ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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446 忘れ物は無いように

 

 

 浮遊島に残された最後の大仕掛け。古代魔法、太陽編みし破壊光。

 かつて全盛期のこの島を破壊した天使の力であり、再び楽園を目指す愚か者へと向けられた極悪なる罠。

 

 俺たちは、その脅威的な災いから、なんとか生還することが出来ていた。

 

「ひえ~島がバラバラだぁ」

 

 下を覗き込めば常軌を逸した範囲と威力にゴクリと唾を飲む。あらためて、よくまあ生き残れたものである。

 

 神殿からの景色はもはや別物。あんなに広かった土地が煎餅でも叩き割ったかのように崩壊していた。砕け散った浮遊島は、さながら解放された風船の束か。大小の破片となり、競うようにプカプカと高度を上げていく。

 

「おっ、町は大丈夫みたいだぜ!」

 

「本当だ、良かった。浮遊島がうまい具合に緩衝材になってくれたのかな」

 

 隣で眺めていたリュカが嬉々とした声で下を指す。その先にはラシアスの町の健在が確認出来た。

 

 一方でレチスコ山脈の損傷は甚大である。弾いた光線が走ったようで、ところどころに深い亀裂が刻まれていた。そんな中でよく無事でいてくれたものだと思う。

 

「そうか。思い返せば、私たちは島を動かしているんだったな」

 

 背後から力の無い声がするのだが、位置がやや低い。チラリと一瞥すれば、イグニスは大の字に寝そべって目を瞑っていた。お疲れのようだ。実際に霊脈はボロボロなのだろう。俺も交代の反動で両腕に魔力が通らないし。

 

「あの時か」

 

 言われてみれば、砂漠の砂を抜く時に浮遊島は半回転しているのだ。魔法陣の中心だった神殿が山奥の方向に動いていたお陰で、かろうじて射程範囲から逃れていたのである。

 

 これも金髪ドリルさんの加護だろうか。ほとほと運の良い話に、どっと肩の力が抜けるのを感じた。頑張ったのにさ。

 

「まぁ、最後に良いものが見れたし。いいか」

 

(カカカ。人がゴミのようじゃのう)

 

 俺は座り込み、なかば放心するように圧倒的な景色と向かい合った。そういえば浮遊島に来てから町を眺めるのは初めてだ。

 

 であれば、これはご褒美かな。町はおろか山の頂上すらも見果たせる、天空ならではの味わいがそこにあった。

 

「確かに綺麗よね~」

 

「やれやれ。今回はとんだ冒険だったものだ。おかげで最高の宝物が見つかったとはいえね」

 

 レルトン夫妻も、見納めとして浮遊島からの景色を満喫している。

 先ほどまでの黒空が嘘だったかのように大地には日が差し込み、雲一つない晴天がどこまでも広がっていた。

 

 険しきレチスコ山の雪化粧が白銀に輝き、麓には山に寄り添うように伸びるラシアスの町。さらには地平線まで続く広大なる大地。

 

 これだけ高い場所からでも果てが見えないなんて、世界とはなんて広いのだろうと、無駄に意識まで達観してしまいそうだ。

 

「ところでさぁ。この島って一体どこまで上がるんだ?」

 

「どこ……まで……?」

 

 そんな俺の感動を邪魔するように狼少女が呟く。「そりゃお前」と質問に答えようとして、はてと首を捻った。

 

 確かに魔法を迎撃している時から浮遊感は続き、それは今でも終わっていない。

 この足場もまだ浮上し続けているのだろう。まるで上り続けるエレベーターにでも乗っている気分になる。

 

 気付けば、徐々に小さくなっていく街にサァと顔の血の気が引いていくのが判った。景色を堪能している場合じゃねえぞこれ。

 

「レ、レルトンさん。これ、大丈夫なんですかね」

 

「うーん。良くはないね。空馬車の到達できる高度にも限界はあるし、風にでも流されて見失われたら、迎えも期待出来なくなってしまう」

 

「ふぇええ!?」

 

 衝撃の事実にフェミナさんはガビンと目を張る。古代魔法を迎撃したことで、ピンチは切り抜けたと思ったが甘かったのだ。

 

 浮遊島はすでに山から離れ、俺たちは完全に空に取り残されていた。このままでは海の藻屑ならぬ、空の浮屑になるだけだった。

 

「ね、ねえ。何か考えあるのよね。お願いあるって言って~!?」

 

「落ち着いて下さいフェミナさん。こう見えて私は、他の浮遊島に行った経験もあるのです。これくらいの危機は慣れたものですよ」

 

 なるほど。結婚式をしたりメンタルに余裕があると思ったが、教授は様々な冒険の経験からピンチに慣れていたようだ。流石と思いながら、毎度危険に付き合わされている猟犬に同情した瞬間である。

