでいた可能性が高いのですね。はい」

 

 なので彼らは神殿の調査を優先していたらしい。確かに、通路で結ばれているならば、辿り着くのも重要な場所の可能性が高い訳か。

 

 しかしシェルター。非常時は市民の避難場所になるのも想定された建物だ。一般人が立ち入れないように、施錠をされるのも当然で。調査隊は魔法でロックされた扉に足止めを食っていたのだと。

 

「そこで私の出番というわけでしてね!」

 

「お嬢様、頑張ってください!」

 

「本当に前向きだな」

 

 恐らく誰にも期待されていない金髪ドリルさんだが、魔法錠を解いてみせるから案内しろと胸を張る。学者は頷き、一番近いところはと地図を見た。 

 

「ほへぇ」

 

「あーなるほどね~」

 

 場所を移し、着いた先には扉があった。リュカとフェミナさんは茫然とそれを見上げている。

 

 高さ3メートルにも及ぶ大きな石の観音扉だ。人が通るだけならばこの大きさは必要ないのだろう。だがきっと、魔法陣を書くのに必要だったのだろうなと、デカデカ書かれた幾何学模様を見て思う。

 

「やべえ、さっぱり分からん」

 

(カカカ。致し方なし)

 

 魔女から魔法を習う俺でもこれなのだ、リュカとフェミナさんも同じ心境なことだろう。

 いや、よく見れば騎士団の人間さえも、私関係ありませんといった澄ました顔をしているか。

 

「なるほど。世代的には第5くらいかしら。随分と無駄だらけな太った式ですわ」

 

(おおっ、儂は金髪ドリルさんから初めて知性を感じたぞ!)

 

「推してるわりに失礼だなお前」

 

 だが、学術ならば任せろという言葉の通りに手はスイスイと動く。その速さは扉に苦労をしていたらしい魔導士団の人達が感嘆の声を漏らすほどだ。案外この調子ならばすぐに開けてしまうのだろうか。

 

「ちなみに、この鍵ってどういう物なの?」

 

「ふっよくぞ聞いた」

 

 説明大好きイグニスちゃんは、いいかいと人差し指を立てて、喜々と説明してくれる。

 なんでも、扉には物理的な錠が仕込まれているらしい。魔法陣の通りに魔力を流し、それが正解であれば解除されるものだそうだ。

 

「えっ、それは防犯的にどうなの」

 

「だから身内にしか分からないような偽装や囮を刻むのさ」

 

 魔法陣は世代を重ねるごとに精練されていった。ところがシンプルになるほど、式の解析が容易になったのだという。だから魔法陣や魔道具には、技術流出防止のデコイが使われる。

 

 それは皮肉も過去の世代が参考にされて。つまり、魔法陣は一回痩せて、また太ったという歴史があるそうだ。

 

「こういう分野こそ、まさに学術派の領域だね」

 

「なるほどー」

 

 モアイ草原でも古い魔法陣を容易く修復していた金髪ドリルさんだ。本当に得意分野なのだなと感心をしていると、脇でメイドちゃんがドヤっていた。可愛い。

 

「でも、実はこの解錠で厄介なのは認識の差だったりする。魔法学も地道に進んでいるからね、何度も常識は覆ってきた。今の私たちと過去では正解がそもそも違うことがあるのさ」

 

「あーそれでか!」

 

 解いたと思ったのに魔法陣が誤作動を起こしたのだと、魔導士団の一人が言った。

 その話を聞いた金髪ドリルさんは、プルプルと震えながら振り返り。どうしてもっと早く言ってくれないのと顔を蒼褪めている。

 

 もう最終工程だったのか、魔法陣はパァと赤く輝いているが、鍵が開く気配は一向に無く。まぁなんだ。さては自信満々だったのに間違えやがったな。

 

 扉がチュドンと景気よく火を噴いた。

 

 

 

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