ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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489 聞き込み

 

 

 眼前には惨状が広がっていた。

 人通りの多い市場での魔法行使だ。騒ぎに逃げ出す者もいる中で、なお大勢を巻き込み。そこかしこから苦悶の声が響く。

 

 あまりに被害の人数が多すぎて、もはや誰から助ければいいのかすら分からない。

 周囲から救いを求めるように手を伸ばされると、まるで自分が蜘蛛の糸にでもなった心地。いや、本人からすれば実際に藁にも縋る気持ちなのだろう。

 

 ならば、ここが地獄か。

 平穏な日常の景色を瞬時に一変させてしまう魔法という存在に改めて戦慄をする。もし占い師に害意があれば、この一帯は本当に焼野原となっていたはずだった。

 

「凄いな、無属性の魔力を当てて悪魔を押し出しやがった」

 

(つまり回復魔法の応用か。しれっと高度なことをしよる)

 

 あまりの神業にイグニスがやや興奮をしながら言う。

 それはまさに炙り出し。占い師が最後に残していった炎は、悪魔の魔力にのみ作用して的確に存在を浮き彫りにしたのだ。

 

「けど……これは……」

 

 いくらなんでも多すぎるよ。

 巻き込まれた半数以上が悪魔憑きであった。対象は無作為だ。もし、この比率が町の規模でも適応されるのであれば、すでに恐ろしい範囲を支配されていることになってしまう。

 

「大丈夫ですか」

 

「タキオガニナ?」

 

 近くに居た男性に肩を貸して、身を起こす手伝いをする。ちょうど占い師の隣で店を出していた人だ。オジサンは突然のことに困惑をしているようだが、言葉が通じないので何を言っているのか全く分からなかった。

 

 それもそうか。俺たちの目的はシュバールの宝石商。聖国の人との会話を想定していない。とりあえず憑いていた魔力は黒い靄となって散ったし、もう人体に影響は無いだろう。

 

 けど肝心の悪魔を討たなければ根本の解決にはならない。相手は一般人にも躊躇なく手を出す輩である。これ以上の被害を出さない為にも街中での戦闘だけは避けたいと思った。 

 

「トガリア!」

 

「ああ、たしかマーレ教のお祈りだっけ」

 

 立ち去ろうとした所で商人がジェスチャーを見せる。組んだ両手に額を置く動作は、マーレ教が祈る時の恰好だ。俺も真似てお祈りをした。すると背後には、爆風で髪が乱れたままの魔女が間抜けな顔で立っていて。

 

「ツカサ、いま何を……」

 

「見ての通りだけど。それより大変だったね」 

 

 イグニスの顔を見れば、無事に合流出来た喜びが溢れた。労いながらボサボサの髪を整えてあげるのだけど、本人は顎に手を当てて思考の海に沈んでいるようだ。

 

「ねぇジグ。あの占い師の正体ってさぁ」

 

(ほぼ確実に未来のコイツじゃろなぁ)

 

 やはり同じ結論に辿り着くらしい。

 俺はツカサと名を呼ばれた時に確信をしたものだが、炎に回復魔法とくれば、もう決定的だろう。破滅をするという言葉が一層に重く感じ、もっと情報を教えてよと筋違いな恨みさえ覚えた。

 

「いや、十分にくれたさ。多くを語らなかったならば、きっと知っても意味が無いことなんだよ」

 

 現実に戻ってきたイグニスは言う。転移が失敗すると聞けば、君は諦めるのかいと。

 なるほど、そういう話か。あの人は未来を語らないことで、挑戦する権利を残してくれたらしい。

 

「すまないが少し手伝ってくれ。今しか出来ないことなんだ」

 

「うん?」

 

 赤髪の少女が求めたのは聞き込みだった。悪魔に寄生されていた人たちから共通点を探し出したいと言うのだ。

 

 会話が出来ないと痛感したばかりなのに無茶を仰る。

 けれど彼らはただの通行人、放っておけば、すぐさまに解散をしてしまうはず。チャンスを生かすべく、大陸語を喋れる協力者を求めて、なんとか被害者と接触をするのだが。

 

「つまり、これは。……どういうことだってばよ」

 

(さっぱり分からん)

 

 結果は性別や年齢はもとい、職業や住んでいる地区さえバラバラだった。おまけに悪魔に憑かれていた自覚症状も無いようだ。まったく参考にならないぜ。

 

 悪魔は金貸しのようなもの。自身の魔力を与えて、利子を回収することで強くなる。だからばら撒くような行為はしないはずだけど、あまりの共通点の無さに辻憑きでもしていたのかと疑いたくなる。

 

「うーん。なにか、なにかが物凄く引っ掛かっているんだが」

 

