ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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491 一人でできるもん

 

 

「RARAA-RA-!!」

 

 教会内に澄んだ歌声が響き渡る。

 もとより大勢に祈りを届けるための場所。高い天井はコンサートホールのように音を反響し、静寂な空間が甘美な音色に支配された。

 

 非常に残念だ。

 場合によっては聖歌と喝采したのだが、血と臓腑の臭いに包まれていては少しの感動も湧きやしない。むしろ。

 

「吐き気がするぜ」

 

「同感だな。生命を冒涜しているのか」

 

 赤髪の少女は視線を天井付近にまで持ち上げて、嫌悪に眉をしかめていた。 

 美声を披露するシスターだが、白目を剥き生気を感じさせず。口元だけがまるで腹話術の人形のようにパカパカと動いている。

 

 そんな彼女を高くまで持ち上げているのは長い胴体だ。人間の上半身が百足のように連なり、おぞましき異形の怪物を作り出す。

 

 死体をなおも愚弄しやがって。教会関係者だけにしては数が多い。礼拝に訪れていた人も犠牲になってしまったか。

 

(お前さん、一応言っておくが)

 

「大丈夫だ。分かってる」

 

 怒りに震える俺を窘めるように言うジグ。

 殺したのは口封じもあるのだろうが、魔力の回収が目的なのだ。すでに数十人分の魔力を蓄えたムカデ女は、けして見掛け倒しではない性能を持っているだろう。頭は冷静に闘気を滾らせる。

 

 そして歌いながらも動き出す敵。長い身体が駆動を始めると、多くの手が床や壁をビタビタと叩き不愉快な音がして。

 

「あれ。イグニスどうしたの?」

 

 しかしそこで違和感。魔女ならばとっくに火炎槍をぶち込みそうなものだが、まるでか弱い女の子のように気持ち悪いと腕を擦っているのだ。

 

「あれは真体じゃないな。本命には逃げられたか」

 

(儂もそう言いたかった)

 

「……俺もだ」

 

 あっ、そうなのね。忠告というのはちゃんと聞くものである。

 イグニスは蠢く敵を目で追いながら言った。手掛かりが欲しいけど、本気でやったら全部吹き飛ばしてしまいそうだなと。

 

「もっと穏便な魔法も覚えようよ!?」

 

「次回の課題だね」

 

 確かに、あの巨体に有効打となれば建物も崩壊をするか。イグニスは火力が高すぎて室内での戦闘にあまりに不向きだった。

 

 けれど時間の問題にも思える。なにせ尾が振るわれ、長椅子を圧し潰しながら迫っているからだ。教会はあの怪物を閉じ込めておくには少しばかり狭くて脆いのだろう。

 

「じゃあ、こうしよう」

 

 俺は押し寄せるムカデ女を蹴り返す。逆方向にはじけ飛ぶ長い胴体は太い支柱に当たり、なお止まらぬ勢いで朝顔の蔦のように柱を巻いた。

 

「崩れたら面倒だし、イグニスは先に証拠を集めてきて。こっちは一人で何とかするよ」

 

「それが無難か。なるべく早く戻ってくる」

 

 証拠隠滅されてなければいいなと、赤髪の少女が小走りで奥へと駆けて行く。させまいと再び尾が動き出すけれど、お前の相手はこっちだぜ。

 

 黒剣の全力投擲。もとより杭に似た形状の武器だ。ひとたび放てば、さながら弾丸のような速度で一直線に飛来して。

 

「RA――!?」

 

「惜しい」

 

 驚きに歌が止む。咄嗟に胴を盾に防ごうとしたが、ヴァニタスは容易くに体を貫いて敵の顔を擦ったのだ。

 

 過去の経験から、悪魔憑きの弱点は把握済み。強い再生能力を持つが、右胸に心臓の対として存在する霊核を破壊すれば霧散するだろう。

 

 本体が頭上高くを陣取るのは、その弱点を隠すためとも言える。俺は掛かって来いよと、人差し指をクイクイと曲げて挑発した。

 

「オラきやがれノロマ。次は右胸ぶち抜いてやるよ」

 

 シスターは相変わらずに降りてくる気配がまるでない。代わりに地上で荒ぶる下半身。胴体から生える無数の腕のせいか存外小回りが利き、鞭が意思を持つかの如く、どこまでも追従してくるではないか。

 

「ギャー怒ってる~!!」

 

(カカカ。自分で挑発しておいて)

 

 礼拝堂をひっくり返す勢いで暴れる人間ムカデ。幾重に迫る攻撃を躱すのは、縄跳び大会にでも参加した気分になる。

 

