ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
前回、ウィッキーさんの家にお邪魔して分かったことがある。枢機卿は忙しいので、会える時間がなかなか貴重ということだ。
なので城で彼の姿を見つけた時、俺は本当に驚いていた。
だって、仕事が大変だと言いつつ片道2時間も掛けて通勤しているという事だから。
何故そこまでして不便をと考えた時、真っ先に思いつく理由は日本の幽霊ギャルだった。
まさかアサギリさんに平穏な生活を用意するためだけに、あの辺鄙な一軒家で暮らしているのだろうか。
俺がそんな感想を抱いていれば、「確保!」と勇者よりかかる号令。はぐれ枢機卿というレアキャラは、逃げる間もなくイグニスに取り押さえられてしまう。
「くっ、放したまえ。こう見えて私は忙しいのだ!」
「知ってますとも。だから出会えて運が良かったと思っていますよ」
「なんて悪びれぬ台詞。せめて予約を入れなさい。これが勇者一行のやり方かね」
「はい」
「はい!?」
困惑しながら抗議する長躯の男性。しかし腰にしがみつく赤髪魔女は、ニチャリと笑顔を見せて言った。少し時間をくれたら、人手を貸してやるぞと。興味が引けたのだろう、ウィッキーさんはほほうと餌に食いつき、ぴたりと抵抗を止める。
「ちょうどあそこに、遊んでいる聖騎士が居るんだ」
「……はっ、私のことか!?」
赤い瞳の向く先は、浅葱色の髪をしたお姉さんであった。
なるほど、彼女はダングス教徒。更には通訳という名目で俺たちと一緒に休暇を取っている。けれど、どうだろう。勇者一行が休暇を返上したのであれば、同じように働くのが筋とも言えるわけで。
「ハイ、ヨロコンデー」
(ちっとも嬉しそうじゃないのぅ。カカカ)
泣く泣く生贄に名乗りを上げる聖騎士。その献身的な姿勢には枢機卿もニッコリだった。
こうして酷い闇取引があり、少しだけだよと場を応接間に移る。
案内されたのはダングス教らしい白が基調とされた空間だった。なんと城内に三教それぞれの教会本部があるらしい。流石に枢機卿ともなれば、扱いはトップクラスか。その客人をもてなそうと、白の法衣を着た人たちから歓待を受けてしまう。
「さて。そもそもだが、なぜ君たちが城に居るのだね?」
「ですよねー」
疑問は当然だ。せっかくなので出されたお茶を頂きながら、フィーネちゃんは登城の理由、【軍勢】襲撃の可能性を伝える。
話を聞きウィッキーさんは静かにカップへ手を伸ばし。その様子を若竹髪の少年がやや前のめりに覗き込んでいるのに気が付いた。
「やっぱり、気になるよな……」
「ああも念入りに隠されるとな」
彼は職場でも顔をマスクで覆っていたのだ。けれどそのままでは飲み食いはできまい。素顔は如何にと、平静を装い注視して。
枢機卿はパカリとお面の口を開き、何事もないようにお茶へ口を付ける。「そこ開くんかい!」と内心で突っ込んだのは俺だけはないはずだ。
「なるほど。これは暫く慌ただしくなりそうだな」
やはり大きな衝撃があったらしい。声こそ努めて冷静を振る舞うが、ウィッキーさんのカップを持つ右手は微かに震えていた。俺たちが登城した理由に納得し、「それで?」と改めて用事を尋ねられる。
「「あっ」」
フィーネちゃんとイグニスが同時に口を開いてお見合いをした。如何な心理戦が行われているやら、どうぞどうぞと互いに譲り合い。ではと質問権を得た魔女が咳払いしながら問いかけた。
「私からは一つ。儀式の日程を早められませんか? むろん、協力は惜しみません」
他に聞きたいことなんていくらでもあるだろうに、赤髪の少女は真っ先に転移のことを尋ねる。それは本格的な争いになる前に、なんとしても俺を日本へ帰そうという意志。彼女の愛情がヒシヒシと伝わってくるようだ。
(お前さん。お持ち帰り計画とか馬鹿なこと言ってないで、一度ちゃんと話した方がいいと思うよ)
「面目ねえ。面目ねえ」
体たらくを魔王にさえ笑われる。
むしろ言い出せないのは、その情念が強すぎるというか。意見が違った時に何をされるか分からない恐怖があるからなのだけどね。
