ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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429 感情の天秤

 

 

 フォン。そんな音が響き渡った。素振りでもしたような軽い音だ。

 しかし、次の瞬間ずるりと滑り落ちるものがあった。綺麗な断面の金塊。気付けば黄金モアイの頭部が斜めに切断されていた。

 

「ひ、ひぃ~!?」

 

「馬鹿か。そりゃそうなるだろ!」 

 

 あの学者は腕輪虫を洗脳装置とでも思っていたのではないか。

 イグニスが言うには、効果はあくまで欲望の増加。奴隷を従順に扱うために恐怖などの感情を煽るものでしかない。

 

 ならばだ。強い怒りを持つ男に、そんな物を使えばどうなる。

 増幅される怒りは、もはや破壊衝動と等しい。溜め込んでいた感情がマグマのように溢れ出し、本能の赴くまま、ストレスの全てを暴力に乗せるだろう。

 

「やっばいね」

 

「お……おお……」

 

 その形相はまさに狂戦士だった。老騎士は白目を剥きながら、額にはち切れんばかりの血管を浮かべ。煮え滾るパトスを表現するように、込められた力が筋肉を隆起させている。

 

 どう動く。自我はあるのか。分からないことが多すぎて、俺は内心焦りながらも固唾を飲んで次のアクションを待った。

 

「うぉおお――――!!」

 

 やがて咆哮と共に、再び斬撃が放たれる。狙われた学者は、恐怖によりとっさに身を屈め、運よく刃から身を躱してしまう。惜しい。斬られてしまえばいいのに。

 

「あっぶなー。こりゃいけませんね、はい」

 

 逃げ足は相変わらずのようで、即座に撤退を決める黄金モアイ。離れていく背を老騎士がギロリと目で追うけれど、途中で一点を見つめて顔は止まった。その先に居たのは、大柄な茶髪の男だ。

 

「お、伯父貴ッ!」

 

「えっ伯父って……」

 

 標的にされた裏切りの騎士が叫ぶ。お前らそんな関係だったのかよ。驚きと同時、足が自然に動き出していた。

 

 俺と老騎士は、ほぼ同時に駆け出す。間に合えと思いながらルニマンの腹を横から蹴りつければ、男が居た場所を、少しの時間差で刃がなぞる。

 

「お前……どうして」

 

「勘違いするんじゃねえぞ。これはお爺さんのためだ」

 

 怒りに任せて殺してしまえば必ず後悔をするだろう。そんなのは辛すぎるから助けたに過ぎない。だが老騎士の瞳はギョロリと俺を捉え。まるで邪魔をするなとばかりに剣が振られた。

 

「っ~。手当たり次第か。やっぱりもう正気は残ってなさそうだな」

 

(うむ。込められた魔力が多かったのか、完全に暴走しちょるな)

 

 その一撃のなんて重いこと。ギリギリで受け止めはしたけれど、力負けをして後退させられてしまった。

 

 相手の力量にはただ感服するばかりだ。英雄級には及ばない。だが一般人の限界と言われる剛活性を極限まで鍛えぬいている。

 

 刃を通し味わう重圧は、どこぞの狼男にも劣らなかった。直感が大音量で危険と訴えてきて。けれど、なんて悲しい剣だろう。俺は痺れる手をギュッと握り締めた。

 

「イグニス、我儘言っていいかな。一人で集中したいんだ」

 

「……勝算はあるんだろうな?」

 

「ある。ただ、金髪ドルリさんは急がせて」

 

「よし。こっちも時間が無い。尻を蹴飛ばして来よう」

 

 死ぬなよと背中を叩かれる。すると、ぼうと体が青白い炎に包まれた。

 回復魔法だ。左肩の傷が塞がっていくのは嬉しいけれど、なぜか久しぶりのお仕置きバージョン。

 

 思わず熱いと声が出た。まるで冷えた体で熱々の湯舟に飛び込んだ気分だ。けれど身悶えるほどの熱さは、水責めで失った体温を補ってくれる。ありがたいね。

 

「ぬぅああああ!!」

 

「おっと、相手は俺だよ」

 

 イグニスが魔法でけん制しながら周囲に退けと促す。もはや見境ない老騎士は人の動きに反応して襲い掛かろうとするが、俺は刃を向けて通せんぼした。

 

 忘れてはいけないのが2階に居る伏兵だ。少し酸欠にしただけなので、動かれると再び包囲されてしまうのである。

 

 故の退き口。

 フェミナさんや助手くんと、この場には戦えない者も居るので、態勢を整えるならばいまだった。

 

「ハハ。剣士の相手は久しぶりだ」

 

(お前さんは変なのとばっかり戦うものな)

 

「それは俺のせいじゃない」

 

