ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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435 奇行種

 

 

「ほへー、こんな所に抜け道が」

 

(考えてみれば、同じ町なら構造も一緒じゃよな)

 

 俺が下を覗き込んでいると、隣ではジグもほほうと感心をしていた。西の町で探索をした地下道だが、なんと同じ物がこの建物にも繋がっていたのである。

 

 そういえば外壁を開けた時に、砂の溜まっていなかったことに疑問を覚えたものだ。どうやら砂は地下に流れ、そのまま空へと排出されていたらしい。

 

「出口が少し不安だが、魔獣の群れを突っ切るよりは安全か」

 

「そうだろう。逃走経路として考えちゃいたんだが、使う暇がなくてねぇ」

 

 レルトンさんの呟きに肩を竦めるのは女冒険家だ。探索時に地下への入り口を発見したものの、調査隊の反乱に巻き込まれて逃げるどころではなかったと。あるいはリュカが捕まえなかったら、ここから脱出をしていたのだろうか。

 

 ともかく戦闘にならずに済むのなら、ありがたいものだ。

 夜明けと共に、いざ行動を開始しようとした俺たちは、初手で壁にぶつかっていた。基地の外にはまだ想像以上に魔獣の群れが居たのである。

 

「いやークソしにいったときに、魔獣が死体を齧っててびっくりしたぜ」

 

「リュカ、君はもう少し言葉を濁しなさい」

 

「せめて、おうんちですわよね」

 

「お嬢様、変わってません!」

 

 狼少女の包み隠さない言葉に淑女たちから物言いが入る。しかし、まぁ発端はそんな感じ。敷地内にまで現れて大変だった。恐らく、外で大暴れしたというモアイのせいで、死臭がいっそうに獣を引き寄せたのだろう。

 

 ちなみに死体というのは、イグニスに爆殺された魔導士のものらしい。セリューくんの蘇生で思考から吹き飛んでいたけれど、思い返せば学者が捨てた肉体もそのままだ。

 

「予定通りに壁を壊してきました」

 

「そうか。では行こう」

 

 背後に二人の魔導士が追い付いてくる。その姿を確認するや、セリューくんから指揮権を譲渡された老騎士が号令をかけた。

 

 作戦的には、魔獣の死体を餌にして逆に基地へ獣を集め、その間に地下を通りエスケープという感じだ。このまま西の町までは行けまいが、ただ突っ込むよりはましだろう。

 

「うおっ寒っぶ!」

 

(雪が舞っとるものな)

 

 階段を降りていくと石造りの広い空間に出る。この辺りは庭の下か。天井からはサラサラと砂が零れ落ちていて、砂時計の中にでも入った気分だ。

 

 そして、古代魔法で山にぶつけた時に床や壁の一部が崩れたらしい。奥では光が漏れて、雪を含む寒風が吹き抜けている。リュカと下の景色を見に行こうとしたら、状況考えろとイグニスに止められた。残念だ。

 

「俺たちは、町へ帰ったらどうなるんすかね?」

 

「とうぜん軍規に則り、刑を言い渡されるだろう。だが、呪術の抗いがたさは理解している。弁護はするつもりだ」

 

 地下道を進んでいると、そんな会話が耳に届いた。

 チャラ男に答えるのは老騎士で。自身の経験から、反乱は仕方がなかった側面もあると考えるようだ。

 

 確かに元騎士団長が操られたのだし、部下を完全に黒とは言い辛いか。でも二人とも罰を受け入れる覚悟はあるようで、言い訳なく、あざますと感謝の言葉だけが述べられた。

 

「しかし、魔法使いなら呪術に抵抗くらい出来なくては。実戦主義といえば聞こえはいいけれど、全体的に知識不足だな」

 

「うぐっ」

 

 魔法使いの優劣は強さだけでは無いとイグニスに責めれて、魔導士は押し黙る。

 俺はそういう見方もあるかと思った。仮にイグニスが火力しか能の無い女であれば、勇者は一行に誘っていまい。あんがい学術派とやらの亀裂も、こういうところにあるのだろうか。

 

「ちょっと待った。いま何処に向かってるんですか?」

 

「え?」

 

 調査隊の会話をぼんやりと聞きながら進んでいると、助手くんが困惑した様子で言ってきた。光球を使える都合で自然と先頭に居た俺は、とりあえず西の方と答える。

 

 迷路とまでは言わないが、蜘蛛の巣のように伸びる地下道だ。コンパスに従って歩くくらいの知恵はあるよ。

 

「ああ、やっぱり! 違いますよ、向かうのは北です!」

 

「えっ、でも西の町に向かうんじゃ……」

 

