ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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434 宝の在処

 

 

 礼拝堂の調査を終えて、俺とイグニスはキャンプ地に戻った。

 調査隊や冒険家、大勢の人間が居るに関わらず、場は静かなもの。まぁとても騒ぐ気にはなれないだろう。

 

 それはコチラも同じ。浮遊島の歴史はともかく、【箱舟】の魔王がジグルベインの親であり、その野望がまだ生きている可能性は他人事では無い。まったく頭を抱えたくなる気分だ。

 

「おっ戻ったか」

 

「うん。おはようリュカ」

 

 居ない間に狼少女も目が覚めたらしい。飯は食ったかと問えば、さっき食ったと返答が。いまは暇を持て余したか毛布に包まりゴロゴロしている。というかソレ俺のでは。

 

(またくだらぬことで悩んどる顔じゃな)

 

「……ジグは親を殺したかもしれないのにずいぶん軽いね」

 

(儂はそもそも天使を皆殺しにしているのだぞ。気持ち的にはとっくに決別しておるのだ)

 

 カカカと明るく笑われて、俺は押し黙ってしまう。

 そうか。思い至らなかっただけで、町を滅ぼすとはそういう事。混沌の魔王は旅立ちの前に、何もかもを自分の手で破壊し尽していたのだ。

 

 あるいはそれが引き金となり、傍若無人な道を歩んだのだとしたら、とても悲しいなと思った。

 

(だから儂のことなど気にするな)

 

 しょせん死人よと吐き捨てるジグの目は、とても優しいものだ。過ぎ去りし時は変えられない。俺に出来ることなど、何もない。その現実が少し寂しく。

 

 思考がマイナスに陥ろうとしたところで、ダメだなとフーと大きく息を吐きだす。

 とりあえず服でも縫おう。単純作業は手慰みにじつにピッタリである。そう思い針と糸を用意すれば、オレのも頼むと服を積まれた。なんて女子力の低い奴だ。

 

「別にいいけど、靴下はないの?」

 

「それはあっても渡さねえ」

 

「なんでや」

 

 ついでにイグニスの分もと思えば、彼女は「やあ」とレルトンさん声を掛けられていた。

 休まないといけないのは分かっているのだが、どうにもフェミナさんが心配で寝つけないらしい。それで暇つぶしに来たと。

 

 俺は火に当たりながらチクチクと手を動かし、二人の会話に耳を澄ませる。魔女は呆れた声で目だけでも瞑るように諭すのだけど、教授は切迫する声でこう言った。

 

「あのオッパ……いや、美貌だ。私がルニマンならば手を出さないはずがない。くそぉ、なんて羨ま、いやけしからんのだ。くそぉ……!」

 

「男というのはまったく……」

 

 雑念まみれであった。きっと疲れているのだろう。けど心配だけは本心なので、気持ちは分かると首を縦に振る。

 

 すると聞いていたリュカがボソリと呟いた。あんなの邪魔なだけじゃんと。

 瞬間、ぐふっとまるで背後からナイフで刺されたような声がする。ああ、イグニスはリュカを貧乳仲間だと思っていたのだ。しかし巨乳への憧れが自分だけだと判明し、劣等感を刺激したらしい。

 

 別にモテないわけではなかろうに、そう言えば妙なコンプレックスがあるよなと。そうっと視線をあげて魔女の表情を伺う。

 

「そんなに気にしてたんだ」

 

「昔、小さな胸は愛せないと見合いで言われたことがあってな……」

 

(カカカのカー!)

 

 そこには怒りに震える赤髪の少女が居た。眉を寄せ、グギギと歯を食いしばる形相からは、いまにも血の涙がこぼれそうなほどの憎悪を感じる。きっと彼女の人生でも最大級の屈辱だったのだろう。

 

 同時、脳内では「同志、僕だよ!」と乳王子が語りかけてきて。全てを理解した俺は、笑ってはならぬと太ももに針を刺して感情を殺した。耐えろ、耐えるんだ、俺の横隔膜。

 

 触らぬ神に祟りなし。赤い瞳から発生する圧を感じながらも、「ソレハツラカッタネ」と心籠らぬ慰めをして縫物を続ける。

 

「んで、お前ら2階に行ってたんだろう。何か分かったのか?」

 

「む」

 

 狼少女の華麗なる話題の転換にナイスと内心でガッツポーズをした。ちょうどレルトンさんも居るので、礼拝堂の話をするにはうってつけだ。

 

