ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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495 聖遺物

 

 

「キャスィーは居るかね!」

 

 枢機卿が似合わぬ大声を上げて礼拝堂に飛び込んだ。

 はて。しかし、その勢いは何処へやら。彼は部屋の入り口で立ち止まってしまう。

 

 扉を潜るため、必然的に一か所に集まる最中のことである。やめよう、急ブレーキ。困るのは、その背を追っていた俺たちだった。

 

 俺はなんとか反応して速度を殺しきったけれど、後ろにはイグニスちゃんが続き。魔女は「ふぇ!?」と間抜けな声をあげて激突してきて。けっきょく玉突き事故が発生する。

 

「痛たた。鼻を打ったぞ、もう」

 

「俺に言わないでよ」

 

「すまない君たち。少しばかり間が悪かったようだ」

 

 前から引きつった声が聞こえた。その時に、彼の脇から見える礼拝堂の中。

 異様に真っ暗なのだ。日暮れにはまだ早いはず。では何故と目をパチクリさせて、気付いた。これ、視界を塞ぐほど大きな物体が降って来てるんだな。

 

「ギャー。ちょっ、早く下がってイグニス!」

 

「なんだよ。なにが起きてる?」

 

「いや、すまん。誰も居ないほうに蹴ったんだが、まさか扉が開くとは思わなかったよ」

 

「やはり君か、スヴァルくん」

 

 俺が廊下に引き返そうと、二人を抱えれば。銅鑼のように豪快な声が響いた。

 ゴウと風が吹き、気付けば闇が晴れている。目の前には、赤銅色のざんばら髪が暴れ。

緑の衣を羽織る大柄な女性が、涼しげな顔で拳を突き出していた。

 

 床には毛玉のような大きな生物が転がり、サラサラと灰に。

 流石はフェヌア教の司教。その力は悪魔をまったく寄せ付けないらしい。神聖さどころか物理でだが。

 

「こっちは見ての通り襲撃されたわけだけど、そっちは?」

 

「ああ、キャシィー司教に用があるんだ。彼女は今日も天啓の引継ぎをしているのだろう?」

 

「この騒ぎだよ。さっき纏めて避難させちまった」

 

 スヴァルさんの言葉の通り、室内に他の人の気配は無かった。

 会わなかったかいと、あっけらかんに言われて肩を震わせるウィッキーさん。

 

 まさかの入れ違いだったようだ。慌てて所在を確認するも、そこまでは知らないと呆れられてしまう。

 

「……しかし、存在を示さんとばかりの雑な襲撃だな。イグニスくん、どう思うかね?」

 

「まず計画の一部と見て間違いないでしょう。そう考えれば、天啓の内容も想像がつくというものです」

 

「コイツら、何の話をしているんだい?」 

 

 頷きあう魔女と枢機卿にスヴァルさんは首を捻った。それはですねと、俺は答える。

 天啓というのは未来予知ではなく、むしろ過去に報せを送るシステムだ。魔力でやり取りをするならば、受け取る瞬間に介入をしてくるだろう。ウィッキーさんはそう読んだのである。

 

「いや、キャシィーは次の聖女候補だよ。アタシには彼女に悪魔が憑けるとは、とても思えないねぇ」

 

(普通はそう思うわな)

 

 スヴァルさんの反論はもっともだ。聖職者は神の魔力を持ち、簡単には悪魔に寄生されない。この騒ぎでも多少警戒が緩いのはそのためで。だからこそ先のシスターも信仰を捨て去るまで追い込まれたのだと思う。

 

 けれど、そんな事は枢機卿ならば百も承知。導きだされた答えを聞いて、俺もイグニスもははぁと唸ったものである。

 

「憑けなくていいんです。天啓を読み取ろうとする聖女に向けて、ほんの一瞬だけ囁ければ」

 

(……ますか。聞こえますか。いま貴方の脳内に直接語りかけています)

 

「やめろ! 俺に囁きかけるな!」

 

 敵の狙いはニセの天啓を出すことだった。

 ここにはスヴァルさんと言う名実ともに最強の門番が居て。他にも多くの司教や司祭が集っている。

 

 けれど、如何に堅牢な砦だろうと、内側から開かれたら落ちるというもの。

 例えば「そこは危ない。聖遺物を持って今すぐ逃げろ」そう語りかけるだけで、鴨が葱を背負って来る状況にも持ち込めるではないか。まさに悪魔的発想。

 

「じゃあ、なんだ。この悪魔が襲ってきたのは偽装ってことかい」

 

「少なくとも潜り込ませた手下を使い捨てるだけの意味はあるのだろう」

 

「そうですね。考えられるのは、脅威の演出。或いは大聖堂にはすでに悪魔が潜んでいると知らせ、天啓の信憑性を増す。とかかな」

 

 ピンと指を立てる赤髪の少女を見て、俺はなるほどと頷く。

 予言が的中すれば聖女様も穏やかでは居られまい。相手が仕掛けてきた情報戦だが、むしろイグニスには得意分野。動きが雑になっていると暗黒微笑を浮かべていた。

 

