ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
足音がコツコツと反響しては暗闇に吸い込まれていく。
俺とイグニスは2階にある礼拝堂へ向かう途中なのだけど、炎が照らす光景は、なんというか廃墟のような有様であった。
いや、もとから廃墟なのだけど、昼に見たときより荒み具合が凄い。
恐らくは爆炎槍の痕だろう。石造りの建物は、あちらこちらに煤が残り、倒壊した壁や柱が残骸となって転がっている。
荒れた廊下を進むのは、まるで肝試しでもしている気分だった。もっとも廃城で生活をしていた経験もあるので恐怖は微塵もないが。
「へっくち」
「ふふ、日が落ちてから一段と冷えてきたね。もうちょっとこっちに寄りなさい」
「うん」
鼻を啜りながら赤髪の少女へとにじり寄る。火球を照明にしつつ暖を取っているのだ。
肩の触れ合う距離まで近づくと、これが歩きづらく、面倒なので腕を絡ませた。イグニスは「逆だろ」と笑いつつもエスコートしてくれる。
「……服、ボロボロだな」
「ああ、ごめん。せっかく貰った服だったのにね」
「気にしなくていいよ。命あってこそさ」
イグニスは「私もマフラーが血塗れだ」と口をへの字に曲げた。
寒さは外気温のせいもあるけれど、俺たちは服がズタズタなのだ。老騎士との戦闘で、おニューのコートは激しい損傷を負った。服ばかりは回復魔法でも治らないのよね。あとで縫わないと。
何気ない一言ではあるが、俺でも彼女の外套が穴だらけなのには気付いている。きっと裏では大変だったのだろう。リュカの頑張りからもそれは伺えて。
「苦労に見合うだけの報酬があればいいけど」
(もっともじゃな)
浮遊島。そのロマンに惹かれ面白半分で登ってしまったが、魔大陸に存在したという過去の文明は、良くも悪くも多くの人生を狂わせた。
だからこそ、この島でなにがあったのかを。今を生きる人間として、解き明かしに行こう。
◆
「ここか」
場所は聞いていたので、あまり迷うことなく到着する。
きほん殺風景な基地の中、その部屋だけは、体面を見繕うように少しばかりの装飾が施されていた。一言で表すのであれば、やはり礼拝堂という言葉がぴったりだ。
軍事施設としては無駄とも思える大広間だった。壁際は大きな窓がガポリと開き夜空が覗く。陽を取り込むための工夫。今は砂がなだれ込んでいるが、昔はステンドガラスでも貼ってあったのだろうか。
そして決定づけるように、教会にもあった天使像が最奥に座り。各所で見かけた羽をモチーフにしたシンボルマークが飾ってある。
「なるほど。宗教施設で間違いなさそうだな」
「こんな場所にも作るんだから、この島では日常的に祈りを捧げていたのかな」
「んー。三柱教の祈りは、魔力奉納の意味合いもあるんだ。それを踏まえると、人間の宗教を模して魔力収集をしていたと考える方がしっくりくる」
(儂も同意だ。魔族が崇めるのは力。故に王が君臨する。神なぞ信仰せんわい)
ソースは儂と、胸を張る魔王様。そりゃ信憑性のあることで。とはいえ考察をするのは後だ。「アレか」そう呟くイグニスは、天使像の背後にある壁に近づいていった。
石に文字を刻んだ物を石碑というが、たしか金属に掘ったものは
「金板じゃないんだ。ケチったのかな」
「別におかしくないよ。昔は銀の方が価値の高い時代もあったのさ」
魔女は人差し指をピンと立て、ドヤ顔で
「ちょっと照明代わってくれ」
そう言うや、イグニスはポケットから取り出した手帳と見比べながら、文字を指で追っていく。俺もジグも読めないので、脇で何が書かれているのだろうと、ボンヤリ眺めながら解読を待った。
「これは、教義とでも言うべきかな。教授が言ったように、アイリスという存在が楽園へ導くといった旨だね」
気になる一文としては、故郷への帰還と書かれているそうだ。フェミナさんには、これが歪んで伝わり、手帳が故郷の手掛かりに繋がると勘違いしたのではと。
アイリスという天使は始獣と同じく異世界の住人で、世界を渡る樹木、“世界樹”のオリジナルがあった場所から来た。【箱舟】の魔王ノアは、そこを楽園として目指し、浮遊島は住人ごと移民するための国であり船である。
最初こそ文章を解説しながら読んでくれた魔女だが、後半に行くに連れて口数はドンドンと減り。最後には口を手で覆い沈黙してしまった。
「あーうん。フェミナの手帳と合わせれば、おおよその筋書きは理解出来たよ」
どこから話せばと、頭の中で話の筋を整理するイグニス。やがて、大事なのは時間だったと言う。
「世界樹の開花は千年に一度。その時期をただ待っては、人類はおろか魔族とて寿命が尽きる。おそらく不老不死の研究はそのためで、岩戦士は副産物か」
では肝心の異世界に行く方法は。俺はそう口を挟もうと思ったのだけど、最後まで喋らせてくれと手で遮られた。
「そう、時間なんだよ。前回の開花の時期はおよそ600年前。ちょうど、この浮遊島に文明があった頃と一致する」
「げ、あと400年もあるんだ」
(前は確かにそのくらいだが、もうその木は無いぞ。エルツィオーネが燃やしたでな!)
