ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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459 ミサキ・アサギリ

 

 

 聖騎士に案内され辿り着いたラズーニェという町。今日はそこで、いよいよ日本人を探すと人物と面会の予定なのだが。

 

「着いたよ、ここだ」

 

「えっ、着いたって……」

 

(あらま)

 

 最初はなにかの冗談だと思った。相手はダングス教の枢機卿と聞く。失礼かもしれないが、そんな大物が、まさかこんな家に住んでいるとは想像もしていなかったのだ。

 

 俺たちの乗ってきた馬車が、かろうじて止められるくらいの、ささやかな庭。黄色く塗られた2階建ての木造建築は、年季が入っているのかやや草臥れた外見で。大きさも豪邸とは遠い、何処にでもありそうなものだった。

 

 有り体に言えば、とても偉い人が住んでいるとは思えない、あまりに普通の民家なのである。

 

「お、大勢だと、ご迷惑かな……」

 

「別に俺たちは外で待っていてもいいぜ」 

 

 さしもの勇者でさえ若干の戸惑いを覚えるようだ。察した少年が行ってこいと雑に手で払うもので、用事のある俺とイグニス、フィーネちゃんの三人だけでお邪魔をすることにした。

 

「よし。難しい話なんて、とっとと済ませちまおうぜ」

 

「待ても出来ないのかお前は!」

 

 だが動いたのは4人。面子が気まずかったのだろうか。狼少女が何食わぬ顔で同行しようとしてイグニスに怒られている。リュカ、君はお座りだよ。

 

 

 さて、気を取り直して行こう。

 玄関の扉にはノッカーではなくベルが吊るされていた。紐を引くとリリンと、なんとも澄んだ音色が響き。やがてドアの隙間からぬっと顔を出す白衣の男性。

 

 細身だが長躯だった。190センチはあるだろうか。頭上から「ああ」と溜息に似た、しかし優しい声色が聞こえる。

 

「遠い所から、ようこそお越しに。お待ちしてたよ、相模司くん。狭い場所だが、どうぞ上がって欲しい」

 

「あ、えっと。初めまして猊下。お目にかかれて光栄です」

 

「そんなに畏まらなくて結構だとも。我が名はウィッキー・ググール。君に会う日を楽しみにしていた」

 

 これ以上無いというくらいに知性を感じる名前だった。けれども、この人を第一印象で評価するならば、俺は変人という烙印を押すだろう。ペストマスクにも見える、鳥を模したお面で顔を隠していたからだ。

 

「…………」

 

「して、そちらは勇者様に、エルツィオーネ家のご令嬢とお見受けする。『日本』。申し訳ないのだが、この意味が分からないのであれば、同席を遠慮願いたい」

 

「異世界の話ですね。ぜひお聞かせください」

 

 用事が済めば必ず歓迎しようと、丁寧にお引き取りの姿勢を見せるウィッキーさん。

 魔女は異世界というワードを出すことで、どうぞと家に招かれ。事情の分からぬマルルさんが一人締め出された。聖騎士がみせた「そんなぁ」という顔には流石に同情をする。

 

 

「いや、すまないね。出来れば全員を招待したいところだが、なにぶん手狭なもので」

 

「お構いなくー」

 

(お、お前さん)

 

 外の留守番組に、せめてと茶請けを手ずから運んでくれた枢機卿。その間、俺たちは居間の小さなテーブルで蒸しパンのようなお菓子を頂いていた。甘くてフワフワだ。素朴な味わいだけれど、とても美味しい。

 

 家内はやはり外見通りの慎ましいもの。貴族の部屋に慣れていると、4人が集まっただけでも密度を感じるようで。けれど俺は不思議と嫌いではない。

 

 近い距離感のせいか家族団欒の時間をふと思い出す。使い込まれた机が、温もりすら蘇らせてくれるようだった。

 

「ウィッキーさん。実はお尋ねしたいことがあるんですけど……」

 

「コラ、美咲。呼ぶまで大人しく待っていなさいと言っただろう!」

 

「え?」

 

(上じゃ上ー!!)

 

 相手にも思惑があろうが、俺にもある。ズバリ、日本の品物の出所はココかと問いただそうとした矢先の事だ。

 

 天井に語り掛ける枢機卿につられて顔を上に向けた。視界に映るものの衝撃でゴフッと蒸しパンを吹き出しそうになってしまう。そこには、まるでジグルベインのように壁から顔を覗かせる少女の姿があるではないか。

 

(えっガチで日本人じゃん。ねえ言葉分かるよね? ちーっす、ウチ朝霧美咲でーす。アハハ、日本語話せるの楽しすぎ。なんか笑えてくるんですけど)

 

「ハハハ。マジウケルー」

 

 しかもギャル。俺の頭では、もうどこから突っ込んでいいのか分からない。

 ああ。けれど、その言葉は間違いなく同郷のもの。恋に焦がれた日本人の印。だから、自己紹介を兼ねて、ずっとずっと伝えたかった思いを、誠意と共に言の葉に乗せよう。

 

「つべこべ言わずにまずは靴下を出せ。話はそれからだ!」

 

 初めまして、朝霧美咲さんですよね。俺は相模司です。この世界に日本人が居るかもって知って、ずっと会いたくて。だから今日会えて、本当に嬉しいです。

 

(ええ……なにこの人。やばあ)

 

(お前さん、言ってることと思ってることが逆ぅ!)

