ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
これはヨシオンのぶんだ。俺はモアイ戦士の砕けた核を握りしめて、全力で拳を叩きつけた。ゴンっと鈍い音がし、白金の戦士は壁を突き破って神殿の外へと吹き飛んでいく。
「痛って~!!」
(カカカ。そりゃ素手ではなぁ)
爽快感とは裏腹に若干の後悔が過った。オリハルコン、知っていたけれどなんて強度だよ。手がジンジンと脈を打ち、熱さに似た痛みが襲ってくる。
「手が大変なことになってるわよ~!?」
「あ、ほんとだ」
言われて気が付くが、人差し指から小指まで皮がペロンと剥がれて血が滴っていた。まぁ、折れていないならいいや。
フェミナさんは腰が抜けたかペタンと床に座り込んでいる。俺はそんな彼女に目線の高さを合わせて、そっと手の中の物を握らせた。
「あ……」
「これは貴女が持っていてあげて」
砕けてしまった人魔石。
替えの利く体、痛みも熱も感じぬ石塊になろうと、魂は一つ。替えは効かない。これは、まさしく彼の魂の結晶で、命そのものだった。
嗚呼、ヨシオンよ、死んでしまうとは情けのない。出来れば君にフェミナさんの花嫁姿を見せてあげたかったよ。
「代わりに約束する。フェミナさんは絶対に傷つけさせねぇ」
「――――」
ささやかな宣誓をし、俺は振り向きながら立ち上がった。
やはり打撃など効くはずもなく、白金の戦士は瓦礫の中から平然と姿を現す。言葉こそ無いが敵意は剥き出し。闘気を纏って、掛かって来いとばかり、両の拳を打ち鳴らしていた。
お前も俺たちが憎いかい。墓荒らしで、盗賊の末裔がいて、あるいは上空の魔法陣すらこちらのせいだと思っているのかも知れないね。
ならばもはや不倶戴天。虚無より黒剣をゾルゾルと引き抜き、応戦の覚悟を伝える。
「ツカサ殿、この騒ぎは!」
「ええ。決着を付けないといけないみたいですね」
戦闘音を聞いて老騎士が駆けつけて来た。奴が出たかと即座に抜刀するのは頼もしい限りだ。きっと薄々予感があったのだと思う。
アレだ。学者が世界樹を上空に射出したという話。島の魔法陣を使ったのならば白金の戦士に魔力が流れている可能性も考えて然るべきであった。現実逃避は本当によくない。
「前回は魔力切れで終わりましたが、今度はそうはいかんのでしょうな」
「期待しない方がいいとは思います」
世界樹の魔力ならば奴はフル充電のはずだ。持久戦に持ち込んでも、相手には疲労が無いぶんだけ不利になる。
しかし、まぁ。実はなんの問題も無い。時間をかける気なんて微塵も無いから。
これが浮遊島での最終決戦だ。ならば出し惜しみの必要も無く、反動で動けなくなろうと構いはしない。
いけるか、と最強の暴力装置を見れば。魔王様は一撃余裕ですわと素振りをしてアップを始めていた。
「オウルさん、俺には迎撃の用意があります。アイツを神殿から引き離すのだけ手伝ってくれませんか?」
「一人でやると!? それはいけませ、ぬぅ!」
白金の戦士は会話の最中に接近をして拳を叩きつけてきた。まるで瞬間移動でもしていると思わせる速度で神殿に舞戻ってくる。
攻撃自体はうまく受けた老騎士だけど、大きく後退させられ。腰の捻りを効かせたパンチが今度は俺を狙う。
敵の攻撃射程は短い。一歩下がるだけで拳は空振りをし、破壊力を想像させる風圧がビタビタと腹を通り過ぎて。
「――!」
「うぉおおお?」
そして止まらない。嵐を思わせる激しい連打であった。勢いに思わず絶叫をする。前回、老騎士はこれを凌いでいたというのか。
疲労を知らず、呼吸さえも必要ない。それは常に最高のパフォーマンスを発揮しつつ維持が出来るということ。
モアイ像ことヨシオンは、フルマラソンを全速力で駆け抜けるような荒業をやってのけたが、それを戦闘に持ち込めば、もはや弾数制限のないガトリング銃のようなものだった。
俺には捌ききるなんて絶対無理。力勝負に持ち込もうと、拳を剣で抑え込もうとした。
だが、抑えるどころか押し込まれ、お返しとばかりに吹き飛ばされて壁へ激突してしまう。
「ひぃ。なんだいコイツは!?」
「やめろ、相手はこっちだど!」
「ええい貴様らは下がっていろ」
壁にめり込む俺を見るや、大男が女冒険家を守ろうと斧を構える。一瞬ギロリと顔を向ける白金の戦士だが、そこに老騎士が斬り込み止めた。
これが年の功というやつか、改めて戦いが上手いものだ。味方を庇いつつ、さり気なく神殿の出口に誘導してくれている。やはりココを戦場にするのは危険すぎると判断したのだろう。
「アイツをなんとか神殿から遠ざけるから、みんなは結婚式の準備をお願いします!」
「やる! やるから、任せたよ!」
「すまない、手伝いたいが力不足だね。無茶だけはしないでくれ」
壁から這い出せば、女冒険家が力強く頷いていた。
嘆くレルトンさんと猟犬は、あの戦士と初遭遇した組。脅威をよく理解しているようで戦意は低い。その分、フェミナさんやメイドちゃんなど、戦えない者を避難させてくれているようだ。
そっちも頼んだぜ、俺はぐっと親指を立てて、老騎士に加勢をする。
「ジグ、魔力をくれ」
(闇式か?)
