ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
えっと。言い訳をさせて欲しいのですが、私は決してやましい事をしていた訳ではありません。ほんのちょっぴり、運と間が悪かっただけなのです。
「あれ、布団が乱れてるな。またリュカでも潜り込んだのか?」
「……」
はい。犯人は私でした。
ちなみに今どこに居るかと言えば、寝台の下ですね。急に扉が開くもので、慌てて隠れてしまいました。
気配を消しながら、今後を必死に考えます。いまさら姿を見せようものなら、変態と思われちゃいますよね。
一番はツカサくんが部屋を出た隙に逃げることなのですが。もし、見つかりそうになったら……私にも勇者としての面目があります。バレる前にヤルしかないのか。
「洗濯籠が戻ってきてる。ああ、リュカはそれで部屋に」
勝手に納得していますが、もちろん私が持ってきたものです。
むしろツカサくんの部屋に合法的に入る理由が出来るからこそ買った洗濯当番でした。ついでに布団にお邪魔して匂いを堪能していればコレですよ。少し油断し過ぎましたね。
「俺も何か仕事しないとな。カノンさんの昇格祝いするそうだし、ティアの料理でも手伝うか」
ちゃんと役割をこなそうとする姿勢に、彼の真面目な性格が見えます。「酒買ってくるから金くれ」とお小遣いをせびって買い物に出た赤髪の女には見習って欲しいものでした。
するとツカサくんは、料理するなら着替えるかと突然服を脱ぎだしまして。ウホっと漏れそうになる声を慌てて抑えます。晒される女の子のように細い骨格と白い肌。なのに引き締まり隆起する筋肉。良い。
この時ばかりは、筋肉に興奮するカノンの気持ちが分かりましたね。もしあの腕に抱きしめられたら……いけない。涎が出ちゃう。思わぬ提供に、私は心の中で「ありがとうございます!」と叫びました。
「むむ、この靴下は俺のじゃないぞ!」
「っ!!」
突然上がる大声にビクリとしてしまいます。どうやら洗濯物が混じってしまったようですね。それも浮かれていた私の失敗です。
反省反省と考えていれば、頭上では「誰のだろう」と言いながら、クンクンと鼻を鳴らす音がして。あれ、嗅いでる。もしかして嗅いでるの?
私の物の可能性もあるので、いや~と悲鳴が出そうになっちゃいました。だって、その。清潔にはしているつもりですけどぉ。
「駄目だ。石鹸の匂いしかしない。これじゃあ誰のだかさっぱり分からん」
ほっ。そうでしょうね。むしろ分かったら怖いよ。まぁ私はツカサくんの匂いなら間違えない自信がありますが。
さておき、この場所は危険です。彼の行動に予想がつかないので、いつ声を出してもおかしくありあません。お願い、持ってね私の腹筋。
「……うん」
「……?」
着替えの終わったツカサくんは、けれど部屋を出ず。独り言を呟きながら寝台に腰掛けました。目の前にくる両足。ギシリと寝台の軋む音と呼吸まで聞こえてきそうな距離感に緊張が高まります。気分はまるで暗殺者ですね。
暖炉も焚かれぬ部屋の中は寒いもので。油断をすれば震えそうになる手足を感情を殺して耐え忍びます。まさか師匠との訓練で会得した気配殺しがこんな役に立つとは。
「……本気だよ……俺は……お持ち帰り計画を……」
向こうも声を抑えているのか、ところどころが聞こえません。誰かと会話をしている風でありながら、言葉を口に出すことで考えを纏めているようでもありました。お持ち帰り計画。なにか休暇の予定でも練っているのでしょうか。
そう考えて、自分で馬鹿かよと突っ込みます。
彼は一月後に帰る予定なのです。だとしたら、故郷に持って帰る物を纏めていても不思議ではありません。
やだな。頭にそんな言葉が過ぎりました。ツカサくんは以前に「ただいまを言わせ」なんて言ってくれたけど、司教が用意するのはきっと大儀式。彼にその意志があっても、再び帰ってこれる可能性は薄いと思うのです。
それでもその場で「帰らないで」と言えなかったのは、家に戻れると聞いた時の彼の表情。私たちの方を見て、とても苦しそうな顔をしたのです。止められませんよ、あんなの。
「……やっぱり……俺の……玉金で……作るか!」
「っ!?!?」
って、なにを作る気なの~!?
