ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
楽しい時間はあっという間に過ぎ、やがて浮遊島の大地には8人だけが残された。
イグニスやリュカの見慣れた顔に。老騎士と魔導士2人の頼もしい調査隊。そして新婚ほやほやレルトン夫妻だ。
やはり半数にも減れば、その違いは顕著である。しばらく大人数での行動が続いたので、ただでさえ広い神殿内がどうにも寂しく感じた。
結婚式という大イベントの後もあるのだろうか。終わったんだ、と。終末の空気が漂い。場はさながら燃え尽きた蝋燭のように、しんみりと静まり返っていて。
「さてと。じゃあ約束通り、派手な祝砲を打ち上げるとするか」
「よしきた!」
「しゃー、やってやるっすよ。地上に帰って、俺も綺麗な嫁さん欲しいっす!」
しかし悲観をする時間は俺たちには無かった。
そうさ。死ぬために残ったのではない。生きるために託されたのだ。両肩にラシアスの町の命運まで乗っている以上は、全力で足掻かなければね。
元気に返事をすれば、イグニスはよろしいと頷き、外套を揺らしながらコツコツと建物の奥へ進んでいく。俺たちは最後のひと踏ん張りだと、その背に続いた。
「なんだ。こんな場所で準備してたんだ」
「う~風が寒いわ~」
迎撃術式があるのは神殿の屋上であった。天井が無くなり粉雪が舞ってくる。花嫁衣裳のままのフェミナさんは寒さに震え、レルトンさんにマントで包まれていた。
空はすでに暗黒で。本来地上を照らすはずの日光が、反射に反射を繰り返し、降り注ぐ時を見計らっている。ズタさん達はもう魔法陣の下を抜けたのだろうか。明るい空の下が恋しいものだと、夜より濃い闇を見て思う。
「そうか、ツカサたちは知らなかったね。魔法陣は脆いから足元に気を付けてくれ」
「うおっ踏みそうになった。あぶねぇ」
頭上ばかりを眺めていた狼少女は注意を受けて初めて下に意識が向いたらしい。魔法陣を蹴飛ばしそうになり、猫のように飛び跳ねていた。
直径30メートルにも及ぼう巨大な幾何学模様が用意されているのだが、その図形は妙にこんもりと膨らんでいるのである。
とてもインクなどで足りる大きさではなかったので、魔力を伝導させるために浮遊島の砂を固めて描いたらしい。特異点の物だけに、それなりの魔力を保有しているのだとか。無いなりの苦労が伺える話だ。
「あれが世界樹の種を飛ばしたという天使像だね」
「ええ。つまり、ここが上空にある魔法陣の真下ということです」
まっ平で何もない屋上の真ん中には、ポツンと天使の像が立っていた。
学者が発見した世界樹の投射装置であり、ある意味は元凶とも言える物体だ。こちらの迎撃術式も、その天使像を中心に組まれているのだとか。
レルトンさんは、なるほどと得心顔で頷く。今はこの像を中心に、天と地に分かれ魔法陣が向かい合っているのだ。確かに迎い撃つには最適の場所なのだろう。
「けど、こう。比べると悲しいほどに差があるよね……」
(カカカ。それを言っちゃあ、お終いよ)
魔法陣の大きさはズバリ魔力の許容量に直結する。
屋上の面積いっぱいに描かれた円は、一般的に言えば十分大きな部類ではあるのだけど、さすがに比較対象が悪すぎた。
なにせ相手は空に陣取り、何百キロという単位で展開しているのである。正直なところ、俺はこの古代魔法の威力を想像をするだけで恐ろしい。
虫眼鏡で日光を収束させれば火が着くなんていうのは子供でも知るところ。
では、太陽光での調理器具があるのはご存知だろうか。夏場に鉄を触って熱いおもいをする経験は誰もが通ると思うが、その熱は実際に料理が作れてしまうほどなのだ。
