ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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463 フェヌアの流儀

 

 

「たっのも~う!」

 

 青髪ポニテのお姉さんが手慣れた様子で教会の扉を蹴り破った。

 突然の手荒い訪問。中に居た緑の衣を纏う信徒たちは、一拍二拍と間を置いて。道場破りが訪れたことを理解するや、叫びながらに駆け出してくる。

 

「~~~~!!」

 

「ちょっと行ってくるわ」

 

 上着を投げ捨てて緑の道着を晒す僧侶は、かかってこいやとばかりに拳骨を打ち鳴らし、正面より堂々と立ち向かう。

 

 相手のレベルは低くなかった。門の付近を掃除していたお兄さんは、即座に箒を手放すやタタンと軽やかなステップで間合いを詰め。さながら竹とんぼでも見ているかのような華麗な後ろ回し蹴りを放ち。

 

 これを鎧袖一触。一番槍を務めた男が、カノンさんに触れることも出来ずに壁へ張り付いた。

 

「つ、強えーな。あの姉ちゃん」

 

 その戦闘力に慄くリュカ。しかしフェヌア教の皆さんは怯むどころか強敵を歓喜で迎えた。そして始まる大乱闘。次は自分だと言うように、こぞって前に出る姿は、飴に群がる蟻のようだ。

 

 目の前で繰り広げられるのは、さながらにカンフー映画の一幕か。

 交差の刹那に刺さる肘。奇声と共に放たれる連打を掴み取り、放り投げ。中には猛者も居るようで、手に汗握る一進一退の攻防まで。冴えわたる技の応酬は無駄に見応えがある。

 

「なぁ、大丈夫なのかコレ」

 

「平気だろ。王都でもシュバールでも行く先々でやってるらしいぜ」

 

 あっけらかんと答えるヴァンに、俺はこれが聖職者の恒例行事とは世も末だなと肩を竦めた。

 

 やがて、響き渡る叫び声や物音で、周囲も異変に気付いたようだ。

 ザワザワと人が集まってくるのだけど、それがフェヌア教のことだと知れるや、皆そそくさと消えていく。その中には兵士らしき姿も見えるではないか。よほど関わりたくないらしい。

 

「なんか、フェヌアの奴らチラチラと俺たちの事まで見てやがるな」

 

「目合わせるんじゃねえ。噛まれるぞ」

 

(カカカ。まるで獣の扱い)

 

 一応は見境があるようで、標的にされるのはカノンさん一人だけだった。けれども余りの人たちが、「やらないの?」とでも言いたげに期待の視線を投げてくるではないか。

 

 俺とヴァンは巻き込まれたくない一心で必死に顔を逸らす。だと言うのに、挑発に乗るように身を鉄火場に投げ込む影があった。「バカ」と手を伸ばすのだが、時すでに遅く。灰褐色の髪の少女は大男に飛び膝蹴りを入れてしまう。

 

「あら、元気いいわねリュカちゃん」

 

「応。こいつら良い戦士だな。負けてられねえ」

 

 リュカはどうやら闘争の熱と血の匂いに当てられたらしい。フェヌア教は場外からの乱入者をウェルカムと迎え。当然それには俺たちも含まれている。緑の連中にロックオンされてしまった。

 

「なんか、うちの駄犬が悪いな」

 

「本当だよ。ちゃんと首輪は付けときやがれ」

 

 見学に来ただけなのになぁ。少年と顔を見合わせながら、やるしかないかと覚悟を決め。そして暴力の時間が始まる。うぉらぁあああ!!

 

 …………。

 

 ……。

 

 

「ぜぇはぁ……強い。フェヌア教、すんごい強い……」

 

「はぁはぁ。お前、毎度こんなことやってるなんて正気かよ!」

 

「全滅させたのは初めてね。いやー気分良いわ」

 

 乱闘開始から約1時間。教会の中は多くの緑色が倒れていた。その数ざっと50はくだるまい。明らかに入った時よりも多いので、近くの支部に呼びに行った者が居たのだろう。

 

 だが決着はついた。小さな子供を除けば、もはや戦闘を続行出来る者は居ない。

 俺たち4人でなんとか制圧する事が出来たのだ。まぁ胸に満ちるのは達成感よりも徒労だけどね。

 

「騎士団とどっちが強いかな?」

 

「流石に騎士だ。が、数人めっちゃ強えの居たな。マジでカノンと戦ってるみてえだった」

 

「助祭と司祭ね。帯の色が違う人達がそうよ」 

 

 そうなんだ。肉弾戦は相手の土俵というのもあるけれど、やはり一筋縄ではいかなかった。おかげで剛活性を使っていてもヘロヘロでボロボロである。筋肉教恐るべしだ。なおリュカは戦いについてこれず戦死したよ。

 

「ウドゾ!」 

 

「あ、くれるの?」

 

 荒れ果てた床に座り込んでいると子供がお茶を運んで来てくれる。

 俺はお礼を言いながら受け取るのだけど、相手はニコニコの笑顔で敵意はない。こんな事をしたのに怒らないあたり、本当に流儀なのだと感心しつつも呆れてしまう。

 

