ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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480 晒された素顔

 

 

「すっかり濡れてしまったね。いま拭くものを持ってこよう」

 

 大聖堂での会議中に振り出した雨は、遅くまでシトシトと続いた。

 

 これでも旅慣れしているので馬車には合羽くらい常備している。だが御者台で手綱を握ると、どうしても雨風に晒されるわけで。目的地に着くころには、すっかり体温を奪われてガクブルと震えていた。

 

 ウィッキーさんが早く入りなさいと、玄関の扉を開いてくれる。明かりも点かぬ家内に早足で駆け込めば、遅れてフィーネちゃんとイグニスも飛び込んできた。

 

 ふぅと零れる3人分のため息。厩舎からの距離は大したことないものの、やはり屋根のある空間というのは、それだけで安心をするものだ。

 

(雨降ってるんだ。大変だったねー)

 

「んにゃー!?」

 

 だが油断をしたところで、闇より響く女性の声。頭上に浮かぶ幽霊とばっちり目が合った金髪の少女は、珍しく委縮して俺の胸に倒れてくる。

 

 恐らくは気配か。勇者の研ぎ澄まされた感覚でありながら、容易く接近を許したから本気で驚いたのだと思う。

 

 ビックリしたと目を丸くするフィーネちゃん。その肩へ手を置きながら大丈夫かと伺うと、ウンと返事があり。何故か今度は壁へと突っ込んだ。

 

「こんばんは、ミサキ。お邪魔するね」

 

(うぇーい!)

 

 ドッキリ成功でご満悦な幽霊ギャルへ、しれっと挨拶をして暖炉へ火を点けに向かう魔女。どうぞーと気安く迎え入れるアサギリさんだが、言った後で日本語に気づいたようだ。驚きながら興味津々にイグニスへ付き纏っている。

 

(絵面が悪霊にしか見えんな)

 

「お前が言うなよ」

 

 俺は居るなら明かりくらい点けていればいいのにと思いながら、彼女たちの後を追おうとして。はたと気づく。

 

「そっか霊体だから物に触れないんだ」

 

 ならアサギリさんは毎日、この真っ暗な家の中でウィッキーさんの帰宅を待ち侘びていたのだろうか。それは一体どんな孤独。明るく振る舞う彼女の裏側を見た心地になり、光球を使う気にもなれずに暗い廊下を進んだ。

 

「あー火にあたるとホッとするなぁ」

 

「けど、天候は悪化するばかりだね」

 

 帰れるかなと外を眺めるフィーネちゃん。雨足は弱まるどころか勢いを増すようで、風に乗る粒が窓ガラスを叩く。ゴロゴロと唸る黒雲はときおり稲光を走らせ、まるで気まぐれ猫のように威嚇していて。

 

「こんな日和にすまない。しかし、この先どうなるかも分からないもので」

 

 濡れた頭をタオルで擦っていれば、部屋の入口には上着を脱いだ枢機卿が立っていた。

 この先、というのは。例の天啓事件だろうか。

 

 結局、大司教を務めていた聖女様は、身の安全を優先して一線を退く形になった。

 次の大司教が枢機卿より任命され天啓を引き継ぐらしいが。暫くは聖女様が連日に儀式を行うそうだ。

 

「教皇は、天啓が無いのを未来が途絶えたほどの大事態と受け止めている」

 

「まぁ近しい意味はあるでしょうね。私は、聖遺物の破壊や強奪により儀式が続行出来ない状態だと考えますが」

 

 イグニスの意見に同意する仮面の男は、教皇を皮肉るように理知的な話が出来て嬉しいよと両手を広げてみせた。

 

「なんにせよ、将来に異常が起きるのは確実だ。だから備えた。大司教と聖遺物の警備、モアと悪魔の討伐。要因は分からないが、最善の未来に繋がるのであれば、もう一度くらいは天啓が届くだろう」

 

 国の出した方針に俺たちは頷く。天啓だより、というのはどこか情けのない話ではあるが、別に悪くも無いのだ。行動が未来に影響を与えるならば目安くらいにはなるだろう。

 

 けれど、そんな決まった事を話すために呼んだわけではあるまい。魔女が本題はと促せば、椅子に腰を落とした彼はコトリと机に何かを置いた。瞬間、アサギリさんの叫び声が部屋に響き。並々ならぬ反応にビクリと背が伸びる。

 

(ウィッキー、そんなの持ち出してどうすんのさ!)

 

「落着きなさい美咲。渡すならば今なのだ」

 

 俺に受け取って欲しいと言われ、暖炉の前から立ち上がり。固まった。

 興味があるのか二人も覗き込むが、初めて見る物体に困惑するばかり。それもそうだろう。この異世界では、恐らく概念すら理解出来ぬ異物なのだから。

 

「スマ……ホ?」

 

(うおー欲しいー。儂も欲しーい!)

