ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
透明なガラス玉の正体が加工された人間と言われ、フェミナさんはひっと手の中の玉を落とす。パリン。部屋に響く高い音と、床に散らばる破片。ひょっとして、いま一つの命が砕け散ったのだろうか。
「あーあーやっちまったなぁ」
「だって、だって~」
灰褐色の髪の少女はからかい混じりに盗人を虐める。まぁ突然そんな話を聞かされれば動揺もするだろう。
俺とてどんな表情をしていいのか分からない。とりあえずドンマイと励ますと、意外やイグニスもそうだと肯定してきた。
「気にするなよ。こんなのはもう、とっくに終わった命さ」
魔石症という霊脈が硬化する病気があるそうだ。これは似た症状を無理やり引き起こしたのだろうと。魔女はそれが可能な物を一つ知っていると、ピンと指を立て言った。
「天使の羽根。魔獣を強制進化させるほど高濃度な魔力の塊ならば、あるいは。もともと魔石は地脈の一部が固まったものだしね」
「げぇ、俺が食べたやつじゃん……」
(儂はさんざん止めろと言うたからな!)
しかし天使の羽根か。忘れていたけれど、そんな物もあったね。
俺は、ははぁと納得した。コレだけを見たならば理解出来なかっただろうけれど、すでに結果を知っていれば答えは簡単である。
人間は死ぬと魂が霧散するそうだ。しかし霧散しなかった例を大森林で目撃していて。
これは、そういうこと。死んで魂が霧散する前に、固定してしまえという実験なのだろう。
「目指したのは不老不死かな」
「さて。でも兵士になったのは希望者たちだろうね。貴重な物をそう簡単に振る舞うとは思えない」
ありそうな話だった。それでなくても浮遊島には多くの岩兵が居たのだ。全員が無理やり改造された奴隷では国の維持もできまい。
肉体からの解放。寿命ある体から、替えの利く体へ魂を移す技術は、ある意味、死の克服と言えるのかも知れない。
俺は、本当にどんな顔をしたらいいのか分からなかった。命を弄んでいるようで、けれど体の不自由な人や、余命まじかな人には希望にもなりえると思ったから。
「ふざけんな。オレはそんなの認めねえ。獣人はアパムゥを胸に生きているんだ」
けれど狼少女は真っ向から否定する。有終の美。死を恐れるからこそ勇気を喝采せよと。
根からの戦士だねと微笑むと、フェミナさんまでもが、そうよとリュカに同意した。
「あの牢屋を見たでしょ。コイツら、人の命を散々弄んで、自分たちだけ永遠に生きようなんてふざけているわ!」
「まぁ、だから滅びたとも言えるがね。この技術はしょせん欠陥さ。けれど、そういう思想があったのはハッキリした」
魔女は赤い瞳でキッと壁を睨みつけた。そこには銀で出来た紋章があった。教会跡で見たのと同じ、羽根をモチーフにしたものだ。
なんとなく浮き上がる、この国の不気味な輪郭。よもや永遠を謳う宗教でもあったのだろうか。いや、残された言葉は楽園。本当に死の無い世界を願っていたのかも知れない。
「イグニス、あと足りないものは何?」
「そうだな。目的。【箱舟】の魔王が、こんな島を作ったのには絶対に理由があるはずなんだ」
考えてみろと言われた。不老不死の技術が使われる先がなぜ兵士なのかと。
灯台下暗しな視点に、おおと言葉に詰まる。単純に兵士として優秀そうであるが、ここは浮遊島。空に浮いてれば領土侵略も無いのに、何と戦うという話だ。
奇しくも、この基地は兵士の製造元。ならば、その理由とやらが残っていても不思議では無い。俺たちは奥に行こうと全員で頷き合って。
「やべーですわー! まじやべーですわー!?」
(カカカ。やべーのはその語彙じゃい)
誰かなどと考えるまでも無いだろう。広い工場に金髪ドリルさんの猿叫が響き渡った。
危機を感じるものではないから放置してもよかったが、新発見があったのかも知れないと足を運んでみる事に。
声は俺たちが通ってきた組み立て場のすぐ傍から聞こえた。おそらくは意識的に別ルートを選択したのだろう。
やけに大きな部屋に通じる扉がこじ開けられていて、どうしましたと、そうぅと覗き込んでみる。
