ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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451 トモダチ

 

 

 俺はため息交じりにベッドへ身を投げて、どこか悶々とした気持ちで天井を眺める。

 シュバールの大使館だけあり、内装は懐かしい派手な配色だった。青のタイルに描かれた複雑な白の模様が、あの国に滞在していた頃の記憶を鮮明に呼び起こすようだ。

 

 じゃあ、また集合場所で。皆とはそんな味気の無い別れをしたっけ。

 当時は会えないなんて考えもしなかった。今ではそれが後悔となり不安となっている。

 

「フィーネちゃんが俺たちより遅いなんてこと、あるのか?」

 

(現実に来とらんじゃろがい。事故など誰にでも起こるものよ) 

 

 魔王の言い草に、むぅと唸り声をあげる。確かにこの世界の船旅は危ないと聞いていた。海にはクジラほどの魔獣がわんさか生息し。大海原では個人がいくら強くても、船を傷付けられたらお終いというわけだ。

 

 機嫌を損ねたと思ったのだろう。ジグは取り繕うように、心配よりも信用をしろと言ってくる。良いことを言っている風だが、イグニスの真似だったのでフフッと笑みが漏れた。

 

「まぁ、そうなんだろうね」

 

(せやせや)

 

 その辺り、魔女の切り替えは速かったものだ。時間が出来たし、明日は王子がスク水を買った店に行くぞと言い残して、早々に部屋へと退散している。

 

 もっとも自室では俺と同じように不貞寝している可能性が高いけど。いま出来ることをやりきろうとする姿勢は見習いたい。

 

「早く顔を見て、安心したいな」

 

 俺も寝てしまおうと目を瞑った。けれどなかなか睡魔は訪れず、どうにも嫌なことばかりを考えてしまう。

 

 「ずっと一緒に居たいのに。どうして貴方は目を離すと居なくなってしまうの」かつて勇者に言われた言葉が、今になって重くのしかかる。

 

 あの時の彼女もこんな気持ちだったのだろうか。いつか来るお別れの時を考えると、やりきれない思いで一杯になった。

 

 

「そういえば、シェンロウ聖国ってどんな場所なの?」

 

「うーん。むしろ君は何処まで知っているんだい?」

 

 興味本位の質問をすれば、質問で返されてしまう。イグニスのことだ。てっきり説明しようと嬉々として語ると思ったのだけど当てが外れたらしい。

 

 理由はやはり寝不足だろうか。気怠げで、普段より心なしか厚化粧だった。会った時からそうではないかと思っていたのだ。

 

 邪推をしているとガツンと脛を蹴られて。馬車で揺られる俺は、対岸にある国を眺めながら記憶を掘り起こす。

 

「たしか、始まりの勇者が誕生した場所とか聞いたような」

 

「なるほど」

 

 隣に座る赤髪の少女は、俺の返答を聞いて「では最初から説明する」と言う。カノンさんから聞いた話だと思ったのだけど落第点らしい。

 

「シェンロウはね、国を三教が、つまり教皇が治めているわけさ」

 

「へぇ、さすが聖地だ」

 

 日付も変わり、今はスク水を取り扱っていた商人のもとへ移動している最中だった。

 ちなみにイグニスと二人で行く。リュカは俺が礼服を着ているの見て、堅苦しい場所と察したか逃げ出していた。

 

 冒険者ギルドに行くそうだ。日課の訓練をこなした後で、好んで地獄に顔を出すなど、活力の塊みたいな奴である。まぁ日本人捜索の張り紙を頼めたから、こちらとしては都合がいいけどね。

 

「三柱教は表向き権力を持たない。けれどシェンロウの場合は、時の王が敬虔な信者でさ」

 

「権力者が宗教やっちゃったのか……」

 

 魔女はそういう事と肩を竦めた。しかし因果は面白いもので。聖国になる由来を遡れば、まさに俺たちの行った浮遊島が原因なのだとか。はて、何か繋がる事があっただろうかと首を捻り考える。

 

 ジグルベインに繋がることなので、これでも何があったかは覚えているほうだ。

 このエルレウムの上空では【箱舟】の魔王と天使の軍団が戦っている。だが、それとシェンロウの関連がよく分からなかった。

 

「簡単なことだよ。昔はシェンロウまで地続きで行けたんだ」

 

「げぇ、それってまさか……」

 

(あの古代魔法か!)

