ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
シェンロウ国の港に到着し、現在は船から積み荷を降ろして貰っている最中。
馬車などの大きな物はクレーンで吊って地上まで運んでいて。桟橋で船乗りの元気な掛け声を耳にしながら、俺は商人と別れの挨拶を交わしていた。
「とても助かりました。ありがとうございます」
「いいんですよ、友達だもの。またいつでも声を掛けてください」
男と握手をすれば、キラリと出っ歯を輝かせる。そう、実は乗っていた船はオシリスキーのものだったのだ。もとより彼はシェンロウと貿易をする商人である。相談に行けば、よしきたとばかりに快諾し、帰りも乗っていけとまで厚意を見せてくれていた。
王子の名前を使って知り合ったものの、どうやら本当にお友達として扱ってくれているようだ。その謎の信用が頼もしくあり、少し怖くもある。
(お尻愛ですね)
「だよなぁ」
これで尻フェチではないとバレたら海に沈められそうだ。俺の趣向は至って健全なので良心が痛む。せめてお金だけは受け取ってもらうことにしよう。
そんなこんなをしている間に馬車の準備も終わったらしい。皆のところに戻れば、リュカが早く行こうと鼻を摘まんで荷台から顔を出していた。
「この町、なんでこんなに臭いんだ?」
「あら、リュカちゃんは硫黄の匂いは初めてなのね」
勇者一行はすでに嗅ぎなれたと遠い目をしている。アリファン諸島は火山に囲まれた場所だったそうだしね。
確かに港には、卵が腐ったような独特な臭いが立ち込めていた。こんな端まで届くのだから、恐らくは町全体に漂っているのだろう。
「温泉でも湧いているのかな」
「そうだよ。町を覆う湯気で気づかなかったかい?」
見渡し呟けば、イグニスがしれっと答えた。なんと霧だと思っていたのは湯気であったか。なるほど、それで年中霞かかるので建物をカラフルにして目立たせていると。上陸前は不気味に見えたものだが、理由を知ってへぇと唸る。
「あ、いたいた。おーい!」
「こっちに手を振ってるけど、誰か知り合いかよ?」
初めて来た国なので、最初は俺たちの事を呼んでいると気付けなかった。しかし、ヴァンの言葉でやっと意識が相手に向かい。見れば、桟橋の手前には青緑の髪をしたお姉さんが手招きをして立っているではないか。覚えのある顔に目が丸くなるが分かった。
「マルルさん!」
「やあ。来てくれて嬉しいよツカサくん。それに勇者一行様」
彼女こそは、俺をシェンロウに招いてくれたダングス教の使者だ。手紙で行く日よりは伝えてあったので、わざわざ迎えに来てくれたらしい。
だが、それにしてはと、俺はマルルさんの服装に注視する。
以前の聖騎士の姿は何処へやら。私服であった。それも分厚いバスローブのような緩い恰好で、まだ顔をホクホクとさせている。どう見ても温泉を満喫していた直後だ。
「んん。別にこれは湯浴みを堪能していた訳ではなくてだな」
「へぇ」
「……ごめんなさい。日付を勘違いしてて、慌てて迎えに来ました」
別に責めてないのに聖騎士はしょんぼりと自白した。
俺と別れた後、枢機卿のもとへ走り。とりあえず紹介状は渡したと任務達成の報告。温泉でも浸かったあとにシュバールへ帰ろうと思っていたら、勇者と行くと手紙が届いてもうひと走りしたそうだ。
「今日はゆっくり出来ると思ったんだよぅ!」
「なんか、申し訳ないです……」
思わず謝ってしまった。前回のすれ違いといい、実はこの人、運が悪いのではないだろうか。ハハハと虚無に空笑う姿から、くたびれたOLのような雰囲気を感じ取る俺だった。
「へぇ、本当に町一帯に温泉があるんだ」
「くんくん。湯気に食い物の匂いも混じってるな。なんか買ってこうぜ」
大陸が変わっても、別に入国検査のようなものは無かった。普通に荷物検査を受けて、入門料を払いお終いだ。案内役が居るのは正直助かり。見知らぬ土地でも迷わず進むことが出来る。
