ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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438 裏切りの末路

 

 

「ぶけろべぇっ!?」

 

 唸る剛腕。炸裂の右。楽園に行こうなどと宣う学者の顔面に、NOと岩戦士渾身のフルスイングが叩き込まれる。

 

 ああ、豪快。こちらの鬱憤まで晴れるような気持ちのいいパンチであった。

 学者はこの騒動の元凶で、俺も一発くらい殴ってやりたいと思っていたところ。だから床を転がりながら吹き飛ぶ黄金モアイの姿には、ざまぁ見ろと感じてしまう。

 

「ええと、どうなってるのかしら~!?」

 

「大丈夫、彼は味方ですよ。正体を知ったらきっと驚くと思う」

 

 事情を知らないフェミナさんは酷く困惑をしていた。俺はそりゃそうだと思いながら、モアイ戦士の頭から飛び降りる。

 

 ヨシオンは彼女を守るのに一切の迷いが無かった。フェミナさんは先祖に似ていたかい。良かったね、今度はちゃんと間に合ってさ。

 

「セリュー。なぜ生きて……」

 

「詰めが甘いのはお前の悪い癖だぞ、ルニマン」

 

 一方で裏切りの騎士も酷く困惑をしていた。そうかと、自分を納得させるように目を細めている。

 

 この男は、モアイの突撃に気付きながらも動くことが出来なかったのだ。きっと俺たちの顔ぶれに、自分が殺したはずの人間が混じっていたから。

 

「もう終わりだ。武器を捨てて投降しろ」

 

 せめてもの抵抗か淫魔を盾にするルニマンへ、セリューくんが降伏勧める。その通りと、俺や老騎士も剣を構えた。いかに騎士であろうと流石に人数差があった。覆すのは厳しいだろう。

 

「ハン。これで勝ったつもりかよ」

 

「その通り。フハハ。驚きはしましたが、私に拳なんて効かないんですね、はい!」

 

 騎士の背後で響く高笑い。さすが不死身を謳うだけあるか。学者は、岩戦士の強烈な一撃をくらいながらも、へいぜんと起き上がってきたのだ。

 

 やはり本体の魔石を壊さないと駄目らしい。面倒な相手だなと思いながら、チラリと視線を向ければ、壁際にはいまだ横たわる黄金モアイの姿があった。

 

「あれ? アイツ……」

 

(うむ。気付いとらんな)

 

 ジグが呆れた声で言った。幽霊学者は条件反射か、痛みは無いと言いつつも殴られた箇所を撫でようとして。腕が自身をすり抜けたことで、やっと黄金モアイから魂が飛び出ていることを知ったらしい。

 

 あれぇと素っ頓狂な声が上がる。代わりにニンマリと頬を吊り上げるのは淫魔だ。その名に恥じぬ妖艶な笑みで、ごめんなさいねと手中の魔石をかざす。

 

「え、それは、私の……?」

 

「これが本体なんでしょ。魔力を注いでいるところ見てたんだから~」

 

 ははん。彼女の特技はスリと言っていたか。俺たちが突入した隙をつき、どさくさ紛れに学者の核を抜き取っていたのである。

 

「やるー」

 

「くっ、この女。余計なことを!」

 

 俺は迎えるべく手を伸ばし。フェミナさんがベーと背後に舌を見せながら、こちらに駆け出す。まさかの出来事に焦るルニマンは、返せと詰め寄るが、そこで淫魔は怪しく目を光らせた。

 

 魅了。腕輪虫に操られる相手への効果は実証済みだ。彼女は一瞬くらい動きを止められると読んだのだろう。

 

 だが、現実は少し非情だった。薄緑髪の女性は目の前で、ばさりと脇腹を斬りつけられ。倒れこむように俺の胸元へ飛び込んでくる。

 

「フェミナさん!」

 

「あ、あれぇ。ちょっと予定と違っちゃったわ~」

 

「バカ女め。こんな玩具はとっくに魔力切れなんだよ」

 

 ルニマンは腕輪虫を床に落とすや、ぐしゃりと踏みつぶした。

 そうか、この男はとっくに正気だったのである。でも俺にはその行動こそ狂気に思えた。 

 騎士はすでにこの場を死地と定めたようだ。圧倒的不利を飲み込んだうえで、掛かってこいと啖呵を切る。もう引けない、そんな覚悟を感じた。

 

「イグニス!」

 

 名を呼べば、分かっていると即答する魔女。俺はフェミナさんを頼むと、モアイの手に彼女をそっと寝かせる。学者を殴り飛ばした固い凶器のような岩の手は、一輪の花を愛でるかのように優しく受け止めた。

 

「返せー!!」

 

「げっ」

 

 ルニマンと決着をつけなければなるまい。剣を握る手に力が籠るのを感じていると、幽霊学者はまさに幽鬼のような形相で手を伸ばしてくる。

 

