ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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479 荒れる予報

 

 

 ざっくり事態をまとめるならば、未来予知をしたら不吉な結末を知った。というところか。

 

 俺たちは困惑しながら顔を見合わせた。現状ではまだ何も起きていないのだけど、天啓によほどの信頼があるのだろう。聖堂内には異国語が飛び交い、こちらに言葉を合わせる余裕が無いことを知らせる。

 

「騒がせてすまないね。慣れとは恐ろしいものだ。どうにも王は分からぬ未来が不安らしい」

 

 だが、そんな姿を見かねたか。顔見知りのウィッキーさんが放置気味だった勇者一行の元へと来てくれた。

 

 主に焦るのは教皇のようで。儀式で疲れるお婆ちゃんに、もう一度やれと詰め寄り、止められているようだ。仮面の男は珍しくご立腹に言う。

 

「気持ちは分かるが、ご老体に無茶をさせるものではない。それが死因になったらどうすると言うのか」

 

「えっ、そんなに負担のある儀式だったんですか?」

 

 心配して口から出るのだが。枢機卿はいやと肩を竦めて、聖女様は178歳だと教えてくれる。話題に興味なさそうだったリュカやヴァンまでが嘘だろと驚きの声を上げた。

 

「それ寿命で死ぬんじゃね?」

 

「ぽっくり逝く前に早く引退した方がいいぜ」

 

「ハイハイ。君たちは静かにしましょうねー」

 

 僧侶の手により不謹慎な奴らは黙らされた。俺は本当に人間なのかなと思っただけなのでセーフ。まぁバカ共は隅に置いておこう。ティアが話を進めるべく、いいかしらと手を挙げて。

 

「まとめると、大司教が天啓を受け取れなかった。ならば、未来は儀式を出来ない状況にある。という話ですよね」

 

「いかにも」

 

「なら、この情報を過去に送ることは出来ないのですか?」

 

「ティア、頭良い~!」

 

 それだ、とばかり勇者が手を叩く。確かに未来がダメなら過去だ。そもそも天啓とは危機を事前に伝えることこそ真価なわけで。例えば、モアの侵入に備えるだけでもまた違った形になるのではないか。

 

「難しいだろうね」

 

 しかし、ゆっくりと首を横に振るウィッキーさん。

 一つは魔力的な問題。受け取るのに比べ、送るのは少しの時を遡るにも莫大な魔力が必要らしく、頻繁に交信が出来るものではないと言う。いま受信出来ないという事は、きっと溜まる前に何か起きるのだろうと。

 

「それに、起きたことは変わらない。零れた水は戻らないんだよ」

 

「猊下が焦る理由はそれなのね」

 

(……やはり、それが普通よな)

 

 むーんと頭を抱える雪女。時間の話は未来だ過去だと頭がこんがりそうになるよね。

 けれど、過去は変わらないと聞いて、俺の中にも大きな疑問が生まれる。

 

「じゃあ、なんでわざわざ危険を知らせるんですか?」 

 

 この予知は事前に起きることを察知するのではない。未来で既に起きた事柄を教えてもらうわけで。

 

 けれどメッセージを送る側は大量の魔力を使いながらも現状に変化は無いという。ハッキリ言って、得るものが見当たらないのだ。

 

「少なくとも、最初に過去を救おうとした者には得など一切なかったはずだ。けれども、マーレ教の本懐は祈りによる救済。危険を回避出来た世界がある。それだけで良かったのだよ」

 

「誰かが、助かるから……」

 

 俺は損得で考えた自分の愚かしさを恥じた。彼らは心の底から聖職者。ただ平和を祈るという行為が、聖遺物を通して天啓という形になったらしい。そう思うと、無垢な祈りを上手く政治利用されているとも取れるのだろうか。

 

「それに、王は未来が分からぬと嘆くがね。これだけ情報があれば、方針を立てるには十分さ」

 

 普通は分からないものだよと、あっけらかんと言い放つウィッキーさん。まさに感覚のズレはそこなのだろう。俺たちにすれば、未来とはいつだって自分たちで切り開くものなのだから。

 

 

 しばし雑談をしていると教皇はこの場で緊急会議を開くようで、枢機卿であるウィッキーも招集されてしまう。やれやれと大きく両腕を開き、呆れ仕草で席を立つ彼。輪に戻る前に、ああそうだと、取ってつけたように言葉を置いていく。

