ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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428 形勢逆逆転

 

 

「ね、ねえ。古代文字なら私が読めるわ。だから助けてよ。実は、盗みを働いて勇者一行の雑用に使われていただけなのよね~」

 

「アイツは見直したそばから!」

 

(カカカのカー!)

 

 あろうことか、捕まっているフェミナさんは、保身のために寝返る意思を見せた。

 なんて華麗な手のひら返しだ。反撃もせず尋問に耐えている俺たちの面目は丸潰れである。リュカが勘弁してくれと嘆いていた。

 

 長い物には巻かれろ。それが冒険者として町を渡り歩いてきた彼女の処世術なのだろう。

 俺は呆れはするけれど、あまり責める気にはなれなかった。利用価値のある間は殺されまいと安堵さえする。

 

「古代文字を。道理でレルトン氏が事情に詳しいわけですね」

 

「おいおい、こんな女の言うことを信じるのか?」

 

 学者の取り憑いた黄金モアイは、表情が変わらないのに声色だけで上機嫌と判断出来た。遺跡に残された文章を読めるのが楽しみで仕方ないのだろう。

 

 けれど待ったを掛けるのが、裏切りの騎士ことルニマン。巨乳を揺らして命乞いするフェミナさんをバカっぽいと訝しむ。

 

 まぁ現在進行形でレルトンさんやイグニスを尋問中だ。彼らの方が情報源として信用度が高いのだった。

 

「ちょっと、そんなこと言わないでよ。失礼しちゃうわね~」

 

「うん?」

 

 一瞬だけフェミナさんの青紫の瞳がこちらを見た。罪悪感でもあるのかと思ったが、その様子を見ていた魔女は、ぼそりと独り言を呟く。

 

「……いいぞ、やれ」

 

 まるで待ってましたと言わんばかりの言葉だ。

 そしてイグニスの想定通りの行動が行われたのだろう。変化はただちに訪れた。

 

 フェミナさんを見つめる俺は、心臓がバクバクと早打ち、冷めていた体が妙に熱を持つ。思考に靄がかかり、口から溢れるように白い吐息が漏れ出す。これは。

 

「ツカサ、なんで前屈みになってんだ?」

 

(なんでじゃろうなー!)

 

「き、気にしないで」

 

 ありていに言えば興奮していた。

 フェミナさんが極上の料理に見える。垂れ目な視線が、甘い声が、豊満な身体つきが、動作の一つ一つが、美味しく食べてと誘っているようにしか思えなかった。

 

 それは恋に落ちるなんて生易しい感覚ではない。さながら理性という崖から転げ落ち、獣にでもなってしまった気分だ。

 

「ハァハァ。待てよルニマン。よく見たらこの女、すげえ色っぽくないか」

 

「確かに。古代文字が嘘でも体だけで十分楽しめそうだな。想像しただけでギンギンになっちまったぜ」

 

「ちょっとアンタら。こんな時になに言ってんだい!?」

 

 女冒険家は男たちの反応に困惑する。女性にはこの思考が蕩けていく感覚を理解出来ないのだろう。俺は二度目なので、かろうじて耐えたが。そうかこれがあったかと唸った。

 

 魅了(テンプテーション)。フェミナさんが淫魔の末裔として引き継いだ、異性を僅かに興奮させるだけのささやかな力。

 

 だが、呪術により欲望を増大させられている人間にとって効果は絶大である。

 なにせ性欲は三大欲求の一つ。金欲や名誉欲などと違い、本能に直結したものなのだから。

 

「彼女の先祖が反逆出来たのは、まさに状況に刺さる能力だったからなのさ」

 

 騎士と魔導士が淫魔の虜になっている最中、イグニスが機なりと動いた。

 展開する魔法陣に、教授が慌てて撃てと指示をだす。しかし、二階から狙っているはずの伏兵は一切の反応を見せない。

 

「教授から冒険家が裏切ったと聞いた時だ。上には敵しか居なくなったから、酸素を少し多めに消費しておいた」

 

(あの時か)

 

 魔法を防ぐ為に炎陣で身を隠したタイミングがあった。その時にすでに細工をしていたのである。妙に静かだと思えば、ずっと反撃の隙を伺っていたとは。

 

 ここは標高2000メートル近くの空の島。ただでさえ薄い酸素を更に減らせば、あっという間に高山病患者の出来上がりだった。

 

「そういうことなら……!」

 

「んなっ。どこから武器を!?」

 

 俺は虚無を掴んで腕を振る。

 引き抜かれた黒剣は、そのまま真っすぐに飛来して小男の脚に刺さった。

 奴は剣でフェミナさんを脅していた本人だ。そいつが床に倒れこみ、人質が一瞬自由になる。

 

