ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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431 呪いは祝福に

 

 

「大変ご迷惑をお掛けしました。皆さんには腹を切ってお詫びを」

 

「わー待った待った! くそ、なんて力だ。誰か手伝ってー!」

 

「死なせてくだされー!」

 

 正気を取り戻した老騎士は、上着を脱いで腹を晒すや、躊躇いもなく剣を突き立てようとした。アピールなどではなく本気の切腹だった。俺は闘気を使って全力で羽交い締めにする。

 

(カカカ。いい年こいてあれだけガチ泣き晒せば、死にたくもなるわな)

 

 死なせてやれば、なんて無責任に仰る魔王様。当然ふざけんなと反論するのだが、やはり原因はそれだろうか。

 

 別に大人だって泣いてもいいと思うんだけどな。それでも、どんなに辛い現実でも飲み込んで抑えてきた悲しみだ。老騎士にとって涙を見られるというのは、死に値するほど恥ずかしいことだったのかもしれない。

 

「記憶はあるようですわね。お体に不調はございませんでしょうか?」

 

「軽く頭痛と眩暈はありますが……問題はありませぬ」

 

 初手切腹をなんとか回避して金髪ドリルさんが問診をしていた。お爺さんは手を開いては握り、体の調子を確かめる。

 

 やっと呪術の中和術式が完成し、額に張り付いていた腕輪虫を取り除いたのだ。脳に関わることなので些細な違和感も報告してくれと念を押されていた。

 

 けれど、もちろん突貫工事。それもレルトンさん達に急かされて、本人は完成度に納得していないそうだ。魔法を使用する際は、『どんな副作用が出ても私に一切責任はありません』と念書を用意するほどだった。

 

「ふう。一応は大丈夫そうですわね。それじゃあ、あちらにも試してみましょうか」

 

「もう痛いのはヤダっす……コロシテ、コロシテ」

 

「オホホ、コワクナイデスワー」

 

 金髪ドリルさんとメイドちゃんは、恐怖に怯える二人に笑顔で近づいていく。治療行為のはずなのに、どこか人体実験でも見ているかのような心地であった。

 

 二階に居た魔導士は、両脚をへし折られるという雑な方法で自由を奪われていて。そのせいで痛みや恐怖を増大されたか、ずっとこんな調子だ。お可哀そうに。

 

「……治ればいいね」

 

「ざっと術式を見た限りは平気だよ。時間のわりには良く出来ている」

 

 珍しくべた褒めする魔女に、へぇと感心する。金髪ドリルさんは、欲望を増大する魔法に対し、欲望を満たす刺激をぶつけるというアプローチを試みたようだ。

 

 つまり、術式の無効化ではなく相殺。そうして心の天秤のバランスを取りながら、ゆっくりと術式を弱めていくのだとか。

 

 なるほど、と思う。心など、何をもって正常とするかは難しい。あるいは大事なのは傾いていないことなのかも知れない。

 

「あとはペルロ待ちか。何も出来ないのは心苦しいな」

 

 無事に魔導士から腕輪虫が外されるところを眺めていると、部屋の隅からやや落ち着きのない声がした。イグニスは表情を曇らせながらも、窘めるように優しく返事をする。

 

「焦ってもしょうがないですよ。安心しろとは言いませんが、少なくとも殺されることはないはずですから」

 

 レルトン教授は座ることもなく壁に背を預け、はやる心境を表すようにコンコンと踵で床を叩いている。話の顛末は俺も聞いたが、黄金モアイ共にフェミナさんは攫われてしまったそうだ。

 

 目の前で。それも庇われる形で連れ去られたと聞く。

 教授は浮遊島から離脱派だったのだけど、もう逃げる気は微塵もない。いまかいまかと相棒の持ち帰る情報を待ちわびていた。

 

「すまない。そうだね、君たちは一度ゆっくり休んでくれ」

 

「面目ないです」

 

 俺も心配ではあるのだが、老騎士との戦いで体力を使い果たしていた。怪我は治して貰ったけど、神聖術も体力は消費するんだよね。

 

 それにだ。ぐるりと格納庫に居るメンバーを見渡す。

 イグニスは言葉にしないけど、顔に疲労が出ているし。リュカは傷だらけで帰ってきて、「勝った」と報告するや倒れるように寝てしまっていた。

 

 捕虜として連れて来られた女冒険家たちも、みなボロボロだ。今日はこれ以上の戦いは厳しいだろう。

 

(あの駄犬、進化しとるな)

 

「……無茶したんだろうね」

 

 狼少女は、外見にこそ変化は無いものの、魔族として一つの壁を破ったそうだ。

 確かに活性も使えぬまま、騎士に近い戦力の相手を倒したのは凄い成果。間違いなく大金星と言えるだろう。

 

 でも、行動はあまりに無鉄砲で考え無し。俺は時々、コイツの思考回路はショートしているのではないかと疑う時があった。

 

「あ、あの~」

 

「うん?」

 

 そんなお疲れモードな空気の中で、おずおずと手を挙げたのは助手くんである。

 皆の視線を集めると、彼は気まずそうにこう言う。時間が許すならばセリューくんの遺体を回収したいと。

 

 ガツンと後頭部を殴られた思いだ。確かにこんな場所に放置は出来ない。ちゃんと遺族の元に帰してあげないとね。

 

「勿論です。一緒に帰りましょう、この浮遊島から」

 

 手伝いますと立ち上がれば、無言で老騎士が続き。意外な方から「俺も」と声がする。

 腕輪虫を外され、メイドちゃんに介抱されている魔導士たちだった。

 

