ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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476 異物混入

 

 

 目に入るのは、日雇い仕事に魔王軍の幹部が混ざる異常。

 鎧さんはお行儀よく列に並んで岩を運ぶが。奴の立場を知る俺からすれば、その景色は平穏への異物混入どころではない。

 

「なにしてんだよ……」

 

 さながら猫の群れに虎が居るような違和感には、警戒よりも困惑や呆れが先に立った。

 とはいえ放置は出来ないのだろう。アレは三大天。その気になれば、この場の全員どころか、国さえ滅ぼしかねない災害である。

 

(お、行くんか)

 

「とりあえず、引き離してみる」

 

 魔王軍幹部とばったり出会った時の対処法を教えて欲しいね。そう思いながら俺は仕事を放り出して駆け出した。今ならば敵も無防備。これでも喰らえと背後から全力のドロップキックをお見舞いだ。

 

 モアはうおっと微かな驚きの声を上げた後、よろけ自分の支えていた岩に潰される。

 けれど、その手応えに驚愕したのはこちらだった。

 

 剛活性に闘気を重ねた、俺の中では文句無しに最高の打撃。気分ではホームランというか、遥か彼方まで吹き飛ばしてやるつもりだったのに、たった一歩で堪えやがったのだ。浮かび上がる明確な実力差に、化け物めと思いながら、この場から離れろと周囲に危険を促す。

 

「なに言ってんだ、危ないのはお前だろうが!」

 

「ダウソダウソー!」

 

「あっれぇ?」

 

 しかし聞こえてくるのはブーイング。冒険者らしく喧嘩っ早い人は石まで投げつけて来るではないか。事情を知らない人からは、ただ暴力を振るったように見えてしまったらしい。

 

「誰かと思えば、君はあの時の少年か。いきなり人を蹴飛ばすのは感心しないな」

 

「ご、ごめんなさい」

 

(気持ちで負けるな!)

 

 岩を退け平然と起き上がる鎧さん。その口から出る圧倒的な正論に、思わず謝罪をしてしまった。なんで俺は魔王軍に説教をされているんだ。

 

「くっ、蹴ったのは謝るけど。アンタこんな所でなにしてるんだよ!」

 

「見ての通り、労働さ。賃金を得る為に働くのは当然だろう」

 

「……そうですね」

 

 真っ当な意見すぎて、ぐうの音も出ない。思い返せば、初めてこの男と会ったのも冒険者ギルドでの労働中だった。俺個人の話なら助けられたこともあるし、更に言えば、フィーネちゃん達も、彼から直接的な被害を受けてはいない。

 

 もしや俺の早合点なのか。いやいや、けれど魔王軍じゃん。幹部じゃん。もはやなにが正しいのか分からずに混乱をしてしまう。

 

「ジグ、魔王軍って真面目に働くもんなのか?」

 

(ええ、そりゃもう。主な仕事は進撃と略奪ですね。燃やした城を眺めてカンパーイ!)

 

「ホラ!」

 

「何がホラなのか知らないが、監督が怒っているから君も働きなさい。仕事が無くなるのは困るんだよね」

 

 わざとらしく肩をすくませて見せる鎧の男。見れば、背後から監督が怒声を上げながら、怖い人たちをゾロゾロと引き連れて来ていた。俺は騒がせてごめんなさいと平謝りするのだけど、微妙に納得がいかなかった。

 

「珍しいな。ツカサが初手から暴力なんて」

 

「だってアイツ、魔王軍の最高戦力だぞ」

 

 渋々仕事に戻れば、一部始終を眺めていた狼少女がそう尋ねてきた。理由を答えるや、手から石をズルリと滑らせて足の上に落とす。馬鹿め。だが、知ればやはりこんな反応をするのだろう。

 

 俺は岩を担ぎながらも鎧さんの後ろに付き、監視しながら対応を考える。

 暴れられるのも困るけれど、やはり見逃すのも違うと思うのだ。さてどうしたものかと背中を睨みつけていれば、視線を感じ取ったか、兜がギイとこちらを向く。

 

「そう警戒しなくてもいい。キトのように騒ぎを起こして目立つほど馬鹿じゃないんだ」

 

「この国はもう、貴方の捜索を始めています。騒ぎにしたくないと言うなら、大人しく出て行って下さい」

 

「えっ宿変えないと……。そういうの困るんだよねーもう」

 

 口調こそ戯けているが、モアはゾッとするほど低い声で、殺すしかなくなると言い放った。敵は斬る。俺だってそうして生きてきたので、対立するならば仕方ないとは思う。けれど、ここは人間の国。外部からやってきた者が言うには少しばかり横柄な発言だ。

 

 そして言い換えるならば、素直に出ていく気もないということ。訪れたのは偶然などではなく、目的があってのようだ。殺気に当てられ手足が震えるが、俺は言葉を変えてもう一度同じ質問をする。

 

「【泡沫】のモア。お前の目的はなんだ!」

 