「…………そっか」
大森林で妖精パニックの元となった神酒。あれは世界樹の花の蜜から作られるもので、エルフがまだ魔大陸で暮らす時に採れたものだ。まぁそう数あるものでもない。同一の木だった可能性は十分にあるのだろう。
意外な繋がりにフムフムと頷いていると、イグニスは「これは教授に聞いた話だけど」と焦点を【箱舟】の魔王に合わせて。どこまで知っていると言われたので、確か魔大陸から逃げたんだよねと、うろ覚えに返した。
「うん。時期的に、フェミナの先祖のせいで計画が失敗し、この浮遊島から逃げたとみて間違いないだろう」
(ダッサ! えー、ちょっと同じ魔王として恥ずかしいんですけどー)
その場所エルレウムは、天使の舞い降りた地という逸話で有名らしい。手記の内容と照らし合わせても、【箱船】が天使族に退治されたのは確実なようだ。
けれど俺は「ん?」と首を捻る。確か人魔石の製造には天使の羽が使われていたはず。そうなると、【箱船】も天使なのではと疑問に感じたのである。
「いいところに気付いたね。恐らく彼は天使族の秘伝を持って逃げ、この浮遊島を造ったんだ。アイリスという始祖が異世界から来たという逸話を信じ。始獣、世界樹、全てを揃えて、本気で異世界を目指していた」
理由は、伝承に縋ったのだろうと。銀板に書かれる楽園は、死者にも会えるなんて天国のような場所で。きっと辿り着けば救われるという妄執にノアは。いや、この国は囚われていたのではないか。
「……誰か、大切な人でも失ったのかな」
「手記によると魔王は息子を亡くしていたらしい。ただ、同時に生まれたばかりの娘も居たそうだ」
それは可哀そうにと思うと同時、えもいわれぬ違和感に襲われる。気付いたかいとばかり赤い瞳がねめつけて来た。ヒントはそう、時間なのだろう。
600年前。それはちょうどジグルベインが生まれた頃で。
彼女は、魔力が強すぎたせいで生まれながらに羽をもがれて牢に繋がれていたそうだ。 だが仮に親が魔王で大罪人だったならばどうだ。
「あ、あのさジグ。もしかして、この島。お前の生まれ故郷なんじゃ……」
(カカカ。なにを馬鹿な。そんな偶然が……)
否定しようとしたが魔王は考え込む。やがて、そういえば向かいの牢には老人が居て、言葉を習ったのうと。どうやら古臭い喋り方はそのせいらしい。
コイツが町を焼いたのは知っているので、恐る恐るにその人の行方を尋ねてみる。
魔王はぶっ殺しちゃったとテヘペロした。この親殺しー!
(心底どうでもよい。大事なのは、思ったより天使が歴史で暗躍していたことだ)
もし、デュオルオ。最後の天使が、楽園の逸話を知っていたならばどうだと。
確かに、同じようにジグルベインを生き返らせるべく異世界侵攻を考えても不思議ではない。そして止めとばかり、【軍勢】の魔王の元には始獣が居る事を教えてくれた。
嫌なところで繋がってくれるじゃないの。