「ゴイスゴイス!」

 

「ナハハ。どうもどうもー」

 

 カノンさんは倒した相手を神聖術で癒して回った。そしてフェヌア教の皆が起き上がれば称賛の嵐だ。僧侶は老若男女に囲まれて来訪を歓迎される。

 

 異国語では何を言ってるのかサッパリ分からないものの、ノリで集団の輪に入れるのは流石のコミュ力か。

 

「いや、違うかな」

 

 あの人はきっと、こうなる結果を分かっていたのだろう。筋肉を崇拝者たちへ、己の鍛え上げた技と身体を晒せば、受け入れられぬはずがないと。

 

 宗教。それは言語や国の壁を越え、同じ価値観を持つ者を確かに結びつけるのであった。

 

「マルルさんがさ。私が昇進していないのを不思議がっていたじゃない?」

 

「そうですね。まさか素行不良とは驚きましたよ」

 

「あれは半分冗談なのよ」

 

「半分……」

 

 僧侶は、自慢するようにマッスルポーズを決める男共を見回しながら言う。フェヌア教では、強さとはただの結果なのだと。

 

「私には戦いの才能があった。地元じゃ負け知らずで、聖女とさえ呼ばれたもんだぜ」

 

「テメェみてえな聖女がいるか。その名前は返してこい」

 

 ヴァンの茶化しが入るも、カノンさんはアイアンクローで黙らせる。今は語りたい気分なようなので、俺は真面目な顔でイエスと答えて続きを促す。するとフェヌア教が真に尊ぶのは、鍛錬をする努力なのだと言う。

 

「聖書には、こんな言葉があるわ。筋肉は一日して成らず」

 

(全ての道に通じてそうじゃのう)

 

 あまりの脳筋具合に魔王さえ顔をげんなりさせた。だが、俺も曲りなりに戦士。言いたいことは理解出来る。フェヌア教では、ただ強いだけに価値は無いのだろう。

 

 身体を鍛え、技を磨く。その辛さと過酷さを知るからこそ、成し遂げた先にある強さを、そして筋肉を称賛するのだ。ならば、この敬虔な信者が受け入れられるのも当然といえた。

 

「特に、序段は肉体、破段は技だからね。純粋に私の技量不足もあったの」

 

 しかし不足は埋めてきたつもりだ。青髪ポニテのお姉さんは、司祭すらも殴り飛ばした拳を強く握りしめて、壮絶な顔を披露した。

 

 その視線が向かう先。扉の消え失せた教会の入り口には、知らぬうちに大きな人影が立っている。

 

 デカイ女だった。カノンさんも女性として背が高く170はあるはず。だが、そんな彼女が小柄に思える程に大柄で。その骨格に搭載する筋肉量も半端ではない。腕に脚が付いていると思うくらいに逞しい。

 

 なによりも印象的なのは、肩にかける緑の羽織だろう。自身の存在感もあり、周囲とは別格と訴えていた。

 

「我が名はカノン・ハルサルヒ。貴殿は司教とお見受け致すが如何に!」

 

「……ああ、大陸語か。いかにも司教のスヴァルだ。遥々海を超えて来たようだね。何処から来たんだい」

 

「ランデレシア王国。エルツィオーネ領がルギニアより参上しました」

 

「ランデレシア。聞いたことあるな。確か勇者ファルスの没した国で、今は。ははん」

 

 相手は僧侶の身元に察しを付けたのだろう。瞳に活気が入るや、まるで肉食獣のような獰猛な笑みを見せた。

 

 赤銅色のざんばら髪が遊ぶ姿は、獅子を連想させるようでありながら。来なと。全てを受け入れる姿勢には、母性すら覚えるほどの懐の深さを感じる。

 

「胸をお借りします!」

 

 一切の迷いなく駆け出す僧侶。そして繰り出すは、赤鬼すら悶絶させた神の拳。

 名を象踏(しょうとう)磊崩山(らいほうざん)。彼女が唯一に身に着けた破段の技であり。その切れ味は当時よりも格段に磨かれているはずだった。

 

「あれで死なねえとか化け物かよ」

 

(受け技じゃな。魔力を相殺しおった。であればただの打撃さ)

 

 奇しくもヴァンと感想が被る。あのカノンさんの拳を、数歩たたらを踏むだけで耐えて見せ。纏う緑光で瞬時に回復さえしてしまった。

 

 殴った本人も、あまりの実力差にマジかと目を見開く。「次はこちらの番だね」頭上から声が響くや、衝撃に備えてガチリと歯を食いしばる。だが、その防御姿勢を嘲笑うようにゆっくりと伸びる司教の拳。

 

 ペチン。目に見えて遅く、力も籠っていない。あれでは蚊すらも殺せぬと思うほどに手が抜かれていた。しかし、それで十分だったのだ。

 

「急段。黒蟻(くろあり)

 

 僧侶の姿が、教会の壁を突き抜けて消え失せた。

 

 

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