ならば。周囲が暗闇になるほどにエネルギーを集約させたならば……。悪い想像が働きブンブンと頭を振る。
「すみませんな。まだ若い皆様に、このような役目を担わせてしまって」
指示された場所で待機していると、顔色を読まれたようで、老騎士が言った。クリアム公国と関係の無い俺たちを巻き込んでしまって申し訳ないと。
「それは言いっこなしで行きましょう。俺たちがフェミナさんを連れて来なければ、たぶんこんな事になってないですし」
「そりゃそうだな!」
リュカがカラカラと笑うと、淫魔は酷いわとフグのように頬を膨らませる。
別に責めたわけではないのだ。ただ、追剥ぎから始まった出会いは、様々な運命を回したのだなとは思う。
学者に。裏切りの騎士と魔導士。ヨシオンに、お姉くん。
散った命も数あるが、ああ。フェミナさんがいま、幸せそうに笑えるならば。けして悪いことばかりでも無かったのだろう。
「よっしゃー。景気づけいっとくかー!」
「なにしてんだ、アイツ」
「また酒でも隠し持ってたんじゃないかな」
魔法陣の中心に一人で居座る赤髪の少女は、ウヘヘとだらしない顔で懐を漁りはじめて。その様子で俺は察する。あのアル中のことだ、どうせ今回も酒を忍ばせてきたのだなと。
(なんだあの魔力。ただの酒ではないな)
「え?」
水筒の中身をゴクゴクと喉を鳴らして一気飲みするイグニス。いつも通りの景色だと流しそうになるも、横で魔王が不穏なことを呟いていた。ぷはりと息する魔女に、俺つい、それなあにと質問をしてしまう。
「世界樹の葉と枝を漬けた神酒モドキさ。もう少し寝かせたかったが、使うならいまだろ」
「キメ顔で言うな! シシアさんに謝れー!」
「セレシエの姉ちゃんにもな。このクズ野郎!」
この女はとんでもない物を密採していたのだった。
実は心当たりが無くもない。テンプラ作りで山菜を採りに根本までは行っているし。
なにより、大森林を出て最初の町に着いた時だ。積み荷のチェックを受けている最中、妙にポーカーフェイスだとは思っていたよ。
「ウフフ。貴方たちはこんな時でも変らないのね」
俺がイグニスの蛮行に悶えていると、フェミナさんはクスクスと笑いながら言う。
「辛かったけど楽しい冒険だったわ。もっと一緒に居たいと思ったから、ずるずる引き摺られて、こんな所まで付いてきちゃった」
ありがとうね。それはまるで別れの挨拶だった。心中を察するように、レルトンさんが彼女の震える肩を抱きしめた。
程なくして、世界樹をキメた魔女が声高々に、魔力を込めろと宣言をし。全員でフンガと渾身の力を魔法陣へと流し込む。
「【人よ、なにゆえ空を仰ぎ見る】」
大事なのはタイミングらしい。そも、頭上の魔法陣が破壊出来る代物であれば、発射を待つ必要は無い。あれはプロジェクターのように光で投影されているだけらしい。
天使像には術式が刻まれた特別な浮遊材質が仕込まれていたそうで。世界樹の種は目視も出来ないような遥かな上空から魔法を起動しているのだとか。
つまり、俺たちに出来るのは迎撃のみ。古代魔法【
「【朝焼けの静けさ】【夕焼けの溜息】【夜空には無き、至高の輝きを此処に】」
「し、信じられない。あの人、本当にこの全属性の魔法陣を起動させている!?」
「これはマジで希望が見えて来たっすよ」
唸りをあげる魔法陣を見て、魔導士が慄いていた。
それがどのくらい凄いことかは分からないけれど、どうだいウチの魔法使いはと、内心で鼻が高い。
戦いであれば、イグニスは戦いに特化した魔導士に苦戦もするのだろう。
けれど純粋な魔法の腕であれば、彼女は群を抜く。良くも悪くも魔法特化、最強の固定砲台こそイグニス・エルツィオーネなのである。
