ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
この場に前衛は俺だけである。
だから敵との実力差を十分に承知しながらも、その刃を他に向けさせない為に飛び出すしかなかった。
「モア、お前の相手は俺だ!」
及ばぬまでも足止めをしよう。光式で速度を底上げして繰り出す連撃。黒剣は縦横無尽に宙を駆け、部屋を乱切りにする勢いで舞うのだが。
耳が拾うのは、はぁと吐息の零れる音。まるで退屈だと言わんばかりの、欠伸を噛み殺したような声だった。
「ああ、失礼。違うんだ。相手が女子供に聖職者とは、我ながら情けないと思ってね」
「じゃあ聖遺物を返せよ!」
「それが出来たら苦労しないという話さ」
奴は愚鈍そうな全身甲冑の姿でありながら、重さを微塵も感じさせない足さばきを披露する。俺の全力の攻撃を、最小限の動きだけで躱してみせるのだ。
するとどうか。お世辞にも広いとはいえぬ室内で、取り回しの悪い大剣。更には片手というハンデがありながら、剣戟が全て捌ききられるという悪夢。
ハハハ、と乾いた声が出た。まさか一太刀も浴びせられないとは。
傷を負わせられないほど硬い赤鬼にもショックではあったが、この衝撃はそれ以上。敵は目の前に居るはずなのに、何をしても届かないと錯覚するほどの隔絶たる技量差を味あわされる。
けれど追いかけっこは慣れたもんさ。俺は未だにジグルベインを捉えたことが無いからね。更なる加速を求め、スゥと肺を空気で満たし。
「ツカサ、下がれ!」
「っ!?」
しつこく食い下がろうとする俺へ、イグニスが待ったをかけた。脳裏にもの凄く嫌な予感が過り、すぐさま海老のように後へ飛び退く。代わりにポイと前に投げられる物を見て、俺もモアも「ほへ」と驚きの声を上げてしまう。
先ほど斬られた火炎槍の残りだった。凝縮された炎は形状が崩れたせいで、えらく不安定。今にも破裂しそうなほどにメラメラと揺らいでいるのだ。そう、これは手榴弾である。
「正気か、こちらには聖遺物があるのだぞ!?」
「魔王軍の手に渡るくらいなら、壊れてもいいさ。どうせ私の物じゃないし」
「まてまて~~~!」
赤髪の少女はニチャリと笑い、あまりの言い分に枢機卿が絶叫をした。かく言う間にも大爆発が起こり、熱と火炎が振り撒かれる。
俺たちはウィッキーさんが水魔法で守ってくれて。取り残されたモアはドクロを庇い、背を向けていた。
「なるほどな。この狭さで魔法を放たれれば、私は無事でも聖遺物が持たない……か。嫌らしい脅しだが、普通は思いついてもやらないだろう!」
「それはそう」
(それはそう)
しかし、そこでヤルのがイグニスちゃん。本来はこちらの宝なのだが、相手にも価値があるから奪うわけで。お前の手に渡るくらいならば自分で壊してやると、なんともヤンデレ気質な行動に出たのだった。
ぐぬぬと悔しそうに肩を震わせる魔王軍幹部。この絵面ではどちらが正義か分からない。だが、大人しく聖遺物を返すという選択肢は無いようだ。
「あっ、そうだ!」
「……おいおい、そんなのありかよ」
金属ドクロをちらりと一瞥したモアは、良いこと閃いたとばかりに己の兜を外す。
奴の正体は動く鎧。その中身は空洞なわけだが、なんとそこにドクロをはめ込んだのだ。
もとより、甲冑なんて人体を保護するためのもの。金属製の頭蓋骨は兜にミラクルフィットし。聖遺物の守りは万全、おまけに両手も空いてしまった。敵ながら、咄嗟の機転に感心するばかりである。
「に、似合ってますよ」
「ありがとう。まったく嬉しくないがね」
そう言い、気づけば目の前で攻撃の姿勢に入っている鎧の男。
いよいよ本気を出してきたか、その動きは速すぎた。何気ない動作だというのに光式でも反応するのがやっとである。
ブンと振り上げられる刃を、俺は無防備に食らってしまう。
魔力防御を紙のように切り裂かれ、胸から噴き出す大量の血。襲う痛みが脳を焼き焦がすようだ。
けれど、狙いはイグニスか。間髪入れずに振り落とされる剣を見て、俺は奥歯を噛みしめ立ち上がり。もう一度白刃に己を晒す。
「……?」
突然に抱きしめる形になり、さしもの魔女も驚きに目を張った。
だが俺はやって来ない衝撃に首を捻る。なんとモアの斬撃はガキンと硬質な音を立てて弾かれてしまったのだ。
「これはマーレ教の聖域。それにしても、なんだこの強度は……」
