ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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470 お客さん凝ってますね

 

 

「揉み解し、か。……気持ちよさそうだなぁ」

 

 湯上がりに火照る体を冷ましていたら見つけてしまう按摩の文字。

 疲労していた筋肉が欲していたものは、まさにコレだよコレ。どうすると若竹髪の少年をチラリと見れば、気持ちは同じか。言わんせんなとばかりに力強く頷かれる。

 

「行こうぜ。どうせフィーネたちの風呂は長いんだ」

 

「そうだよな。ちょっとくらいな」

 

 有料サービスだけど、今回はちゃんとお金も持っているので大丈夫。

 いざ突貫と、俺たちは看板の案内に従い廊下を進んだ。辿り着くのは休憩室らしき、広い板張りの空間。どうやら専用の部屋があるわけではなさそうか。

 

「すみませーん。按摩の看板を見たんですけど」

 

「タイリクゴ?……ワカラナイイ」

 

「そういや外国だったな」 

 

 適当な人に聞いてみるのだけど首を捻られてしまう。困った俺は、看板を指さして意図を伝えてみる。こちらの世界に来たばかりの時も苦労したなと、昔を思い出すやりとりだ。

 

 お兄さんは理解したとばかりに表情を明らめて駆け出していった。ヴァンが「やるじゃねえか」と珍しく感心するのだが。やがて、ヌウと部屋に入ってくる巨大な影に俺たちは固まってしまう。

 

「お待たせしました。按摩を希望のお客さんですね……どうかなされましたか?」

 

「い、いや。凄い筋肉だなと思ってよ……」

 

「鍛えてますから」 

 

 ニッコリと笑顔を見せる按摩師。そう。此処はフェヌア教の聖地と呼ばれる場所で。居る人間は、全員が司祭以上の猛者なのである。

 

 それは按摩師も例に漏れず、はち切れんばかりの筋肉を搭載していた。一仕事するかと拳を鳴らす仕草は、撲殺の準備と言われても俺は疑わない。あんな体で押されたら壊れちゃうよぉ。

 

(まるで世紀末救世主じゃな。もしや胸に七つの傷があるのでは)

 

「ちょっとソレ笑えない」

 

 だって本当にフェヌア神拳使いそうだもん。丁重にお断りしたかったのだけど、わざわざ呼び出した手前もある。床にテキパキとタオルを敷くお兄さんを見ては、やっぱりいいですとは言えなかった。

 

「ほらヴァン、先にやってもらえよ」

 

「あっテメェ!」

 

 俺はヴァンを生贄に捧げて逃げ出すことにした。覚えていろと恨みの視線を浴びるが、今の奴は自らまな板の上に寝そべる鯉である。おいおいアイツ死んだわ。そう思いながら、ごゆっくり~と声を掛けて。

 

「では、お兄さんはコチラへ」

 

「……ほえっ?」

 

 振り向けば、背後にはもう一人の按摩師が居た。それも最初の男よりもゴツイのが。

 どれほどかと言えば、ミチミチな腕は俺の脚などよりもよほどに太い。

 

 マッサージにその筋肉必要ですかね。逆らおうなんて気は微塵も起きず「はい」と静かに床に寝そべった。

 

「お客さんたちは、どちらから来たのですか?」

 

「ラ、ランデレシアですー」

 

「ほう。それはまた遠くから来ましたね。私たち兄弟はハウネーヴェからです。いやー冬の海を泳ぐのは大変だった」

 

「泳いできたんですか!?」

 

 世間話もそこそこに、背中へそっと添えられる指。まだ力も込められていないが俺は恐怖を覚えた。固いのだ。どれだけの修練の果てか。鉄にも劣らぬ強度を感触だけで伝えてくる。

 

「ご安心なされよ。我らが指圧は、筋肉どころか霊脈の凝りすら解しますゆえ」

 

「それ全然安心できな……あっ痛たたたたたたたたたーっ!?」

 

(カカカ。お前さんが叫ぶ側とは)

 

 空中で笑い転げる魔王だが、こちらは冗談ではない。肉にめきょりと遠慮なく刺さる野太い指は、ピンポイントに魔力を放出して霊脈まで突いてくる。一押しごとアイスピックにでも貫かれるような激しい痛みが襲ってくるのだ。

 

 これ爆散する。爆散しちゃうって!

