ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
命からがら二階へ逃げ出したものの、息つく間もなく背後の床が撃ち抜かれた。
床を貫き、さらに天井まで壊したのは石砲だろうか。俺の魔銃とは比較にならない高威力だ。
「うぉぉ、あいつらアレで生きてるのかよ!?」
「魔導士団だからねえ」
俺がホヘーと感心しながら頭上を眺めていると、狼少女は驚愕に目を張る。下は火の海だものね。けれど正直それは想定内。相手には水魔法の使い手も居るのだから。
「ツカサ、足を止めるな。来るぞ、来るぞぉ~」
「来るってなにが……ぎゃー!」
想定外があるとすれば、殺意の強さだ。
不都合を知るものは生きて帰さない。そんな意志の硬さを実感するほどに、やたらめったらに魔法が連射される。
俺たちはこりゃ堪らんと大慌てで部屋から脱出した。移動をするのと床が崩れるのは、そう変わらないタイミングだった。
危なかったと胸をなでおろすと同時、彼らは引き返せないところまで行ってしまったのだなと悲しい気持ちになる。次に顔を合わせる時は、問答無用の殺し合いになるのだろう。
「レルトンさん達は居なかったけど、学者さんたちはどうなったかな?」
「おそらく無事だよ。彼らは武力で反逆されたら抵抗する術が無いからね」
魔女の言葉に、ならば早く助けようと反応する。すると落ち着けと、宥めるように額を小突かれた。赤髪の少女は、先に裏切ってくれたのは好都合だと薄ら笑うのだ。
「私も抜け駆けする間を計っていた。大義名分が出来てなによりさ」
「何を……言ってるの?」
「おいおい、この建物に入る前に説明したろ」
フェミナさんの手帳が宝の地図かも知れない。その話は確かに聞いたけれど、裏切るとは一言も相談されてないぞ。
けれど、そうか。契約で俺たちの成果はクリアム公国に没収されるのだ。本当の意味でお宝を手に入れるには、存在を隠すしか。裏切るしかないのである。
「アイツらと同じ思考じゃん!」
「馬鹿言え。君があんな条件呑むからだ。大公子め、なにが見合った報酬は出すだよ舐めやがって。こちとら金で買えない物を求めて空まで来てるんだっつーの!」
俺は立ち上がりキレた。するとイグニスも今回は譲れんとばかり逆ギレをする。
言いたいことは少し分かるけど。この女は、最初から宝を見つけた時点で約束を反故にする気だったということ。最低か。
「どっちでもいいけど。大事なのはこれからだろ」
(楽しい皆殺しの時間じゃ)
「むぅ。どうしたもんかね」
魔王の戯言は無視するが、少し状況が変化しすぎていた。
今までは浮遊島の歴史を探り探りで行動していたけれど、発見した基地の中には予想もしなかった宝の山。
これが金の魔力という奴か。手の届く富に誰もが狂い。いわば第二フェーズ。お宝争奪戦へと移行してしまったのだ。
「いや、残念だがそう単純な話じゃない。あの騎士も魔導士団も、様子がおかしかっただろう?」
「……うん」
そうだねと俺は頷く。魔女曰く、感情が不安定な時は魔力が揺らいでいた。それは呪術の反応だとのこと。分かりやすく言うと、彼らはフェミナさんの使う魅了のように、欲望を増大させらているらしいのだ。
「その原因がこれだね」
「なんだそりゃ?」
イグニスの手の中にあったのは、あの透明な魔石が埋め込まれた腕輪だった。
覗き込む俺たちの前で魔石に魔力が流される。すると腕輪がカシャンと変形し、まるで蜘蛛のようにワシャワシャと脚を動かす。狼少女はシャーと威嚇した。
(ほうほう。これはモアイの仲間か)
つまり自律人形はモアイ型だけではなかったという話だ。元より形に囚われない存在。どうして種類があると考えつかなかったのだろう。
イグニスは呪いを埋め込んだコレを装飾品に混ぜて奴隷の管理に使っていたのだと推察する。たしかに恐怖を煽るだけでも支配はしやすかったはずである。
「なるほど、それで。これじゃあ一概に悪とは言えないな」
実際に体験したことがあるので、あの抗いがたい感覚は理解で出来た。
