ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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424 学者の変貌

 

 

「この愚か者めが!」

 

 間髪入れず、とはこのことで。学者の変貌を察知した老騎士は、即座に腰の短剣を引き抜いて首を落とした。断末魔すら残すことなく、頭部がゴロリと床を転がる。なんともあっけのない最後だ。

 

「つ、つえー」

 

「そうか、リュカは見てないんだっけ」

 

 俺は実力を知っているので驚きはしない。元は騎士団長という肩書まで持っていたそうだから、強いのは当然なのだ。

 

 犠牲が出たのは悲しいが、黒幕が逝ったならば、この反乱もじきに収まるだろう。せめてもの手向けとして、頭の前で冥福を祈り。

 

「ふぉあ!?」

 

 生首と目が合った。それだけならば、まだしも。こちらを見てニタリと笑いやがったのである。おしっこ漏らすかと思うほど怖かった。

 

「ふ、フハハ。素晴らしい。これが進化の力ですか!」

 

「こいつ、まだ生きてっ」 

 

 いや、動くという方が正確なのか。その姿を例えるならば、幽霊(レイス)。学者は生前の姿のままに、肉体を捨てて飛び回る。

 

 俺は少しばかり唖然とした。なぜなら、宙に浮く半透明な姿がジグルベインを彷彿させたからだ。

 

「幽体離脱。なるほどな~霊脈が固まりきる前に死ぬとこうなるのか」

 

「観察してる暇があったらテメエも攻撃しやがれ!」

 

 幽霊学者はケタケタと不気味に笑いながら部屋中を飛び回る。その間、俺たちもただ眺めているだけのはずもなく。

 

 二刀の短剣が、黒剣が、槍が彼を襲うのだけど、まるで霞でも斬ったように身体を通り抜けてしまう。

 

「くっ。まさにジグを相手にしている気分だ」

 

(それはおかしいのう。儂はお前さんの剣にかすった記憶すら無いのだが)

 

 とにかく当たらない。斬れない物をどうやって倒せというのか。

 無敵。そんな言葉が頭を過ったとき、敵はいよいよ反撃に移り。伸ばされた手が俺の腹を貫いた。

 

「……あれ?」

 

「……おや?」

 

 普通に通り抜けて終わった。どうやら、相手からの干渉も受けないらしい。もしかしてこれ、凄く不毛な戦いなのでは。

 

 しかし、そこは学者。ならばこれはどうだと言うや、腹部を激しい痛みが襲う。魔力を流したのね。防御無視の一撃。効いたぜ、くそが。

 

「でかしたツカサ。やっと動きを止めたな」

 

 イグニスは膝から崩れる俺を抱えながら手を伸ばした。拳の先には魔法陣が展開し、幽霊爺はひぃ~となんとも情けのない悲鳴を上げる。

 

 だが魔女に一切の躊躇無し。ウラァという掛け声と共に炸裂する爆陣拳。指向性のついた爆発が霊体を襲う。

 

「どうなった?」

 

「さぁ」

 

 リュカが煙を手で仰ぎながら聞いてくる。人間であれば爆散していそうなものだが、相手が幽霊ではいかんせん読めない。

 

「うぎゃぼろぉがらら~」

 

(カカカ。なんつう痛がりかたじゃ)

 

「ああ、怪我に慣れてないのね」

 

 一応ダメージは与えたようだ。学者は痛みに悶え、宙を転がり回っている。しかし、死なない。奴はもう死人で。傷つく肉体が無いからだろう。不老不死という言葉が現実味を帯びる。

 

「エルデム。そんな姿になることが貴様の望みか。それだけの為にセリューを殺したというのか!?」

 

「はぁはぁ……申し訳ないとは思っていますよ、はい。けれど真面目な彼が許すはずもない。しょうがないですね」

 

 すると学者はこちらを見つめながら、とても寂しそうな顔をする。

 老い。正直、俺にはまだ理解の出来ないものだった。むしろ早く大人になりたいとさえ思う。あと30年もすれば、考え方も変わるのだろうか。

 

 だから言えることがあれば一つ。勝手にやれだ。

 資料を持ち帰り、研究所で試す分には何も言わなかった。調査隊を狂わせ、騎士を謀殺までしたからには覚悟はしろ。

 

「【闇の輝き光を照らす】……」

 

「おっと、死なないけど痛いのはごめんですね」

 

 魔力でダメージがあるならばと、俺は魔銃を構える。すると幽霊学者は背後の壁へスっと姿を消してしまった。

 

