ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「敵を増やしてるんじゃねー!」
(なにかコツでもあるのかのう。悔しいです。次行ってみよう)
「ちょっとジグには反省が足りないね?」
幽霊学者がモアイを操れるからと、傍の石像に魔力を込めた魔王様。
だがどうだ。バカは動かすどころか、その場に置き去りにされる。ただエネルギー満タンの敵が完成しただけだった。
少し期待した自分が恥ずかしい。すぐ隣で動き始めたモアイから慌てて距離を取って。仕方ない。来るなら来いと、黒剣を構えて戦闘態勢に入る。
「待てツカサ。様子が変だ」
(ふむ。奇行種かのう)
モアイ像はキョロキョロと周囲を確認するような人間臭い動作を見せた。そしてなにを思うか、彼は勢いよく壁に向かって走り出すではないか。
「あらまぁ」
岩の巨体が繰り出す体当たり。それはドカンと激しい音を立てて、軍事基地の分厚い壁を打ち砕いた。
俺は眩しいと思わず目を細める。開いた大穴から日が差し込んだのだ。格納庫だけに外と隣接していたらしい。
肝心のモアイ君は、壁を破った勢いで前のめりに倒れていた。しかしめげずに立ち上がる姿に愛嬌を感じる。そんなに急いで一体どこへ向かうやら。ガションガションと足音を響かせて走り去った。
取り残された俺たちは、ポカンと遠ざかっていく背中を眺めていた。ビュウビュウ吹き込む寒風が身に染みる。
「はっ、こんな事してる場合じゃ無いな」
「そりゃそうだ。余計な真似をしたのは誰だよ」
イグニスは迂闊に魔力を流すなと怒った。だよね。悪いのはジグルベインなんです。
さて学者の方はと、振り返って戦いに目を戻す。流石は老騎士というべきか、心配の必要など無かったようだ。
岩兵士の体は大質量を誇る頑丈なもの。けれど操るのが素人であれば達人の脅威にはほど遠い。
戦闘にもならない一方的な破壊劇だった。斬れない霊体を相手にしたばかりだからか、鬱憤をぶつけるように2本の短剣が岩を刻む。すでに両腕は切り落とされ、モアイは辛うじて立っているのがやっとな現状である。
「……妙だな。周りにはこんなに機体があるのに、なぜ乗り換えない」
とりあえず潰すけどと、モアイ戦士のストックを火炎槍で破壊していく魔女。
多重展開される魔法陣は、爆撃音で演奏会を開いた。的撃ちは楽しいようで、ウヘヘと不気味な笑いを背中越しに聞く。
そんな中、俺にはなぜ乗り換えないという言葉が妙に耳に残っていた。
「ジグと似た状況……」
この異世界に来てからずっと一緒だった相棒だ。霊体の特性については、それなりに知っているつもりである。
浮遊や壁抜けと、常識に縛られない自由な存在ではあるが、大きな枷もあった。ジグは紐に繋がれた犬のように俺から離れることが出来ないのだ。
移動したくても出来ない。もし、学者にも行動を範囲を縛る枷があるのなら。
閃きが起こり、爆音に紛れて叫ぶ。声に気づきイグニスも魔法を止めてくれた。
「リュカ、聞こえる!?」
「おう、どうした」
「死体はまだそこにあるか?」
ちょっと待てと、実験室に居る狼少女が崩れた瓦礫の中から学者の肉体を探す。
あったと掲げられる首無しの死体は、けれど右胸をくり抜かれていた。やはり魔石化した霊核こそがアイツの弱点なのだ。
「しまった。やられた」
失敗に気付き、口を手で覆うイグニス。赤髪の少女は脳みそをぶん回し、敵の次の行動を考えるのだろう。俺は老騎士に向け、もうそのモアイの中に学者が居ない事を告げる。
「馬鹿な、いつの間に」
「すみません。たぶん、俺たちが目を離している隙です」
「オレも全然気付かなかった」
石像は魔力があれば動いてしまう。だからリュカたちも疑問を抱かなかったようだ。
実際はすぐに岩兵士から離脱し、床の下でも通って体の元へ戻ったのだろう。
その後はポケットにでも忍ばせていた腕輪虫に取り憑いたといったところか。
真偽はどうあれ、上手く逃げられたという事実は変わらない。クソと悪態をつく俺に、老騎士は冷静に言った。
「いや、考え方次第ですな。魔石が本体なら壁抜けは出来ない。標的が小さくなりましたが追い詰めるのは楽かと」
「そうだな。霊体のまま逃げられるとか悪夢でしかない。床にでも潜まれたら終わりだった」
