ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
(おい、さっきのイキッた態度はどこにいった)
「うるさいですねぇ」
声を出させるんじゃねえよ。バレたらどうするんだ。
俺は地面に寝そべり、頭を低くして瓦礫の影に隠れていた。雪が積もっているので冷たいけれどしょうがない。
原因はもちろんジグルベインのお姉くんである。頭上に蛍光灯のような光る輪を載せるなんて俺がやってもギャグでしかないが、翼の生えた天使ならばどうして様になるもので。同様にその性能は冗談ではすまない代物だった。
(あーその辺り狙われてるの)
コクリと無言に頷く。ジグレーダーに助けられながら匍匐前進でカサコソと這って移動をした。いま、周囲ではサーチライトのような光の筋が、獲物を探すように照らして回っている。それを掻い潜り忍んでいると、まるで怪盗にでもなった気分だ。
「アウチっ!」
(あっ、ばか)
慌てて口を塞ぐ。飛んできた光線が岩を貫通して尻を掠りやがった。
大丈夫かなと期待を込めて魔王様を見あげる。ジグは肩を竦めながら、全力で走れと言った。
その言葉を聞いた瞬間には上半身を起こして駆け出す。間髪入れず、隠れていた石の壁が蜂の巣のように撃ち抜かれていく。やべえやべえ。
「くそー飛び道具とは卑怯だぞ、正々堂々と勝負しやがれー!」
(カカカ。どの口で)
こちらも魔銃で抵抗はするのだけど、如何せん射程と連射速度に差がありすぎた。
空が薄暗いので魔法の軌道が丸見えなのが、せめてもの救いか。俺は飛んだり跳ねたりで必死に光の筋を避けて。
「インツダーハー!」
お姉くんは光輪での照射を維持したまま、恐ろしい速度で距離を詰めて来た。
すこし魔法を避けるのに気を割きすぎたようだ。無防備な腹につま先が刺さり、胃の中のものをすべてぶちまけそうになる。
「うごっぉ!?」
だが耐えろ。相手の体力に終わりは無い。これは地獄の入り口なのだ。
痛みを気合で抑え込み、迫りくる拳を左手で受け止める。小さいなりをして出力は闇式の俺とほぼ同等。双方が踏ん張り、反動で石畳に亀裂が走った。
連打はなんとか阻止をする。しかし反撃に移ろうとするや、チカリと輝く頭上の光輪。
そうか、破限とは身体強化と魔法を両立させる技術。その本領は近接戦闘にこそあるのだろう。
「んんっ!!」
俺はフンと全力で身を捩る。ピュンピュン飛び交うレーザーをさながら円舞を踊るような足取りで回避した。ありがとうイラール先生。人生なんの経験が役に立つか分からないものである。
(おお、よく躱したわ)
ジグがスカスカと音も出ない拍手をくれる。自分でもそう思うよ。
しかし攻防に魔法という一手が加わるだけで距離感が滅茶苦茶である。どうしたものかねと、頭を悩ませていれば、近くで崩れる瓦礫の音が思考を遮った。
「……ツカサ?」
「「――っ!?」」
(この駄犬がー!?)