 あっと思うが、時すでに遅し。壁抜けはジグの得意技だ。似た状態なら出来ないはずがなかったのである。リュカは爺の消えた壁をペタペタと触り、その手があったかと得心顔を浮かべる。

 

「敵ながら頭が良いぜ」

 

「バカ、逃がすな。追え追え~!」

 

 イグニスが壁を破壊しようと展開陣を開く。だが、弓より早くと、お得意の火炎槍の鍵言語を告げたところで、その口はピタリと止まった。

 

 こちらから崩すまでもなく、向こうから壁が崩されたのだ。俺はオイオイと思う。

 ガラガラと崩れる石が埃を舞わす。その中からズゴゴと重々しい音と共に姿を見せるのはモアイ像だった。

 

「見なさい。そう、肉体なんて要らないのです。こんなにも素晴らしい体を動かせるのですから!」

 

「イグニス。これは、もしかして?」

 

「……うん。人魔石で動くように作られた体だ。同じ方法を試したなら、そりゃ動かせても不思議じゃないかな」

 

 なんと学者はモアイ像を動かせるようだった。幽霊の姿も面倒くさいが、これはちょっとマズイね。

 

 巨腕が部屋ごと崩す勢いで振られる。受け止めるのも、躱すのも少々きつそうか。俺は肩を支えてくれていたイグニスを咄嗟に抱え込むと、背中にミシリと衝撃が訪れて。

 

 さながら大型トラックにでも撥ねられたような強烈な威力。ボールでも弾き飛ばすように、人体が容易く空を舞った。

 

「おい、ツカサ。大丈夫か、頭から血が出てるぞ!?」

 

「痛ってえ。イグニスは平気?」

 

「……ああ。ありがとう」

 

 それはなによりだ。俺は起き上がろうとするのだが、魔女が寝とけと頭を叩く。リュカが心配だったのだけど、老騎士が矢面に立ちモアイを止めてくれていた。

 

 彼ならば石の像には後れを取るまい。

 けど安心と同時に不安も押し寄せる。どうやら壁の奥の部屋は格納庫のようなのだ。

 二階にまで吹き抜ける体育館のような広い場所で、完成品の石兵がズラリと並んでいた。

 

 まだこんなにあったのかと呆れるばかりだが、学者からすれば乗り換え放題の天国だろう。

 

「死なないとか反則だろ。弱点ないのかなアイツ」

 

「そりゃあるよ。あの技術は未完成だと言ったろう」

 

 さらりと言う赤髪の少女に俺は軽く目を張った。それは初めてモアイを見たときから分かっていたそうだ。

 

 曰く、魔力を生み出せない。

 俺は突如に機能を停止した白金の戦士を思い返し、そうかと目を細めた。

 

 魔力を使う人間は、体に発電機を持っているようなものだ。しかし自ら発電出来なくなった彼らは、魔力を外から貰わないといけないのである。

 

 今でこそ暴れている学者も、魔力が切れたならば止まるのだろうか。

 あの戦士は悠久の時をオブジェとして過ごした。他人に魔力を流され、さながらオルゴールのように再生する人生。それが不老不死の代償なのだ。

 

「生きるってなんだろうね。俺は死ぬならサッパリと死にたいよ」

 

「私は永遠を求めたくなる気持ちも分かるがね。行きたい場所を巡るだけで何年掛かるやら」

 

「もしかして日本も狙ってる?」

 

「まぁね」

 

 それは気の遠い話である。一緒に行けたならば遊園地に連れていってあげよう。

 だが夢のある話はそこまでだ。俺は黒剣を支えに起き上がり、再び暴力の中へ戻ろうとした。

 

(カカカ。お前さんよ、儂は閃いたぞ)

 

 魔王が声を弾ませ笑っていた。どこだと探すと、モアイ像の中から顔を出し手を振っている。まさか。何をする気かは一発で伝わった。

 

「どうした?」

 

「ジグがモアイ動かそうとしている……」

 

 出来るのかと思うが、学者がすでに動かしている事実。俺はやや興奮しながらゴクリと生唾を飲む。ぶぅんと黒い魔力がモアイに流れ、不動だった石の巨体がズゴゴと動く。

 

 や、やった。やりやがった!

 

(潰せ、蹴散らせ、悪の基地ー!!)

 

「す、すげえ。お前、ジグなのか!?」

 

 だが、ズシンズシンと歩き出す岩兵に、取り残されるように腕を組む魔王の姿。

 駄目でしたテヘと可愛らしく舌を見るが、じゃああれは誰なのさ。

 

(むぅ儂のモアイ大王が)

 

「敵を増やしやがったなコノヤロー!」

 

 

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