ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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454 勇者合流

 

 

 エルレウムの町に着いて早三日が過ぎる。

 日本人の捜索も手が詰まり、特にやることが無くなった俺は暇を持て余していた。

 “やることが無くなった”とは近場の観光はすでに終えたという意味である。

 

 そこで本日は、海釣りに挑戦してみようと考えた。せっかくの港町だしね。

 実のところ、釣りは俺の数少ない趣味と言えるだろう。廃城に住んでいた時からやっていて、旅の中でも水場を見つけては糸を垂らしていたりするほどだ。

 

「おいツカサー。早く昼飯に行こうぜー」

 

「うーん。も、もうちょっと。そろそろ来そうな気がするんだ」

 

「その台詞、もう何度目だい」

 

 三の鐘が聞こえたので、もう12時を回ったのだろう。しかし朝から粘っているわりに俺の成果はまだ0である。

 

 一方でリュカ。猫の親分が釣り好きで、たまに付き合っていたという少女は、ヒットの連続であった。俺は場所が悪い、道具が悪いと言い訳をするのだが、横で順調に成果を挙げているので焦る気持ちが積もり続けている。

 

(お前さんは、まだ魚を釣ったことが無いものな……)

 

「言わないでよ。ぴえん」

 

 そう。経験は長いのだけど、成果という意味では皆無なのだった。悔しさと恥ずかしさに竿を握る手が震えてしまう。けれど、背後でふぅと静かな溜息が聞こえて少し冷静さを取り戻した。

 

 一人だけ竿も持たないイグニスは、退屈そうに海の様子を眺めていた。彼女は釣りには興味が無いと言いつつ、寒空の下で長時間付き合ってくれているのだ。

 

 止め時なのだろう。なにか温かいものでも食べて大使館に戻るか。俺は口惜しさが残りつつも糸を引き上げて。

 

「待て。なんだ、あれは?」

 

「うん?」

 

 イグニスが水平線を睨みつける。同じ方向を注視していれば、穏やかな群青色の海に白波で線が描かれていくのが見えた。どうやら海面を小型の船が走っているようだ。

 

 結構な速度なので、恐らくは魔導船。一体なにを急いでいるのだろうと考えているうちにも、ドンドンと陸に近づいてきて、ぼやけていた輪郭が見え始める。

 

「シュバールの旗を掲げているな。アレは先触れだ」

 

「という事は……」

 

 先触れ。急に訪問をしても迷惑を掛けるので、前もって到着の連絡をすることだ。

 例えば港に何隻もの船が突然姿を見せれば、町も警戒をするし住民も怖がるだろう。そんな事をすれば魔導師団に攻撃されても文句は言えない。

 

 裏を返すのであれば、あの小型船は船団が来た証拠なわけで。更には所属はシュバール国。タイミングを考えれば勇者一行が乗っているという可能性は非常に高い。俺は見に行こうと竿を担いで走り出す。

 

「あ、おい。釣った魚はどうすんだよ!?」

 

「逃がせ逃がせ。それどころじゃないだろ!」

 

「え~」

 

(カカカ。自分は釣ってないから好きに言いおる)

 

 急いで港に駆け付ければ、すでに見物で大勢の人が訪れていた。それもそのはず。場所を変えれば船団の規模は一目瞭然なのだ。

 

 水平線に浮かぶ巨大な船影の数は20近くにも及び。まるで町が包囲されてしまったかのような威圧感が放たれている。

 

「おいおい、フィーネは何をしたんだ」

 

 その様子を眺める赤髪の少女は、友人が成したであろう偉業に頬を釣り上げながら呆れ笑った。俺も遅れた理由をなんとなしに察し、流石は勇者だと息を呑む。

 

 帆が風ではらみ、各々の所属を主張するように国旗が掲げられていた。

 まさに圧巻の光景。国章の種類はシュバールを含めて4つで。単純に考えれば、フィーネちゃんは4ヶ国同盟を引き連れて、堂々の参上をしてみせたのである。

 

 

 まぁ、そんな事になれば大騒ぎというやつだ。

 事情を知らぬ町人は好き勝手に憶測を語り大混乱。早くに兵士や騎士が鎮めにくるも、場の雰囲気には隠しきれない緊張感が漂っていた。

 

 やがて港には多くの馬車が乗り付けて、正装を着た人達と、騎士団魔導士団の本隊が駆けつける。そこで拡声の魔道具を使い、やっと勇者が訪れる旨が放送された。周囲は不安から解き放たれ、空気は一転。急遽に町規模で歓迎の態勢が作られる。

 

「おお、すげえ人気だな」

 

「ふふん。そうだろう」

 

(なんでお前さんが得意げなんじゃい)

 

 使者が戻ったのだろう。船団がノソノソと動き出せば。人々は沸き立ち、万雷の喝采が場に響いた。

 

 あまりの勢いに驚いて周囲を見れば、人口密度がもの凄い。港だけに収まらず、道まで溢れ。はては建物の屋根にまでよじ登っている姿まである。英雄詩の影響もあるのだろうが、半分はお祭り騒ぎのノリもあると思う。

