ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
首の動脈にそっと手をあて、裏切りの騎士の死亡を確認した。
それから俺はくるりと周囲を見渡す。一瞬の隙が招いた大惨事。蹴散らされるという表現がぴったりに、リュカや冒険家たちは床に転がっている。
腹を抑え悶える狼少女はたしか鳩尾を柄で殴られていたか。大丈夫かいと声を掛けると、か細い声で恨み言を呟いていた。コイツは平気そうだな。
「すぐに手当てします。重症の順から見ていくので、無理に動かないでくださいね」
「こういう時は聖職者が本当に頼りになる」
「ですわー」
こちらには神聖術の使い手が居たのが幸いだった。斬られた人からすぐさまに治療が始まり、なんとか死者は出ていない。
いや、きっと偶然ではないのだろう。ルニマンという男は、実のところセリューくんや老騎士にも止めを刺せなかった。それが悪ぶる彼の限界だったのだと思う。
ほっと胸を撫でおろしつつ、そう言えば彼女はと、一番最初に斬られた人を思い出した。
「フェミナさんの具合はどう?」
「……残念ながら手遅れだよ」
「そんな!?」
魔女の素っ気ない答えに、俺は慌ててモアイの手に寝る女性の元へ駆け寄った。そこには、なんとも気まずそうに青紫の目を背ける姿がある。はて、顔色も良く、痛みに苦しんでいる様子すら無さそうだ。
するとイグニスは、どう思うと黄金色の塊を見せてきた。綺麗に横線の走る金塊は、フェミナさんのポケットから出てきた物だとか。プッと笑いが噴き出す。
(カカカ。なるほど、これは手遅れじゃ)
「セリューくん、犯人はこっちです!」
「やめてやめて。ほんの出来心なのよ~」
スリの手際は、味方にも発揮していたようである。基地の倉庫から知らぬ間に盗み取っていたようだ。よろしいお後に、周囲からも笑いの声が上がった。
「しかし、これでようやく一段落ですね。皆さんのおかげで、なんとか事態を納める事が出来ました。代表として謝罪と感謝を言わせてください」
やがてセリューくんの言葉が聞こえてくる。彼にしては珍しく、張り上げたような大きな声だった。きっと調査隊の心境を慮り、努めて明るく言ったのだろう。自分だって辛かろうに、こんな時でも真面目な男だ。
今回の敵は彼らの身内。学者と騎士、それに魔導士も亡くなっていた。同じ調査隊の人間には堪えるものがあるはず。だから励ますように、もう終わったと強調している。
隊長の気遣いに、助手くんや魔導士たちは暗い顔を持ち上げ。老騎士も同意するように、そうだなと、やっと眉間の皺を緩めた。
「いえ、残念ながらまだ終わりではありません」
「むむむ?」
だが気まで緩めるのはまだ早い。イグニスはとうとう残された最後の爆弾を打ち明けた。
上空に展開する超巨大魔法陣の改変。魔王の話では、その一撃こそが浮遊島を撃墜した破壊の光である。
そう。これを乗り越えないことには、俺たちに明日は無い。
「き、聞いてないよ、そんなの!?」
「魔法陣って……上のアレか!?」
女冒険家が真っ先に反応し青い顔をする。対してリュカは一拍置いて、やっと理解が追いついたようだ。嘘だろとガクガクと俺を揺さぶってきた。キリリとした表情で諦めるなと言ってきたイケメンは何処に行ったのやら。
(やはり駄犬じゃ)
まぁ、予想の通りに場は大混乱に陥った。
その中で、意外とも思えるほど冷静に唇を噛みしめる少女が居た。金髪ドリルさんである。
「なんとしても食い止めなければ行けませんわ。浮遊島全域に被害ある規模では、ラシアスの町も大変なことになりますの」
「確かに。これはもはや、我々だけの問題ではありませんな」
事態の解決に向けてイグニスがまず行ったのは事情聴取だ。学者が何をしたかを唯一知る人物へ、誘拐されてからのことを問い質す。
淫魔は出来事を思い出すように、んーと可愛らしく顎に指をあて。どのように手帳の解読をしたかを教えてくれた。
「なんかね。古代文字の中に、文字じゃない変な記号が混じっていたみたいで~」
「……確かにあったな。解読するのに凄く邪魔だった」
「けど、それが奇数の頁にだけしか無いみたいなの。だから重なるように抜き出すと、神殿の見取り図になって~」
「おいおい、そんな馬鹿なことが……なった!?」
