ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
450 待ち人いまだ訪れず
「なあ。その勇者たちってのは、どんな奴らなんだ?」
「どんな。ねえ……」
馬車の中で暇を持て余す狼少女がそんな話題を振ってきた。ちょうどイグニスと、そろそろエルレウムの町も近いねという話をしていた所だ。
俺は御者台の魔女にちょっかいを掛けるのをやめて、荷台のリュカへと向き直る。
そういえばコイツは勇者一行と初対面。はて、あの素敵な人たちをなんて言葉で表現しようと、一人一人の顔を思い浮かべた。
(言われんと思い出しもしなかったくせに)
「最近は生きるのに必死だったからね」
だがスリリングな冒険も、いまや懐かしい話だ。ドリルさん達に別れを惜しまれながら旅立って、もう何日が経っただろう。いちじつを馬車に揺られながら過ごす、それは平和な日々である。
俺たちは海岸線をひたすらに南下して、クリアム公国の最南端であるエルレウムという町を目指していた。そこが勇者と合流の約束をしている場所なのだ。
ただ、実はかなり遅刻をしていて。何を隠そう、俺とイグニスはどう言い訳をするかで話し合っていた最中だったりする。
遠距離の移動は最初から分かっていたこと。スケジュールも正確には進むまいと余裕を考えて決めていた。それでも時間が足りないのだから不思議なものだ。
(道草の達人がなにを言うとる)
「はい。すみません」
妖精事件は仕方なかったにしろ、振り返ればずいぶんと無駄があったのは認めざるをえないか。ベルモア観光に始まり、大森林が本当に広くて、おまけに空まで行ったね。
もっとも言い訳くらいは聞いてくれるだろうが、勇者に嘘は通じない。いまも首を長くして俺たちを待っているのだと思えば、潔く制裁を受け入れるべきなのだろう。
駄目だよ、と唇を尖らせる碧眼の少女の顔が頭を過り、俺は申し訳なさに眉を寄せる。そしてリュカに伝える最初の言葉が決まった。
「フィーネちゃんは、誰よりも勇者だよ」
「なんだそりゃ。勇者なんだから当然だろ」
リュカは意味が分からず困惑をするが、ボコの手綱を握る魔女は、何も言葉を挟まない。つまり異論はないのであろう。
俺なんて、案外フィーネちゃんと過ごした時間は短いものだ。それでも印象に残るのは、勇者ではない素の女の子の部分。可愛い服が好きで恋愛にも興味があり。まるでどこにでも居る普通の少女だった。
そんな子が、痛みも嘆きも飲み込んで、勇者たらんと茨の道を往く。人間の眩しさを見せつけられた気分だった。
「ヴァンは、まぁいいや。語るに値しないバカ剣士だ」
「お前よりか? いてえ、やめろ。蹴るな!」
おっと、足を伸ばしたら偶々リュカに当たってしまった。気を取り直して、雪女ことティアは、とてもいじりがいのある面白い子と聞かせ。
「最後は、カノンさんだけど……」
「なんだよ。なにか文句でもあるのか」
含みのある言い方をしてしまったか、幼馴染のイグニスは不満げに振り返って抗議をしてくる。俺は逆だと首を横に振った。
筋肉を崇拝する恐ろしい宗教の信者ではあるが、それはそれとして僧侶はとても人格者である。性格もお堅いどころかかなり気さくで、許されるならばお姉ちゃんと呼んで慕いたいほどだ。
それに習った体術はとても役に立つ。獣の国でプロレスラー共相手に生き残れたのは、カノンさんの格闘指南のおかげと言っても過言ではあるまい。
(めっちゃ褒めるじゃん)
「それだけ素晴らしい人だからね」
狼少女は胡坐をかきながらも話自体は真面目に聞いているようで、フムフムと頷いて続きを促してきた。
俺は思う。あの青髪ポニテのお姉さんを語れと言われれば、けして避けて通れぬのはエッ、いや分厚い胸部装甲ではないかと。組手をしている時、その揺れを目にして何度エッッ、いや顔面に拳を受けただろう。