俺とお姉くんは一斉に声の方向を振り返った。ああ、なんてこと。そこには手に花束を握った狼少女が、呆然と立ち尽くしていたのだ。
リュカはフェミナさんのための花を探しに行った。なので白金戦士の襲撃を知らないのである。音の先に俺の匂いを感じて様子を見に来てしまったのだろう。迂闊な事を言った己を呪うしかない。
お姉くんは、少女が相手でも無遠慮に破壊光を走らせて。俺は僅かな時間でも稼げればと黒剣を投擲。すぐさまにリュカへ駆け寄り、空いた両手で彼女を抱きしめる。
「花、ちゃんと見つかったんだ。寒いなか頑張ったな」
「え? えっ?」
背中を撃ち抜かれた。岩を砕くのも納得の衝撃が体表を震わす。
魔法の正体は光に水属性の浸透を練りこんだものか。纏鱗で防ぎはしたけれどダメージが大きい。
しかもお姉くんは、倒れないならばと連射までしてきて。ええい、本当に少しは加減をしやがれ。俺は苦痛を声に出さないように注意を払いながら、腕の中の少女に語り掛けた。
「いいか。俺のことは気にせず神殿まで走れ」
「お前、血が……」
しかし彼女は俺の意に反し、胸をドンと突き飛ばしてくる。
レーザーが俺とリュカの間を通り、少し遅れてお姉くんまでもが通過をしていく。物理で殺しに来ていたのか。
「やだ。あれが敵ならオレは逃げねえぞ。もうすぐ死ぬかもって時に、これ以上生き恥を晒せるか」
「こんの野郎……」
槍は置いてきたようで花束片手に構える狼少女。ジグではないが駄犬と罵りたい気持ちになる。しかし、まぁ。戦士にとって戦力外通告は屈辱でしかないか。俺は脅すように忠告だけはしておく。
「俺も余裕無いから守ってやれねえぞ」
「お前はオレをガキ扱いし過ぎなんだよ!」
怒られてしまった。
けれど、一人ではお姉くんにやられっぱなしなのも事実だ。じゃあ頼みたい事があると作戦を伝えれば、リュカは「よしきた」と満面の笑みを見せる。
「任せた」
言うや俺は散魔銃で地面を穿つ。足元の雪や埃が舞い立ち、ささやかな煙幕となった。
一瞬だが完全に俺たちを見失うお姉くん。彼は身長が低いので、大ジャンプをして頭上に逃げたのである。
その隙に俺はリュカを遠くに放り投げた。声は出さぬも、目が覚えていろと強く訴えていたのが印象的であった。
うまく戦線を離脱する狼少女だが、やはり着地音で存在を気付かれたか。すぐさまにサーチライトが追従する。
大丈夫かなと心配しながら見守れば、リュカは四足獣のようにしなやかに駆けながら光の筋をひらりひらりと躱していた。やるぅ。
「頭上がお留守だぜ、お姉くん!」
「――っ!」
ならば今度は俺の番。黒剣を引き抜きながら斬りつければ、リュカが囮になった形で奇襲となった。咄嗟に突き出された左腕を切断し、肩から胸までを深く抉る。
常人ならばこれで決着だろう。しかし相手は動く死体。ドロドロと黒い血を滲ませながら平然と反撃を行ってくるではないか。やはり右胸の魔石を壊さないと駄目らしい。
割と決死の一撃だったのだけどな。
疲労とダメージが累積し、こちらはそろそろ動けなくなりそうだった。
「でも、少し君を誤解していた」
ジグルベインの身内だからと俺は拘っていたが、彼はそうではない。リュカにも殺意をみせるように、もはや手当たり次第の殺戮人形でしかないのだ。
時間が経つほどに魂は薄れていくという人魔石の欠陥。つまり、お姉くんにはもう、恨みという感情しか残っていないのだった。
ああ、永遠。変わらぬもの移ろわぬものに美を見出す気持ちは理解出来る。
けれど変われないものはどうだろう。変化がないというのは、とどのつまりどん詰まり。まして、けして晴れることのない恨みしか抱けぬならば、俺にはもはや呪いとしか思えなくて。
「暴力を見せてやるよ」
解放してあげる。なんて偽善は言うまい。ブチ殺すから、あの世で好きなだけ恨むといいさ。身体の悲鳴を無視して闘気を滾らせる。
「ヤーディー!!」
空気切り裂く一閃を、こともなく回避しお姉くんは懐に入ってきた。幼い顔が近づき、目の前でサラリと銀髪が揺れる。
小さすぎるんだよ、このチビ。蹴りで迎撃をすれば、相手は片腕でコレを受け止め。同時に光輪が輝いた。顔面にモロに照射される破壊光。首から上が吹き飛んだような衝撃に晒され。だからどうした。
「うぉらあ!」
「っ!?」
もう根性。視界が眩みながらもヴァニタスを振り落とした。
さすがにやぶれかぶれが過ぎたようで、刃はお姉くんにかすりもせずに空振る。
しかし、腕を切断したこともありプレッシャーは与えたようだ。
天使は距離を取り、止めを魔法で決めようとしていた。頭上にあった光輪を前に構え、ギュンギュンと魔力を集めている。
笑ってしまうね。そんな姿でも死ぬのは怖いかい。
「ツカサ!」
「ナイスタイミング」
リュカに頼んでいた物が手元に届く。それは棺の蓋にあたる、白金戦士の前面部だ。
お姉くんはそれがどうしたとばかり、大量の魔力を込めた破壊光を放つ。その威力は凄まじく、闘気の出力でも押し込まれるほどだった。
けれど忘れてないかい。オリハルコンの鏡面は、魔銃を反射した実績があることを!