 解放された女性は困り顔だった。裏切ろうとした手前があるので、助けてくれるだろうかと不安な瞳を向けてくるのだ。道中でも散々見た、置いて行かないでという懇願の目。俺は早くこっちにと苦笑した。

 

 騎士と魔導士が異常に気付いた時には、もう遅い。逃げ出す人質を捕まえようと手を伸ばすのだが、イグニスの火砲が追うことを許さなかった。

 

「ちっ、この間抜けが」

 

「アンタらが言うんじゃないよ!」

 

 ムワリと溢れる蒸気の中から、そんな罵り合いが聞こえてきた。どうやら魔導士が水魔法で相殺をしたようだ。

 

 ともすれば、今の魔法で決着がついてもおかしくないのだけど。色仕掛けに引っ掛かっても、きっちり防ぐのは流石と言ったところか。

 

「けれど、形勢逆転だな。大人しく降参したらどうだ」 

 

 人質を取り返し、包囲も崩した。相手の人数が減ったいま、正面からのぶつかり合いならばこちらに分があるだろう。だが、女冒険家はハッと鼻で笑い。それはどうかなと気丈な態度を崩さない。

 

「ちょっとウチラのことを舐めすぎなんじゃないかい。こちとら何度も死線を潜ってきた冒険家だっつーの!」

 

「くそ。このでかいの強ええぞ!?」

 

「アハハ! ガドはね、実力だけなら正騎士にだって負けない腕っぷしなのさ。ただちょっと頭が悪くて試験に受からなかっただけさね!」

 

 それはけっこう致命的なバカさではないだろうか。

 とはいえ実力は本物のようで、斧を振り回して暴れる大男はリュカと猟犬の二人掛かりでも止まらない。確かに思わぬ強敵だ。

 

 けれども。

 

「キャッ!?」

 

「ちっ、邪魔な野郎だ。こんな場所でも女を侍らせるとは良い身分だな、英雄様よ!」

 

「ふふん。羨ましいかい。女性を誘うなら剣より花だぜ」

 

「アタシは金の方が嬉しいね」

 

 俺は黒剣を構え直し、フェミナさんへ迫る騎士を迎撃した。

 すると女冒険家は鞭を繰るようで、剣戟の合間を縫って、高速の鞭先が腕に当たる。パァンと木霊する快音。叩かれた肌には鋭い痛みと痺れが訪れる。

 

 少し驚いたけど、それだけだ。逆に先端を掴み取り、邪魔だと力任せに引き千切った。

 丈夫な繊維がブチブチと解れていく様には、さしもの女冒険家も強気な表情を崩す。

 

「勝てると思ってるなら来い。暴力を見せてやるよ」

 

 危ないからとフェミナさんを教授の元へ行かせる。

 戦力ならば、けして劣ってはいないのだ。魔導士の方はイグニスが止めてくれているし、こちらには老騎士という最強のカードまであるのだから。

 

「うんぎゃらぼょぇお!!」

 

「この声はエルデムか!?」

 

 そう言う間に大詰みらしい。敵の大将の幽霊学者は、老騎士に輪切りにされ、聞くに堪えない金切り声を響かせる。この反乱も終わりだ。

 

 けれど、予想を裏切るようにガクリと老騎士は地面に膝を付いてしまう。

 俺は馬鹿なと目を剥いた。恐ろしきは学者の執念。何度も切り殺される痛みを味わいながら、反撃に出たのである。

 

 だが、疑問に思うのはそこではない。

 霊体が不死なのは、先の接触で判明していて。同時に唯一倒せる弱点が魔石だということも老騎士は知っていたはずなのだ。

 

(ならお前さんよ。その魔石は、どこにあると思う?)

 

「いや、どこって」

 

 どこだろう。

 相手の姿はスフィンクスに似た黄金のモアイだった。激しい攻撃に曝されたようで。頭や喉、胸などの急所を短剣で刻まれている。

 

 しかし作り物の命。生物の急所などあてになるはずが無かった。老騎士はどこにあるか知れぬ急所を探しているうちにやられてしまったのか。

 

「こんな機会が巡ってくるとは。そうだ、最後の一つは君に使おう」

 

「いけない、逃げて!」

 

 俺は届かないと分かりつつも、宙に手を伸ばした。それだけ、絶対に阻止したいことだった。だというのに、世はどうしてこうも無情なのか。

 

 老騎士の額にガシリとしがみつく額飾り型の虫。小さな魔法陣が脳に魔力を送り込むや、老人は白目を見せながら咆哮を上げる。

 

 呪術による欲望の増大。部下の死、憎き敵、不甲斐ない自分。溜め込む怒りがマグマの様に噴火して。

 

「うぉおおおお――――!!」

 

「……最悪だ」

 

 我を見失った最強の狂戦士が誕生してしまった。

 金髪ドリルさん。お願いだよ、早く来て。

 

 

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