ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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437 過去が牙を剥く

 

 

(これは天罰術式。【太陽(ソーラー)編みし(ニーノン)破壊光(レイ)】!)

 

「おまっ……いまなんて言った?」

 

 全ての者が空を見上げていた。頭上には、浮遊島全域を包み込むほどの超巨大魔法陣が展開しているからだ。

 

 まだ日の高い時刻に、青空を遮り出現する光の幾何学模様。七色に輝きながら揺蕩う姿は、虹か、はたまたオーロラか。壮大で、美しく。見るものの心を奪う魔力すら持ち合わせているように思えた。

 

 あまりに非日常な空模様は、すでに異世界に迷い込んでしまったのかと勘違いするほどで。けれど、この幻想的な景色こそ破壊の序章だと魔王は語る。

 

(間違いない。嗚呼、なぜだ。儂はこの光景を知っておるのよ)

 

 ジグは既知に苛立ちながら片手で額を押さえていた。あるいは本当に見たことがあるのかもしれない。まだ幼き頃、浮遊島が撃ち落された時に。

 

「大丈夫、俺は信じるよ」

 

 突拍子の無いことながら、どうしてその発言は腑に落ちてしまう。

 魔力の流れを間違えると別の魔法が発現する、魔法錠の存在を知っているからだ。

 

 更に疑念を高めるのがフェミナさんの存在である。

 世界樹を取り返しに来た天使族は、けっきょく彼女の一族を捕まえることが出来なかったということ。ならばせめて術式のほうに細工をと考えるのは変ではない。

 

「やられたな畜生」

 

 頭を力任せに掻きむしった。ここは上空2000メートルの浮遊島で、魔法陣はその全域を覆い尽くす。どこにも逃げ場などありはしない。

 

 なるほど、天罰。

 墓を暴き、歴史を解き明かした俺たちに。強欲に遺産を狙う愚か者に。過去が牙を剥きやがった。

 

「上空への広域展開。【箱舟】は本当に島ごと転移させるつもりだったのか」

 

「そのようだね。この島は、まさに国であり船だったわけだ。しかし、浮遊島の特性を使えばエルデムでも到達出来るだろう。はたして間に合うか……」 

 

 リュカなどは景色に圧倒され茫然と見上げるばかり。対してイグニスやレルトンさんは、状況を考察して対応を考えていた。

 

 正直、すんごく言いづらい。それでも伝えなきゃならないもので。俺は真面目な話をしている途中にごめんよと、魔女の肩を叩く。

 

「イグニス、どどどどうか落ち着いて聞いてほしい」

 

「君が落ち着きなさい。世界樹が使われたのは辛いだろうが、術理だけでも手に入れば成果はあるから」

 

「いや、その。どうも魔法陣が改ざんされてるらしくてね」

 

「うんう……んんっ!?」

 

 なんとかなるかな。期待を込めて上目遣いしてみた。察しの良い女は僅かな情報だけで、おおよその事情を理解したらしい。赤い目をめいっぱいに開いて術式を追う。

 

「ええい、とても解読している時間は無いな。魔法を止める手立ては主に二つ。魔法陣の破壊、そして魔力供給の停止。今回の場合は……どちらも無理だ」 

 

 すでに起動され、魔力源の世界樹は遥か上空。イグニスをして、もう止める手段は残されていないと判断した。

 

 その一言は効いたというか。多くの死地を切り抜けて俺ではあるが、暴力では解決しない窮地に、さしも万事休すという言葉が頭を過る。

 

「最後にとんでもない爆弾が出やがったな」

 

「よくわかんねーけど、諦めるなんてツカサには似合わないぞ」

 

 コイツのお陰で此処まで来れたんじゃねえか。リュカはそう言い、ペシペシとモアイの頭を叩いた。俺は微かに頷き、狼少女の灰褐色の髪をわしゃわしゃと撫でる。

 

「いいこと言うじゃん」

 

 確かにモアイ戦士の協力が無ければ、遠くで指を咥えて眺めていることしか出来なかったはずで。前向きに考えれば、状況はギリギリだが繋がっているのだ。悲観してる場合じゃないね。

 

(本当によく分かっていないだけだと思うのだが)

 

 

 俺たちが驚愕し戸惑っている間も、モアイ戦士はズンズンと歩を進めていた。

 気づけばモアイ草原を抜けて、すでに町跡にまで入っている。これならば、本当にあと少しの距離だ。

 

 まだかまだかと気ばかりが急いていると、「あれは」と金髪ドリルさんが指を空に掲げた。俺と魔女はその声にびくりとする。いまは頭上に特大の時限爆弾が設置されているような気分なのだ。あまり驚かせないで欲しいね。