 

 お前は触れもしないだろ。しかしジグが欲する程度に、俺も所有欲を覚える物だった。ネットも繋がらないだろうけどね。

 

 手にすれば、懐かしい形と重み。そうか、スク水や体操服が紛れ込むぐらいだ。ギャルならば肌身離さず持っていても不思議では無かった。

 

「これは、アサギリさんのですよね?」

 

(……うん。もう電源も入らないけどね)

 

 ああ、とただの箱になった文明の名残を撫でる。異世界転移からすでに半年以上が経っているのだ。確かに充電も出来ない環境では、電源を落としていても持ちはしまい。

 

 感傷に浸っていると好奇心の塊であるイグニスが貸せ貸せと強請ってきた。アサギリさんに許可を取り渡せば、ホホウと目を輝かせながらスマホを弄り。そんな赤髪の少女を見ながらジグルベインは言う。

 

(お前さんはいまネットが使えたら、何を調べたい?)

 

「あ……世界平和について」

 

(脚への好奇心が隠せておらんぞ!)

 

 嘘をつくなと魔王が睨んできた。やだなぁハハハと目を逸らして誤魔化すが、単語につられて思い出す、閲覧履歴という存在。

 

 もし、もしだ。引き籠りだった息子が突然部屋から消えたならば、スマホやパソコンから手掛かりを探すのは当然と言えるだろう。そして年中家に居るもので、俺はどちらも鍵をかけていなかった。

 

「あっあっ、ああぁああ!?」 

 

「ど、どうしたのツカサくん?」

 

(カカカ。何を考えておるか手に取るように分かるわ)

 

 心臓がバクリバクリと暴れだす。まさか両親や警察にあのフォルダが見られたというのか。帰ったら、ツカサも年ごろだものね、なんて生暖かい視線を向けられるというのか。死にたい。死にたいぞぉ。

 

「これが万能機器ねぇ。使えないのが非常に残念だな」

 

 一人で絶望を味わっていれば、イグニスは未知の技術に関心しながらも言う。これをツカサに渡す意味はと。なるほど、核心はそこだ。俺はせめて表情くらいは取り繕い、ウィッキーさんと向かい合う。

 

「これが美咲の依り代なのだ。彼女はコレから決まった距離しか離れられないし、恐らく壊れれば体を維持出来ないのだろう」

 

「……!」

 

 いわばジグの俺。幽霊学者の人魔石のようなものか。たびたび二階から現れるので、核があるとは思ったけれど、まさかそれがスマホだなんて。

 

 でも、それは答えのようで答えになっていない。核を手放す理由について、アサギリさんは今にも泣きだしそうな声で言及した。

 

(離れるなんて嫌だよウィッキー! うるさかったなら謝るからさ、ウチ最後までここに居たいよ!)

 

 枢機卿は言い訳をする。同郷の者と一緒の方がいい。年頃の近い者同士の方が楽しいだろう。どれもアサギリさんを思いやる理由ではあるのだが、肝心の本人が頑として譲らず。

 

(だいたいウィッキーは一人暮らし向いてないじゃん。言わないと食事もお風呂もすぐに忘れるくせに!)

 

「……美咲!」

 

 情に恩義。彼女が暗い家でじっと待っていられたのは、自分のために日本語まで覚えてくれたウィッキーさんが帰ってくる場所だからなのである。見かねた勇者は、言葉分からずとも「嘘です」と後押しをして。

 

 ふうと大きく溜息を吐いた枢機卿は、観念をしたように仮面へと手をかけて。隠していた素顔を俺たちに晒す。

 

「その、顔は……」

 

 声から想像していた通りの、優しい顔つきであった。

 しかし、右目の眼球が宝石でもはめ込んだように硬質化していて。鼻や頬、額からも棘のよう結晶が生えているのだ。

 

「魔石症ですか。だいぶ進行しているようですね」

 

 神聖術でも治らない病の存在は知っていた。浮遊島で戦った幽霊学者も、もとは不治の病に侵されていたからこその蛮行で。イグニスはすでに手遅れだと首を横に振る。

 

「そうだね。この男は、もう手遅れだった。だから私なんかに体を譲ったのさ。ああ、本当に彼は最後まで聖人だったよ」

 

 枢機卿はボロボロと涙を溢しながら顔を掻きむしる。だが、言われた俺は理解が追い付かない。いや。理解を拒んでいた。

 

 なぜ他人行儀に己を語るのか。体を貰ったという言葉と、いまアサギリさんを遠ざけようとする理由が繋がりすぎて。嘘だと叫びたくて。

 

「私も悪魔なんだ。逃げてくれ美咲。三大天が、聖国が、私を炙り出して殺しにくる!!」

 

 ピカリと光る稲妻が、悔恨に塗れる男の顔を照らした。

 

 

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