 人気の消えた格納庫だが、戦いは場を移しただけか。奥からは、魔法や鋼の音色が耳に届く。大丈夫かなと心配が頭を過るのだけど、肌に刺さる殺意が、雑音など気にならぬほどに戦いへと没頭させて。

 

 死合いにゴングは無い。気配を読みあい、攻めに転じる瞬間を見計らう。 

 ここ。剛活性の上に光式を重ねて斜め下より斬り上げる。

 

 俺の攻撃はヴォルフガングすら同等と認め、モアイ兵を両断する威力があった。だが、いとも容易く刃を合わされ、弾かれてしまう。

 

 そりゃそうか。なにせ老騎士は、あの白金の戦士の猛攻すら捌いてみせた技量の持ち主なのだ。怒りで我を見失おうと、肉体に染み付いた経験が小僧の剣など一蹴した。

 

(そのままだと指が飛ぶぞ) 

 

「困るっ!?」

 

 老騎士の剣は、ただ弾いただけに非ず。黒剣をレールのようにして刃を走らせてきた。ヴァニタスには鍔などと洒落たものは無い。このままでは五指の全てが切断されてしまう。

 

 させるものかと、手首を捻って相手の剣を上から押さえ付ける。しかし、それこそが真の狙らしい。

 

 今の俺は、やや前屈み。それはちょうど首を差し出しているような姿勢だった。もう一刀がギロチンのように振り落とされる。

 

「普段なら、ヴァンの上位互換なんだろうな……」

 

 魔力防御の纏鱗(てんりん)は魔力の密度が濃いほど、使用範囲が狭いほどに効力を増す。首に、おもくそ気合を込めて。ガキン。なんとか皮一枚を斬られただけで凌いでみせた。

 

 お返しとばかり裏拳を見舞い、距離を取り。ふぅと息を吐き出せば、額から汗がどっと湧き出した。たった一瞬の攻防でこれだ。武器は恐ろしいね。

 

(うぉお。怖いことをしおるな)

 

 魔王が胸を撫でおろしていた。けど俺はけっこう成功する自信があったよ。自主規制(股間発光)を編み出した時に、高密度の魔力操作のコツを掴んだのだ。

 

「今の貴方じゃ、小僧の首も落とせないさ」

 

 強さとは、心技体が揃い、初めて真価を発揮する。

 ましてこの老騎士は技巧派よりだろう。鬱憤を晴らすような力任せの剣筋は、あまりに似合わない。事実、本来ならば俺ていど瞬殺出来る実力差があるはずだもの。

 

「ねぇジグ。父さんと母さんはさ、俺が人殺しって知ったら怒るかな?」

 

(……こんな世界じゃ。文句言いおったら、儂が怒鳴り散らかしてくれる)

 

 それは心強いね。頬を吊り上げながら刃を弾く。相手の獲物は刃渡り50センチ程度の短剣なので、下がりながら受けることだけに集中すれば避け続けるのも難しくはない。

 

 当然それをさせないのが熟練の戦士だ。二刀による手数、鋭い踏み込みが、追尾する台風のように纏わり付いてきた。

 

「うぉおおお!」

 

「らぁあああ!」

 

 だが、暴力はこちらの十八番。ちゃちな技など闘気の圧倒的な出力と光式の反応速度でねじ伏せる。二刀流の敵には慣れているんだよ。

 

 激しい鋼の音が倉庫に木霊する。弾く剣が床を削った、反らす刃が壁を穿った、空振る勢いでモアイが崩れた。剣戟のリズムはどこまでも速まり、互いに血飛沫をまき散らしながら合いの手を打ち続ける。

 

(なぜ、いまそんな事を聞く)

 

「おじいさんの憤る気持ちが、剣から伝わってきた」

 

 裏切りの騎士への、血縁関係だからこそのやりきれない気持ち。

 最初に受けた攻撃は、不出来な子供を躾けるような。技もなにも無い。本当に力任せの一撃だったのである。

 

(息子のような存在に裏切られたら、そりゃな)

 

「そうだね。だから少し、心が痛かったよ」

 

 憎悪や嫌悪ではなく、愛からくる怒り。まるで自分が拳骨でも食らった気分であった。

 

 きっと父さんと母さんは、俺が馬鹿をしたら怒って悲しむのだろう。

 そう。愛が根底にあるならば、お爺さんの感情の天秤に乗っているのは、怒りだけではない。

 

 俺はそこに勝算を見出す。

 

「うっ……うう……」

 

 ルニマンを含め、調査隊はみな感情が不安定だった。それは腕輪虫が増大させる欲が、一番大きなものに働くからだろう。ならば八つ当たりのような破壊衝動を受け止めて、発散させてあげれば。

 

「うぉおお――――ん!!」

 

 天秤が傾く。

 老騎士は怒りに狂ったときと同じ咆哮を上げる。そして、これまでおくびにも出さなかった悲しみを爆発させ。崩れ落ちた。

 

 

 

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