ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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442 お姉くん

 

 

「なぁジグ。天使は両性具有なんだよな。ならあれは、お前のお兄ちゃんか。それともお姉ちゃん?」

 

(うーむ。しいて言えば、お姉くん……かのう?)

 

 軽口を叩きつつ、俺の内心はミキサーにでも放り込まれたかのようにグチャグチャに掻き混ぜられていた。

 

 王白金(オリハルコン)の外装が実は棺で、中には人が入っていた。というのは、この際べつにいい。まるでぬいぐるみの内部から人骨を見つけたような驚きと怖さはあったが、思い返せば黄金モアイにも始獣の死体が内包されていたからだ。

 

 やはり問題は中身のほうだろう。

 外見5~6歳ていどの中性的な雰囲気の子だった。死体だけあり、肌は血がくすみ褐色に変色していて。けれど、いかな処置をしたのか、肌はおろか眼球や唇までもが瑞々しさを保っている。

 

 案外、この島で見つけた不死薬なる技術は、彼を蘇らせようとした副産物なのかもしれない。

 

「……参ったな」

 

 なのでハッキリと面影を感じてしまうのだ。

 白銀色の短い髪に。瞳の、月のような金色に。目元、鼻筋、顎の輪郭。どこを探しても、ジグルベインと似ている部分を見つけてしまえる。

 

 この子を斬ると考えただけで、黒剣という羽根のように軽い凶器がひたすらに重くなる心地だった。

 

(ええい、迷うなら代われ代われ。お前さんにガキを殺すはきつかろうさ)

 

「でも、ジグは家族だろう……」

 

(だからなんじゃい。あんな死体より、ツカサの方がよほど大事ぞ)

 

 そう言う間にも相手の纏う闘気は一層に輝き、最硬金属がメシミキと音を立てていた。

 白金の戦士改め、お姉くんは、外装の破損をいいことに隙間から力づくで棺の外に出て来ようというらしい。

 

「ヤーゲルト!」

 

「何言ってるのか分からねえよぉ」

 

 初めて聞いた彼の声は、誰かさんのように鈴の音を思わせるものだった。

 喋れるのね。いや、ずっと叫んでいたのかも知れない。そんな素振りを何度か見た記憶もある。密閉されていて届かなかっただけなのだろう。

 

 剣幕から、なんとなしに罵倒されているのを察す。子供の声色だけに一層の罪悪感が掘り起こされて。しかし待てよと、俺は口元に手を当てた。

 

(お前さん、もう出てくるぞ。はよ代われい!)

 

「嫌だー!」

 

(おおん!?)

 

 気づいてしまい、やはり自分がやらなくてはと幼い子供に剣を向ける。それとほぼ同時、蓋であった白金戦士の前面部が吹き飛んだ。

 

 棺から出てくるお姉くんは、感慨深そうに浮遊島の土を踏む。周囲は、雪の舞う極寒の環境。布を巻き付けただけの恰好は見ているほうが寒いのだけど、彼はもう、痛みも温度も感じぬ体であった。

 

 しかし、憎しみだけは600年分が積もりに積もっているようだ。

 上空に展開する巨大魔法陣へ向けて、泣き叫ぶように絶叫をしていた。思えばアレは浮遊島を撃墜した魔法。この子にとってトラウマそのものなのだろう。

 

「ゲーアウフォウヒー!!」

 

 そして、その憎悪は目の前に居る人間へと向けられた。言葉は伝わらずとも表情が明確に殺意を訴えてきていた。

 

 背から1対の純白の翼がバサリと広げられ。高所から見下ろす俺へ向かい、一息で間合いを詰めてくるお姉くん。

 

 出力自体は変わらないのだろうが、今までよりスピードは段違いに向上していた。

 当然か。いままでは動ける寝袋に入ったまま戦っていたようなもの。動きやすくなったことにより、肉体の操作精度が増しているのだ。

 

「ほえぇ!?」

 

 さらに目を剥くのは、その手が握る白金の塊である。ヤツは人型の棺を武器としてそのまま振り回してきたのだ。さながら人間バットや棺ハンマーと言ったところか。

 

「お洒落なことをしてくれるじゃないの」

 

 不幸中の幸いで、変身には失敗したけれどジグの魔力が沢山あった。闇式に流用をして、攻撃を真正面から受け止める。増した自重でも、あわや吹き飛びそうになるほどの威力。拳の時よりも断然重い一撃だった。

 

 しかし、相手が強化されたかといえば一概には言い切れまい。なにせ傷を付けるのすら困難であった最強の鎧を自ら脱ぎ捨てたのだ。いまならば、こちらの攻撃も通用するだろう。

 

「……っ!」

 

 剣から伝わる重さが消え、相手の得物がもう一度振りかぶられる。巨大金槌と剣では、取り回しで俺が断然有利だ。手首で刃を返して攻めに転じるのだが。

 

 しかし頭蓋に振り落とす直前で、金色の瞳と目が合ってしまう。気づけば俺は刃を止めて躊躇っていた。

 

「やべっ」

 

(阿呆~!)