「貴様ら……っ!」

 

「すんません。こんなことを言える立場じゃないのは分かってますけど……」

 

 頭を下げるチャラ男に向かい、どの面でと憤る老騎士。その肩を抑えて、首を横に振る。俺はむしろ、そう言ってくれて嬉しい。悲観に暮れて床と睨めっこをしているだけならば、軽蔑さえしただろう。

 

 

「こっちです」

 

 眠るリュカを女冒険家たちに預けて、ぞろぞろと部屋を移動した。

 案内されたのは、最初に魔導士団と対峙した部屋の更に奥。学者が不死薬を発見したという場所で。セリューくんは、そこにうつ伏せで倒れていた。

 

 黒く乾いた血糊の上に寝る彼。紺色の長い髪が、その表情を覆い隠している。

 血で固まった髪をパリパリと剥がしながら持ち上げれば、仲間に裏切られたと後とは思えないほど穏やかな表情であった。

 

「セリュー、馬鹿な甥のせいですまぬ」

 

「向き、変えますね」

 

 悲しくはあるが、俺はしょせん他人。まだ出会って数日の仲だけに、割と冷静で居られたと思う。布に包む前に血を拭いてあげようと、遺体を仰向けの体勢に変える。

 

 体は綺麗なものだった。まだ死後半日も経っておらず、おまけに周囲は極寒だ。腐敗や匂いなどはまったくしない。

 

 揺すれば起きるのではないかと思うほど、その姿は死と遠く。ゆえに、二度と目が覚めないという現実が辛かった。

 

「あれ、傷が見当たらないな」

 

「あ、恐らく僕の術が効いたのでしょうか。出血が酷く、もう手遅れの段階だったのですが、最後まで神に祈らせてもらいました」

 

 助手くんは、連れ去られるまで懸命に神聖術をかけ続けたらしい。痛みなく安らかに逝けたのならばと、セリューくんの冷たくなった手を握りしめて。だが、その言葉を聞いた魔女は聖職者をドケと大慌てで突き飛ばした。心は無いんか。

 

「確かに死後硬直はおろか死斑も無い……おい、瞳孔の反応がある。生きているぞ!」

 

「本当!?」

 

「な、なんと!?」

 

(だが、これは……)

 

 イグニスの指示の元、大慌てで蘇生の措置に入る。主には心臓マッサージと人工呼吸、そして魔法による体温の確保だ。俺たちがドタバタと動く中で、魔導士の一人が戸惑いながら言った。

 

「馬鹿な。セリューの体は確認した。間違いなく死んでいたから、俺たちはっ!」

 

「……ああ、事実上は死んでいるようなものだよ」

 

 さしもの神聖術も死体には効かない。助手くんの言う通り、当初はまだ辛うじて生きていて、外傷が治ろうとゆっくり息を引き取る運命だったそうだ。

 

 見落としがあるとすれば、彼が一般人ではないこと。若く、そして鍛えられた騎士なのだ。傷さえ塞がれば、生きのびるだけの底力を持っていたのである。

 

 惜しむらくは環境か。ここは、上空2000メートルで、酸素も薄い極寒の地だった。

 低体温と血液の不足により、血流が滞り、まずは脳の機能が停止する。あとは脈も測れぬほどに弱弱しく、残り火のように心臓が動き続けたのだろうと。

 

 誰もが死んだと思うはずだ。つまりは脳死。蘇生の見込みなど無いということではないか。

 

「セ、セリューさんが目を覚ます可能性はあるんすかね!?」

 

「すまない。現状では限りなく低いと思う……」

 

 イグニスに縋るように乞うチャラ男は、無慈悲な答えにガクリと肩を落とす。

 俺は心臓マッサージを続け、助手くんが懸命に肺へ酸素を送り続けた。魔法のおかげで体温こそ人肌を取り戻すが、指先はおろか、まつ毛の1本すらピクリとも動く気配は無かった。

 

(蘇生ならやっぱ電気ショックでは?) 

 

「脳死の人間にやってどうすんだよ」

 

 最悪はそれが止めになるわ。なんてことを考えていると、ピコンと閃きが起こり、はっと目を見開く。

 

 金髪ドリルさんの作った呪術は、欲や感情という脳の奥深くを刺激するものだ。

 ならば、停止した心臓を電気ショックで動かすように。停止した脳を動かす可能性は無いのだろうか。賭けには違いない。でも試す価値はあるだろうと声を張り上げた。

 

「呪術で脳を刺激することは出来ないかな!?」

 

「無理ですわ! 蘇生措置に呪術なんて、そんな使い方聞いたこともない!」

 

「いや、良い案だ。前例なんていま作れ!」

 

 吠える魔女の迫力に負けて、金髪ドリルさんはセリューくんの頭を抱えた。

 AEDなんて発想もまだ無い時代だ。瞬時に試そうと言い出すイグニスが異端なのは言うまでもない。

 

 祈るように展開される小さな魔法陣。他人の魔力は毒であるが、呪術はそれさえ利用して脳に刺激を与え。頼む。おそらくはこの場に居る全員の気持ちが一致した瞬間で。

 

 忘れていたが、この金髪ドリルは豪運の持ち主だった。

 

「……ぁ」

 

「マジか、ですわ」

 

 それは蚊の羽音よりもか弱い音。しかし、吐息を忘れた唇から、祝福の言葉が確かにこぼれ出る。

 

 

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