とりあえず探すしかないか。リュカたちも学者を探すべく格納庫へと足を踏み入れ。キィン。モアイが並ぶ倉庫に、そんな硬質な音が響く。
(狙撃か)
あまりに突然のことに目が丸くなった。だが被害はない。
風土魔法による音も無い射撃に対し、狙われた老騎士はまさかの弾丸切りを披露をしたのだ。凄いね。
「走りなされ!」
「えっなになに!?」
俺は、なにが起こったのか理解していないリュカの手を引き、石像の影に飛び込んだ。
これはちと不味い。いま居る場所は、壁に穴が空いたせいでかなり明るいのである。相手は闇に身を潜めながら一方的に攻撃が出来るのだった。
「ツカサ、駄目だそれじゃあ!」
イグニスから叱咤。射線からは逃げたのになんでさと思えば、魔鉱石の弾が左肩を貫く。鋭い痛みと体の芯にまで響く衝撃が襲った。
ははあ。よく考えれば銃ではなく魔法なのだ。軌道を空中で曲げるのもお手の物か。これでは射角で相手の位置を特定する事も出来ないだろう。
「プロの手口だ」
(攻撃が的確だから目視はしてるはずだがな)
即座に魔女の炎陣が周囲を覆う。炎のカーテンに遮られながら、お返しとばかり炎槍を打ち込めば避難したか。一応攻撃は止んだらしい。
こんなことが出来るのは魔導士団しか居ない。2階で行われていた戦闘はどうなったのだろう。本来は冒険家たちの救援に向かっていたことを思い出す。
「……そこに居るのは、イグニスくん達だな」
「!?」
物陰に身を潜めながら2階を警戒していると、先ほどまでいた実験室から人の声がした。まさに助けに行こうとしていたレルトン教授のものだ。
ひとまず彼は無事かと、胸を撫でおろすと同時。妙に固い声色に、敵意に似たものを感じ取る。俺が目配せをすれば、イグニスは頷きながら、炎越しに声を張り上げた。
「教授ですね。ご無事でなによりです。状況は理解しておられますか?」
「ああ、調査隊が裏切ったようだね。なんとか人質にされていたシトニクくんを解放したのだけど、あの女冒険家たちは平然と寝返ったよ」
その言葉を聞いて老騎士は額に手を当てた。なんというか、俺にも光景が目に浮かぶようだった。あの人たち、お金で簡単に動きそうだもんね。
実際のところ、騎士1人に魔導士団3人。戦闘のプロが徒党を組むと、冒険家ではまったく勝ち目が無いらしい。だからあまり責めるなと教授は言う。
「バカレルトン。それが分かっていながら喧嘩を売りやがって。これからどうする」
「だがペルロ、お前も彼には助けられただろう。私は恩人を見捨てられないさ」
ああ。白金の戦士にやられ傷ついたレルトンさんを治したのは助手くんだ。このコンビは恩義の為に調査隊と戦う道を選んだのである。義を貫く姿は、欲望に振り回される人たちにも見習って欲しいものだった。
ということは、こちらと合流をする為に撤退してきたという事だろう。イグニスは攻撃が止んだのもあり、炎を消して顔を見せる。
言葉に偽りは無く。犬の獣人の背には、顔を腫らした助手くんの姿があった。気絶をしているのか、泣き疲れた顔で寝息を立ている。セリューくんや学者のことが頭を過り、大変だったのだなと眉尻が下がった。
「して、こちらも誠意を見せたつもりですが。教授は思うことがあおりかな?」
「そうだね。私にはまだ、君が心強い味方か、腹黒の魔女か、判断しかねているよ。だから一つだけ聞かせて欲しいんだ。イグニス・エルツィオーネ」
そして教授は、肩で息をしながらも身構えていた。呪術による洗脳を警戒してではなく、堂々と名指しで糾弾をするのだ。
「イグニス?」
俺はなにかしたのかと、赤髪の少女を見る。その時のイグニスの表情は筆舌に尽くしがたく。さながら、視線でお湯を沸かせるのではと思うほどに赤い瞳を爛々と輝かせていて。
「思い出したんだよ、道中のことを。君は確信を得る為に、私を試したね」
今のこの状況もそうなのではないかと。
本当はすでに予想が出来ていて。一つの真実を得るためだけに学者や教授を動かしている。断片的に知識を与え、興味を引くことで誘導をしているのではと。
「うひひ。おっしゃる意味が分かりませんね。その行為に一体なんの得があるのか」
「ああ。そこなんだよ。異世界に行く方法なんて知ってどうするつもりだ?」
俺はレルトンさんの台詞に言葉を失う。
今、彼はなんと言った。聞こえはしたものの、脳の理解が及ばず。半ば条件反射でイグニスの肩を揺らした。あるのかよ、この島に。