マルルさんは「私も来たばかりだけどね」と照れながらに謙遜するが、お陰で馬車を牽きながらも町を見渡せる余裕があった。
日本の温泉街とは趣が違うものの、街中の至る所に水路が引かれ、煙が立ち上っている。盛んなのは熱を利用した蒸し料理だろうか。湯気に乗る匂いにリュカではないが、つい鼻を鳴らしてしまう。
「ふふん。このくらいで驚いていてはな。これから向かうラズーニェは、もっと凄いぞ」
どうやら枢機卿が居るのは隣町。そこには、この町以上の源泉があるのだという。中には美肌効果のある湯も存在するようで、女性の多い勇者一行は話を聞いて期待に湧いている。
「これは楽しみが出来たのだわ」
「そうだね。なんとしてもツルツル美肌を手に入れないと!」
冒険なんてしていても、その辺りはちゃんと女の子。やはり美容や流行には興味があるようで、イグニスはお土産に南国の日焼け止めを貰ったりもしていたな。抗議をしても無駄だと悟った少年剣士が、話題にも乗れず寂しそうに外を眺めていた。
◆
「ねぇイグニス。今更なんだけどさ、枢機卿っていうのは偉い人なの?」
「本当に今更だな!?」
早くも隣町に向け移動している俺たち。自前の駝鳥で先行するマルルさんの後を2台の馬車で追いかけていた。道中の話題に、これから会い行く人の身分について尋ねれば、魔女はマジかと頭を抱えてしまう。
「説明しなかった私が悪いな。まぁ詳しいことは本職に聞いた方が早いさ。おーいカノン!」
「ほいほい。呼んだかい?」
瞬間、ギシリと荷台が揺れる。もしかしなくても、僧侶が後ろの馬車から飛び移ってきたのだろう。話は聞いたぜとイグニスと入れ替わるように青髪ポニテのお姉さんが御者台へ顔を見せた。
「そうね。まず、私は助祭っていう立場なんだけど。序破急に分かれる神聖術の内、序段を納めてるわけ」
なんでも三柱教には基本的に3つの位しか存在しないらしい。それが助祭、司祭、司教で。ざっくり言えば、司教とは急段の神聖術を扱えるわけか。俺はフムフムと頷き、おやと首を捻る。枢機卿はどこに行ったのだろうと。
「そう思うでしょう。だから枢機卿も位的には司教なのよ」
「ああ、そういう意味ですか」
ただし、それは形式的なものと注釈が入る。
三教は納めれば神に近づく。なので一番神に近づいた人間を大司教と呼び。枢機卿とは、その大司教の候補者であり右腕。教会を運営する幹部として要の存在なのだとか。
へぇー。つまり、あれだ。
「めちゃくちゃ偉い人じゃないですか!?」
「ええ。私の驚きが伝わってくれたようで嬉しいわ」
バシバシ背中が叩かれるのだが、そりゃ組織の一員として目も剥くわ。
けれど、そんな偉い人と朝霧美咲さんにどんな関わりが。不安に眉をしかめていると、空気を察したイグニスが大丈夫だよと声を掛けてくれる。
三教で階位を上げるには教えを守る必要がある。なので上に行く人ほど、真面目で善人が多いのだとか。その言葉に少しだけ救われた気分だった。
「そういえば、教えとかも詳しく知らないなぁ」
「興味があれなら後でカノンに聖書でも見せてもらいなよ」
「……いやぁ。じつは、無くさないように家で大切に保管しているのよね」
快活なお姉さんも、いまばかりは歯切れが悪かった。僧侶の旅の必須品に聖書は含まれていなかったようだ。そういうところだぞと激高する赤い魔女。手を合わせて謝る様子は、普段と逆の構図で面白い。
◆
そして二日掛かる道程も、このメンバーであれば苦労も退屈も無く。あっけなく到着したラズーニェという町で、俺はあっけなく日本人と出会うことになる。
(えっガチで日本人。うっわ、やっと会えたわ。ちーっす、ウチ朝霧美咲でーす。アハハ、日本語話せるの楽しすぎ。なんか笑えてくるんですけど。やっばw)
「ハハハ。マジウケルー」
ギャル!