ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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453 不幸なすれ違い

 

 

 リュカは日暮れ前に大使館へと戻ってきた。

 ただいまと俺の部屋に姿を見せるのだが、一体どんな仕事をしてきたのやら。無尽の体力を思わせる狼少女が、精も魂も尽き果てた様子である。

 

 ちょうどイグニスも部屋に居合わせたので、二人でおかえりと迎えれば、リュカは椅子ではなくベッドへヨロヨロと倒れこんでしまう。衝撃で括っている灰褐色の髪が解ける。頬のこけた顔は、まるで行き倒れた人間を見ているようであった。

 

「ずいぶん疲れてるみたいだね。今日は何してたの?」

 

「とりあえずツカサに頼まれた張り紙を掲示してさ。軽い仕事を貰おうと思ったら、気づけば背後に男が大勢居て……」

 

 抵抗空しく攫われたそうだ。身に覚えのありすぎるパターンだけに南無と合掌をした。

 しかし未成年の少女が大勢の男に連れ去れる図は、いよいよ論理的にいかがなものか。俺は冒険者ギルドの在り方について、正面に居る領主の娘さんにどう思うと尋ねてみる。

 

「もともと、どれ……日雇いで後腐れのない人材を確保出来る場所だからな。仕事があって運が良かったと思うといいさ」

 

「今なんて言おうとした!」

 

(カカカ。本音が透けたのう)

 

 ニコリと貴族的な曖昧な笑みで逃げる魔女。しかし犠牲になったリュカは、冗談を流す余裕も無いようで。「運が良かっただと」と上擦った声で食いついた。

 

「オレは今日一日ずっと……ずっと、大きな石を運ばされていたんだぞ!」

 

「石っ……!?」 

 

 言葉だけで、もう重労働が想像出来る。危なかった。うっかり顔を出していたら俺もああなっていたのか。

 

 でも人攫い共はあれで人を選ぶのだ。俺のような成人男子ならともかく、未成年の少女を使うのであれば自分で魔力使いだと自慢したのであろう。

 

 とりあえず行かなくて良かったと、心から安堵して少し冷めた紅茶を口に含み。ベッドで死んでいた狼少女が、ところでと疑問を口にする。

 

「クンクン。なんか、お前らから妙にいい匂いがするんだよな」

 

「気のせいじゃないの……」

 

(バレてーら)

 

 流石は犬だ。そこに気付くかと、すぅと目を逸らした。

 労働して居た人間の前では言い辛いが、いかにもリュカが帰ってくるまでの間、俺はイグニスと共にエルレウムの町を観光している。

 

 用事が思ったよりも早く済んでしまったし。礼服を着たついでに、奮発してドレスコードのあるような店でちょっと豪華な昼食を食べてみたり。馬車で繁華街を流し、優雅にウインドショッピングしたり。楽しかったです、はい。

 

 俺は罪悪感に言葉を詰まらせ、内緒ねとイグニスへアイコンタクトをする。

 だがどうだろう。こちらを見る赤い瞳のなんて嗜虐的なこと。さながら悪役令嬢の如くに薄ら笑っているではないか。

 

「私は観光ならリュカも居る日にと言ったのだけど、ツカサがどうしてもってさ」

 

「……へぇ。まぁ勇者も待てない奴だもんな」

 

「ぐぬぬ、自分も楽しんでいたくせに……!」

 

 魔女は自分は悪くありませんと梯子を外しにきた。

 確かに俺から遊びに誘っているのだが、この悪意はなにか。ふぅむ、お願い攻撃を使いすぎたかな。押せば落ちるチョロイ奴扱いしていたのがバレているようだ。

 

(お前さんはパターンが少ないからの。上目遣いと拝み倒しだけでは足りん。次からはイケボと壁ドンも使っていけ)

 

「なるほど、パターンか。土下座までならする覚悟があるぜ」

 

 だが、いまはとにかくリュカの対処が優先だ。

 この裏切り者と叫びながら暴れてベッドを揺らしている。さながら悪霊でも憑いているようであった。

 

「いやぁこれは……下見。そうちょっと観光の下見してきただけだって!」

 

「騙されるか。死ねオラー!!」

 

 言い訳は失敗したらしい。明日みんなで行こうと誘うのだけど、抜け駆けは誤魔化せなかった。狼少女は悪あがきに「これでも食らえ」と寝転がりながら足を振る。

 

 靴が二足ブンと飛んできた。俺は当たるわけがないだろと思いながら、首を捻り躱し。なぜか背後からビシャリと零れる水音が。

 

 リュカと同時に「あ」と声が漏れた。高みの見物を決め込み、優雅にお紅茶を飲んでいたイグニスの顔面に靴がクリーンヒットしていたのである。

 

