ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
お姉くんとの戦闘で満身創痍になった俺は、リュカに抱えられながら神殿に向かっていた。花束を手渡され、お姫様抱っこの姿勢で運搬されている。
なんというか狼少女の端整な横顔を間近で眺めていると、心の乙女スイッチを弄られているような気分になってしまう。俺はブーケを握りしめながら、そのか細い体に身をゆだねて言った。
「優しくしてね?」
「浮遊島から投げ捨てられたいのか」
酷い、俺との関係は遊びだったのか。しかし、ふざけるにしては現状がやや深刻だった。
思ったより戦いに時間が掛かってしまい、空模様は悪化の一途をたどっている。
神殿を出た時は暗雲の下を思わせる程度の暗さだったのに、いまや少し早い日暮れと感じるくらいに浮遊島の空は暗黒だ。
対し頭上の魔法陣は比例して輝きを増していく。
揺蕩う極光のカーテンが地上に降りるはずの日光をのきなみに遮断し反射していた。天空には陽で編み物をするかのように幾千幾万という光線が飛び交っている。
もうすぐ、一筋に纏まった太陽光が全てを破壊するのだろう。
たとえば世界の終わりはこんな光景だと言われても、いまならば信じるかもしれない。
「おーい!」
「ん。誰だろう」
(獣人と爺じゃな)
灯りが近づいてくるのは見えたけれど、暗すぎて相手の顔がまだ見えない。声の方向に目を細めていると、ジグとリュカはピタリと答えを言い当てていた。二人とも目がいいのね。
「ツ、ツカサ殿。そのお怪我は!?」
「いやー。ははは……」
老騎士は合流一番で俺の容態を見て驚く。乾いた笑いしか返せなかった。巻き込むから離れていろ、なんて恰好をつけただけにバツが悪いものだ。
「無事ならいいじゃないか。それより朗報だ。浮遊島から脱出する方法が出来たぞ」
「本当かよ!?」
猟犬の言葉にリュカが食らいついた。歩きながら聞けば、ラシアスの町から空馬車が来てくれたようなのだ。なるほど、と納得をする。
なにせこれだけの規模の魔法陣。異変は町からでも確認が出来るだろう。何が起こっているのか事態を把握すべく、新たな調査隊が派遣されたのである。
ちなみに、その空馬車の第一発見者は老騎士らしい。
俺が自信満々に白金戦士へ挑んだとき、彼はリュカの不在に気付いて保護すべく動いてくれていたそうだ。
けど、見つけた物のは別のもので。調査隊を神殿へ案内した後、ペルロさんを連れて俺たちを探しに来てくれたと。心の奥底では、もっと早く来いと思っていたので良心が潰れそうになった。
「よし、じゃあリュカ急げ!」
「本当に投げ捨てんぞテメェ」
◆
かくして俺たちは神殿に戻るのだけど、色々あって予定通りに結婚式を実行していた。
昼間だというのに夜を思わせる暗い神殿内。奥の祭壇の上にはランタンが置かれ、その火が照らすのは厳かに佇むダングス教徒。またの名を助手くんである。
俺たちは新郎新婦のために列を作り並び、殺風景な石造りの建物にせめてもの花道を作り出す。そうして入場をいまかいまかと待つと、隣に立つ男がすまなそうに語りかけてきた。
「コダルよ。本音を言えば、我も残りたい気持ちはあるのだ。しかし、立場がそれを許さん」
「分かってる。それはズタさんが謝ることじゃないさ」
俺が微笑みかけると、黄緑髪の男。ロノラック大公子は、なんとも悔しそうに目を床へ伏せる。
わざわざ空まで駆けつけてくれたズタさんだが、事態は彼の想定よりも深刻だった。
当然だが空馬車にも定員がある。16名全員は連れて行けないというのだ。荷物を全て捨て、人だけを詰め込んでなんとか8名。つまり地上に帰れるのは半数の人間だけらしい。
神殿に着いた時は、誰が馬車に乗るかで、それはもう揉めていたものだ。おもに残ろうとする人間をズタさんが窘める方向でだが。
「オウルさん。まだ遅くはない。この役立たずなど置いて貴方が逃げるべきです」
「せっかく生き延びたのだ。命は大事にしろ」
老騎士とセリューくんの会話が聞こえてきた。すると隣から肘でツンと腹を突かれる。赤い瞳が「君も逃げてくれていいんだぞ」と訴えてくる。寂しいこと言うなよと、突き返した。
実のところ、イグニスは俺とリュカを地上へ帰そうと画策していたようだ。
彼女は迎撃魔法の要。定員とは別に、浮遊島に残らなければいけない役目だった。だから報酬として、俺たちを空馬車にねじ込もうとしたらしい。断ったが。
「君たちが居ても、もう出来ることは無い」それは事実ではあるのだけど、正解ではない。一緒に居るくらいはできるよ。闇に紛れて手を握ると、キュっと強く握り返された。