「くらえ、金玉の恨みー!」
(まーだ忘れておらんかったか)
やや角度をつければ光はピカリと反射して魔法を放つ本人を穿った。
しかし盾に加わる圧力が消えない。あの野郎、自分の損傷は無視して前進を始めたのだ。
ならばこれは我慢比べ。俺は反射角など考えることも忘れて、ただ盾に力を籠める。
「「ぬぅあああああ!!!」」
そしてどのくらいの時間が経ったか。奴が一歩進むごとに強くなる衝撃だったが、ふとした瞬間にピタリと消えた。
なぜ。そう思い、盾から顔を出してみれば、もうお姉くんの姿はどこにも見えなかった。
「勝ったか?」
(違わい! 盾の影じゃ!)
まさか、全てはこの一瞬の隙を作るためだったと言うのだろうか。
奴は確殺の距離に近づくために我慢比べを行い、小さい体を生かし盾の死角に潜むことで油断を誘ったようだ。兄妹揃って戦いのセンスがありすぎだろう。
俺だけならばまず死んでいた。けれどジグの声で奇襲は失敗に終わる。
黒剣で切り込めば、盾を奪われ防がれて。結局のところ、この戦いは俺が
ここで決めると、盾の上から押し込む刃に全力で魔力を振り絞る。
(
激しい拮抗を続ける中で、珍しく魔王からのアドバイスがあった。思い出せ、そしてイメージしろと。そんな事を言われても余計なことを考える余裕は無い。
なので身体で思い起こす。ジグが赤鬼との闘いで使用した羽を広げるような感覚。そして、その全てを刀剣に纏わせる感覚を。
あの時の暴力をイメージし、手を伸ばすように魔力を籠めた。すると後押しするように、背中から激しい魔力が流れ込んできて。
闇の魔力が翼を象り、黒剣は一回り巨大な黒翼剣へと変化を遂げる。
吹き出すエネルギーが刃に乗り、最硬金属オリハルコンにギイと黒い刀身をめり込ませていく。
「ス、スターフ!?」
(まぁ、なんだ。共犯ということにしておこうか)
闘気同士のぶつかり合いで最初にもたなくなったのは足場だった。石畳がミシメキと崩壊を始め、お姉くんの足が沈み。そしてとうとう、刃はオリハルコンを切り裂いて地面に到達する。
俺から見えたのは、幸いというか、両断された盾だけで。人形の金属の下から、べちゃりと零れる血だけが確認出来た。
「はぁはぁ……最悪の気分だ」
黒翼剣を振り下ろした衝撃で付近の岩盤まで砕けたようだ。一帯の足場がバラバラになって大空へと浮遊していく。
俺は慌てて飛び降りるも、視線は浮かぶ石片を見えなくなるまで追いかけてしまう。
そこに乗る、名も知らぬ天使を見上げながら、せめて安らかに眠れと祈った。
「リュカーもうだめだ、俺動けないよー」
「締まらない奴だなぁ」
(カカカ。いつものことよ)