 

「……なんだよ?」

 

「光の奥に薄っすらと、何処かの景色が見えたのですわ!」

 

 ぶっきらぼうな魔女に、やや興奮した声色でドリルさんが答える。言われ凝視をしてみれば、透けるオーロラの彼方には、かすかに映る景色があった。

 

 まるで風でよそぐ薄いカーテン越しに、窓の向こうを見ているような気分だった。

 いま、そこは春なのか。緑の豊かな山の輪郭では、桜に似た薄桃色の花が咲き乱れている。どこか懐かしい匂いを感じる原風景。眺めるだけで暖かな日差しすら想像出来るようだ。

 

「あれが楽園……」 

 

 ブルリと身震いがした。異世界へ渡る術がそこにある。

 イグニスの言った通り、魔法という体系として残されているならば、いずれ再現も可能なことだろう。

 

 あれがずっと探し求めた、家への扉。目を細めれば、ただの山奥も埼玉の景色に思えてくるものだ。

 

「でも、なんで急に」

 

「そうか魔法陣は二重だったのか。お互いに魔力を取り合って動作が鈍いんだ。いいぞ、時間の猶予はまだありそうだ!」

 

 僅かに見える希望の光が見える。残された時間でなんとしても対抗策を捻りだしたいところ。だから、まず。囚われのお姫様を助け出さないとね。

 

 グンと、モアイ像の地を蹴る力が一層に強まった。いよいよに神殿が見えてきたのである。

 

「フェミナさーん!!」

 

 もとよりモアイが地鳴りのような音を立てて走っているのだ。隠密行動なんて不可能だろう。助けに来たよ。そんな意味を込めて、彼女の名を叫ぶ。

 

 すると声が届いたわけではあるまいが、神殿の巨大な柱の根本に三つの人影が姿を現して。

 

「なんだ、あの姿は!?」

 

 老騎士が驚愕の声を上げた。黄金モアイが変貌していたのだ。モアイの顔が学者の顔にすげ変わり、スフィンクスから人面犬のような外見になってしまっていた。

 

 ハッキリ言って気持ち悪い。

 無機物がとつぜん有機物になったと言えば、この生理的嫌悪は伝わるだろうか。

 

 ところどころ金の外装が剥がれ落ち、下の生生しい筋繊維まで見えている。初見の時から変な造形だとは感じていたけれど、あの黄金モアイには始獣の死体が埋め込まれていたのかもしれない。

 

「うひゃひゃ! 皆さん見てください、楽園は本当にあったんですね、はい! 争いなんて止めて、一緒にまだ見ぬ世界へ行きませんかー!?」

 

「あまりの愚かさに頭痛がするな」 

 

 吐き捨てる老騎士。いまの学者にあるのは好奇心だけだった。

 セリューくんを殺害し、調査隊を陥れたことに微塵の罪悪感も無い。まして発動した魔法に罠が仕掛けられているとは想像だにしていないようだ。

 

「僕の知るエルデムさんは、変人ではありましたが常識くらいあったはずなのに」

 

「不完全な技術なんだよ。永遠なんてものは人類が到達出来る領域ではない。まぁ、だからこそ追うのも人間なんだが」

 

 助手くんの嘆きに魔女が答える。

 魔石の特徴は魔力に属性を付与すること。ならば、人魔石とは流れた魔力で人格を再現しているにすぎない。つまり、属性変化エルデムと言ったところか。

 

「彼らは、ここに来るまでに何回、魔力を補給しただろうね」 

 

 最初こそ魂は完全な形であっただろうが。肉体を失い魔力が生成出来なくなり。他人の魔力を注がれるほどに薄れていく魂。

 

 その在り方は、もはや人ではなく。ネジを巻かれ音楽を再生するオルゴールのようなもので。やがて摩耗し、芯に残った一番強い感情しかの残らないだろうと。

 

「ああ、なんか納得したな」

 

 魔女に諭された助手くんはそっと目を伏せるが、俺はそうかと頷いた。

 腕輪虫が呪いを撒き続けたように、学者がひたすら知識を求めるように。このモアイ戦士は、ヨシオンは駆け続けた。

 

 いましがたイグニスが永遠の命を否定したばかりだが、ならば想いはどうだろう。摩耗に摩耗に重ね、けれど残ったピカピカのダイヤモンドのような、その一念は。

 

 異世界へ誘う学者の顔面に、岩の戦士はコレが答えだとばかり、巨大な拳を突き立てる。

 訳もわからず呆然とするフェミナさんだが、俺には聞こえた。無言で無機質で冷たい石塊から、「君を守る」と確かに聞こえた気がした。

 

 

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