ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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494 本命はココ

 

 

 まるで俺たちの追跡を遮るように町から溢れ出す厄災。

 突如に爆発が起こり、巨大な影は火と共に一瞬で市街を阿鼻叫喚へと変える。この時、ガラガラと音を立てて崩れたのは、あるいは平穏だったのかも知れない。

 

 ムカデ女と同様に、悪魔憑きが暴れだした。問題はその数で。

 全てが確認出来るわけではないけれど、悲鳴は右からも左からも聞こえた。至るところから立ち昇る黒煙が、大規模な侵略であると表している。 

 

「ふざけやがって……」

 

 民間人を巻き込むのは俺が一番避けたかったことだ。耳に届く逃げ惑う声に、何処から助ければと目移りし、体も硬直してしまう。だが、そんな俺を強く一喝するイグニス。

 

「惑わされるな。こんなのどう考えても陽動だろ!」

 

(うむ。それは間違いない。が……)

 

 足を止めずに大聖堂へ向かうべきだと魔女は言う。

 なるほど。悪魔の狙いを知るのは俺たちだけ。この国にも騎士団や魔導士団と自警の組織が存在するのだし、後の被害や影響を考えたら、それが最善の手なのかもしれない。

 

 でもだ。

 石造りの建物を、玩具でも壊すように薙ぎ払う黒い巨人。その姿はさながらゴリラとカマキリを足したような異形だった。

 

 鎌の如くに長く鋭い前足が振られる。その先には、足でも挫いたか。起き上がれぬ老人の姿があり。

 

(お前さんが我慢出来るはずがないよなぁ。カカカのカ)

 

「当然だっつうの!」

 

 気づけば攻撃の軌道に割り込む俺。バットでもフルスイングするように、力任せに黒剣を叩きつけていた。

 

 硬質な前足は、力強さも相まって重機の如き手応えで。ガシャンと交通事故を思わせる酷い音がする。ひしゃげたのは相手だけどね。

 

「ごめん。先に行ってて!」

 

「ああ、もう。全部を抱え込もうとするのは君の悪い癖だぞ。とは言え目の前の敵を放置する理由もないか」

 

 ボコから降りた魔女は、俺に周囲の人を退かせと指示をした。湧き上がる魔力と詠唱の言葉を聞き、直感がこれはヤバイと囁きかける。

 

 俺は悪魔憑きを足止めしつつ、離れろと現場に危険を促す。イグニスの準備が整うや、最後なんてまるでゴミ収集員にでもなったかのようにポイポイと人を投げて避難させた。

 

「【構えるは城壁崩す弩が如く】【番えるは騎士を貫く重長(おもなが)槍を】【放てや、穿ち、焼き払え】」

 

 放たれたのは爆炎槍である。さすが教会の中では狭くて戦えないとぬかすだけの女。その魔法の威力たるや、危険生物としての格が違うことを訴えているようだ。

 

 魔女の手より飛来する赤い閃光。超高速の槍は、激突の衝撃だけで怪物の頭部を吹き飛ばしてしまう。だが俺は知っている。これはまだ、ぶつかっただけ。この魔法の真の威力は、槍に凝縮された火炎にこそあることを。

 

「みんな、伏せてー!!」

 

「ドーン」

 

 灼熱の火柱が空高くまで上がり、先に起きた火災など可愛らしい規模の大爆発が巻き起こった。

 

 正面より食らった悪魔憑きは跡形も残らず粉微塵。奔る爆風が町に迫る火の手を、蝋燭を吹き消す如くに鎮火させるも、収まらない衝撃は多くの建物を軋ませる。空気がビリビリと揺れる様子は町が鳴いているようだった。

 

「ざっとこんなもんさ」

 

 瞬殺しドヤ顔を決める赤髪の少女。腰に手を当てながら、「見たか」と風で暴れる髪を撫でつけている。爆発の余韻がパタパタとスカートを揺らし、チラリと白が見えた。俺はナイスと親指を立てた。

 

「とは言え、残りはどうしよう……」 

 

 戦っている最中に確認したけれど、近場だけでも3体は出現しているようだ。町全体の規模となれば10を軽く超えるかも知れない。とてもではないが、全部はカバー出来ないだろう。

 

「私たちは先を急ぐぞ。大丈夫だ、ご覧よ」

 

「なんだあれ。水柱?」

 

 魔女は再びにボコに乗りながら、顎で西の空を示した。そこには、今の魔法に答えるように高く噴出する水がある。消火活動の傍らで、こちらに存在を訴えている様にも見えた。

 

 距離はあるのだが、滴が風に乗りひたひたと額を濡らす。イグニスに負けぬ規模の魔力行使。こんな事が出来る人間は少ないだろう。俺の脳裏には明確に使い手の顔が浮かんだ。

 

「フィーネちゃんか!」

 

「西区だと私たちが買い物をしていた辺りだな。そんな場所で何をしていたのかねぇ」

 

(どう考えてもストーカーじゃろ。怖いわー)

