ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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469 やっと言えた

 

 

「うっ……ここは?」

 

(おはようさん)

 

 俺はどうやら気絶をしていたようだ。青空に目を細めながら記憶を手繰れば、最後は背負っていた岩に圧し潰されたところだった。嫌なこと思い出したな。

 

 ぼんやりと目を開けていると「あら起きたのね」と青髪ポニテのお姉さんが顔を覗き込んできて。体を起こそうと思えば、限界まで酷使した筋肉と霊脈が激しく痛む。結果、痛ててと表情を歪めるだけで終わってしまった。

 

 カノンさんは、すかさず大丈夫かと労りの言葉をくれる。けれど、それはむしろ、こちらが聞きたい状態である。彼女は顔をジャガイモのように腫らしていたのだ。一体どれだけ殴られたのだろうか。

 

「鼻血が出てますよ?」

 

「あらやだ。もーみんな凄くてさ。何十回って挑んだのに、まだ帯二本しか貰えてないわ。その代わりに、いっぱい技は味わえたから。帰ったら早速練習しないと!」

 

 鼻を抑えながらも、あっけらかんと負けの報告をするお姉さん。強者と競える環境を心から楽しんでいるのが伝わってくるようだった。

 

 俺は元気そうな顔を見て、ふと頬を緩める。だけど、勝ち負けと聞いて思い出すのは勝負の行方。ヴァンはどうなったのだと辺りを見渡せば、頭上に立つ影が日を遮った。

 

「ふふふ。やっと起きたかね。えっと、ツカサ・ザコくん?」

 

「むっきゃー! むっきゃーー!!」

 

(語彙が無くなっとる)

 

 若竹髪の少年は、生まれたばかりの子鹿のように足を震わせながらも、俺を見下す為だけに立っていた。これが勝者の視点さと言わんばかりのご満悦な笑み。殴ってその高い鼻をへし折ってしまいたい。

 

「まぁその子も、君が気絶するのを見届けた後に、数歩先で力尽きたんだけどねぇ」

 

「僅差だったんじゃねえかよ!」

 

 道奥から颯爽と現れたスヴァルさんが実情を暴露した。うっと言葉を詰まらせる少年は、「勝ちは勝ち」と言い訳をし。巨女は、そうだなと頷きつつ、だから気が緩んだのだと指摘する。

 

 まっとうな言い分に俺たちは押し黙ってしまう。なるほど、闘争心で進んだ故に、勝敗がついてしまって燃え尽きたのか。

 

「それもまた良し。その気持ちも、確かに君たちを進ませた。私が言いたかったのはね。体をどんなに鍛えようと、動かすには心という燃料が必要ということさね」

 

 動機の大切さ。一度原点に立ち戻り、心を見直せと筋肉教の聖職者は語るのだけど。その表情はなんともバツが悪そうである。別に変なことは言ってないよなと、俺は首を捻り。ズシンと背に伝わる振動に気が付いた。

 

「正直、驚いてるよ。私らには信仰がある。けれど、あの子は何を原動力に動いているのやら」

 

 説法などして格好悪いと肩を竦める司教。その視線の先には、山と見違うほどの大岩が歩いてきていた。

 

「うぉおおおおおお!!!」 

 

「おいおい、嘘だろ」

 

 フィーネちゃんは俺たちが気絶している間も、一人でずっとあの苦行を続けていたのだ。背筋がゾワゾワとするのを感じる。だって、気を抜けば潰される重量は、ほんの数十秒ですら地獄的な辛さだ。

 

 それを何時間と堪え続け、とうとう50キロを踏破してしまったというのか。

 勇者の力には痛みを伴う。だから我慢強いのは知っていたけれど、改めてその精神力の強さに感服する。

 

「或いは、あそこまで出来ないと猛活性には辿り着けないのかもな……」

 

「いやぁ被虐趣味でもあるんじゃねえのかアイツ」 

 

「なんてこと言うのよ!」

 

 ヴァンがフィーネちゃんをドM認定すると僧侶より鉄拳が下った。ざまぁみろ。

 しかし、あの勇姿を見ては、いつまでも寝てはいられまい。俺たちは勇者に駆け寄り完走の世辞を伝えた。

 

「フィーネちゃん、おつかれ。一周しちゃうなんて凄いね」

 

「えへへ、やりました……」

 

 流石に彼女も疲労困憊で。岩の重みより開放されると、その場に崩れ落ちてしまう。けれどガブガブと水を飲みながら、司教の質問にけろりと答えるのだ。

 