「気持ちは分かるとも。最悪は儀式そのものが実行不能になる可能性もありえるからね。ただ、無理なんだ。こちらも星の巡りを計算し、念入りな準備をしている最中なのだよ」
「……やはり星辰魔法を使うつもりか」
希望を断つようにバッサリと切り捨てるウィッキーさんだが、イグニスも事情を理解したらしい。
察するに、シシアさんの言っていた皆既日食を利用するつもりなのだろう。時間の問題では、さしも枢機卿であろうと待つしか出来ないのである。
それでも反論があるのか。魔女は言葉を飲み込むように顎に手を当てながら目を細めていた。そんな赤髪の少女を後目に、次は私とばかりに手を挙げる金髪の少女。
「私に答えられることなら、なんなりと聞いて欲しい」
「枢機卿は、“終わりなき物語”という言葉を聞いたことはありませんか?」
勇者がズバリと踏み込む。なるほど、彼女はソレを問いただす為にウィッキーさんを捕まえたのだ。
終わりなき物語とは、三大天の一人【泡沫】のモアの目的と聞く。正体が知れれば、その行動も読みやすいと考えるのだろう。
関心の高い話題だけに、皆の視線が仮面の男に集まる。しばし沈黙をした彼は、カップをコトリと机に置いて、残念だがと首を横に振った。
「……そうですか」
「申し訳ないね。だから、これはただの推察だけど。その言葉を聞いて、私が想像したものは三つある。一つは、【軍勢】の支配する千年帝国。二つ目は、まさに永遠を生きる始獣。そして三つ目は」
君だ、と枢機卿の指はフィーネちゃんを示した。
つまり勇者の力と言いたいのだろうが。俺たちは内容が結びつかずに、目を丸くすることしかできなかった。
「いまや勇者と呼ばれるが、正しくはデウスエクスマキナだね。その魔王さえ滅ぼす終焉の力も、人類史で受け継がれてきた奇跡のような話だ」
見方の問題。あまり考えたくはないが、たとえフィーネちゃんが志半ばで息絶えようと、世界の何処かで次の勇者が生まれると。
「なるほど。私も歴史の1頁にしか過ぎないということですか」
「おっと、悪い意味では無いよ。ただ、そう。その力には不可解な部分も多い。代表的な例で言えば、勇者ファルスが顕著だろう」
フィーネちゃんは尊敬する伝説の勇者の名を出され、興味深そうに続き促した。
枢機卿が指摘したのは、四大精霊の加護と聖剣まで授けられていること。まさに同じ行動を辿る彼女だが。まずは話を聞く姿勢か。静かに頷くだけで留めてみせる。
「四大精霊は、神の座に居る者。だが勘違いしてはいけないのは、彼らは別に人間の味方ではないことだ。むしろ己の領域を汚すのであれば、虫でも潰すように力を振るう」
「……だわね」
すでに二柱の神に会っている勇者一行だ。溜息にも似た同意の声が上がる。
俺からすれば、だからこその偉業とも言えるわけだが。ウィッキーさんはソレをはっきりと異常と言った。
「私は疑問だね。ただ魔王を討つためだけに、精霊王までが力を貸すのだろうか。彼は、本当はもっと大きな運命を背負っていたのではないかと考えてしまうのだよ」
話が逸れてしまったと肩をすくませ自戒する仮面の男。
結論を言えば、この国が軍勢に狙われるような心当たりは無いようだ。勇者はいいえと首を横に振って、貴重な意見が聞けたとお礼を告げる。
「モアにも言われたけど。私は後を追っているだけだった。悔しいけれど、もっと世界を知らないといけない」
己の右手を見つめながら言うフィーネちゃん。そんな悩ましげな少女の顔を見て、あーと声を捻り出すあたり、やはり彼は聖職者であるのだろう。
「日中は中々時間が取れないが、夜ならば大丈夫だ。また今度、家に遊びに来るといい。特に司くん、君には渡したい物もある」
「あっはい。アサギリさんにも、また行くと伝えておいて下さい」
全員で頭を下げて、部屋を退室しようとした。一人残ろうとするのは聖騎士だ。
仕事を手伝うと枢機卿にお伺いをたてるのだけど、いきなり怒られている姿が目に入る。
「国が荒れるかも、という話をしたばかりだろう。こっちはいいから、その剣で勇者一行を守ってあげなさい」
「……はい」
マルルさんは立つ瀬なく、しょんぼりと俺たちの一番後ろに付いてきた。
なににせよ、状況は動くのだろう。俺は休暇だからと作った、やりたいことリストを思い、どうなることやらと唇を尖らせた。