ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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423 やってやんよ

 

 

「今こそ力を合わせて、この危機を乗り越えるんだ!」

 

(誰じゃコイツ)

 

 舌も乾かぬ内に、とはこの事か。キラキラした目で熱弁を振るう赤髪の少女は、ほんの少し前に「宝は私が頂くぜ、ぐへへ」とぬかしていたばかりだった。

 

 あまりの醜さにリュカが殴るかとジェスチャーしてくる。俺はやめなと首をゆっくり横に振った。

 

 最低だが言ってること自体は正しいから困ったものだ。

 老騎士の実力であれば、騎士たちをまとめて倒すことも出来るのだろう。だが、相手に白金の戦士という切り札が存在するなら話は変わる。

 

「追い込んだら自爆とか最悪だ」

 

「倒せば倒すほどに自分たちの首を絞めるとは厄介ですな」

 

 怒りに燃えていた老騎士も少し頭が冷えたらしい。脅威を認識するだけに、どうしたものかと冷静に状況を見つめ始める。

 

 そこで魔女は待っていましたとばかり一言。良い案があると場の主導権を握りに行った。

 

「ヴィス。お前が呪術を解読して、中和術式を組め」

 

「えっ、そんな事出来るんだ」

 

 つまり欲の暴走状態を解けるということだろう。そうすれば少なくとも殺し合いは終わるはず。

 

 なんだ簡単な方法があるじゃんと言えば、役割を振られた金髪ドリルさんが、いやいやと声を荒げる。どうやら無茶振りだったらしい。

 

「こ、この場で? 言っておきますけど、呪術は脳や神経に働きかけるから、かなり繊細で。とてもぶっつけ本番で試すものでは無くってよ!」

 

「知ってるよ」

 

 だがやれ。魔女は踏みつぶされた腕輪虫を拾いあげて金髪ドリルさんに握らせた。発破の言葉は、君にしか出来ない、などと優しいものではなく。初対面の時を思わせる、貴族令嬢式ガンつけだった。

 

「なぜ調査隊がここを素通りしたか、分かるか?」

 

「それは……」

 

「お前さ、舐められているんだよ。あんな奴は戦力にならない。むしろ合流したら足手まといだってな」

 

 悔しくないのかと。目に見える挑発だ。自尊心の塊のような令嬢は、沸騰したヤカンのように顔を赤くする。

 

 けれど同時、彼女は負けん気の塊で。

 結果救われたことになるが、老騎士がもう死んだと思われたからこそ無視されたのは事実だから。

 

「どいつもこいつも学術派を舐め腐りやがって。貴女も含めて全員ギャフンと言わせてやるから、楽しみにしてるといいですわ」

 

 道端の小石のように扱われた金髪ドリルさんは挑発に乗り。やってやんよ、と。中指でも立てそうなご機嫌な顔で返した。

 

 行動は早く、その場に座り込むや腕輪を解体していく。メイドちゃんが何も言わずに明かりで手元を照らした。

 

 宝石を外すと現れる小さな魔法陣。あれが呪いの本体か。複雑な式と向き合う金髪ドリルさんの表情は、冒険に挑むイグニスのような顔をしていた。

 

「なぁ。もしかして、奴らからその宝石を外せば終わりじゃなかったりするか?」

 

「言われてみれば、そんな話だよね」

 

 魔法に疎いので黙って眺めていたリュカだが、げぇと面倒くさそうに眉をしかめる。

 イグニスが仕方ないなぁと説明するのを、俺は内心ででかしたと思いながら横で耳を澄ませた。

 

「他人の魔力は毒と言っていい。それを脳へ流している時点で負荷は分かるな。特に今回は強引な手法だ。無理をすると最悪は廃人になる」

 

 呪術は場合によって国際法で禁止されるほどと聞いて、老騎士はバツが悪そうに目を背けた。魅了の能力を持つフェミナさんには察しがついたようで、自白に便利そうとよね~と囁く。

 

 なるほど。ここも軍の基地ではあるが、人間も少し前まで似たようなことをしていたと。どちらも業が深いことで。

 

(でもなけりゃ呪い、などとは呼ばれんわな)

 

「それもそうか」

 

 とにかく分かったのは強引に外しては駄目ということ。言われなければ絶対にやっていたので、知っておいて良かった。

 

 呪術の問題は金髪ドリルさんに丸投げし、では俺たちはどうすると方針を話し合おうとする。その時、遠くで爆発音が響き、建物がズシンと揺れた。

 

「キャ」

 

「今の感じは2階かな……」

 

 戦闘音。さしずめ、他の冒険家とも交渉が決裂したといったところか。呑気に打ち合わせをしている余裕はなさそうだった。状況はいまだ動いているのだ。

 