 

「司くん。出来れば今晩にでも私の家に来れないだろうか?」

 

「ええ。大丈夫ですけど」

 

 用件も言わずに、待ってるよと頷く仮面の男。

 翻る白衣を見ながら、首を捻るのだけど、ほどなくして勇者一行は別室に通された。

 

 本音を言えばもう帰りたいが、伝達事項があれば二度手間だ。仕方ないと客間でお菓子を頂きながら待つことにして。

 

「ドベラブギャ~~!?」

 

「ど、どうしたんだイグニスは?」

 

「いつもの事なのでお気になさらずー」

 

 案内してくれたマーレ教の人がパタンと扉を閉じた瞬間に、赤髪の少女は溜め込んでいたストレスを吐き出すように絶叫した。

 

 壊れたかと心配そうに覗き込む聖騎士だが、勇者一行は慣れたもの。そのうち治ると、誰もが無視をしてお茶を啜るので、マルルさんを一層に困惑させる。

 

(カカカ。静かにしていると思えばこれか)

 

「俺はそろそろだと思ってたよ。考えること、いっぱいありそうだもんね」

 

 触らぬ神に祟りなし。そっとしておこうとしたのだが、奴は神では無い。触らずとも祟りのある魔女だ。俺の胸倉を掴むや、オオンとオットセイのような奇声を上げながら頭を揺さぶってくる。八つ当たりはやめて。

 

「どうしたんだよ、もう」

 

「落ち着いていられるかよ。未来は荒れる。この意味が分からないのか!」

 

 赤い瞳が真剣な色を帯びて言った。転移の儀式は無事に出来るのかと。思わず、げえと素っ頓狂な声が出てしまう。

 

 完全に別口だと捉えていたけれど、もし大聖堂を巻き込むほどの事件になるならどうだ。そこには必ずウィッキーさんも参加するし、勇者一行だって無関係では居られないはず。結論を言えば、危ういのだ。

 

「……イグニスは、この先どうなると思うの?」

 

 フィーネちゃんが怒りのヘッドシェイクを止めながら言った。赤髪の少女は胸倉から手を放すや、とんがり帽子を深くかぶって最悪だねと宣言する。この女は何を読み取ったのかと、全員が注目を集めた。

 

「モアだよ。奴の目的は悪魔狩り。三教が率先して悪魔を炙り出すなら、恐らく静観していたはず」

 

 けれど、今はどうか。奴は大司教の死因の第一候補だ。聖国は排除すべく、率先して虎の尾を踏みに行くだろうと。あり得るだけに、俺は反論もなくゴクリと唾を飲んだ。

 

 まだ起きていない罪を彼に着せ、そのせいで超戦力とぶつかる。なんとも本末転倒な話ではないか。

 

「ふむ。あんがい悲観的だねイグニス。確かに予想はあながち間違っていないと思うけど、私は最悪だとは思わないな」

 

 しかし、真っ向から立ち向かう意見が一つ。聖騎士は、知神を師と崇めるダングス教徒としての言葉を向ける。知る、とは大事なことだよ。なにせ対策が打てるのだからと。

 

 揚げ足取りのような話ではるが、まさにそれを考える魔女はむうと唇を尖らせる。

 本当の最悪は何も知らないことだった。悪い未来を知ったお陰で、会議が出来るのであれば、今日の天啓は無駄じゃないのだろう。

 

(本当にそうかの。モアを怒らせて自滅するという可能性は?)

 

「まぁ、無くはないけど。悪魔にしろ、もう放置は出来ないだろ」

 

 結局のところ、今を生きる俺たちは最善を尽くすしかないのであった。

 安心を得るはずの未来予知。だが穏やかではない結果が、先行きに暗雲を運ぶようだ。

 

 どうなる事やらと思いながら会議が終わるのを待つ。ふざけるような気分でもなく、部屋の中は静かなもので。暇を持て余し、窓の外をぼんやりと眺めていた狼少女が呟いた。

 

「あ、雨だ」

 

「げっ降ってきやがったか」

 

 俺はタイミングが悪いことだと空を見上げた。天はご機嫌斜めか、ポツリポツリと雫を落とし。帰る頃にはザァと本降りになって道を遮る。

 

 

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