 ふぅと怒りを鎮めるように肩で息をするイグニス。やがてハスキーな声は二人に向けツラツラと推察を語った。

 

 しかし教授の反応はといえば「おや、君にしてはズレた事をいうものだね」と、まさかの駄目だしで。教授の出した結論に魔女は到達することができなかったらしい。

 

「……なにか、足りなかったですかね?」

 

「どうかな。むしろ多すぎたのだと思うよ。イグニスくんは教義を知る前から、異世界に目を向けていたようだしね」

 

 頭上でそんな会話が行われる。俺は縫い終わったコートを脇に置き、リュカの分に手を付けると、私のもと黒い外套が置かれた。無言に受け取った。

 

 教授曰く、手帳の中身はフェミナさんの先祖の日記のようなものらしい。浮遊島の生活が当然のように書かれているから、紐解くには前提知識として、この国の在り方を知る必要があった。

 

 本来はそこだけだけに注視すべきなのに、イグニスには世界樹やジグの知識があったせいで別の解答を導き出していたのだ。

 

「少し足掛かりをあげよう。ベルモアを地獄と言うならば、私はここを天獄であったと見ている」

 

「あっ」

 

 イグニスには珍しく間抜けな声がする。そういえば始獣については何も言ってなかったか。レルトンさんの意見では、浮遊島には、もともと始獣を閉じ込めておく役割があったと睨んでいるようだ。

 

 確かに、これだけ文明が発達しているのだ。この規模の土地で長い期間、天使の目を盗み続けるのは不可能だったはず。

 

 ならば、途中で狂ったとみるのが正解。そう、箱舟の魔王は息子の死を契機に、楽園なんてものを目指そうしたのだろう。

 

「……すると、不純物は世界樹。それだけが、この国には無かった。だから略奪し、天使に計画がバレたんだ」

 

「うむ。そう考えるべきだろうね。ならば魔力に窮屈していたのも納得が出来る」

 

「ははん。ならば都市の魔力を補っていたのは天使の羽のほうだったか」

 

「自分で振ってあれだけど、まったく理解できねえ」

 

 つまらなそうな顔をするリュカ。難しい話やだやだとゴネる少女は、進化した力を見ろとプロレス技をかけようとしてきた。針使ってる時は危ないからやめろ。俺はアイアンクローで撃退した。

 

「オレは昔の話に興味はねえよ。これからどうするのかを聞きたかったんだ」

 

「まぁ確かに、それも話し合わないといけないね」

 

 フェミナさんの救助に向かうのであれば日の出と共に動き出したいところ。

 そこのところどうなのと、ちらりと視線を上げる。レルトンさんは、その話をしているつもりだったと苦笑いしながら顎鬚を擦っていた。

 

「ああ。答えがそう言う意味だとは思わなかった」

 

 魔女は思考が追いついたようで、改めて教授に敬意を向けている。話半分に聞き流していた俺は、「ん?」と首を捻った。

 

「ここからは少しの想像力だよ。魔王が手に入れた宝を、フェミナさんの先祖はどうやって手に入れたのか」

 

 さすがに普段は警備が厳重だろう。しかし、仕舞われていた物が、衆人の目に晒されるタイミングがあった。念願の異世界転移の儀式を行う時である。

 

 教授は生徒にものを教えるように「では儀式はどこで行われたかな」と問い。俺は、ああと膝を打った。

 

「神殿!」

 

「その通り。天使の強襲のせいで持ち出しまでは出来なかったようだが、逆をいえば、まだそこにあるはず」

 

 なんてこと。レルトンさんは最初から宝の在処を伝えてくれていたのだ。ただのエロ親父ではなかったと見直した瞬間だった。ごめんなさいね。

 

 一つ問題があるとすれば、場所か。

 神殿は西の方角。ちょうど白金の戦士を目指す学者たちが向かっていた。更には手記と古代文字を読めるフェミナさんまで一緒にだ。解読は時間の問題だろう。

 

「急がないとね。今度はこっちから仕掛ける番だ」

 

「いいね。オレは好きだぜ」

 

 お宝争奪戦はまだ終わっていない。むしろ最終フェーズに突入したと見るべきだった。

 カチコミをかける先が判明すると、狼少女は分かりやすくていいと拳を鳴らす。

 

 

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