「嫌なことを聞くようだが、新郎たちが居ない間に知っておきたい。正味な話、迎撃の成功率は如何ほどか」
状況を慮りズタさんは小声で囁いた。しかし、静まり返る部屋の中では声が通ったらしく、正面の列に居る金髪ドリルさんが反応する。
「準備は完璧です殿下。イグニス様は勇者一行にして賢者の末裔。その肩書に嘘偽り無し。お手伝いの中で魔法の深奥を覗いた心地にございます。私は、あの術式が敗れたならば死んでも構わないとすら思いますわ」
「なるほど心強いな。それはそれとして、貴様は地上に帰るのだ。この家出娘めが」
「嫌ですわー! ヴィザロスカ家の長女として最後まで見届けますわー!」
暴れるお嬢様をメイドちゃんが必死に抑えている。そう、彼女達は帰る組。
俺が言えることではないが、魔導師団が居るのに彼女がここに残る意味は薄かった。
一方で、同じ準備をしていた魔導師たちの表情は暗い。恐らくは学術派との視点の相違か。魔法は理論が完璧であろうと実行できなければ意味が無いのである。
イグニスが用意したのは、あの古代魔法に対抗できるだけの、とびきり高度な代物ものなのだろう。魔女に珍しく自信が無いのも、この辺りが理由と伺えた。
「しっ、来たよ。静かにしなテメエら」
騒ぐお嬢たちを女冒険家が一喝する。奴らは早々に帰還を希望したので余裕なものだ。
それでも時間を押してまで結婚式には付き合ってくれたので、俺としては文句も無いが。
やがてランタンを片手に、花嫁をエスコートするレルトンさんが入場してくる。俺たちは全員で祝福の拍手を打ち鳴らし彼らを迎えた。
レルトンさんは魔導師団のマントとズタさんの上着を借りている。下手な正装以上に纏う雰囲気は凛々しいものだ。ワイルドだった顎鬚を剃り落とし、表情には普段の軽薄な男の面影は無かった。
「綺麗だな……」
新郎に寄り添うフェミナさんを見てリュカが呟く。
手には雑草混じりの花束を抱え。底冷えする部屋で、白いドレスなんて着るものだから、ガタガタと小刻みに揺れていた。
それでも微塵に衰えぬ美しさは。きっと整えた身なりや、施された化粧のせいでは無いのだろう。
この終わりの空の下で見つけた自分だけの居場所。不安げに俺の背を追ってきた時とは違う、心底に満ち足りた顔であった。
「できたら俺は、あの人たちにこそ逃げて欲しかった」
「言うな。本人たちが残るというから、こうして送ってやるのだろう」
俺とリュカは自分の席を彼らに譲ろうとした。けれど、浮遊島の最後を見届けるのだと断られてしまう。
これにはフェミナさんも納得済みというか、むしろ彼女の意見で。逃げ続けてきたから、最後くらいは立ち向かうと。先祖の人魔石を握りしめる淫魔には、その資格があった。
空いた席には助手くんとぺルロさんが収まった。レルトンさんの相棒である猟犬は、置いていけるかとやはり暴れた。
「時間も無いので略式で失礼。新たに番いとなる二人へ、偉大なる師ダングスの言葉を告げよう!」
祭壇の前に夫婦が並ぶ。結婚の説法はどこも似たようなもので。人生という過酷な道を二人で歩む覚悟はありやと問い。
「「はい」」
被る声。ならば神とて祝福するだろう。神父より魔法陣が向けられる。
【
「オレ、知ってるぞ。結婚すると子供が出来るんだよな?」
「んん?」
リュカちゃんにはこんど性教育が必要らしい。イグニスが睨んでくるし、場が場なので曖昧に肯定しておいた。
けれども、そうかと考える。
子供としては、親と血が繋がっているのは当然のことだと思っていた。よく考えれば、父と母はもともと他人。男女が出合い、こうして家族となり、俺も生まれて来たのだ。
人はまだ永遠には辿り着いていないけど。命というバトンは、長い歴史のなかで脈々と次世代に受け渡されてきたのだった。
「そーれでは、いよいよ誓いの口付けをー!」
助手くんは自分から神父を買って出たくせに嫉妬で荒ぶっている。
レルトンさんはフェミナさんを抱きしめるや、その額へ小鳥のように軽く唇を触れ。
「いまはこれで十分だ。頑張って惚れさせるから、その時は君から……」
「バカね。私はそんな綺麗な女じゃないわよ~」
フェミナさんの方からブチュっと行った。照れながら見つめ合う二人を、俺たちはヒューヒューと精一杯に囃し立てる。
「なあツカサ。こんな時は君の国ではなんて言うんだい?」
「えっとバルスかな……うん。そりゃもうバルス!」
(カカカ! なるほどバルス!)
本当にささやかな結婚式は。けれど破滅の運命を忘れるくらいに、楽しく幸せな時間であった。