ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「砂時計作戦は無事に成功のようですね、はい」
しれっと作戦名を付けていた学者のお爺さん。これが実行前ならば俺とて譲らなかったのだけど、終わったならばまぁいいか。
イグニス監修の古代魔法は浮遊島を動かした。砂漠にめり込んだレチスコ山脈との隙間からザアザアと音を立てて砂が抜け落ちていく。
さながら潮の引く勢いで下がる水位。いや砂位は、足を取られるほどの流れを生んだ。
まるで終わりのない滑り台に乗った心地。積み重なる砂が減っていくことで、ゆっくりと地面の高さが下がっていった。
「おお、予想の通りだ。やはり砂漠には建造物が埋まっていたか」
「確かにそうだが。お前にはアレが見えないのかよ!」
砂の引いていく様子を子供のようなキラキラとした眼で眺めるレルトンさん。
気持ちは分かる。足元から姿を見せる石の建造物は、当時の活気や息遣いが聞こえてきそうなほどに完璧に残されていた。
敷き詰められた砂が雨風や振動から保護した結果なのだろう。
だが相棒の猟犬が現実を見ろと頭を叩く。同様に俺も「ねえイグニス?」と隣で口を一文字に結ぶ赤髪の少女を見た。
「白状しろ、知ってたな」
「しらなーい」
(カカカ。生意気に拗ねておるわ)
返ってきたのは覇気の無い声。リュカに虐められたので不貞腐れているらしい。
この野郎と思うのだけど、きっと教授も学者も同罪だろう。やはり大事なことを隠していやがったか。
「戦闘に、なりそうですかね」
シャランと剣を構えるセリューくんが言う。
簡単な話だった。砂漠の砂が消えた時、現れるのは建物だけではない。そこに生息していた魔獣が。砂に潜んでいた怪物たちが、すべて丸見えになる。
勝手に巣を暴いておいて言うのもなんだが、こんなに生物が居たのねと思うくらいの多種多様な魔獣だった。
長さ20メートルはありそうな
一斉に襲われてはたまらない。これはやばいと俺は黒剣を引き抜くも。そんな時に金髪ドリルさんはフフフと余裕を見せるように微笑を浮かべてみせていた。
「一つ大事なことを伝えておきたいのですが。私、腰が抜けてしまいましたわ」
「……いま、なんて?」
優雅に言えば許されると思うなよ。けれど私もとプルプル持ち上がる手がもう一つ。メイドちゃんだった。
「というか、あんだけ魔力使った後でピンピンしてる方がおかしいんだよ」
「お嬢さんたちはともかく、お前たちまでもか」
吠える女冒険家に、老騎士が情けないと肩を竦める。
そうか古代魔法の反動。戦闘職と違い大きな魔力の扱いに慣れていなかったのだ。冒険家でも辛がるほどの負荷が掛かっていたならば金髪ドリルさんを責められまい。
慌ててセリューくんが動ける者を確認すれば、なんと教授や学者はもちろん、リュカまでもが行動不能だと判明した。なんて燃費の悪い魔法だろう。
「くっ、この場には戦えない者が多い。魔導士団を中心に、攻めてくる相手だけ倒せ」
「セリューさんって意外と人使い荒いっすね」
「俺も女の子を背負う役が良かったなぁ」
「グズグズ言うな!」
魔導士団はいましがた中心となり古代魔法を実行したばかり。文句の一つも言いたかろう。だが現場には余裕がない。なにせ俺たちは砂に運ばれて谷底に居た。襲われたら逃げ場が無いのだ。
まずは遺跡の中を目指す。セリューくんはそう支持を飛ばし、騎士団が動けない人を手分けして担ぐ。
俺もリュカを背負おってやるかと拾い上げれば、屈んだ隙にボスリと柔らかい物体が背中へ降ってきた。
「イグニスは自分で走りなよ」
「いいから行きなさい」
伝えておくことがある。耳元でぼそりと囁かれて、仕方なくそのまま走り出す。フェミナさんが私も背負えと後ろから付いてくるけれど、元気なので無視だ。
「うぉお来た来たー。【展開】!」
ぞろぞろと動き出すこちらに魔獣も気が付いたらしい。わぁ餌だとばかりに四方から集ってきて、俺が先だと出会ったはしから食い合いが始まる。まったく、野生っていつもこうね。