そもそも存在がエッッッ、いやいや、とても魅力的なのだ。そんな人が肌を赤らめ健康的な汗を流している姿を見ると、どうにも鼓動が高鳴るのである。
「もしかして、これが恋か!?」
「それは性欲というんだ、このケダモノが!」
(然り然り)
怒られてしまった。どうやら俺の恋心は錯覚であったらしい。
とりあえず狼少女の興味は引けたようで、会うのが楽しみだと馬車の縁から鼻歌まじりに外を眺めていた。
「ツカサ、見えてきたよ。あれがエルレウムだ」
「おお、やっとか!」
それからしばらくのこと、お喋りにも飽きて魔導書を読んで勉強していたら、前から声が掛かる。
御者台の隙間から前をのぞき込んで見れば、言葉の通りに、海沿いに展開する大きな町が見えて。イグニスは地図を見ながら間違いないと太鼓判を押す。
こうして俺たちは勇者の待つ町へと到着した。
◆
「いいね。素敵な場所だ」
「コラコラ。君は迷子になるから、あまり先走るな」
入門を終えて、いざ街中を進む。子供じゃあるまいしとイグニスの心配を鼻で笑えば、リュカまでもがとても冷めた目で見てきた。目を離すと居なくなる奴というのが共通認識のようで少し寂しい気持ちになる。
でも、見て欲しいのだ。この風景を。
港町というだけあり、海には船が並び、岸には魚の市場や交易品の露店が溢れていた。
それを目当てに通りの交通量は多く。人垣など出来ていれ覗きたくなるのが人心だろう。
加え、建築はクリアム公国内ではよく見る、煙突の付いた煉瓦造りのがっしりとしたものだった。北の雪積る地方の影響を受けているというのがよく分かる。
でも面白いのは家がカラフルだった。赤や黄色に緑と、とにかく派手な色の建物が多い。こんな素敵な町、散策したくなるじゃないの。だって人間だもの。
「ちょっとだけ。ね、ちょっとだけ観光しよう?」
「勇者との合流を楽しみにしてたんじゃねぇのか……」
「ツカサなんてそんなもんさ。ちなみに、壁の色はシェンロウの影響だね。船が霧や雪でも迷わないようにするという理由らしい」
有無を言わせず馬車に詰め込まれた俺は、悲しみに暮れながら豆知識にへえと言う。揺れる薄暗い車内は、旅路では見えぬ閉塞感に満ちていた。まるで牢獄だ。
悔しさを体で表現しようと床にゴロリと寝転がっていると、上からツカサと魔女の声が。視線を向ければ、目的を忘れたかい。そんな呟きと共に赤い瞳が細められる。
「……分かってるよ」
なにも遊びや観光に来たのでは無い。もっと言えば、イグニスは俺の都合を考慮して、集合場所をエルレウムにしてくれていた。
スクール水着。シュバール国の尻王子は、どう考えてもコチラには存在しなはずのアイテムを、この町で入手したそうだ。
スク水にはご丁寧に
本当に居るならば会ってみたいし。地球に帰りたいと願うのであれば、一緒に方法を模索しなければ。
「だろ。だから理想を言えば、先に到着して行動をしておきたかったんだけどね」
「イグニスが浮遊島に行きたがったのが遅刻の決定打なのを教える」
「オレから見えればどっちもどっちだ」
やれやれと肩を竦める赤髪の少女に、俺はいよいよ突っ込んだ。勇者への言い訳に、自分は悪くないと言い張るのが見えたからだ。
でも、近くまで来れば再会が恋しくなるのも事実。元気な顔を見せようと、集合場所であるシュバールの大使館を訪れて。
「なんだと。勇者はまだ、この町に来ていない?」
「フィーネちゃん……」
ナハル宰相の率いる船団は、到着が遅れているらしかった。
正直、まったく予想をしていなかった事だ。俺は思わず彼女の名前を呟き、海のある方角を眺めてしまう。
イグニスは悪天候でも続いたのだろうと言い、「ガハハ。勝った」と無理に雰囲気を明らめようとしていた。しかし瞳の奥に心配の色があるのは言うまでもない。