 座りの悪さに魔女は地団駄を踏んで荒れていた。喉に小骨でも刺さった気分なのだろう。

 今日はスカートが短いのだからあまり暴れない方がいいよ。俺はそう思いながらチラチラと見える太ももを記憶に焼き付けて。

 

「どうしよう。一度館に戻ろうか」

 

(脚に喋りかけとる)

 

 名残惜しいが、もう買い物をしている場合でもあるまい。

 被害状況を勇者に報告しなければいけないし。現地調査を進めるにしても、馬車には有り金のほとんどが載っているので流石に紛失が怖かった。

 

 てっきり、そうだねと同意が得られると思ったのだけど。少し考えこんだ赤髪の少女は頭をゆっくりと横に振る。

 

「……いや、せっかくだ。用事を済ませてしまおう。どうにも解決の糸口は、近くにある気がするんだよね」

 

「そっか。分かった」 

 

 確信までは無いようで、珍しくしおらしい声だった。しかし、ここで背を後押しするのが未来イグニスの存在。魔女は、今日この場所だった意味が必ずあると考えるようだ。

 

「技術自体は初代勇者も行っていると聞く。けれど三柱教の管理だ。気まぐれや遊びでは使えないはずなんだよ」

 

(そもそも、意味がなければ少しだけ成長した胸を見せびらかしに来ただけだぞ……)

 

 ジグの言葉を聞き、イグニスならそういう事しそうだなと思ったのは秘密である。

 とはいえ、タイムスリップなど気軽には出来まい。大人の姿ということは、相応の年月が経過してやっと機会が巡ってきたと考えるべきだ。

 

 ならば、彼女はその貴重なチャンスで何を残したのか。深読みをする価値は十分にあった。

 

「じゃあ、予定通り宝石商のところでいいかな」

 

「そうだね。シュバール人が相手なら言葉も通じる。ついでに最近おかしな事は無いか聞き込みをしよう」

 

 ボコのリードを引いて進み出すと、イグニスは馬車には乗らずに隣を歩く。警戒をしているのか、肩が触れ合いそうなほどに近い距離だ。

 

 騒がせてしまった市場も、怪我人が居ないので緩やかに日常へと回帰していき。遅れてやってきた兵士は、謎の集団昏倒に首を捻っていた。

 

 

「おかしな事? いやー聞かないねぇ。シェンロウは治安の良い国だよ。でなきゃ露店で宝石は広げられないって」

 

「まぁそうか。ひったくりでもあれば、兵士より早くフェヌア教が出てきそうだもんな」

 

 もう何件目か。イグニスはルーペを覗き、真剣な顔をしながら雑談をしている。

 すでに300万円ぶんくらいの買い物はしたのだが、なにせ予算は1000万。なかなか一つの店では使い切れずに、市場の中で店を梯子をしていた。

 

「うん。いい品だ。これも貰うよ。大きさは少し小さいけど、純度は申し分ないしカットが素晴らしいな」

 

「嬢ちゃん分かってるね。石を生かすも殺すも職人次第さ。その点ドワーフの仕事は見事だろう」

 

 露店に置かれているのは、本来の取引からあぶれた階級の下がる物が多い。けれどそこが狙い目だそうだ。一級品を求めては桁が足りないと聞いて、心底恐ろしい世界だと感じる。こんな石ころがねぇ。

 

 俺は暇を持て余して他の商品を眺めていた。ふと目に留まるのは、煌めく宝石の中でも一層に鮮明な深紅の輝き。数ある赤の中、灼熱の温度さえ感じそうな色合いに魅了される。

 

「おじさん、この指輪は幾らですか?」

 

「持って見るかい。沢山買ってくれてるし、金貨40枚でいいよ」

 

 それでも200万するらしい。けして安くない買い物なのだけど、ラッキーカラーは赤だそうだ。イグニスへ、こんなのどうだろうと見せてみた。

 

「へぇ素敵な意匠だね。けど買うのは装飾品じゃなくて石だと、君が言ったんだろう」

 

「いや、これはイグニスに贈りたいと思ってさ。いつも、とても感謝をしている。日本へ付いてきて、なんて。そもそもイグニスにじゃないと頼めなかった」

 

 受け取ってもらえないか。そう言って、ほぼ告白だなと思った。同時、毎度赤は安直だっただろうか、とか。不安が押し寄せきて。顔が熱を持ち、自分でも赤くなっているのが分かる。

 

 クスリと笑う魔女は、填めろとばかり左手を差し出して来た。爪の先まで磨きこまれた綺麗な5本の指。その真ん中に、そっと赤の彩りを加え。

 

「……どうかな?」

 

「そりゃイグニスならなんでも似合うよ」

 

(あっ分かった。未来のコイツさ、実は今日の日付しか覚えてなかったのではないか)

 

 魔王が雰囲気をぶち壊すことを呟いた。そんなのありかよ。

 

 

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