 いち早く反応した老騎士は、すかさず淫魔の手より魔石を奪い、ブンと投擲した。近くにはモアイ戦士が居たので乗っ取られていたら危ないところだった。

 

(くわばら、くわばら。他人事ではないので笑えんな)

 

 真っ直ぐにこちらへ直進してきた学者が、ピョと変な声を残して、突如に直角に曲がる。

 核から離れられない幽霊は、さながらリードに繋がれた犬のように魔石を追ったのだ。

 

 神殿内部は広いので壁にぶつかることは無かった。しかし、高くに放られた物は重力に従い落下する。ガラス玉が高所から落ちればどうなるかは、子供でも簡単な分かること。

 

「いや、ちょっと。いぃやぁああー!」

 

 学者は必死に受け止めようとするが、ご自慢の霊体ボディーはなにもかもを通り抜けて。

 やがて床に落ちた衝撃で、人魔石は粉々に砕け散った。中から零れる黒い靄と同調するように、叫ぶ幽霊学者が煙のように宙へ溶けて消えていく。

 

「エルデムさん……」

 

「皮肉だな。奴は永遠を求め、むしろ寿命を縮めたようだ」

 

 実にあっけの無い最後に、助手くんと老騎士が憐れむような視線を床に向けた。

 瞬間、「バカ野郎共!」女冒険家から、そんな罵声が浴びせられた。言い訳なく、その通り。

 

 俺たちは一連の流れで、ほんの少しだけ戦いから気が逸れてしまったのである。あろうことか、相対する敵から目を離してしまったのだ。

 

「ハッ、最後くらいは役に立つじゃないか」

 

「しまった」

 

 老騎士と声が被る。一瞬の隙をつき、ルニマンは特攻を行う。敢えて人が多い場所を狙い突っ込みやがった。

 

 その様子は、まさに鎧袖一触。リュカの槍を躱し、猟犬の爪を弾き。反応した魔導士が、展開陣を開くも、接近した騎士には分が悪い。あっという間に制圧をされてしまう。

 

 なんという暴威。いや、これこそが調査隊にも選ばれるエリート騎士の実力なのだろう。

 狼少女が苦労したという大男をも容易くあしらうルニマン。目的は紺髪の騎士だったようで、剣を突き付け懇願するように叫ぶ。

 

「セリュー、俺と決闘をしろ!」

 

 最後の相手はお前がいい。そんな気持ちが込められていたのだと思う。

 そうか、知らないよな。セリューくんは脳死からの生還という奇跡の代償に、右半身が麻痺をしていた。剣を握るどころか、すでに戦える体ですら無いのだった。

 

「出来るのならば、応えたいところだがな……」

 

 メイドちゃんに支えられるセリューくんは、左手で震える右手を持ち上げ見せつけた。

 動かない、とすぐに悟ったのだろう。ヒュッと絶望を飲み込むように、大きく息を吸う音が聞こえる。

 

「お前は、ちゃんと騎士としてのセリューを殺したのだよ」

 

 老騎士は追い打ちをかけるように、これで満足かと問いかけた。

 うるさいと野良犬のように牙を見せ威嚇する裏切りの騎士。もはや破れかぶれか、奴は剣をドリルさんたち戦えない者にまで向けて傷付けようとする。

 

「お前、どうしたかったんだよ?」

 

「気づいたのさ。セリューを斬った時、まっさきに感じたのは喜びだった。これが俺の本性なんだ!」

 

 駆け出そうとする老騎士の肩を抑え、俺はルニマンの刃を止めた。

 まったく、感情というのは厄介だよなと思う。その時顔を見せたのは、嫉妬という名の化け物なのだろう。 

 

 永遠とはほど遠い、刹那で。しかし、その瞬間は確かに存在した想い。裏切りの騎士は増幅された欲望の中で、醜い己を自覚してしまったのである。

 

「ならば好きに生きる。もう小うるさい奴も居ないしよ!」

 

「そっか」

 

 ツンデレに詳しい俺から見れば、つまり彼の露悪的な振る舞いはわざとのようだ。親友を殺してしまった自分の善性を必死に否定しているように感じた。

 

 もちろん、奴の心中などは知らない。だが、一つ言えるのは、俺が刃を振るった時。自ら剣を止めて受け入れたように見えた。

 

 剣劇の末、袈裟斬りに胸を裂かれ、男は吹き出す血液と共にバタンと前のめりに倒れる。

 久しぶりに人を殺したなと思い、その顔を見れば。憎たらしいほどに晴れ晴れとした顔で逝っているではないか。

 

 俺は心の中で、もう一度この意固地な男に問いかけた。本当はどうしたかったんだよ、と。しかし、相手はただの屍。返事などあるはずもない。

 

 

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