ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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48 獣二匹

 

 

 星明りの下、相対する二人の剣士。

 交わす言葉は短く、出会ったならばそれは当然の事だとばかりに、まるで挨拶でもする様な気軽さでアルス・オルトリアはその切っ先をこちらに向けた。

 

 煌めく刃に曇りなく、夜空を映す鋼の冷たさは見ているだけで切れ味を想像させられて。

 本身である。そして本人も真剣である。知り合いが躊躇なく刃物を人に向ける様は、いっそ月の狂気のせいだと信じたい。

 

 だが、獣は二匹。狂気も二つ。

 ジグルベインもまた食器を取る様な造作ない動きで中空を掴んだ。何もない空間から確かに伝わる手応え。引けばゾルゾルと黒い凶器が姿を現す。

 

 虚無剣ヴァニタス。光を飲み込む漆黒の、飾りなく、ともすれば杭にも似た細見の刃。

 剣は斬れればいい。それを体現した、装飾はおろか鍔も鞘すら存在しない余りにもシンプルな道具である。

 

(一体何でこんな事を)

 

 すっかり乗り気な二人に対し、俺は観客。ジグの中から見てるだけ。

 ならばこその温度差で、正直思考についていけない。強い人と戦いたいと言う気持ちは一歩譲ってまだ分かる。しかしそれは試合でいいではないか。

 

 これは、斬り合いたい。殺し合いたい。まさしくそんな、狂気の沙汰だ。

 

「お前さん。夕食に肉でも食べたいと思ったことはないか?」

 

 それと一緒なのだと。

 テレビに映っていた。匂いでお腹が空いた。見た目が美味しそうだった。何となくそんな気分だった。詰まる所、唆られたと。

 

 分かる様な分からない様な。まぁ理屈では無いのだろう。美味しそうな肉を見た。ならば食べたい。簡単な話がこうで。それはまるで。

 

(ケダモノだ)

 

「然り」

 

 そう言って黒剣をヒュンと抜き切るジグルベイン。

 互いに凶器が揃う。その光景を見たアルスさんは、まるで告白で望んだ答えを得た乙女の様に多幸感に満ちた表情をして。ジャリと土を蹴り構える。 

 

 足は肩幅。腰を若干に落として、両手は天高く、剣にて月を分かつが如く。

 大上段の構えという奴だろうか。振り落とす。ただその機能にのみ特化した構え。俺にも分かる攻撃重視な型。がら空きなのだ。下半身が、胴体が。

 

 しかし、防御を捨てて有り余る攻撃性能。気迫が伝わってくる。打てるならば打ってこいと。その悉くを凌駕し、食い破ってやるという強い意志が。

 

 俺はただただ恐怖する。隠しもしない闘志はまるで結界だ。一足一刀の間合いが見える様である。理解出来てしまった。あの線を越えたら、死ぬのだと。

 

 だと言うのにジグルベイン。俺の愛しの魔王様は、剣を構えぬ自然体。しかも散歩の続きでもするかの様な足取りで、自ら死へと進んでく。さながら断頭台に自ら頭を差し出す愚行だ。

 

 そしてあっさりと、気楽に、お気軽に。その超えてはならない一線を踏み越えてしまう。

 

「ぬぅあああ!!」

 

 初手はジグルベイン。切り込む直前に逆手に持ち替えた黒剣の軌道はまさしく最短。外から振るのではなく、内を滑る様に刃が走る。感動した感嘆した。鞘こそないが、この動きはまさしく居合そのものだ。

 

 映画かドラマかはたまたアニメか。何にせよ日本で得た知識に違いない。

 そんな物からでも技の引き出しを得る貪欲さ。何よりも、この土壇場で披露する大胆さ。お見事、天晴れ、御大将。

 

 最短の軌道を駆け抜けるは最速の技。元よりガラ空きの胴である。黒剣の刃が脇腹に触れる。速かった。確実にジグルベインの動き出しの方が速かったのだ。

 

「デェァアアア!!」

 

 だが、最短も最速も嘲笑う様にそれは振り落とされた。

 左の肩口より鎖骨を断ち深々と剣が生える。金属の冷たさと零れる血潮の熱さを感じる。

 アルスさんの宣言通りに一撃の下に凌駕された。

 

 頭が両断されていないのは、ジグルベインの戦士としての勘だろう。切り込みと同時、最後まで足を止めずに踏み込んだのだ。その為の居合。その為の逆手。

 

 ジグですら相手と密着する事で威力を削ぐ、被弾覚悟の特効を余儀なくされて。

 結果はまさかの相打ち。悪魔も鬼人も切り伏せてきた圧倒的な暴力が痛み分け。

 

 その時点で軽い眩暈を覚えるが、現実はなおも無常だ。肩を切り裂かれたジグルベインに対し、黒剣は服を破り、薄皮一枚を裂いただけだった。

 