 

「し、しまったぁ~!?」

 

 ツカサ・サガミ一生の不覚である。

 幸いにして言語は日本語。それも早口で捲し立てたので、周囲の人にまで内容は伝わっていないようだが。当然、朝霧さんは別で。

 

 フヨフヨと降りてくる彼女の視線は限りなく冷たい。そりゃ挨拶でもするように靴下を要求されれば好感度も下がるというもの。俺は、ええいと頭をフル回転させ、言い訳を捻りだした。

 

「か、勘違いしないで欲しいんですけど。当然お金は払いますから」

 

(もしかしてまだ靴下を諦めてないかんじ!?)

 

「ちゃうねん。これは、ちゃうねん!」 

 

(カカカ。お前さんが口走るとロクなこと言わんな)

 

 自分の馬鹿と机に頭を叩きつける。思いを伝えるというのは、なんて難しいのだろう。

 ギャルとのファーストコンタクトに失敗した俺は、助けてと涙目で魔女に縋ることに。赤髪の少女が溜息を吐きながら会話を代わってくれた。

 

「猊下。この人物がミサキ・アサギリですね。けれど、あの姿は一体?」

 

「彼女は出会った時から霊体だった。最近、私もようやく日本語を理解し始めて、意思の疎通が出来るようになったのだが。どうにも、鉄の馬に撥ねられたのが原因だとか」

 

(分かんねー。ねぇ何語これ? ねぇねぇウッィキー)

 

 落ち着きのない少女を枢機卿が窘める。幽霊の相手はどこも大変ですね。フィーネちゃんは幽霊を初目撃か、目を丸くして固まっている。あるいはこちらの世界ではあまりに大胆なミニスカートのせいだろうか。太ももが眩しいぜ。

 

 どうでもいいけれど、仮面の男が大真面目に「話の最中だ。マジやめて。超無理なんですけど」とギャル語を発するので俺と魔王の腹筋は崩壊した。

 

「――ふう。成り行きはこんなところかな。外野が喧しくてすまない」

 

「……ツカサくん?」

 

「あ、いや。なんでもないよ」

 

 急に黙った俺を勇者が心配してくれる。大丈夫だと微笑むが、正直心中はあまり穏やかではない。語られた転移事情には、やはり俺が絡んでいたからだ。

 

 曰く。あの日、美咲さんは普通に登校中だった。そこに鳴り響く、緊急警報。空を走る謎の発光現象が発生して。運の悪い事に、車の運転手が空を見上げてしまっていたようだ。

 

 気付けば地面に倒れ、体を襲う激しい痛み。朦朧とする意識の中で、散らばる自分の荷物に手を伸ばし。視界が真っ暗になったと思えば、身体を失い異世界に来てしまっていたと。

 

「たぶん、俺の転移に巻き込んでしまったんだと思います……」

 

「ふむ。ならばそれは、美咲の運が良かったのだろうね」

 

 相手は聖職者だ。懺悔のつもりで、コチラの事情も聞かせる。もちろんジグのことはフワッと覆い隠したが。思いもよらぬ反応に、俺は顔を上げて枢機卿を見た。彼は、異国語を聞き取れずに首を捻る黒髪ギャルを見つめて言う。

 

「君の作った道により、魂だけこちらに迷い込んだのだろう」

 

 本来ならば死んでいたはず。でも、彼女に残された時間はそう多くなく。出会った時よりも、確実に体が薄れて来ているのだと。

 

 俺は下唇を噛む。なんとしても美咲さんを日本に帰してあげたいと思ったからだ。

 でも、方法が分からなくて。例えジグが消えそうな時も、狼狽えるくらいしか出来ないのではないかと無力感を積もらせる。

 

「だから私は、美咲を故郷に帰してやりたいと思ってね。同じ日本人を探したのは、ついでだよ。そう何度も出来る事ではない。もし他にも居たら困るのではないかと考えた」

 

「いやいや、猊下。その言い方では、まるで世界を超す方法をご存じのように聞こえますが……」

 

 疑問を魔女がそのまま言葉にしてくれた。

 すると、そう言っているのだと返答があり。俺は口を大きく開いた間抜け顔で勇者を見る。「嘘は無いよ」誰よりも信用のできるお墨付きが貰え。

 

「じゃ、じゃあ。本当に!」

 

「ああ。君に会って、問いかけたかった事はただ一つ。日本に帰る気はあるかね、相模司くん」

 

 

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