理性というブレーキが壊れるような。普段ならば踏み止まれる場所で、誰かに背を押された気分になってしまうのだ。
さながら、飲まず食わずのところに差し出される一杯の水。不眠と疲労の果てに辿り着いたフワフワのベッド。ミニスカートとニーソを履いたイグニスだ。その誘いを断れという方が難しい。
「けど、おかしい原因が魔法なら彼らを止められるかな?」
「ツカサは甘めえよ。理由はどうあれ相手は殺す気で来るんだぞ」
相手の力を認識したリュカは、油断すればやられるだけと表情を険しくしている。戦いになると嗅覚の鋭い奴である。
そう、調査隊の目的は単純で。合法的に宝を手にする事。つまり共犯者の作成であり、真実を漏らす者の抹殺だ。早めに手を打たなければ、死者も敵も増えかねない厄介な事態だった。
「とりあえずフェミナさん達の保護が優先かな。場所も割れてるし、倉庫にも大量の金があるし」
きっと狙ってくるだろう。方針を打ち立てれば、特に不満は出なかった。問題はどうやって戻るか。二階の調査はまだなので、階段の場所も分からない。
そこで、ジグに崩れた床から下を覗いて貰った。相手はすでに部屋の中に居ないようだ。
やはりというか、どこか冷静な連中である。俺なら瓦礫で埋まった宝を掘り返しそうだけど、それは場を掌握してからでも遅くないと判断したらしい。
「こりゃ急がないとやばいな」
俺たちは抜けた床から一階に飛び降りて、来た道を通りながら倉庫に向かった。
騎士達と出会ったならば戦闘も辞さないつもりだったが、意外や遭遇は無く。大丈夫ですかとフェミナさんたちを置いてきた部屋に戻る。
「あ、良かった。無事に帰ってきてくれたのね~」
胸元にバフリと飛び込んでくる薄緑髪の女性。その柔らかさにうっかり鼻の下が伸びる。なんというか、こういう事を素でやられると、彼女は天性の男たらしなのだなと思う。
「……そうか。奴らはここを無視したか」
イグニスは赤い瞳を細めて、室内を見渡した。
金髪ドリルさん達は物陰に隠され、次は不覚を取らぬとばかり鬼のような殺気を放つ老騎士。なんとか被害は無いようだ。
「ルニマンは、セリューはどうなりましたか?」
「それが……」
気が重いが顛末は伝えなければなるまい。言うよと口を開く魔女を手で抑え、俺からなにがあったかを伝える。
老騎士は、調査隊の裏切りと真面目騎士の死を知り一言。「ばか者」と小さな声を漏らした。その切なげな声色は、どんな怒りや罵倒よりも胸に深く刺さった。
「皆はここに居てくれ。私が責任を持って首を取ってこよう」
「そうも行かないから戻ってきたんだ」
逸る老人の道を塞ぐ魔女。先ほどの腕輪虫を床に投げ捨てると、この件には黒幕が居る
と言う。
「黒幕ですと?」
「ええ。下手に潰しあうのは相手の思うツボですよ」
「お前、まだ持ってやがったのかよ」
腕輪虫はリュカにぐしゃりと踏みつぶされた。
せっかくの証拠になんて事をと怒るイグニスだが、他の人は事情も分からずに首を捻る。けれど俺はそうかと、顎に手を当てた。
呪具の発動には魔力がいるのだ。けれど魔法錠の前例があるので、迂闊に道具へ魔力を流す馬鹿は居ない。つまり故意。騎士同士の対立はあくまで感情を揺さぶり、この状況を作るためと。
誰が考えたか知らないが、まったく吐き気がする筋書きだった。これでは真面目に職務を果たそうとしたセリューくんが浮かばれまい。
「人ならば。特に空まで来る冒険家には欲も多いからね。そこを上手く突かれたということなんだろう」
「説得力あるな」
「あれ、もしかしてイグニスもすでに?」
「喧嘩売ってんのか、ああん?」
とにかく、イグニスは戦力を減らすのは下策と訴えた。
調査隊は浮遊島に居る冒険家たちの主戦力。仮に思い通りに事が運ばなかった場合、抑えつける暴力が必要で。
「あるだろ。最悪は全てを抹殺出来る装置が」
「ま、まさか」
オリハルコンの兵士。その辺りに魔力を注ぐだけで目覚める墓守は、全ての戦力をぶつけても一方的に蹂躙されたばかりだ。
リュカが嘆きのあまりに天を仰ぐ。俺も気持ちは似たようなものである。相手はとんでもない自爆スイッチを握っているらしい。