ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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440 天空の花嫁

 

 

 あと少しで浮遊島ごと撃ち落されようという時に、レルトンさんはまさかの求婚に出た。 こちらはこちらで一世一代の大勝負。周囲の人間はゴクリと唾を飲んで、フェミナさんの返答を見守る。

 

 しかし相棒の猟犬はなんとか無かった事にしたいらしい。彼女が口を開く前に止めに入った。教授は振動マシーンにでも乗ってるかのようにガクガクと揺さぶられる。

 

「考えなおすんだレルトン。結婚なんて勢いでするものではないし、だいたいこの女は裏切ったり盗んだりとロクなことをしていないぞ」

 

 おっと痛い正論パンチ。俺も彼女との出会いは追い剥ぎである。

 フェミナさんが助けてと視線で救助を求めてくるが、色々な意味で支援は不可能だった。がんばれ。

 

「あの、その。私は貴方のことをよく知らないから、これだけは聞かせて欲しいの……」

 

「はい。なんでしょう!」

 

「財産はどのくらいお持ち?」

 

 ポッと頬を朱に染め資産を問う女。うわー最低。あるいは遠回りなお断りだったりするのだろうか。ドン引きしながら眺めていると、けれどイグニスは真顔でこう言った。

 

「普通だよ。私も旦那になった者を愛せと教えられて育ったものだ」

 

「ですわー」

 

「愛って、なんだ……」

 

 悲しきかな、この世界はまだ政略結婚が当たり前だった。個人の恋愛感情など二の次に、家のため金のための婚姻は珍しく無いのである。

 

 そう考えるならば、ほぼ初対面でも婚姻は成立するし、なんならレルトンさんは職も立場も持つ優良物件と言えるのだろうか。

 

 正直、俺のなかでの結婚とは恋愛の末に辿り着くもので。もっと甘酸っぱい過程が欲しいと考えてしまう。恋愛観や結婚観に少しズレがありそうなので、大人しく口を閉じていることにしよう。

 

「私ね、ここから帰れたら市民権が欲しいの。いつか故郷へと思って彷徨い続けたけれど、もう答えが出ちゃったしね」

 

「なるほど。そのくらいならば簡単に用意出来ますが……」

 

 フェミナさんが望んだものは自分の居場所であった。レルトンさんは真摯な顔で、その言葉を受け止める。

 

 先祖がこの浮遊島で世界樹を盗んだことに始まり、放浪の身となった一族。

 天使が全滅して追跡が消えようと、その呪縛は消えず。ささやかな魅了の力と手癖の悪さにより、至る所で追い出され。なんと流れに流れ600年、彼女の代まで定住が出来ていない。

 

(はっきり言って、自業自得では?)

 

「し~!」

 

 でも、そんな生活に耐えられたのは帰郷という夢があったから。ああ、楽園を求めて彷徨うなんて、彼女の在り方は奇しくも浮遊島そのものだったのだ。

 

 ならばレルトンさんこそ浮遊島の歴史を紐解いた一人。市民権さえあればと、金で身を委ねようとする女性へ、心も欲しいのだと口説き文句を囁いてみせる。

 

「ソラニイノレ。手帳に残された、この言葉の真意を私はこう思うのですよ」

 

 空に祈れ。逃亡生活をすることになる子孫へ残した言葉。もう帰る場所はないけれど、何処であろうと空から見守るという、新天地へ旅立つ者への祝福なのだと。

 

「それは……」

 

 フェミナさんにも分かる嘘だった。状況を考えれば、ほぼ確実に頭上にある魔法のことを指している。彼女の先祖の犯行は、天使襲撃によるどさくさ紛れの出来事だったのだから。

 

 でも、教授は反論を奪うように唇の前へ人指しゆびを立てて。

 

「歴史というのは仮説でしかない。私たちは残された資料から、当時を想像することしか出来ないのです」

 

 手記を残した気持ちは書いた本人にしか分からない。そして、そんな如何様にでも読み取れる歴史の隙間を、人は浪漫と呼ぶのではないか。歴史学者の言い訳は、聞いている方が苦笑するようなものだった。

 

「理想郷とは少し遠いかも知れませんが、新天地として私の隣に定住してみませんか?」

 

「……住み心地が悪かったら、すぐに移住しちゃうんだからね」

 

 フェミナさんは教授にひしりと抱き着いた。その様子に猟犬がワナワナと震える。これは結婚成立ということでいいのだろうか。

 

 突然のことであまり実感が沸きづらいが、とりあえず周囲は祝福の拍手を打ち、歓迎ムードで両人を迎える。

 

「そうだ、どうせなら式も挙げてしまえばいいのでは。僕でよければ司祭の代理を務めましょう!」

 

「わぁ、それは素敵ですね!」

 

 ともあれ、求婚というあまりに場にそぐわない提案は、絶望一色の雰囲気を塗り替えることが出来たようだ。助手くんがやけくそ気味に叫び、メイドちゃんまでもが同意していた。

 

「そんな悠長なことをしている暇は無いのでは……」

 

 実際のところ、残された時間やいかに。老騎士がイグニスへ訪ねると、赤髪の少女はそうだなと魔法の進行状況を確認して言う。およそ1時間くらいがリミットのようだ。

 

「いいんじゃないですか。迎撃の術式を組むのに魔法使いの手は借りたいですが、他の者は手が空くでしょう」

 

 怯えて過ごすよりは有意義だろう。その言葉には多くの者が納得したようで、ならば良い物があると女冒険家が子分を顎で使う。ヘイと鞄から取り出されたのは、なんと純白のドレスと化粧道具だった。