 

 そうか。俺たちは出掛ける時に場所を伝えている。だからこそ勇者も追ってくることが出来たのである。なにせ備えていた。モアが来て以降、ある意味で戦闘は想定の範囲内だったのだから。

 

「なら……」

 

「フィーネは単独では動かない。もう誰かが館まで事件を伝えに走っているだろう」

 

 すでに勇者一行は行動を開始していた。イグニスは、ならば国はどうだと思うと問うてくる。同じなのだろう。不吉な未来に備えて、迎え撃つ用意をしているはず。天啓は失敗に終わっても、けして無意味なんかじゃ無かったのだ。

 

「分かったら行くよ」

 

「うん!」

 

 駆け出す駝鳥に飛び乗る俺。

 路上は、建物から逃げ出す人々で溢れていた。そりゃそうか。先ほどから町全体にうるさいくらいに警鐘が鳴り響いている。悪魔憑きが倒れたとはいえ、とても日常に戻る気分ではないだろう。

 

 不安の色に染まる視線が、青い空を眺める。正確には遠くに見える黒煙か。

 破壊音と悲鳴が、まだ危機は終わっていないと告げていた。立ち尽くす事しか出来ぬ民衆は、思い思いの神に祈りを捧げ。その姿が胸にぐさりと刺さる。

 

「おい、待ってくれ!」

 

 人混みにやや足止めを食らっていると、背後から声を掛けられた。何事かと振り返れば、若い男がお爺さんに肩を貸して立っているではないか。

 

「おじいさんが、ありがとうって」

 

「どういたしまして」

 

 わざわざ感謝を言いに来てくれたらしい。俺は目を細めて返事をする。ネガティブになりかけた心には、そんな気遣いが清涼剤のように染み渡った。すぐに。すぐに、日常に戻れるからね。

 

 

「よっしゃー着いたー!」

 

「お帰りください」

 

「そんな!?」

 

 やっとの思いで大聖堂に辿り着いた俺たち。買い出しに出たのが逆方向だったので、到着にはかなりの時間が掛かっていた。

 

 悪魔のせいで道は混んでいるし、通行規制が掛かっている場所もあったし、ちょっと迷ったし。おかげで昼食をとる余裕もなく、ひた走ったものだ。

 

 だからこそゴールの感動もひと際に大きく。イグニスと共に喜びのフィニッシュを決めたらこれである。厳戒警備中だから関係者以外立ち入り禁止とのことだった。

 

「俺たちは勇者一行です。緊急の用事があるので通してもらいたいんですけど」

 

「いえ、規則ですので……」

 

 俺はチャラリと首元の証を見せるが、本人と確認出来ない以上は駄目と言い張られてしまう。融通が利かないなぁと思うのだけど、意外やイグニスは職務を果たしていると好印象らしい。

 

「この様子なら不審者は近づけないな。しょうがない、ちゃんと正規の手段で入ろう」

 

「やめろ、爆炎槍は駄目だって!」

 

「しないわい! 私をなんだと思っているんだ!」

 

(カカカ。前科者がよく言うわ)

 

 衛兵さんにウィッキーさんを呼んでくれと頼む魔女。そうか、その手があった。枢機卿というビッグネームに驚かれるも、そこで待っていろと、ちゃんと繋いでくれるようだ。

 

 一休みにはちょうどいい時間なのだが事態が大きい。手持無沙汰に気ばかり急いて、まだかなと首が長くなる思いだった。

 

「司くんに、イグニスくんか。この非常時にどうしたのかね?」

 

 彼の耳にも町の様子はもう届いているらしい。迎えに来てくれた仮面の男は、入場手続きをしてくれるも、やや気が立った声色である。

 

 気持ちは十分に察す。気性を鑑みるに、今にでも町へ駆け付けたいことだろう。しかし司教という立場と、大聖堂守護の任務がそれを許さない。偉いというのも不便なものである。

 

「端的に言います。悪魔の根城を一つ潰しました。場所はマーレ教の教会。相手は聖職者も取り込んでいます」

 

 本命はココだと、大聖堂の見取り図を突き出す魔女。ウィッキーさんはすぐに意図を察し、やはり聖遺物を狙って来たかと反応をする。

 

「だが、どうやって。アレは最重要機密。たとえ聖堂に出入りが出来たとて、とても近づけるとは……」

 

 考え込んだ仮面の男は、イカンと声を荒げて駆け出した。どうにも司教たちの警備を掻い潜る方法を思いついてしまったようだ。俺とイグニスは背を追いながら、内容を聞かせてもらう。

 

「天啓は過去に魔力を送る。つまり聖女は、降ってくる魔力を無抵抗に受け入れる!」

 

「げぇ」

 

 とくにお婆ちゃんは引退して代替わりしたばかり。失敗続きの天啓の儀式で、もし声が聞こえたならば。たとえ悪魔の囁きでも受け入れてしまうのはないかと。

 

 オイオイ。そんなのありか。

 

 

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