 逃げるばかりではキリが無いと走りながらも反撃を試みるのだが、切断した箇所はすぐさまに黒い靄が補填していく。やはり核を叩かないと駄目か。

 

「さて、どうしたもんかね」

  

 見栄を切ったはいいが俺の遠距離攻撃は2種類しかない。投擲では精度が落ちるし、魔銃は射程を伸ばすと威力が落ちるのだ。

 

 攻めあぐねている間に、相手も学習をしているようで。挟み撃ちや、追い込もうとする意図が見えてくる。これは覚悟を決めて懐に飛び込むしかないのだろう。

 

 ふぅと一度大きく息を吐きだし、光式を纏う。イメージをするのは悔しながらヴァン。かつて本物の大ムカデ相手に、その背を疾駆してみせた姿だった。

 

「お前に出来て、俺に出来ないことは無い!」 

 

(いや、落ち着け!) 

 

 俺は敵の攻撃を躱しがてら胴体へと乗り移る。誰かの遺体だと思うと足蹴にするには罪悪感もあるが、今はごめんよ。長い一本道が、さながら勝利へのルートに見えた瞬間で。

 

 いざと駆け出したら足へ感じる不快な抵抗。なんだと視線を落としてみれば、腕が俺を捉えるべく伸ばされていた。

 

 そうか、もとは人間の腕。関節の可動範囲は広く、当然に物を掴むことも出来た。背はまったく死角ではなかったのである。

 

「おっヤッベ。ヤッベ!」

 

(ちょっと考えれば分かるじゃろがい)

 

 幸いに腕の拘束は加速の勢いで解けてくれた。けれど同時にもたらす大きな減速。

 着地先ではすでに、多くの腕が持ち上がり。大きく手を開く姿は、お花畑のようにすら見えた。

 

 死者の腕が纏わりついてくる。一本あたりの拘束は強くない。闘気の出力で強引に抜け出そうと藻掻けば、敵は止めとばかりに、蛇が獲物を絞め殺すように巻き付いてくるではないか。

 

「このっヤロッ!」 

 

 さすがに全身を使われると脱出も容易ではなかった。なにより、敵の本命は別にあるようだ。物理的な圧力の他に、闘気が抑え込まれるような妙な圧迫感を覚える。

 

「俺にも憑こうとしてやがるな」

 

(入ってまーす)

 

「人をトイレみたいに言うんじゃねえ!」

 

 声を荒げつつ負けじと力を振り絞る。実のところ戦闘中に魔力が流れてくることなどよくあるのだ。むしろ積極的に押し込む戦法すらあるが、活性で魔力が漲る体に一方的に流すには、よほどの実力差が必要だった。

 

「うぉおお!」

 

(……手助けは必要なさそうだな)

 

 全力で魔力を流すと嬉しい誤算が発覚。以前より霊脈が安定して力も増しているようだ。

 あまり調子の良さに、はてと首を捻れば心当たりはあった。霊脈按摩。そういえば整えてもらったっけ。

 

「ウソ、こんな力GA!?」 

 

「ウォオリャアア!!」

 

 ムカデ女の関節は軋みだし、やがて数珠の紐が切れたように胴体がバラバラと弾け飛ぶ。血塗れの床にべしゃりと落ちた俺は、自分でもその出力に面を食らっていた。

 

 剛活性で補強をしていて、なおも両腕が痛む。それほどに闘気が奔るのである。

 更に驚くのは魔力の質か。光式を使っていると自覚出来るほどに重く濃い魔力の存在が分かるのだ。

 

「これはジグの魔力?」

 

(いや、お前さんが闇属性を作っている。儂の魔力をさんざん浴びてきたのだ。性質を掴んだのだろう)

 

 ああ、と拳を握り締める。浮遊島でもいっぱいお世話になったからね。少しばかりの成長が嬉しくて、しかしこの様ではまだ遠いな自嘲してしまう。

 

 さて。攻撃は届かないし、登る手段も無い。魔王さまならどうする攻略すると聞けば、カカカと喉を鳴らしてアドバイスをくれた。

 

(簡単よ。儂ならば、頭が高いと引き摺り下ろす)

 

「……それだ!」

 

 闇式で行くと伝えればズゾゾと白を侵略して流れ込んでくる黒。俺はすっかり復元したムカデの胴体にしがみつくや、増やした自重を生かして思い切りに手繰り寄せる。

 

 頭上から響く、止めろという声。もう遅いぜ。必死に抵抗する腕を無視して、何度も何度も振り回すと、関節で殺していた衝撃もやがて本体に届き。間抜けに宙で左右に揺れだして。

 

「ヨイショー!」

 

 今のアイツは、例えるなら鞭の先端。ピシャンと思い切り地面に叩きつけてやったとも。

 

 

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