よく声を漏らさなかったと自分を褒めたいですね。だって、た、玉……ってアレじゃないですか。男性の。
なので作るといえば、男女の営みの先。赤ちゃんという発想が浮かびます。まさかねと思いながら、私はゴクリと唾を飲んで続きに耳を傾けました。おい心臓音、うるさいぞ。
「初めてだけど……残したいし……知ればきっと好きになってくれる……」
聞こえない。肝心な部分が聞こえません。一体誰にナニをしようというのですか。
私は違うイケナイと思いつつ、その手があったかとも思います。ツカサくんとの愛の結晶を想像して、お腹がキュンとなっちゃいました。あっいま蹴ったかも。
「それに……だし。フィーネちゃんは結構好きそう……どうせなら……でヒィヒィ言わせたいな」
わ、私はなにをされちゃうんですかー!!
ツカサくんにヒィヒィ言わされる自分を想像し、とうとう鼻血が噴き出しました。
けれど私は努めて理性的なのです。心が暴れ体で表現しようとする反応を力で抑え込みます。具体的には、唇を痛いほどに噛み締めていました。さぁ、続きをどうぞ。
「へへへ。よし決めた。俺の……大きいのを……入れて……濃いのを……一発で虜だ」
ダメよ。ダメダメ。そんなの風紀を預かる勇者として、とても認められません。
さておき、明日は可愛い下着を買ってこようかな。一応、ほら一応ね。
そしてツカサくんは、楽しくなって来たなと最後に呟いてから部屋を出て行きました。
扉の閉まる音と、遠ざかる足音を確認して、やっと寝台の下から這い出ます。
「そう。あの女がなにか吹き込んだのね」
会話の内容が私の妄想なのは知っています。けれど、気掛かりなのは彼の態度でした。あれほど別れを葛藤していたのに、今や迷いは吹き飛んだと言わんばかりじゃないですか。
「故郷に帰るのが……そんなに楽しみ?」
本音を言うならば、儀式の日だけでもツカサくんを部屋に閉じ込めてしまいたいくらいでした。きっと、凄く恨むのでしょうね。
でも。もしそれが一生の傷になるのなら。ツカサくんの頭が私でいっぱいになるのであれば、独り占め出来るのであれば。殺意や憎しみだろうと喜ぶ自分も居て。
「師匠の影響受けすぎちゃってるな私」
剣でしか語れぬ鬼は、殺し愛こそ至上の喜びと考えています。そんな外道に育てられた身なので、少し周囲とズレている自覚はありました。
だからこそ、皆の望む勇者であろうと努めるのに。彼は仮面など被らなくても勇者だと認めてくれて。それが何より嬉しくて。
「はは。こんな醜い私を知られたら嫌われちゃうのかな。……それでも」
開けっ放しの窓から空を見あげます。
本に書かれていた、会えない期間が愛を育むという言葉。それは嘘ではありませんでした。いつもいつも、ツカサくんと一緒だったらと考えていたのです。
目を伝う涙に、自分はこんなに弱くなったのかと驚きました。
突然に別れが具体的になり、ぜんぜん心の整理が追いつきません。それはきっとイグニスも同じでしょう。
「別れるまでに、沢山思い出が欲しいなぁ」
この休みの間にせめて思いくらいは伝えてみせなければ。
その為にはまず、あの魔女に筋を通すのが仲間としての義理。手強い戦いになりそうだと、苦戦を予感します。
ふと、空に舞う影を見つけました。あれは鳥の羽、でしょうか。本体はかなりの巨体だなと考えて、忌まわしき記憶が蘇ります。モアが乗っていたのも、首の無い巨鳥だったのです。
流石にシェンロウまで追って来たということは無いと思いますが、あの博識な枢機卿に訪ねるのを忘れていました。終わりなき物語。その意味を知っていますかと。