「ふっ、相変わらず勇ましいな。そもそも私がランデレシアへ訪れたのは、悪魔狩りが目的だった。上級悪魔ラヴィエイが潜伏しているという情報を得たからだ」

 

 彼の口から思わぬ名前が出て、へっと間抜けに驚いた。一瞬の不注意。会話に気を取られて、俺も足に岩を落としてしまう。蹲っていれば、隣から「ざまぁ」と嘲りの声がした。ガキがよ。

 

「大丈夫かね?」 

 

「お、お構いなく……」

 

 心配そうに覗き込んでくる鎧男に、話を続けてと促す。モアは岩を担ぎながらも、軽妙な足取りで進みつつ言う。

 

「悪魔は良くない。国に忍び込み、内部から腐らせていく。まして奴らの裏には【深淵】が、最後の天使が居るからな。企みは潰しておくに限るよ」

 

「その言い方だと、もしかしてシェンロウ聖国にも悪魔が?」

 

「ああ。情報が正しければ、だがね」

 

 それを吐いたのは同じ悪魔らしい。以前に【軍勢】と【深淵】が衝突した時に捕らえたのだそうだ。赤鬼も天使の羽を持っていたし、俺は真実味はあると考えた。

 

 ちなみに、その悪魔はキトが逃がしてしまったようだ。鎧さんが目を離した隙にシエルさんの居場所を教えると騙されたようで、ゴブリンハザードは彼にも寝耳に水の話だったそうである。

 

 むぅと首を傾げるジグルベイン。そうだね、十中八九は廃城で倒した奴のことだろう。

 当時の張り巡らされた陰謀は思い返すだけで辟易する。確かに場所を変えての再演は厄介極まりない話だった。

 

「でも、よりによって三柱教の聖地で何を?」

 

(そこよな。悪魔の天敵しかおるまいに)

 

 天敵というのは、言い得て妙か。悪魔と戦ったお陰で、こちらも奴らの生態には多少詳しい。人に寄生する魔力生命体は、神の魔力を扱う神聖術に弱いのだ。

 

 司祭レベルがゴロゴロと集うこの土地は、潜伏するには最悪の相性のはず。疑問を覚えるものの、鎧さんはそこまで知らないと首を横に振る。

 

「そんなところだ。出来れば邪魔はして欲しくないものだな」

 

「理由は……分かりましたけど……」

 

 どう考えても俺一人が抱えるには問題が大きすぎた。なんだよ三大天の他に悪魔まで潜伏してるって。うーんと頭を捻って悩む。ここは分水嶺。答えを誤れば、始まるのは戦争である。

 

「騎士には伝えない。けれど勇者には全部話させて貰う。これが勇者一行として出来る、最大の譲歩です」

 

「まぁしょうがないか。お互いに立場があるものな。次に会うのが戦場じゃない事を祈るばかりだよ」

 

 この後、普通に最後まで仕事をしてしまった。話すぶんには気の良い鎧なので、なぜ魔王軍などに居るのか不思議に思うばかりだ。

 

 なぁと同意を求めるようにリュカを見る。灰褐色の少女は、冬だというのに額に玉の汗を浮かべ、犬のように舌を出して肩で息をしている。やたらに静かだと思えば、喋る余裕が無いだけだったらしい。

 

「お、オレから言えば……お前も化け物だよ」

 

 というか、朝から岩を運ばされていた連中は死屍累々だった。平気で立っているのは俺と鎧さんくらいのものだ。フェヌア教での拷問と違い、20~30キロの重さを持つのなんて、もはや散歩ていど。自分も逞しくなったなと感慨深い。

 

「冒険者ギルドは良い場所だよね。私のような余所者を受け入れ、仕事をくれるんだ」

 

「そうですね」

 

(本当にそうかのう?)

 

 そればかりは俺も否定しない。辛い労働に巻き込まれるが、ずっと対価を得てきたからだ。実のところ、こんな大人数で岩を運ぶくらいならば、魔法使い数人の方がよほど早く

安く正確に埋め立てが出来るだろう。

 

 けれど、敢えてそれをしないのは仕事を残すため。過酷とはいえ冒険者は善意で働かせて貰えているのであった。

 

「私の時代には無かった制度だよ。人の温かみを感じる。成長しているのだなと思う。だからちゃんと世界を守れよ、勇者一行」

 

 鎧の男は、監督から配られる給金を身を小さくして受け取っていた。壊す側がよく言うものだ。そう思うのだけど、言葉を胸に仕舞い。一人寂し気に町へ消えていく背を見送る。

 

「俺たちも帰ろっか……」

 

「おう。けどその前に、市場でいつもの買い食いな!」

 

 にししと歯を見せ笑うリュカ。現金なもので、給料を貰ったら疲れたが吹き飛んだようだ。フィーネちゃんになんて話そうと悩む俺は、やけ気味に「そうだな」と頷き、駝鳥の待つ厩舎を目指した。

 

 

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