「行こう!」

 

「そう来ると思っていた」

 

 俺は言うや廊下へ飛び出す。分かっていたとばかり追従してくるイグニスとリュカ。そして一息遅れて老騎士まで。心強いね。

 

「殺しちゃいけねぇんだろ。どーする?」

 

「手足の2~3本へし折ってやれば止まるだろ」

 

「その方法だよ!」

 

 狼少女は作戦を聞いていたようだ。作戦なにそれ美味しいの。それを決める時間が無いから走っているわけで。だから俺は言ってやった。アパムゥだと。馬鹿にするなと怒られた。

 

 しかし、急いで調査隊の所へ向かう途中にイグニスがピタリと足を止める。いまこうしている間にも同士討ちをしているはず。俺は急ごうよと声を掛ける。

 

「いや、少し気になってね。知識欲も、また欲だなと」

 

 彼らの裏切りの理由は、金だったり、立場だったり、命だったり。増幅された欲に振り回されている。ならば知識を欲するものはどうだ。こんな状況でも、ただ貪欲に知識を求めるのではないかと。

 

 馬鹿なと否定したい所であったが、そういう事をしそうな顔もまた思い浮かぶ。俺はあえて誰とは口にしなかったけど、狼少女はああと頷き、その名を呼んだ。

 

「あの学者とか絶対やると思うぜ」

 

(うむ)

 

 全員がやりそうと目を細めた。答えは出たようだ。

 あるいは調査隊を陽動に使うその思考こそ黒幕に相応しいもので。イグニスは慌てて来た道を戻っていく。

 

 当てはあるのかと思ったが、ある。ここは一度俺たちが調べたエリアだ。発見したものといえば、組み立て途中のモアイと結晶化した人間。その中で学者が興味を持ちそうな物は一つ。

 

「エルデム。こんな時に貴様、何をしている!」

 

「おや、オウル。なんだ生きていたのか」

 

 実験室には、手術台に乗る結晶をつぶさに観察する人影があった。俺たちの登場に目もくれず、学者爺は淡々と受け答えをする。

 

 この島には調査をしに来たんだ。調べることの何が悪い。人が死んでいる状況で、なお周りに一切の興味を抱かない様に、爬虫類のような冷たさを感じた。

 

「大胆な反逆に出ましたね。つまり国を裏切るだけの発見をしたと受け取りますが」

 

「……そうですか。君にもこの価値が分かりませんか。はい」

 

 いまにも斬り掛かりそうな老騎士に代わり、イグニスが交渉に立つ。

 俺はその隙に魔石付きの装飾品を探すのだけど。なんてこと。所持をしていない。もしや素だとでもいうのか。

 

「岩の戦士。興味深いではありませんか。まして、その正体が人間であったならば、替えの利く肉体とは、不老不死を手に入れたに等しい」

 

「呆れたな。滅んだ国を見て、そんな感想しか抱けないのか」

 

「そんな、とはなんだ! 人は老いて死ぬ。それはどんな英雄でも、勇者だろうと避けられぬ運命だ!」

 

 やっと顔をこちらに向ける学者。

 明かりに照らされた姿は、酷く辛そうな雰囲気であった。目が充血し、額からは玉のような汗。さらには呼吸が荒く、肩で大きく息をしている。

 

「大丈夫ですか?」

 

 どこか怪我でもしているのだろうか。俺は心配になり一歩踏み出すも、学者は気にした素振りも見せずに、語り口をより熱くし。

 

 この発見をセリューも理解してくれなかった。その言葉が出た瞬間、今まで堪えていた老騎士が飛び出す。その速さはまさに電光石火。学者は一瞬のうちに首を抑えられ、壁に叩きつけられた。

 

「答えろ。皆に呪術を使ったのはお前か!」

 

「ふふ、老いたなオウル。昔の君なら、躊躇せずに殺していたはずだよ」

 

 手に力が込められて、喉を握られる学者はぐきゅと汚い声を漏らす。それでも口は止まらず、こう言った。

 

「魔族の進化論を知っているか。奴らが闘争を好むのは、本能だ。死に瀕するほど、細胞がより強く活発になるんですね、はい」

 

(いかん! 早く殺せ、ソイツは始獣を食べているぞ!)

 

 進化。その変貌を俺は目のあたりにし、彼らの見つけた物を理解する。

 モアイ戦士は人が魔石となり動かしていた訳であるが、俺たちが知ったのは言わば結果で。だが学者たちは、製造法の秘密を覗いてしまったのだろう。

 

「私はまだ知りたい。ただ老いて死ぬなどまっぴらだ。その為ならば、私はー!!」

 

 学者は人間を捨てた。

 

 

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