 

 まだ記憶に新しい、天を覆う絶望。太陽編みし破壊光。

 過去に浮遊島を撃墜したのは、あの魔法だとは聞いていた。けれど、どうだろう。目の前に広がる海が、その結果だと聞いてヒッと息を飲む。

 

「改めて、俺たち良く生き延びられたね」

 

「規模が違うよ。恐らく過去の一撃は、私たちが見たものの数倍大きかったはず。細い陸地だったとはいえ、完全に消滅するんだ。当時は衝撃的だっただろうね」

 

 黙り頷く。暗黒の空で太陽光が編まれていく様は、もはや天変地異の類。そして空から舞い降りてくる天使は、なんと逃げる魔王を討っていて。

 

「ん。でもなぁ」

 

 確かに語り継がれそうな逸話ではあるが、やはり腑に落ちないものだ。

 その例でいくならば、このエルレウムこそ聖地になっていてもおかしくないと思った。

 すると魔女は表情を読んだか、違う違うと首を横に振る。

 

「これはあくまでも前歴。問題はその後だよ。居ただろ、世界征服しようとした悪い奴が」

 

「居たねぇ!」

 

(カカカ、なんのことかサッパリ分からん)

 

 繋がってきた。シェンロウ聖国は、ようするに地続きで行けなかった為に、混沌軍の侵略から無傷でいられたのだ。

 

 そりゃ俺でも神様ありがとうと言いたくなるかもしれない。

 王様が入信した経緯に、ははあと納得していれば、ちょうど馬車も目的地に到達したようである。

 

 

 着いた場所は、港にある貿易商社が並ぶ一角だった。

 漁師で活気づく漁港とはまた趣きが違う。こちらは広い倉庫が続き、馬車で積み荷を運ぶ運送屋の姿が多く見られる。

 

 ラメールにもあったのだろうが、訪れる機会が無かったので新鮮に感じた。

 イグニスの話では、船の交易の場合は物々交換が主流のようだ。金銀財宝を運んでも沈没すれば海の藻屑。なので商談ではより一層の信頼が必要になるのだとか。

 

「王子の身分を振り回せば強いわけだ」

 

「そうだね。最悪は国が補填を保障するようなものだし」

 

 そして今日は、そのナハルさんの名前を振り回させてもらう。金板とは行かないが、紹介状を一筆したためてくれたのだ。馬車は店前に止まったので、降りるや店子を捕まえてオーナーを呼んでもらった。

 

「おお、ナハル様のお友達。遠い所からよく来てくれましたね!」

 

 応接間に通された俺たちを迎えてくれたのは、出っ歯の目立つ男だった。

 さてはこちらの商人の挨拶か。両の手の平をこちらに向けてフリフリと振っている。ランデレシアでも商人はアイーンをしていたのを思い出し、郷に入ればと真似をした。

 

「お手紙は拝見しました。あの不思議な服の出所を知りたいのですね?」

 

「はい、お願いします。出来れば似たような物があれば、見てみたいのですが」

 

 ストッキングやニーソはないだろうか。俺が哀愁に思いを馳せていると、男はフムと頷き手を叩いた。会話をしようというのだろう。巨乳のお姉さんが、お胸をたゆんと揺らしながら、どうぞとお茶をくれる。隣から足を踏まれた。

 

「貴様……さては乳派か?」

 

「……っ!?」

 

 だが友好的な態度は一転。ボソリと、しかしハッキリ聞き取れるドスの効いた声で呟かれる。しまった罠か。あの王子は一体どんな紹介をしたというのだ。

 

 ここで気分を害されては日本人の情報も引き出せまい。不本意ながら相手の調子に合わせることにする。

 

「アイヤー違うよー違う。私、お尻大好きダヨー」

 

「君、トモダチ?」

 

「トモダチ、トモダチ!」

 

 ウンウンと頷くのだが、疑惑の目は晴れてくれない。好きな所を三つあげろと言うので、そんな簡単なことでいいのかいと、指を鳴らしながら即答した。張り、艶、形、基本だね。

誤解だったと手を伸ばされ、俺たちは固い握手をして。

 

「品物あるよ。王子、いやナハル様に渡す予定だから売れないけど、友達なら特別に見せるくらい大丈夫です」

 

「おお! ぜひぜひ!」

 

 無事にピンチを切り抜けたようだ。どんなもんだいと魔女に目配せをすれば、赤い瞳はゴミでも見るような視線を浴びてくる。アイヤー。

 

 これは違うのだと肩に触れようとすれば、さっと避けられて。俺は尻外交などしていやがったナハル王子を許さぬことを誓った。

 

 

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