「へぇーこりゃ凄い」
「いや~ん、うっそー!!」
その部屋を覗き込んだ淫魔も嬌声を上げる。人の抜け殻を見た後で随分と軽い反応だなと思うが、致し方無い。そこには目を見張るほどのお宝があったのだから。
金や銀のインゴット。朽ちた鉄類の中、悠久の時を超え、輝きの失せぬ金属が大量に積まれていたのだった。
「少量ながら
「お嬢様、ポケットからはみ出しておりますよ!」
「あら失礼。オホホ」
金髪ドリルさんは笑いながら、オリハルコンをポケットの奥にねじ込んだ。
戻しなさいと老騎士が取り上げると、嫌だ嫌だと泣き縋る。とても見覚えのある光景にお嬢というのはどこも一緒だなと思った。
「おい、あんなのと一緒にしてくれるなよ」
「なんならもっと酷いけどね」
納得いかないようで、むぅと睨んでくるイグニス。けれどこっちは魔王様だって味方してくれるぜ。
ところで気になるのがメンバーだった。どうして老騎士と金髪ドリルさんたちが一緒に居るのだろうと疑問に思う。
「この子も奥を調査したいと言い出したから、私が付き合うことにしたのだ」
ドリルさんは、こんなだが魔法錠を解除した実績もある。魔法関連ならば力になるとセリューくんが判断したらしい。そして一発目で金塊を引き当てたと。凄いな。これだけあれば俺も延べ棒の一本くらい欲しいところだ。
「けど、ただの倉庫に見えるのに、こんな無造作に金が置かれてるなんて」
「いや、倉庫だからだよ。住んでいたのは魔族だろうから、金や銀も素材としてしか見ていなかったんだね」
「もったいねーな」
俺はシャルラさんが金は食べられないと言っていたのを思い出す。
人間はキラキラ光る物が大好きであるが、魔族はまた別のものに価値を見だすのだろう。魔力が通貨だったら面白いな等と考える。
「とりあえず、この量はセリューに報告が必要だな。あの三人組にも手を出させないようにしなければ」
「ちぇーですわ。そちらは何か発見ありましたの?」
「うっ……」
期待を込められた視線が痛かった。よもやモアイの動力が実は人間でしたとは言い辛い。けれどイグニスは隠す事ではないと素直に実験場の在りかを伝えた。
魔法使いならばアレを見ればすぐに察するのだろう。見ない方がいいと思うのは、俺の傲慢だろうか。
金髪ドリルさんは、早く行こうと老騎士とメイドちゃんの腕を引っ張るが、扉まで近づいたところで通路側から縁を掴む手が表れて。
「ツカサ、気をつけろ。そいつ血の匂いがする!」
突然の登場者に驚くお嬢だが、その姿を見て二度驚いていた。よろけた足取り現れたのは、騎士団の一人である大柄で茶髪の男だ。名前は確かルニマン。どういう訳か彼は血塗れだった。
「ううっ助け……」
「お前っ、その姿はどうした!?」
慌てて肩を貸そうとする老騎士。俺も助けねばと近づくのだけど、顔にぴっと赤い液体が飛んできて目を疑う。
一瞬の出来事であった。元気に立ち上がる男に対し、崩れ落ちる老騎士。
あれだけ白金の戦士との戦いで腕を見せた老人が、一刺しされて背中から刃を生やしていた。
「なにしてんだテメェー!?」
俺は怒りに任せて殴り掛かる。咄嗟のことで闘気を纏えなかったのが痛い。吹き飛ばすが魔盾を出され、仕留めた手応えが無い。そこでやっと異常を理解したか、倉庫の中に女性陣の悲鳴が響き渡る。
「しくじったな。一番厄介なのを潰したと思ったが、黒の旅鳥も一緒だったか」
「イグニス、お爺さんを頼む!」
「わかった!」
「無駄だ。心臓は避けられたが、致命傷だよ。回復薬はあの戦いで使い切っただろう」
ゆらりと立ち上がる男は、殺意と裏腹に泣き顔だった。混乱しかけた頭で目に付いたのは首元に下げた、軍服に似合わないブローチ。はめ込まれた宝石にまさかと思う。
「もしかして、操られているのか……?」
「違う……けど……なんで、こんな事にっ!!」
(お前さん、そいつの剣を見ろ)
相手は支離滅裂な言葉だったが、ジグルベインに言われて理解する。あの男は先の戦いで剣が折れたはず。ならばそれは誰の剣で、浴びたのは誰の血だ。
脳裏に過る真面目騎士の顔に、無事でいてくれと願った。