 

 とはいえ、悪い気はしないので、俺も桟橋で皆と同じように手を振って勇者を迎えた。

 しかし冷や水を差すように兵士に隅へ追いやられ、代わりに正装で着飾る人達が割り込んでくるではないか。

 

「すまないな、君たち。勇者様を近くで見たい気持ちは分かるが、国の面子が掛かっているのだ。一般人はもっと退がりなさい。ほら、早く」

 

「あ、それなら関係者です。俺たちも勇者一行ですから」

 

「バカなことを言ってないで……ふぉあ~!?」

 

 恰好が恰好なので、どうやらただの釣り少年と思われていたらしい。首飾りを見せれば、兵士さんは目を大きく見開いて、顔と首元を往復して。蒼ざめた顔でお偉いさんを呼びに走った。

 

「これは大変失礼をしました。しかし、なぜもっと早く知らせてくれなかったんだ……」

 

「確かに」

 

 領主だという困り顔のオジサンに、イグニスが無情な相槌を打った。

 こんな大事になるとは思わなかったとはいえ、滞在の一報を入れるのは作法であろう。

 らしからぬ不手際は勇者の不在を本気で動揺していたのだなと思う。

 

 とりあえず参列は許されたのだけど、正装の紳士淑女たちの中で街着があまりに恥ずかしい。せめて釣り竿だけでいいから隠させて欲しかったものだ。こう、外からは見え辛い角度からローキックを入れてくる令嬢が居るんだ。

 

「これはオスタス侯爵。大所帯の入港になってしまい申し訳ありません。快く迎えてくれたことに感謝いたします」

 

「なんのナハル宰相。私たちの仲です。王位に就かぬのは残念でしたが、変わらぬ元気な姿を見れて嬉しいですよ」

 

 大型船から一番に降りてきたのは、尻王子。いや、ナハルさんであった。

 相変わらずに海焼けをした、潮の香りすら漂うような快男児。しかし正装を着込み、堂々と胸を張る姿は気さくなイメージと違い、貫禄が滲みだしているようにも見えた。

  

「さて、我が国の英雄たちを紹介させて下さい」

 

「ほう。あれが……」

 

 王子が甲板に視線を投げる。それが合図か、昇降板から現れる一団。

 先頭を歩くのはもちろん我らが勇者フィーネちゃんであり、その凛々しい立ち振る舞いには、男性どころか女性からも黄色い声が上がる。

 

 光透け靡く黄金の髪。純白の白いドレスに纏う軽鎧。まるで神話から戦乙女が飛び出してきたと言われても信じるほどの美しさで。

 

「……っ!」

 

 けれど俺たちに気付き、一瞬動揺をする。さては手でも振ろうとしたのではないか。

 努めて勇者を果たそうとする少女の顔を見て。ああ、おかえりと。心の底から安堵する自分が居た。

 

「おっイグニス、ツカサー。やっほー!!」

 

「まったく。カノンめ」

 

 続くのは僧侶であった。青髪ポニテのお姉さんは、相変わらずの元気さで、声を出して手を振ってくれる。

 

(……黒ギャルになっておる)

 

「だが、それもいい」

 

 流石は筋肉教というか。また鍛錬に明け暮れていたのだろう。冬だと言うのに真っ黒に海焼けをしている。なにより、夏と変わらぬ半袖の胴着が異様な存在感を放っていた。寒くないのかな。

 

「プッ……」

 

 カノンさんの後ろに居るのは、白い肌と白藍の髪をした可愛いらしい女の子ティアだった。この寒い季節であれば、さながら雪の精の如し。まったく変わらない様子に胸を撫でおろすのだけど。

 

「おい、ツカサ。見たかよアイツ」

 

「見た見た」

 

 仇敵とも言える魔女が感じ悪いよなと耳打ちしてくる。雪女はコチラを見て噴き出し、さっと目を反らしたのである。

 

 なにが面白かったのかと言えば、紳士淑女の列に混じる釣り小僧の姿に他なるまい。俺はこれでも食らえと、素知らぬフリをして背後の竿をビヨンビヨンとしならせた。おっ効いている効いている。

 

「貴方たち、後で覚えているのだわ」

 

「よくやった」

 

 そして最後に現れる、若竹髪の少年ヴァン。コイツに限っては二か月程度では懐かしくもない顔である。ただ一つ評価をするとすれば、約束の通りに誰も欠かさずにやって来たということだろうか。

 

「よう、カマキリ野郎。遅かったじゃねえか」

 

「それは本当に悪かったよ」

 

 珍しく素直に謝罪する剣士は、変わらねえなと苦笑いをしながら拳を突き出してくる。コツンと拳をぶつけて挨拶をすれば、「詳しくはフィーネが話すだろうが」と前置きをして、短く遅刻の理由を語った。

 

「あの後、俺たちはまた三大天とやり合った」

 

 

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