俺は闇の魔力を流し込まれながら、いやと首を横に振る。
白金の戦士の速度には秘密というほど大げさではないけれど、理由があった。単純に小柄なのだ。希少素材ゆえか、相手は身長1メートル程度の子供のような大きさだった。
これが意外と厄介で。的が小さいので剣も当てづらいし、ちょこまか動かれると足元をネズミが駆け回るように視界からすぐに見失うのである。
「【黒よ穿て、白よ弾けろ】」
なので散魔銃。射程こそ短いが、おしりかじり虫で披露したように広範囲制圧を目的に開発した魔法だ。狙いを細かく定めなくてもブチ当てることが可能だった。
これもヨシオンのぶんだ。吹き飛びやがれ。
突き出す左腕。重光が火を噴き、狙い通りに白金の戦士は入口の階段からゴロゴロと転げ落ちて。俺は自身を襲う、謎の衝撃に床で身悶える。
「オ、オォオン……ンホォオオン!?」
「な、なんと切ない叫びか」
俺は内股になり股間を抑え。その耐え難い激痛からオットセイのように泣き叫んだ。一体なにが。混乱極まり、顔面から涙やら涎やらが垂れ流しになっていると、一部始終を見ていたジグが説明をしてくれた。
(奴の鏡面のような体が、魔銃を反射したのよ……)
ああ、なんてこと。顔から反射した光が、足の甲に当たり、更には俺の下半身を抉り込むように穿ったと。魔銃の光が逆三角形を描くとき、金玉は死あるのみ。
「まさか計算尽くだと言うのか。許さねえ、許さねえぇぞお!!」
(たまたまじゃろ)
悔しさで俺はゴンゴンと床を叩いた。すると冒険家の小男が、「アレに命を任せるのか?」と戯言をいう。文句あるのかよ。
「ふむ。しかし、反射は良い案かも知れませぬぞ」
不幸中の幸いとみるべきか、腰を擦ってくれていた老騎士は妙案を閃いたようだ。
絶対にぶち殺すと戦意を新たに燃やし、俺たち二人は白金の戦士を追って外に飛び出す。
空は一層に暗くなっていた。晴れ空なのに、これから夕立でも降るのかと思うくらい濃い暗雲に包まれているようだ。
神殿の外には長い参道と広い敷地があり。その奥には雪が積り音さえ眠るような石造りの廃町がある。魔王を解き放つならば街中にまで行くのが理想だろうか。
「ではお手並み拝見」
「お任せあれ!」
白金戦士に追撃を加える老騎士。代り映えない剣劇が繰り広げられているように思えたが、相手の大振りの一撃に合わせ、ソレは行われた。カウンターで肘の関節を狙うという神業をやってのけたのだ。
すると、どうなるか。超速の拳は折り畳まれ、敵は自身の顔を殴打する。
おお、散々苦しまされた強度を逆手にとった妙手。オリハルコンにオリハルコンがぶつかり、ギンと高く澄んだ音色が響く。
「たいして効きはしまいが、やっと隙が出来たな!」
初めて生まれた大きな隙に、老騎士もここぞとばかり大振りで構えた。
二刀に茶と緑と色の違う魔力が宿るのが分かる。魔剣技。俺との戦いでは結局使われることの無かった技だ。
双剣は十字を描き、込められた魔力が炸裂する。おそらくは土と風の二重属性なのだろうが、戦慄するのはその威力。硬質化された風は、実質の飛ぶ斬撃となり、オリハルコンが軋みながら廃墟へと押し込まれていった。
「ハァハァ、もう年でしてな。そう何度も連発出来ぬ大技です」
「御冗談を……」
流石に騎士団長クラスはレベルが違う。浮遊島の大地に深々と十文字を刻んでしまいやがった。手並みを素直に喝采しながら、俺に使われなくて良かったと心から思う。
「じゃあ巻き込むといけないので、このまま離れていてください!」
「あ、ツカサ殿!」
◆
そうして俺は、老騎士の静止を振り切って一人で白金の戦士の元へと向かった。
この辺りの街並みは、最初から倒壊している建物が多い。けれど老騎士の斬撃により掘り返されて一層に荒れ果てていた。
廃墟というより、もはやの瓦礫の山。これでは探すのも一苦労である。俺は手頃な屋根によじ登り、どこに行ったと怨敵を探す。
やがて、町の残骸がぐらぐらと動いた。ソコか。高所から見下ろしながら、体内に魔力を荒ぶらせれば、魔王も早く代われと騒ぎ立てる。
「よっしゃ久しぶりいこうか、ジグ。――その唇は吐息をしない」
(……お前さん?)
けれど、身体が交代をすることは無かった。俺が驚きのあまり、魔力を消してしまったからだ。
瓦礫の山を腕力でひっくり返して姿を見せる白金の戦士。先ほどの攻撃で破損をしたか、前面の装甲がひしゃげている。その下には、なんと人の顔があった。
全てが繋がり理解をする。王白金の外装は、単純に中身を守るための棺であったのだろう。子供のような大きさは当然で、中には本当に子供が収められていて。
そんな特別扱いを受けるのは、ただ一人。【箱舟】の魔王が、楽園を目指す理由になった愛息子しか居まい。
「おま……お前っ、ジグのお兄ちゃんかよ!!」