 

「ちょっと、それ私のドレスじゃないのよ!」

 

「へへん。森の出口付近で拾ったんだ。町で売ろうと思っていたけど、死んじまったら意味ないしねぇ」

 

「むっきー!」

 

 ああ、金髪ドリルさんが捨てた荷物だったのね。経緯はどうあれ、花嫁を飾るにはピッタリな代物。場所もなんの偶然か神殿だ。思い付きの挙式は、意外やまともな形になりそうである。

 

「死者が出た後で、少し不謹慎でしたかね?」

 

「なに。下手すれば全員死人だ。構わんだろう」

 

 周囲が勝手に盛り上がってしまい、レルトンさんが事後承諾になったことを謝りにいく。 セリューくんと老騎士は快く認めてくれた。もう反対出来る雰囲気でも無いよね。こうして結婚式の開催が決定し、いよいよ魔女も動き出す。

 

「ならば私は鐘の代わりに祝砲を打ち上げようじゃないか」 

 

「うん。特大のをよろしく」 

 

 イグニスは静かに頷くや、魔法使いを集めて迎撃の用意を始めていく。

 俺は頼むよとその背を見送り、余った時間で何か簡単な料理でも作ろうかなと考えた。すると行動に移す前に、クイと服の裾が摘ままれる。狼少女が今にも泣きそうな顔で立っていた。

 

「みんな正気なのかよ。あともう少しで、上から凄い魔法が落ちてきてさ、死んじまうかも知れないんだぞ」

 

「みんな怖いよ。俺だって怖い」

 

 でも、一番怖いのは全員の未来を背負っているイグニスのはずだった。

 あの放火魔が合法的に魔法をぶっ放せるチャンスに震えるなんて、そうとう気負っている証拠。出来るだけ楽な気持ちで居て欲しいと思っていたので、皆の気が逸れるのは良いことだと考えていた。

 

「ツカサとかイグニスが死ぬのなんて、オレは嫌だよ」

 

 でもそりゃあ不安だよね。リュカは耳を畳んだ子犬のような顔をして、せわしなく指を動かしてる。何もできない無力感。この場の全員を苛むものだった。

 

 気持ちは痛いほどによく分かるので、俺には落ち着けとは言えないし、安心しろなんてもっと言えなくて。

 

「まだ死ぬなんて決まってないだろ。これからやるのは、葬式じゃなくて結婚式さ。リュカは花でも摘んできてあげなよ。きっと喜んでくれるから」

 

「……分かった」

 

 新郎新婦を祝ってあげよう。なんとも情けのない欺瞞を口にする。

 仕事を与えるや、狼少女は鼻を啜りながら駆け出していった。その姿を見ながら、失敗したかなと思う。嘘でも大丈夫と言っておけば良かった。

 

(なあ、お前さん。結婚式とか儂には死亡フラグの前振りにしか思えぬのだが) 

 

「思っても言わなかったのにー!」

 

 ネガティブに考えれば、負の感情はいくらでも湧いてきた。だから俺は、いや俺たちは、きっと現実逃避をしたかったのだと思う。

 

(おん?)

 

 けれど、やはり現実は受け止めなければならないようだ。

 フェミナさんはモアイ像の正体を聞いたらしく、恐る恐るという態で接触を試みていた。もしかして結婚の報告でもしているのかな。遠巻きに眺めていれば、ソレは起こる。

 

「キャー!?」

 

「なっどうして!?」

 

 微笑ましい光景に響く悲鳴。突如にモアイの巨大な手が薄緑髪の女性を包み込んでしまったのだ。まさか圧し潰すつもり。式の準備に盛り上がっていた空気はたちどころに凍え。バキメキと悲痛な音が鳴った。

 

「フェミナさん!」 

 

 とにもかくにも俺は駆け出した。岩で出来た手がガラガラと音を立て崩れ、白金の拳が彼女の顔へ数センチまで迫っていた。

 

 そう。ヨシオンは白金の戦士の接近にいち早く気づき、フェミナさんを庇ったのである。

 なぜ淫魔が狙われるのか。それは俺自身が答えを出したこと。先祖と似ていたから、浮遊島の仇と勘違いされているのだ。

 

 左腕を壊されたモアイだが、フェミナさんから離れろと残った右手で打撃を放つ。

 学者を殴り飛ばした強烈な拳。けれどグシャリと潰れたのは自分の腕だった。モアイと白金の戦士には大きな体格差がありながら、それ以上に強度で差がありすぎたらしい。

 

「やめろー!!」

 

 今度は邪魔とばかり白金の拳が振るわれる。さすがに自分たちの技術か。的確に核を狙い、ただの一撃で岩戦士を石塊に戻してしまう。

 

 胸元を抉られ、背後に飛び出す砕けた魔石。石像はガクンと膝をつき。

 だがモアイは動いた。両腕を失い、核を壊され。もはや動くはずのない身体が、まだ止まれぬと捨て身の頭突きを放ったのだ。

 

 人間はあんがいと頑丈なもので、心臓が止まろうと一瞬くらいは動けることもある。

 けれど魔石に魂がある彼らに、それは構造上不可能なはずだった。

 

「その魂、受け取ったぞ!」

 

 しかし、その執念のおかげで俺は間に合った。宙舞うヨシオンの核を掴みとり、その勢いで花嫁を傷つけようとする無粋な野郎に渾身の拳を突き立てる。

 

 

 

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