「一人で辛かっただろうに、何が心の支えなんだい」

 

「ツカサくん……たちの前で格好悪いところ見せられないし。もっと酷いこといっぱいやらされてるので……」

 

 過去を思い出して、どんよりと曇っていく碧色の瞳。ヴァンが深い納得と同情の顔をした。そっか。フィーネちゃんは、あの剣鬼が太鼓判を押す一番弟子。体も心も鍛え方が違うのである。

 

「なるほど。君はそう育てられたのか……耐えられてしまうのか」

 

 どことなく遣る瀬無い表情を見せた赤銅髪の巨女。彼女は、頭上より大きな手でぐしゃりと勇者の金髪を撫でつけた。その不器用な手つきにフィーネちゃんは目を丸くするも、嫌がる素振りは見せない。

 

「あまり一人で背負いすぎないようにね。大人だって、少しは頼りになるものさ」

 

「……はい」

 

 

 本日の修行はこれにて終了。酷いことに巻き込まれたものだが、一応ご褒美もある。なんと、この修行場には温泉があると言うのだ。

 

 スヴァルさんが帰る前に汗を流していけというので、ご厚意に甘えてひと風呂浴びていく事にした。そういえば温泉街だったよね。

 

「痛ってえ。くそ、霊脈まで酷使させやがって。活性も使えねえよ」

 

「俺は筋肉痛の方が酷いな。明日に残らなければいいけど」

 

 痛みに耐えながらぎこちなく体を洗い、俺たちは湯舟に浸かる。

 ぬるめのお湯は、少し物足りなさを感じるものの気持ちがいい。これで景色が良ければ最高なのだが、残念ながら室内である。手作り感溢れるログハウスだった。

 

 二人して、はぁと魂まで抜けそうな溜息が漏れる。時間的に貸し切り状態で、浴室にはジョボジョボと垂れ流される源泉の音だけが響いていた。

 

「そういえば、お前に俺の故郷の話したっけ?」

 

「いや。そもそも記憶喪失って言ってただろうがよ」

 

(そんな設定じゃったな)

 

 俺もすっかり忘れていた。すると表情から見抜かれたか、あのなぁと呆れ声が聞こえる。続き、そんな話を振ってくるなど珍しいなと言われ。

 

「実は、ウィッキーさんが帰る方法を用意してくれるって話でさ」

 

「……それ、フィーネやイグニスは知ってんのか?」

 

「うん」

 

「道理で二人して様子がおかしいわけだ」

 

 少年は顔にお湯を掛けながら、どんな場所なんだと質問をしてきた。せっかく話題に挙げたのだ。俺は日本という異世界の事を、経緯含めて包み隠さずに話す。いや、ジグルベインの事は抜かすけど。

 

(そりゃそうじゃ)

 

 多少長くなったがヴァンは黙って聞いてくれた。そして、帰ってくる気持ちはあるけれど、時間が開くかもと伝える。反応はドライなもので、三白眼の鋭い目を天井に向けながら、「そうか」と呟いただけだった。

 

 俺は、やっと言えたと胸のつかえが取れた気分になる。でも、こちらとて湿っぽい話をしたかったのでは無い。距離感に心地よさを覚えながら、「そうさ」と返して。

 

「だからさ、帰るまでにお前と本気で戦いたいんだ。ちょうど一勝一敗だしな」

 

「おかしいな。一度も負けた記憶はないんだが?」

 

 バカは眉を顰めるが、どうでもいい。俺は真剣だった。両親への土産話に、強い剣士に勝ったんだと報告をしたいのだ。

 

 コイツとの軋轢が決定的になったのは、やはり武術大会だろう。

 唯一に本気で勝ちたいと願った相手だった。負けて悔し涙を流した敵だった。だから、この異世界での集大成をぶつけるならば、この男しかいない。

 

「いいかツカサ。俺の国じゃ決闘っていうのは名誉の行為だ、見合う作法がある。いつでも受けてやるから、こんな場所じゃなくて正式にやれよ。それがランデレシア騎士だぜ」

 

「……ああ!」 

 

 どうやら、湿っぽいのは俺の方だったらしい。好敵手から騎士の一人と認めてもらい、不覚にも涙腺が緩みそうになってしまう。

 

 ニヤニヤする魔王の視線を誤魔化すべく、話の切れ目に湯を上がる。

 温まり筋肉も解れたか、多少調子も良くなって。火照る体を冷ましていれば、目に入るのは按摩の文字。俺たちは顔を見合わせ、無言に頷き合った。

 

「「行くしかねぇな!」」

 

 

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