「アンタ、そんな方向感覚でよく冒険してきたね」 

 

 女冒険家は忘れたのかいと、指をクルリと回す。ははん。ここは浮遊島で、向きが半回転するというトラブルもあったね。島の方向が物理的に変わっていたのだ。

 

 なるほどーと唸っていると、ジトリと刺さる周囲の視線。そしてリュカが代表するように、引っ込んでいろと肩を叩いた。お前に言われたくは無い。

 

「だいたいペルロさんが西に逃げたって言ってたし!」

 

「……」

 

 俺がやり玉に挙げられるが、たぶん半数以上は勘違いしていたと思うのだ。証拠に猟犬や老騎士は気まずそうに黙り込むし、金髪ドリルさんもですわと言っている。

 

 

 そうして、ちょっと戻ったり迷ったりしながら地下道を歩いた。基地からそれなりに離れたところで、そろそろ地上の様子を見てみようと手頃な扉を探す。

 

 なにをもって手頃と言うかだが、一番は魔法陣が無いこと。大きな石の扉には魔法錠というものが刻まれ、正確な順序で魔力を流さないと攻撃してくる危険なものだ。更には、使った魔力が白金戦士の動力になるのだから迷惑である。

 

「こっちに階段あったぞー!」

 

「よし、でかしたリュカ」

 

 階段の出口には、マンホールの蓋のように天板があり。よいせと力任せにどかせば、隙間から大量の砂が零れ落ちてきた。セリューくんを背負う大男が足を取られてすっ転ぶ。ああ、気を付けてね。

 

 繋がった先は、どこかの納屋だろうか。物置と思われるこじんまりとした建物で、荷物ともどもすっかり砂に埋もれていたようだ。

 

「とりあえず魔獣の気配は無いかな……」

 

 作戦通りに魔獣は避けられたようで。今のうちに進もうと、古代の匂いすら残るような石造りの町並みの中を駆けていき。俺はそれを見つけて、ふと速度を緩めた。

 

(あれはモアイ大王か)

 

「名前は知らんけど」

 

 モアイ像は道の真ん中で前のめりになって倒れている。走っている途中で魔力が切れたようだ。

 

 前評判通りに激しい戦闘をしたのだろう。巨体には歯型などの傷が多く刻まれ、周囲の地面は血で赤黒く固まっていた。

 

 思い返せば、彼は最初からそうだった。

 俺に危害を加えることもなく、ただ懸命に何処かに向かおうとしていたのだ。足は気づけば、倒れるモアイの元へと向かっていた。

 

「あ、コラ。なにやってるんだ。迂闊に魔力を流すなって言ってるだろ!」

 

「ごめーん。うっかりしてたー」

 

(見つからないように急いだくせに白々しい)

 

「だって、誰かと待ち合わせしてたら可哀そうじゃないか」

 

(カカカ。そりゃ600年の遅刻じゃな)

 

 罵倒を繰り返しながら魔法陣を展開するイグニス。俺はそんな彼女をまぁまぁと抑えて、動き出すモアイに行ってしまえと声を掛けた。

 

 この浮遊島は魔族の国。人間といえば、おそらく奴隷でろくな扱いはされていなくて。

 だから魔力で動き出した、他のモアイや腕輪虫は容赦なく襲い掛かってきた。攻撃されたら仕方ないと戦う覚悟は決めている。

 

 のだけど。やはり人間に敵意は無いのか、聞き取れないとばかり巨体を屈める姿には、なんとも愛嬌があった。俺は笑いながら、行きなよと遠くを指で示す。

 

「お前……」

 

 すると、何を勘違いしたか乗れとばかり手が目の前に降りて来るではないか。

 一緒に行こうと言うのかい。あまりに予想外な行動に目を張った。

 

 『シンデン!』すぐさまにイグニスがなにか叫ぶ。そうだ。そもそも言語が違うのだから、言葉が伝わるはず無かったのだ。

 

 しかし、片言の魔女の言葉は通じたようで。さながら自分もそこを目指すのだと言うように、モアイは力強く頷く。

 

 そういうことならば。俺と魔女は、不安と期待を胸に、恐る恐る手のひらへ乗った。腕はまるでショベルカーのような力強さで持ち上がり、そっと頭上に案内される。

 

 高い。地面が遠く、他の人間が小人に見えた。ズシンズシンと歩かれると、意外と揺れるもので、振り落とされやしないかと、頬がやや引き攣り。

 

 けれど最高の気分だね。一様にこちらを見上げて、ぎょっとするメンバーに、俺は手を振り言った。

 

「みんな、乗れ乗れー!」

 

 

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