 この後のことは、少々口にするのも憚れるのだが、魔王様が大爆笑していたとだけ言っておこう。

 

 

「失礼します」

 

 救いの主はノックであった。コンコンと部屋に響き渡るノッカーの音が、魔女の炎をようやっと止めてくれる。

 

 回復魔法なので怪我こそ無いけれど、ひたすら叫び続けた俺たちにとって、メイドさんの声は女神のように感じた。イグニスが扉越しに要件を訪ねれば、俺に客が来ているとのことだ。

 

「ツカサに?」

 

「誰だろうね」

 

 思わずイグニスと目を合わせてしまった。勇者一行が到着したというなら分かるが、昨日来たばかりのこの町に、知り合いなど出っ歯の商人くらいしか居ないからだ。

 

「お相手は張り紙を見て来たと申しておりますが」

 

 追い返しますかと、可愛らしく首を傾げるメイドさん。一瞬なんのこっちゃと考え込むが、そんなのリュカが掲示してくれた日本人捜索の張り紙しかあるまい。床から飛び起きて「すぐ行きます!」と返事をする。

 

「おお……おおん。やっと会えたよ~!?」

 

 慌ててロビーに駆けつけてみれば、そこには一人の女性の姿があった。

 俺の姿を見るや椅子から立ち上がり、今にも泣き崩れんばかりである。というか泣いた。

 

「オホン。取り乱してすみません。貴方に会う為に苦労をしたもので」

 

「はぁ」 

 

 表情を取り澄ます浅葱色の髪をしたお姉さん。一瞬ダメな大人かと思ったものの、真面目な顔でいればショートカットの髪形もあり凛々しい雰囲気をした人だった。

 

 それは姿勢や態度からくるものであろう。軽装の鎧と腰に差した剣から戦闘職なのが伺える。しかし、ダングス教の白いマントを纏っているので、はたして騎士なのかと判断に迷う。

 

「彼女は聖騎士(パラディン)だよ。三柱教に所属する騎士だ」

 

「私の名はマルル。いかにも知神ダングスに剣と忠義を捧げし身でございます」

 

「ツカサ・サガミです。宜しくお願い致します」

 

 なるほど、両方であった。思えば騎士が神を信仰してはいけない理由もないか。

 互いに自己紹介をすれば、改めて会いたかったと手を握られる。どうにもマルルさんはシュバールの人のようで、あのラメール防衛戦にも参加していたらしかった。

 

 そんな人がどうしてと尋ねれば、遠い目をしながら上司の命令とありていに言う。

 

「黒髪の者を探している人間を見つけたらシェンロウまで案内せよというのが、私に与えられた命だったのだ」

 

 しかし情報伝達の間だろう。悲劇かな、彼女が俺の存在に気付いたのは、すでにラメールを発った後だった。そして足跡を追えば、大森林へ。

 

 単身で突入する訳にもいかず、船で先回りするも、いつまで経っても現れない。次にラシアスの張り紙で存在に気付いたものの、一向に連絡が取れなかったと。そりゃ空行ってたからね。

 

「なんでだよ~!?」

 

「あ、そうか。町に戻った後は金髪ドリルさんの家に居たから……」

 

 最初の宿が連絡先では会えるはずがなかった。どうにも不幸な行き違いがあったようだ。

 けれど使者の存在になるほどと思う。やはり美咲さんを囲っている人間は繋がる手段を用意していたのだ。

 

 恐らくは、当初の俺のように、転移者ならば冒険者ギルドを活用するという発想だろうか。王子が国にスク水を持ち帰った時点で、密かに捜索は始まっていたのである。

 

「マルルさんが接触して来たということは、そちらに美咲さんが居ると考えてもいいんでしょうか?」

 

「ミサキ? すまないが私も詳しいことは。だが、これは枢機卿の特命である。どうか私と共にシェンロウ聖国へ来てほしい」

 

 枢機卿。また大きな名前が出てきたものだと思う。

 危うくハイと即答しそうになるが、イグニスが机の下でそっと足に手を置いてきて、思い止まることが出来た。

 

「ごめんなさい、今は行けません。この町で勇者と合流をする予定なんです」

 

「そうか。勇者様の名前を出されては退かぬわけにはいかないな。では私は一足早く報告に行くとしよう」

 

 マルルさんは微笑み、強要することは無かった。後で来てほしいと紹介状を置いて去っていく。魔女はよく止まったと褒めてくれるのだけど、これはフィーネちゃんに相談しないとな。

 

 勇者一行がエルレウムの町に到着するのは、それから2日後の事だった。

 

 

 

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