それでも何匹かは抜けてやってきて。ハイエナのようなまだら模様の獣が、魔導士団の風鞭で潰される。
(ほう。これが今の魔法使いの戦い方か)
「たぶん、そうなんだろうね」
俺も魔導士の戦闘をまじまじと見るのは始めてだった。
イグニスを固定砲台だとするならば、彼らの戦い方は自走砲。身体強化で能力を高めつつ、攻撃の一瞬だけ魔法へと切り替えているのだ。
身体強化と魔法の相性は悪い。だから騎士は魔剣技を使うが、どうやら魔導士は展開陣で解決したらしい。魔法陣を予め仕込むことで発動を速めているのである。
「エルデムさん、何処に向かえばいいですか!?」
「ふむ。これだけ町が綺麗に残っているならば、手前からじっくりと見たいですね」
「分かりました。捨てていきます」
学者は冗談を言うも、真面目騎士には真顔で返されていた。悲しそうな顔をしているけど、冗談なんだよね。
結局目指したのは、少し遠くに見えた一番大きな建物。魔法で援護をされながら、みなで固まって進み。
「ツカサ、静かに聞きなさい」
獣の雄たけびと魔法の炸裂音が響く、戦場のような場所で、ハスキーボイスが語りかけてくる。この前の話をしようと。
「この前?」
「都市が大きかったら、というやつさ。ここにも街があるなら、もう間違い無い」
ああ、と俺は目を細めた。確か地図を眺めた時にそんな話をしていたか。それがどうしたのだろうと思っていると、魔女は次にこう言ってきた。
「そんな巨大な都市はさ。霊脈も無く、資源の少ないこの島では、絶対に魔力が足りないんだ」
「なら他に魔力の当てがあった……世界樹みたいな?」
「そうだね。だが、魔力を税にするほど窮していたのも事実。けれど思い当たる物はある」
壁画を思い出せと言われて繋がってくる。あの絵には、始獣が果実のようなものを天使に捧げていた。つまり、その正体こそ世界樹の果実だったと。
確かに納得のいく推察だ。けれどコソコソと伝えてくるほどの情報ではない。
状況を考えて欲しいものだと呆れていると、耳元ではクツクツと漏れる笑いを抑える声がする。
「あるかも知れないぞ、ソレ」
「え?」
「だから、あるんだよ」
フェミナさんの手帳がなぜ残されたのか。レルトンさんと解読することで、薄っすらと分かってきたことがあるらしい。
彼女の先祖は、この島の重要な物を盗み取っているそうだ。だからこそ、歴史と共に隠し場所を子孫に伝えている。そうイグニスと教授は読み取った。
「じゃあ手帳は宝の地図かも知れないってこと!?」
(うっほーまじか)
「しっ、声が大きい。巨大都市、発展した魔法、岩の戦士。大きな戦力を持つこの島が、心不全を起こして滅びたのは、か弱き者の小さな反逆だ」
本来ならば都市の魔力の中心なんて盗めるはずがなかった。けれど、そう。彼女の一族は淫魔。ささやかな魅了の力と、弱さゆえの警戒の低さが、致命の一刺しを可能にしたのだ。
「それ、フェミナさんには」
「伝えるよ。でも、全部判明してからの方がいいだろ」
「……うん」
一つの都市を終わらせた。それは英雄か大罪人か。彼女の一族が人間に紛れて、流浪の生活をしていたのは、追われていたからという可能性もある。歴史が明らかにならなければ、その行いが善か悪かは分からない。
「くっ、入口が見えて来ましたが」
魔獣に追われ走っていると、いよいよ建物に近づいてくる。
石造りの巨大な建物には扉付きの門が存在した。そこにもでかでかと描かれる魔法陣。
地下は錠として存在したが、こちらは単純に魔法を使わないと開閉出来ないのだろう。そのくらい大きかった。
どうすると顔を見合わせる調査隊。
近くには獣の群れが。しかし迂闊に魔法陣を起動させると、あの白金の戦士にエネルギーが。
俺は悩む男達の横を通りぬけて門へ飛ぶ。
これは敬虔な信者からのありがたいお言葉である。『蹴って開かない扉は無い』
「お邪魔しまーす!」
(豪快にいったのう。カカカのカ)
ブチ破った扉から、いよいよ本丸に突入する俺たち。
浮遊島は山に刺さり時間の心配は消えた。ならばもう、全部全て、スリッとまるっとゴリッと解き明かしてやろうじゃないかよ。