背後でニヤリと薄ら笑うのは聖女のお婆ちゃんだった。
ああ、彼女の肩書は大司教。こちらの世界風に例えるならば、神に最も近い人物なのである。唯一の心配は年齢だが、その実力や三大天すら脅威を覚えるらしい。
「バカツカサ、なんで君はいつも自分だけ傷つこうとするんだ!」
「イグニスが怪我するところなんて見たくないし……」
「私だって見たくないやい!」
赤髪の少女は急いで懐から回復薬を取り出すが、それは無用とウィッキーさんが止めた。
マーレ教の急段、聖域。濃縮された魔力はバリアーのように攻撃を阻み、如何なる怪我や病すら跳ね除ける回復魔法なのだとか。
暖かいと思ったのは、なにもイグニスの体温を感じたからでは無かったようだ。たった今斬られたばかりの胸は、すでに傷が塞がりかけている。おかげで、もう少し頑張れそうだ。
だが聖域を出ようとすると、ガシリと魔女に腕を掴まれてしまう。らしくない行動に顔を見れば。赤い瞳は覚悟を決めたような、狂気的な色を映していて。
「おいウィッキー、この部屋の位置。だいたい礼拝堂の下くらいだよな?」
「正確には祭壇の真下にある!」
仮面の男は悪魔という正体のせいで聖域に入れないらしい。一人でモアの足止めを買って出ていた。枢機卿は振り返る余裕もなく、それがどうしたとキレ気味に返答をしている。
地下を迷路のように彷徨ったあとなので、俺は現在位置が分かっていなかった。
そんな場所に居たのかと思うと同時、閃く事実。そうだ。礼拝堂といえば、スヴァルさんが待機している部屋なのだ。
「助けを求めるのか。確かにあの人が居れば100人力だね!」
「【人よ、なにゆえ空を仰ぎ見る】【朝焼けの静けさ】【夕焼けの溜息】【夜空には無き、至高の輝きを此処に】」
俺は勝手に納得をしたものの、イグニスは詠唱をもってノーと答えた。瞬間に察する、彼女の真意。いまの質問は、吹き飛ばしても問題ないかの確認だったのでは。
「これでも司教を預かる身。戦闘は不慣れであるが、魔導の神髄をお見せしよう!」
「妙だな。なんだその魔法は。貴様、本当にダングス教徒か?」
仮面の男と鎧の男。異質な両者が盛り上がりを見せる最中、地下には極光を放つ太陽が出現した。形成の段階で吹き荒れる圧倒的な魔力と熱量だ。
イグニスの背後は心ばかりに保護されているものの、体感温度はサウナを余裕で越えて、息をするだけで肺が焼けそうだった。
「地下でこんな規模の魔法を!? 度し難いにもほどがあるぞ!」
「やめろイグニスくん。さっきから君は何を考えているんだ!」
「私も三大天との戦いで学んだのですよ。周囲に配慮しても、戦闘が激しくなれば結局町は壊れる。なら最大火力で仕留めた方が、総合的に得!!」
仮にも勇者一行の少女が放つセリフに、悪魔と魔王軍は開いた口が塞がらないようだった。しかし、コレは脅しではない。開かれる炎の両翼が壁を溶かし、生まれる竜のアギトがモアへと狙いを定める。
「吹き、飛べっ――!!」
「ぬぉ――!?」
さながら極太のレーザービームのように、天を目指して飛翔する火竜。
眩い煌めきが遠ざかり、目が慣れると、頭上には夕焼けの赤い空が見えていた。天井から始まり、岩盤も礼拝堂も、直線にあったもの全てを溶かして食らっていったようだ。
「なんという威力だ……」
慄く枢機卿であるが、放ったイグニスはガス欠らしい。少女の身体は糸が切れたようにカクリと傾き、俺はおっとと肩で支えた。
「ツカサ、すまん」
「分かっているよ」
あの場はジリ貧だった。次に挑めば、俺は神聖術でも治らぬように殺されていたはず。前衛がいなければ、魔法使いは大きな術式を扱う時間を作るのは難しく。
だからこそ、今。彼女は賭けだろうと全力を出す必要があったのである。
「危なかった。初手でやられていたら、聖遺物は跡形も残らなかったな」
「大剣を盾に変えたのか……」
しかし、そこは三大天。瓦礫の中から大盾を構えて当然のように起き上がってくる。
ウィッキーさんはまさかと、仮面の奥から驚嘆の声を漏らした。けれど、それは事前情報の差。
奴は勇者のデウスエクスマキナすら相殺してみせたという。火炎竜王はけして大袈裟な魔法では無かったということだ。
イグニスはこれで戦力外。俺はいよいよヤバイかねと
「すぐに呼べとは言ったけどさ、こりゃまた派手にやったねぇ」
「そっちも中々派手に暴れたようじゃないか、スヴァルくん」
希望は微かに繋がったらしい。