イグニスとレルトンさんは大興奮であった。かく言う俺も、隠されたメッセージとかは大好きだ。そうして浮き上がった地図により、フェミナさんたちは遺された財宝、世界樹の種を手に入れたのだとか。
しかし、それだけで魔法は起動しない。学者は神殿で何かしらの儀式をするのだと推察する。ヒントは壁画の天使へ捧げ物をする姿だったそうだ。
調べてみれば屋根には不自然に天使像が配置されていて、それこそが世界樹の射出装置
だと判明したらしい。恐らく手を加えられたのはソコなのだろう。
「……気付かなかった」
「ま、まぁ屋根までは調べなかったからね」
イグニスたちは激しく悔しがった。同様のヒントを持っていたのに、その結論にたどり着けなかったことに。あの学者は、なんだかんだ知恵だけは本当に回ったようだ。魔女はふぅーと大きく溜息を吐き出してから結論を口にする。
「射出ね。やはり魔力源は空か。となれば、残された手段は一つだな」
迎撃。過去に降り注いだ悪夢のような魔法を、更に強力な魔法で迎え撃つ。これしかないと。
俺から見ても、かなりの無茶振り。てっきり魔法に詳しい金髪ドリルさんあたりは「そんなの無理ですわ!」とでも言うと思ったが。彼女は神妙な趣きで魔女に問うた。
「出来ますの?」
「出来なきゃ死ぬだけだ。全員の魔力を総動員して、最強の一撃を叩き込む。なに、しょせんは古代の魔法さ。現代の魔法がどのくらい進化したかを見せてやろうじゃないか」
とんがり帽子を深く被り、自信ありげにニチャリと笑う魔女。しかし、その姿が強がりであることくらい、俺にはすぐに分かった。
ここで弱音を見せたら皆の心が折れる。そう言うしかないのである。小刻みに揺れる肩に手を置けば、いつもより心地冷たい手が添えられた。
「おい。空の様子が変だぞ!」
作戦会議をする途中、異変にいち早く気付いた猟犬がサイレンのように叫ぶ。
みんなで慌てて神殿の外に飛び出せば、昼だというのに日が陰り、空が薄暗くなっているのが分かった。
「なるほど。太陽を編むって、こういうことか……」
空でカーテンのようにそよぐオーロラが、どんどんと光の屈折を変えていく。さながら編み物でもするように、光の筋が縦横無尽に空を巡っていた。
もはや術の完成形が見えるようだ。
このまま地上に届く太陽光はすべて消えるほどに反射されて、暗黒の空になるのだろう。そして一点に収束された光が、天罰の如く頭上より降り注ぐ。
それこそが古代魔法【
俺の想像を遥かに凌ぐ極悪さに、思わず空に祈りたい気分であった。
「そ、そうだ! 上には楽園への入り口もあるんだろう。最悪は、そっちに逃げるって手もありさね!」
「そんなことしても町はどうなるのよ!」
「アタシが知ったこっちゃないつーの!」
女冒険家とドリルさんがギャーギャーと揉めていた。見かねた老騎士が、仲裁に入っている。どの道もう無理だと。言われれば、魔法陣に透けていた楽園はもう見えない。扉は閉まってしまったようだった。
「おそらく、鍵は始獣なんだ。考えてみれば、異世界の座標を持つのはあの獣だけだしね」
「まぁ確かに」
少なくとも、楽園へ行くには始獣が必須なのだと思う。黄金モアイが微妙に進化していたのは、術式に死体が反応したのだろうか。
異世界転移については俺も興味が尽きない。けれど、今は目の前の脅威に備えるべきだった。絶望的な光景に、みなは暗い空よりも表情を曇らせている。なにか景気づけでもあればいいのだけどと考えていると、隣から耳を疑うような台詞が聞こえてきて。
「フェミナさん、好きです! 僕と結婚してくださーい!」
「えっ、ええ~!?」
ぶふっと噴出したのは俺だけでは無かったはず。レルトンさんが告白を通り越し、まさかのプロポーズを行ったのである。
フェミナさんは胡乱な目で見つめるが、教授の顔は真剣そのものだった。相棒の獣人がこんな時にふざけるなと、冗談で終わらせる機会を渡すのだが。男はいやと首を横に振った。
「こんな時だからだ。もし今日死ぬのであれば、私は彼女の横に居たいと思うし。出来ればずっと彼女を守っていきたい」
パチンとモアイにウインクを向ける色男。どうやら彼は冒険のゴールを見つけてしまったようだ。俺が吹けない指笛で精いっぱいに囃し立てると、勝手に決めないでと淫魔は顔を真っ赤にしていた。