 

「ムゥ。これは凝ってますね。筋肉よりも霊脈が酷い。一体何をしたらここまで痛むのやら」

 

「そ、そうですか……」

 

「お前の場合、短期間で霊脈を広げすぎたんじゃねえの?」

 

(闘気のせいもあるかもな)

 

 同じ施術を受ける少年は、痛気持ち良さに表情を蕩けさせていた。もしやアレが通常の反応なのだろうか。いいな。

 

 霊脈の酷使と言われれば思い当たる節もある。交代の反動。魔王という埒外の力を借りた後は、体がボロボロになるものだ。そのおかげで強くなったとも言えるのだけど、疲労は溜まり続けていたらしい。

 

「良い筋肉ですね。この体つきは剣士。それも二刀流と見ましたが」

 

「すげえな。そこまで分かるのか」

 

「ええ。体は常に語っています。それを直に触るのだから分かって当然でしょう」

 

「その理屈はおかしいだろう……」

 

 隣で行われる和やかな会話。それを尻目に俺はぴぎゃあと泣き叫ぶ。お兄さんたちの腕は、きっと素晴らしいのだろう。凝り固まっていた筋肉などあっという間に解されてしまった。

 

 だが霊脈の方は簡単には行かず。経路に無理やり魔力を流されてゴリゴリと整えようとするのがまた痛い。終いには按摩の領域を超えて、関節技でも仕掛ける勢いで俺に組み付いてきやがる。

 

「もう少し。ここの太いのが流れれば……!」

 

「ぐぅごごごぉ!!」

 

(酷い絵面じゃな……)

 

 背に跨り、極限まで上体を反らされる。折れる折れると床を叩くのだが、按摩にギブアップは無く。やがてコキンと高い音を響かせる背骨。逝ったと思ったのだが、どうだ。

 

 ジュワリと体に滲みこむ熱い脈動。繋がった。そう確信するほど、体内で魔力が強く太く流れるのが実感出来た。これが霊脈按摩の効果か。目が覚めるような強烈な体験に、プロは流石だなと思うのだけど。お兄さんは耳元でボソリとこう言った。

 

「しまったぁ……」

 

「あのう、今なんて?」

 

「ハハハ。こちらの言葉で、ヨシという意味ですよ!」

 

 なるほどなあ。俺も合わせてハハハと笑う。

 すると按摩師は言い訳でもするように、好転反応というものが存在すると教えてくれた。血行が良くなったことで、一時的に体調不良を覚えることもあるようだ。

 

「あっ、まったく関係無いのですが。スヴァル様のお知り合いでしたね。今日の施術代は無料で構いません」

 

「関係あるようにしか思えないんですけど!」

 

「ありませぬぅ。たとえ今晩悪夢にうなされようと、私のせいではありませぬぅ!」

 

「うなされるのぉ!?」

 

 なんか怖い宣言をされてしまった。まぁ魔力の通りが良くなったのは事実。心良く代金は払うけどさ。

 

 そうこうしていると「あっ居た居た」と勇者の声。按摩を受けていたと説明すればズルいと言い出す少女たちに。ヴァンが「遅いからだ」なんてあしらうのを、俺はぼうとする頭で眺めていた。

 

 

「ぐぉおお!?」

 

(大丈夫か、お前さん)

 

 その日の夜。やはりというか、酷い悪心に襲われた。体を血管から侵されるような感じは、御霊分けで初めて魔力を知覚したときに似ている。

 

 風邪でもひいたような眩暈と吐き気。立っていることすら叶わず、早々に自室のベッドに横になってしまう。

 

「まさか、これ。ジグの魔力か……」

 

(な、流しとらんぞ。いや、待て。詰まっていたとは、そういう事か)

 

 魔王は焦りながら言った。赤鬼との戦いの後に、髪の色が変わったのを覚えているかと。

 そんな事もあったね。確かにあの後、霊脈はやや不調であった。一度辿り着いた剛活性も、狼男との決闘まで寝ていたくらいだ。

 

(おそらく、儂の霊脈がお前さんの体内に残っていて、本来の道を塞いでいたのだろう)

 

「俺、どうなるの?」

 

(素直に考えれば使える霊脈が増えたのだが。もとは異物には違いない。慣れるまでは、それこそ好転反応が出るかもな。怖かったら、明日イグニスにでも相談しろ)

 

「そうするかぁ……」

 

 辛みに目を瞑るのだけど、暗闇の中で視界はグルグル回る。

 やがて脳裏に映る映像に。夢でも見ているのかと思ったものだが、感覚まで伝わるリアルさに、いやこれはと考えを改めた。

 

「カカカ。なんじゃ、まだ言葉も喋れぬ子供ではないか」 

 

 二人の前には柵があった。その人物は、男か女か。あるいは両性に性別は無粋なのかも知れない。長い銀髪の天使は、四つの羽を標本のように壁に打ち付けられて捕らわれている。つまりは牢屋。

 

 なるほど。これは(ジグ)の記憶かよ。

 

 

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