 アルスさんは鎧など着ていない。にもかかわらず柔肌から零れるのは一筋の鮮血のみ。それも刃が離れれば、傷さえ見えない程に塞がってしまう。

 

「ふぅむ。大活性どころではないな。超活性に至っていると見た」

 

「そういう貴女は、まさか活性ですか? ふざけないで欲しい。新米騎士程度の能力で私に打ち勝てると?」

 

 全力を見せてくれ。お前ならばもっと出来るのだろう。

 放たれる剣は表情共に悲愴に満ちて。振るわれる剛腕、土埃を薙ぎ。ひとたび刃合わせれば閃光奔り、鐘にも似た音が夜空に消える。

 

「カカカ。生憎これでも全力よ」

 

「ッ! 期待違いでしたか。久方に胸沸く相手に出会えたと思ったのに……」

 

「が、だ。貴様は全力とは程遠いのう。つまらんのは儂じゃ、たわけが!」

 

 何故か一喝。埋めがたい能力差を前にも怯むどころか胸を張り吠える。

 その気迫、どちらが強者か見まがう程で。

 

「ああ退屈じゃ! 手加減される身にもなってみろ! その研ぎ澄まされた牙、何故研いだ! 極限の! ギリギリの! 血の沸く勝負が所望であろうや!」

 

 ならば本気で来いと。

 とても斬り負けた人間の台詞とは思えない。しかしアルスさんも騎士。どこかその言葉に思う所あったのか。

 

「なるほど、それは確かに無粋。今は互いに獣でしたね。なれば我が牙とくとご覧あれ」

 

 【絶界】そう告げ荒れ狂う魔力の渦。

 何をしているのだろう。分かるのは俺でも感知できるほどの恐ろしい魔力の量が解き放たれ、そしてアルスさんに収束していく様。

 

 アルスさんの身体がバチリバチリと魔力を帯びて淡緑に光っている。纏?いや、その非ではない魔力量と異質感。

 

「ほう。身体の内を塗り替えおった。さながらに偽神化と言ったところか。魔剣技の行き着く果て、あなおそろしや」

 

「全力で手加減してあげましょう。この一撃、生き延びてみなさい」

 

(ねえねえねえ。あれは流石に不味いんじゃないのジグ!)

 

「カカカ! カカカのカ! 何を何を。やっと本番であるぞお前さん。結果など分からんから面白いのだ」

 

 負けじと魔力を振り絞るジグルベイン。ただ普段と魔力流れが少し違う。

 身体強化をするように循環させ、一点強化のはずの纏を全身に掛ける勢いで密度を高めていく。

 

 強化をしているはずなのにどこか重たく感じるほどの圧力。やがてそれは身体に収まりきらない程の濃さとなり、溢れ出る。

 

 身体より噴き出す黒い魔力。誤って嵐でも飲み込んでしまったかのように体内で魔力が奔流する。自身が魔力の塊にでもなったかの様な感覚だ。

 

「何とか持っていけたか。これぞ闘気法が神髄、闘気である。神なんぞ散々屠ってきたわ。偽なる神がなんぼのもんよ!」

 

 圧倒的な能力差であろうと、比較出来ぬ魔力差であろうと、神を前にしようとも、彼女は決して譲らない。これがきっとジグルベインの生き様だったのだろう。

 

 どんな不利でも真正面から戦って蹴散らしたのだろう。勇者ともこう戦ったのだろう。

 いつの間にか両者の顔には笑みが張り付く。見つめ合って、睨み合って。

 

(頑張れジグ!)

 

「「いざ尋常に」」

 

「「勝負!!」」

 

 

 結果だけを言えばジグルベインが負けた。

 アルスさんの振るった一刀は膨大なエネルギーを纏った風の太刀。剣圧で地面が裂け、風圧で訓練場を吹き飛ばす爆撃の様な一撃で。

 

 迎え撃つはジグの暴力。魔力を纏っただけの一刀は、しかし風を、剣圧を、悉くを切り裂いて剣同士でぶつかり合った。

 

 が、拮抗したのはぶつかった一瞬だけだ。衝撃で弾き飛ばされ、暴風に巻き込まれて吹き飛ばされてしまった。

 

 何とか貴族街に落ちたのは良いが、魔力が切れて俺の身体に戻ってしまい。夜の暗闇の中、場所も分からなければ明かりもないという、何とも悲惨な迷子になって、俺は半べそをかきながらアトミス家を探したのだった。

 

 途中、石畳に刺さる剣の破片を見つけて、どうやらジグはアルスさんの剣を叩き折っていた事が分かる。

 

 勝ち負けで言えば負け。だが、あの実力差の中、生き延びて一矢報いたのだ。それだけでも俺は大したものだと思う。

 

 だからと言って褒めようとは思わない。だって身体痛いし、凄く怖かったし。とりあえず夜の散歩なんて暫くしまいと固く心に誓った。

 

「ここ何処だよー! もうお家帰りたいよー!」

 

(カカカ……いやすまぬ。ほんとすまぬ)

 

 

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