 

 こちらの心境も知らず、鈍器は少しの遠慮もなくフルスイングされる。

 左の脇腹にめり込むや魔力防御の上からでも壊滅的なダメージを通してきて。人間バットは、俺を野球のボールの如くに勢いよく弾いた。

 

 骨の芯から激しい痛みを感じる。身体がバラバラになったかと思うほどの衝撃は、記憶から赤鬼の拳を鮮明に甦らせた。もう子供のように寝そべり泣き叫びたい。

 

 だがお姉くんは、そんな時間を俺に与えてくれないようだ。

 瞬時に追撃に飛んできて再びに破壊の金槌が振り下ろされる。石畳みに人型のスタンプが押された。地面が陥没し、床に大きく亀裂が走っていく。

 

 危ない。躱せなかったらタコ煎餅のようにペチャンコになっていただろう。

 

(戦うなら真面目にやらんか!)

 

「へへ、ごめん。でもさジグ。気づいたかよ」

 

 怒る魔王様に向け、俺はゆらりと立ち上がりながら言った。言語が違うのだと。

 ジグは牢屋に捕まる人物から言葉を習ったといったけれど、もしそれが【箱舟】の魔王であったならば、習うのはお姉くんと同じ古代言語でなければおかしいのだ。

 

「牢屋の人はただの他人。きっと魔王は捕まったときに死んでいる。ならさ、ジグは家族を殺していないんだよ」

 

(ま、まさか、そんな理由か。そんなつまらん事で交代を拒否しているのか。儂は魔王だぞ。いくつ国を滅ぼしたと思っておる)

 

「だから、どうした!」

 

「――っ!」

 

 調子づいて振られる棺ハンマーを、黒剣の重斬撃で撃墜。お姉くんは地面にめりこむ棺を即座に放棄し、徒手空拳で挑んできた。

 

 小柄な体格を生かした超接近戦。腹に連打が叩き込まれ、更には視界の端でクルリと独楽のように回るや、首に踵が落ちてくる。意識を刈り取るどころか、そのまま脊椎が砕けそうな一撃だ。

 

 白金戦士の大雑把な動きとは大違い。格闘も上手いじゃないの。

 けれど俺は倒れやしない。素手ならば、赤鬼も狼男もこんなもんじゃなかったぜ。奥歯が爆発しそうなほどに噛みしめて、逆に足を掴み取り。

 

「いま大事な話をしてるんだ。少し大人しくしてやがれ!」

 

 いつか象さんにもかましたジャイアントスイングを披露する。今度は相手が軽いので、よく飛んだ。お姉くんは崩れかけの廃墟を3個も4個も貫通して見えなくなる。

 

「ジグ、お前にあの子は殺させない。極悪非道な混沌の魔王も家族だけは殺さなかった。それでいいじゃねぇかよ」

 

(儂の伝説にいらんエピソードを足してくれるな! だいたい昔は親や兄弟で殺しあうのは珍しくもなかったわい!)

 

「嫌な時代だなー!」

 

 俺は思うのだ。混沌の魔王は、一番最初に家族や同族を手にかけた。もう帰る場所も守る者もないからこそ、最狂にして最悪の侵略者になったのではないかと。

 

 でも、もういいじゃないか。混沌は死んで。過去に暴れまわった負債は、混沌軍がすでに支払っている。なら彼女が魔王の名前に拘る必要なんてどこにもないはず。

 

「混沌の魔王はもう死んだ。要らない業まで背負うことはないだろう。お前のお姉くんは、ちゃんと俺がぶっ殺してやるからよ!」

 

 自分の言い分におやと首を捻る。これでいいのだろうか。

 しかしジグはカカカと豪快に笑い、ぶち殺してしまえとお墨付きをくれた。

 

(お前さんは、本当に仕方ない奴じゃな。その想いだけは受け取ったから、死んでくれるなよ)

 

 当然。そう言おうとして、俺は口をへの字に曲げた。

 凄まじい速度で戦線に復帰してくるお姉くんだが、先ほどとは少し変化がある。頭上に、天使の輪に似た光輪が浮かんでいるのだ。

 

 ほのかに発光しているソレを見ていると、顔の横をピュンと掠めていく光。そして背後では派手な爆発音が響く。パラパラと注ぐ瓦礫の破片を浴びながら、ははんと光輪の正体に思い至った。

 

 破限(はげん)。ジグルベインも使っていた、身体強化の上から強引に魔法を使う技術だろう。闘気といい、戦い方まで兄妹で似ているようだ。

 

「そんなの聞いてないよ。ズルいズルいー!」

 

 光線の乱射に逃げ惑いながら、老騎士に迎撃の用意ありなんて見栄を切るんじゃなかったと後悔をする。

 

 

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