「【海を飲み干す灼熱の牙】【大地を震わす絶望の羽音】【空裂き響け破壊の咆哮】」
「これは……」
圧倒的な熱量に老騎士とて息を呑む。
炎が形作るは、巨大な竜だった。火炎竜王。エルツィオーネ家の秘伝であり、土壇場で選んだ最強魔法としては十分納得の出来る代物だ。
けれども、俺が知っているものとは詠唱が違う。なによりも、これまでとは存在感が一際に増しているのだった。
「【天翔け示そう我が想い】【落陽を超えて黄昏の彼方に空を染めん】」
それはさながらに、火炎を超えた太陽竜。
上空に輪郭が浮かぶだけで、寒さも吹き飛ぶ熱を蓄えていて。直視も出来ない程の輝きを放つ。まさに第二の太陽のような竜がそこには居た。
「エルツィオーネの歴史は、実は敗北の歴史だ。我らは原初の炎に打ち勝つべく、挑み続け、そして負け続けた」
(早く滅びてしまえ)
故に改良が必要だった。長き歴史の中で、愚者共はひたすらに最強を練り続けていたのである。そして今代のバカ代表も、歴史に倣い最強を更新し。もとより高度な4属性魔法を全属性に進化させる。
バカは言った。古代魔法なにするものぞ。こっちは進化に進化を重ねた時代の最先端。人類の歴史を舐めるなよと。
良いことを言っているはずなのに、俺は少し悲しい気持ちになった。主に今後も標的にされ続けるであろう火竜さんを思って。
「これが最新の、火炎竜王だー!!」
そうして火竜は飛翔し、俺たちは暗黒の空に祈った。
音も無い終わりだった。天罰術式は、さながら朝日でも昇るように、当然の顔をして死を振り撒き。闇空から一転、巨大魔法陣の下は、全てが白むほどの眩い光に包まれる。
「きゃー!?」
「い、一体なにが!?」
真っ白になった世界で、破壊音だけが耳に届く。バキバキ。メリメリ。岩が砕け、大地が裂ける音がした。
同時に体を襲う浮遊感。島が崩壊し、軽くなることで、一気に高度を上げ始めたのだ。こんな時に不謹慎かもしれないが、まるで天国にでも登っているようだと思った。
「怯むな、魔力を全力で流し続けろー!!」
「応!」
しかし、そう。俺たちは生きている。
火竜の大きさが足りず、周囲には被害があった。けれど、真下は無事だったのである。それの示すところは、拮抗ないし、迎撃には成功していて。
ならば足掻け。右も左も分からぬ光の奔流の中で、吐息も忘れて魔力を流すことだけに集中した。
どれくらい経ったか。10秒。はたまた1分。真っ白な世界で、肌を焦がすような照り返しを浴び。押し寄せる魔力の勢いは、まさに激流。込めるはずの力が、ふとした瞬間に逆流し、全身をバラバラにしてしまいそうな圧があった。
(お前さんよ。今ならば誰にもばれぬ。儂にも少しは逆襲させい)
「……よっしゃ、やったれジグ!」
「ぬぉお、なんだこの魔力の圧は!?」
交代はほんの一瞬だった。魔王に身を貸すや、瞬時にその魔力を吐き出してしまう。
だが、その高出力はどうだ。俺が10をちまちま流すのと違い、ジグは100でも200でも放出できる。
「うぉおお、いっけぇえ!!」
あっけなく崩れる拮抗。勢いに乗り、天秤は一気に傾き光を押し返す。まるで天井が消えたかのように、グンと視界が開け。眼には白の代わりに青が映りこむ。
気づけば輝きが終息していた。
頭上には、魔法陣も無ければオーロラも無く。ただ冬の、澄み渡るような青空だけが広がっている。
キラリと目に飛び込むのは本物の太陽。やあ、久しぶりだね。目を細め、宙の彼方にある小さな点に微笑み。
「は……はは」
「うははは! どうだ、エルツィオーネの炎は世界一ぃい!!」
「や、やった。オレ生きてるー!」
俺たちは、大きな笑い声を空に響かせた。