 恐らくはタイミングか。随分と念入りで周到に用意をしていたようだが、占い師の存在により計画が前倒しになっている。余裕に見えて、敵の尻には火が付いているのだ。

 

「いいぞ。追い込んでいる。もう手札はそんなに多くないだろう」

 

「気を抜くのは、まだ早い。逆に勝負を決めに来ているとも言える」

 

 勝気なイグニスを窘める仮面の男。どちらにせよ、聖遺物の元へ行くべきと意見は重なり。枢機卿はこっちだと、再びに駆け出した。

 

 俺も走りだそうとするが、その場には動こうとしない人間が一人。意外にもスヴァルさんが腕を組んで悩まし気にしている。

 

「行かないんですか?」

 

「そうしたいんだがね。アタシは物よりも人の命のほうが大事だよ。今ここは動けんな」

 

 礼拝堂は大聖堂の正面玄関のようなもの。奥には多くの聖職者が居るから、悪魔憑きが外で暴れるなら、守らなければと言うのだ。

 

 その言い分に、強く頷くウィッキーさん。そっちは任せたと大きな背に伝えれば、司教はピンチにはすぐ呼べと答えてくれる。宗教の派閥こそ違え、平和を愛していると伝わるやりとりだった。

 

「聖遺物はこんなところにあるんですか?」

 

「そうだよ。他言無用で頼むね」

 

 俺たちは向かったのは、大聖堂の地下に存在する墓地である。

 墓地と言っても綺麗なもので。それもそのはず。聖遺物が祀られるという理由から、王家や聖人しか眠らない場所らしい。

 

 そこを光球で照らしながら進むのだけど、石造りの空間は不思議に温かかった。理由を聞けば土地柄だそうな。言われれば、温泉が沢山湧いている国だもんね。

 

 それなりに広く、迷路のような空間だったが、幸いこちらには道案内が居る。サクサクと進んでいけば、やがて奥の部屋から明かりが漏れているのを見つけて。

 

「……なにか、声が聞こえるな」

 

「シェンロウ語だ。こう言っているね」

 

 耳をすませて反響する声を拾う仮面の男。通訳してくれた言葉はこうだった。

 「急がないと奪われてしまう。せめて存在だけでも確認しなければ」。なんて不穏な内容だろう。危惧していた予想は大当たりらしい。

 

 俺とイグニスは驚きに目を見合わせ。ウィッキーさんも、これはヤバイねと相槌を打つ。言ってる場合か。

 

「「ちょっと待ったー!」」

 

「レ、レダ?」 

 

 気配を消していたつもりはないけれど、それに気づかないくらい集中していたのだろう。俺たちが飛び出すや、金髪の女性が老婆を庇うように身構える。

 

「キャシィー、落ち着きなさい。私だ」

 

 だが、枢機卿とは見知りの仲のようで。彼の声を聞くやホッと胸を撫でおろしていた。

 彼女は経緯を話しているのか、ウィッキーさんはウンウンと頻りに頷いていて。そんな間にも俺とイグニスは周囲を見回して警戒をする。

 

「悪魔は居ないみたいだね」

 

「……ああ。というか、なにも無いがな」

 

 うん。そこは物一つ無い、白い空間だった。

 中に居たのは、キャシィーという聖女見習いと、大司教のお婆さんだけで。なんて不用心と思うのだけど、場所だけに護衛も連れられなかったのかなと考える。

 

 肝心の聖遺物は何処に。俺はキョロキョロと首を振りながら室内を歩くが、本当に何一つと物が置かれていない。まるで虚無にでも飲み込まれるような心地に、不気味な空間だなと思った。

 

「キャ、キャシィー。もしや、もう鍵を解いてしまったのか!?」

 

 仮面の男が声を荒げたのは、俺が部屋の真ん中くらいに到達した時のこと。ポウと輝いた床は、魔法陣を描き。魔力は連鎖して四方の壁から天井までを光らせる。

 

「これは……」

 

 さながらにヴァニタスを引き抜くように、俺の眼前にはゾルゾルと一つの物体が現れた。 聖遺物。そう呼ばれるだけあり、人の頭蓋骨とそっくりな形状をしていて。けれどハッキリと人の骨で無いと分かるソレ。

 

 手に持てば、伝わる重みと強度。そして金属の冷たさ。

 破損した頭部から中を覗けば、電子回路のようなものまで見えるではないか。

 

人工生命体(アンドロイド)?」

 

(お、お前さん。ココ、ココ見てみい!)

 

 まるでオーパーツのような、余りにも世界観にそぐわない物体だ。どうしてこんな物が存在するのだろうと首を捻っていれば、魔王が頭蓋骨の裏側を指で示した。

 

 刻まれる僅かな窪み。これは文字でも掘ってあるのかな。どうせ分からないと思いつつも目を走らせると、不思議に意味が理解出来てしまう。

 

 そこにはこう書かれていた。Made in Japan。

 

 

 

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