 

 とにかく、イケオジは我に秘策ありとウインクをして。

 

 

「「「イヤだー!!」」」

 

「いいかい。こうしている間にも高度は上がり続けている。早期の決断こそ重要だ」

 

 レルトンさんは、あろうことか防水布をパラシュートにしてレチスコ山に飛び移ると抜かしやがったのである。

 

 俺とリュカとフェミナさんは全力で拒否をする。

 防水布はワックスを塗り込んであるので、ただの布にくらべれば風を受け止めはするだろう。だが、浮遊島から飛び降りるにあたり、命を預けるには少々心許なかった。

 

「むぅ。レルトン殿、こんな物で本当に飛べるのでしょうか」

 

 これには老騎士も懐疑的だ。代替案はないが、俺たちはもっと言えと応援をする。せっかく生き延びたのに飛び降り自殺なんてしたくないよね。

 

「もちろんです。実際に私はコレで生き延びました。要は少しでも落下の勢いを削ぐことが大事なのですよ。なにも地上まで飛ぶわけではない。山の頂上にある積雪を目指しましょう」

 

 なんとなしに知性を感じる言い分だった。もしやいけるのでは。成功のイメージが湧きかけていると、肩を貸していたイグニスが小声で囁く。レルトンさんの場合は、下が海だったはずだと。

 

「詐欺だよ……」

 

「本当っすよね……」

 

 しかし泣く泣く行動をするしかなかった。

 浮遊島はざっくり言えば、土地の面積が半分になると高度が倍になる。神殿くらいしか残らぬ足場では、成層圏まで行ってもおかしくないと魔女に脅されたからだ。

 

 俺たちは急いで神殿の内部に戻って荷物をひっくり返す。

 空馬車で先に帰った組も荷物は置いていったので、防水布を拝借している最中の出来事だった。

 

「ああ、見てくださいよコレ!」

 

「なんとまぁ。アイツららしいな」

 

 魔導士の一人が声を張り上げた。見れば手には金や銀で出来た装飾品がどっさりとあった。

 

 どうやら女冒険家たちの荷物らしい。呆れる老騎士だが、俺は思わず苦笑いがこぼれる。この逞しい根性ならば、きっと服にも忍ばせて帰ったことだろう。

 

「他の荷物はどうしよう?」

 

「目立つ場所に投げ捨てておけば、あとで回収出来るさ」

 

 イグニスの言葉にふむと頷く。それしかないか。魔道具は壊れそうなので、ずっと愛用してきたランタンと水差しだけは身に付けていることにした。

 

 狼少女も槍だけは手放したくないと言っていったので、誰しも大事な荷物くらいあるよね。そんな事を考えていると、俺は一つの忘れ物に気づいてしまう。

 

「ごめん、リュカ。イグニスを頼む」

 

「えっ。おい!?」

 

 すでに二人一組に分かれ、飛び立つ直前であった。

 どうやら一番乗りは、発案者であるレルトンさん。淫魔は猛烈に嫌がるものの、「幸運を」そう言い残して高度2000メートル以上の大地から身を投げる姿が見えた。 

 

「彼は何を。おい、お前らは先に行っていろ!」

 

「了解っす。ほら行きましょう。風魔法で支援しますんで」

 

「ちょ、待てよ。まだツカサが!!」

 

 続く魔導士がリュカの手を引く声が聞こえる。あとイグニスの罵声も。

 それでも、俺はこれだけは回収しないといけないと思ったのである。

 

 戻れば、すでにみんな飛び立った後で。残ってくれていた老騎士は、俺の抱えるモノを見てあんぐりと口を開いていた。

 

「ツ、ツカサ殿。まさかそんなものの為に……」

 

「そんなものだなんて。色々酷い目にはあったけど、空に置き去りは出来ないですよ」

 

 布に厳重に包まれているのは、裏切りの騎士ことルニマンの遺体だ。彼は今回の冒険で多くの罪を重ねている。でも死ねばチャラさ。一緒に帰りましょう。そう老騎士に微笑みかければ、面目ないと目元を手で覆い隠した。

 

 けれど、俺はわずか数秒後には己の行いに後悔をする。

 往復に使った時間で、浮遊島はいっそうに高度を上げていた。なおかつパラシュートに掛かる体重が一人分増えてしまったではないか。

 

 これ本当に大丈夫? 躊躇う間にも、老騎士は覚悟を決めて飛び降りてしまう。

 懐かしきかな内臓の浮き上がる感覚。風圧で頬や瞼がビタビタ遊び、口からは自然とイグニスよりも乙女らしい叫び声が漏れていた。

 

「いぃいやぁあああ~!」

 

(カカカ。これが本当の落ちってな)

 

「その魔王ジョーク、ぜんぜん笑えないんですけどー!?」

 

 

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